カルフが後ろに下がる。炎を見たカルフは、介に目を留めるとすぐに前を向いた。
もう、いらないということだろうか。
自分の居場所は最初からないと思っていたけれど――
「介、氷の壁を敵の頭上に創り出してくれ」
目を丸くし、慌てて頷いた。
「は、はい! 顕現せよ水、鋭き敵意を阻む氷壁となれ!」
役に立てているのだろうか、本当に。
分厚い氷の壁が生み出される。神崎が魔術を消した途端に落下する。甲冑に襲いかかる衝撃がもう一度地面に押し倒すことに成功し、彰吾が殴りかかっていく。
「いいぞ、先ほど魔術を撃とうとしていたが、何か見つけたのか?」
「は、はい……甲冑の胸部の中に、模様が入っていたので、気になって」
「それを早く言え! 彰吾、魔力を供給する紋は甲冑の中だ!」
神崎に鋭く怒鳴られ、介は一瞬身が竦んだ。それならと、羽委が介たちよりも前に出る。
「おっけー、さくっと見つけてズバッとやっちゃうよ!」
甲冑の胸部をじっと睨む少女の目が見開かれた。素早くダーツが放たれる。
「彰吾気をつけてね! 親和せよ光。光の
ダーツが鎧の隙間に入り込む。
次の瞬間、中で閃光が迸り、甲冑の内部をぐるりと切り刻んだ。動きを止めた鎧ががらがらと崩れていき、動きを完全に止めていく。
状態を確認した彰吾が、床に大きく伸びあがった。
「なんとかなったな……こんな獲物がいるなんて予想外だ」
「街でもっと情報集めておけばよかったねー。みんなお疲れ様」
彰吾が自分で傷を癒す中、介はただ呆然とその場に立ち尽くしていた。
神崎が完全に起動を停止した甲冑の傍に行き、模様があった場所をじっと見ている。羽委は彰吾やカルフの応急手当てに追われていて、ヴィニアは周辺に他の敵がいないか確認している。
自分があそこで余計なことをしなければ、彰吾は巻き込まれなかったのに。
「みんな怪我ないか? あったらカルフとユズに見てもらってくれ、俺ちょっときゅうけ――介?」
名前を呼ばれ、体を微かに強張らせた介は、彰吾へと頭を下げた。
「すみません、おれが判断ミスしてなければ」
「へ? そんなのあったか?」
「ありました。彰吾さんが吹き飛ばされた時、おれが氷の槍を作ってたんです、後ろで……」
ぽかんとした彰吾が、ぷっと口を膨らませると弾けるように笑い出した。目を白黒させる介に、彰吾はひたすら笑い転げて、羽委から包帯巻けないと背中を叩かれていた。
「ははっ、そっか、撃とうとしてくれてたのな! 悪い、完全に視界に入ってなかった。けどそっか、自分で動こうとしてくれてたんだな」
なんでそんなに明るく笑えるのだろう。自分が動こうとした結果、彰吾が怪我をしたのに。
いくらなんでも笑って許しすぎだ。怒って当然のミスだ。実際に動けなくなるほど、陣形が崩れるほどのミスを犯したのに――
「失敗なんて誰にでもあるもんだよ。俺もカルフに拾われた時、散々無茶と無謀しすぎてしこたま怒られたからな。あの時の拳骨相当痛かったんだぞ」
「だけど――っ!」
「これ以上は気にしたり抱え込むのはなしだ。そんな状態で魔術を使ったら、ゲート化しかねない。それにお前が自分から動こうとしてくれたってだけで、俺らは十分なんだよ」
納得できなかった。
怪我も負わせた。ただでさえ連携なんてできるわけでもない。あんな一撃、普通なら死んでおかしくないのだ。
笑って流せることじゃない――!
「さっさと立ち直れ、陰気が漂って判断ミスをまた招く気か」
「だーから神崎くんはもうちょっと言い方考えなよー」
「黙れ能天気」
「はーい、元気能天気現実主義がモットーの羽委柚でーす! それが何か?」
「黙れと言う意味だ」
「ひっどーい!?」
「お前ら本当口開けば喧嘩だよなあ。いででっ、もう包帯きつくしなくていいからな!?」
カルフが近づいてくる。輝石を握り締めたままの介の手を無理やり開かせて、苦笑していた。
ラリマーが濁っている。汚れた海の色を思わせて、介は目を丸くした。
「初めてあんな獲物を前にしたのだ。精神が乱れて輝石が影響を受けたのだろうな。少し待ちなさい――開け幻門、我が門は火。モスコバイトの輝石を以て力をここに具現する。顕現せよ生命。心、体、命、全てを癒やす清浄なる灯(ともしび)となれ。我は蛍、暗き夜道に灯る命の道標」
柔らかく、儚い光が介と輝石を包む。温かさすら感じる力が輝石の色を戻していき、視界が滲む。
悔しかった。
守られてばかりいることも。仲間だと言ってくれている彼らの助けになれないことも。
何も返せていないことも、命がけで手助けしてくれる彼らに、距離を置きたがる自分がいることも。
こうやって、大丈夫だと頭を撫でられてばかりいる、ちっぽけな自分がいることも。
「よし、次! ――今度はなん……」
彰吾が扉を開けた次の瞬間、げっそりして扉をしめ直したではないか。目を白黒させる介だが、神崎が呆れ果てた顔で目を据わらせている。
「謎かけ(リドル)か。いい加減頭を回せるようになれ、単細胞が」
「何回解いても間違えるから嫌いなんだよ……介は謎解き得意なほうか?」
いきなり声をかけられ、介はぎょっとして首を振りかけ――すぐに止めた。
「……見てみないとわかりません」
「賢明な判断だな」
賢明な判断と言われても、介はいい気持ちがしなかった。
ここまでみんながやってくれたことを、これ以上無駄にしたくなかっただけだ。
「謎解きと言ってもジャンルは異なる。数式タイプ、言葉遊び、図形によるもの、体を使うもの。オレが得意としているのは言葉遊びと図形だが、数式なら引き返すか」
「苦手なものは引く姿勢あったのか……」
「自分の得意不得意も把握できずに死ぬほどバカな人間ではないからな」
ああ、さいですか。
彰吾が扉を開け直した。コンサートホールかと思うほど大きな部屋いっぱいに、正方形の台座がある。一抱えありそうな石が部屋の隅に並べられていた。
神崎が早速嫌そうな顔をした。介は台座に目を奪われた。
この形――
「引き返すぞ」
「待ってくれ、問題文が見たい」
全員から目を丸くされた。彰吾がにっと笑い、頷いている。
「よし、じゃあ俺が見てくる。介はここから床のパズルを見て解けるかどうか判断してくれ」
「わかりました」
台座は床とさほど高さを変えていない。全貌がこの位置からでもはっきりと見える。十三×十三のマス目は部屋の隅の石とサイズがぴったりだ。真ん中の段一列に、最初から石が埋め込まれている。中心の石の上下に一つずつ、同じようにはめ込まれた石。
――あの突起のような配置、何に使うものだ?
「問題読むぞ!」
彰吾の声が大きく張り上げられた。通りよく、しっかりと聞き取れる。
「全ての石は境を示す」
石がこのマス目を区切るための石。囲碁と同じ。
「境の内の部屋は全て等しき広さ」
石によって区切られた部屋は全て同じマス目でなければならない。
「歪なる形は不和となる。盤の世を正せ。六つの力を持つ民を等しく導け」
最後は……どういう意味だ?
一瞬眉をしかめた介だが、神崎が苦い顔で「なるほどな」と溢した。
「石でこの盤の上のマスを区切れということか。区切った後、空白のマスを部屋と例えて、そのマスの数は同じにならなければいけない。歪なる形ってことは、規則性のない形――適当にマスを区切るなってことだろう。恐らく線対称か点対称の図形になるはずだ。盤の世を正せは完成させろと言う意味のはず。民を等しく導けは――わからん。部屋と言う例えがあるから、その中に住民が入っても喧嘩させるなという意味じゃないか?」
「最後雑うー」
「なら貴様が訳してみろ」
「うんわかんない!」
「こっの……!」
「彰吾さん、部屋の隅の石の数、いくつありますか!? それと盤のマス目の数も数えてください!」
羽委への怒りをぶつけようとした神崎の目がにわかに吊り上がった。
彰吾がにっと笑って頷き、数を数えはじめる。羽委も元気に飛び出して数え始め、カルフが図形をじっと見、ヴィニアに何事か伝えている。ヴィニアが頷いて盤の上の石の数を確かめている。
戸惑った介だが、すぐに気持ちを切り替えた。カルフから紙とシャーペンを渡され、嬉しさを隠せず唇をかみしめる。
盤のマス目を数えて、わざわざ紙に書いてくれていた。やはり十三×十三マスだ。ヴィニアがその紙へと指を滑らせる。
「真ん中の段、七番目ですわね。ここを横にまっすぐ、全て石が埋まっておりました」
カルフがボールペンでアステリスク印を作って埋めていく。
「中央の石の上下一マスだけ、追加で埋まっている石がありますわ。遺跡のトラップですから、恐らくこれらは動かせないでしょう」
アステリスク印が二つ加えられる。彰吾が手を大きく振った。
カルフが用意した図形と、ヴィニアが書き込んでくれた石を見やる。

「盤のマスの数は石が埋まってるところも含めて十三×十三マス、外側の石の数は二十二個だ!」
「元から填められている石の数は十五――解けます」
カルフとヴィニアが目を丸くした。介は自分のノートを取り出すと、すぐに書き込んでいく。
証明問題と同じだ。これならいける。
マス目の数は十三×十三で一六九マス。最初から中央が区切られているということは、部屋の数は決して奇数にはならない。偶数だということが前提になる。
石の数は動かせるもの、動かせないもの合わせて三十七個。石の数に無駄がないと仮定する。
一六九マスに納まる石の数は三十七個。部屋になる、石を置かない空きマスは一三二個。
マス目を部屋に区切るための約数は最初から決められている。六つの力の住人。つまり六部屋。ということは
「一部屋あたりのマスの数は二十二マス――」
「……お前数学苦手じゃなかったか」
「仕事上計算が必要だったんだ。集中散る、声かけないでくれ」
ぴしゃりと言い返した。シャーペンを滑らせながらマスの数を目で追う。
六部屋に対して図形の一辺のマスの数は十三と奇数だ。また石の数も区切りに使える数は二十二個。中央を分断されている以上上半分、下半分に使える石の数はそれぞれ十一個になると仮定する。部屋の数も上半分、下半分どちらも三つずつ作成する必要がある。
上端、下端の中央は確実に一マス分石が必要になる。これを起点として辺を作り上げていかなければレイアウトできない。マスが十字方向にのみ交わっている点を考えると、恐らく縦、横、斜めに連続しておかなければ部屋は作られないのだろう。
上端、下端の真ん中の石から、鏡のように石の配置を一マスずつずらしていく。中央を貫かれたトランプのダイヤのような四角が出来上がった。
部屋は三つ確かにできたが、今度は部屋のマスの数が合わない。左右どちらも二十一マス、中央は二十四マス。中央の上下の段の石を、中央に一マスずつ寄せて、図形が出来上がった。