
点対称、線対称どちらも満たした図形。そして六部屋、等しいマスの数と、用意された石全てを使用している。
――解けた。
「カルフさん、手伝ってください。神崎は力ないならいい」
「ふざけるなお前よりあるわ!!」
「承知した。この図形の通りにすればいいのだな」
介は微かに顔を青ざめさせたまま、笑みを浮かべて頷いた。
「自信はあります」
「十分だ」
「解けたのか? 凄いな、俺も手伝う!」
「あったしもー!」
「では、危険がないか私が見張りましょう」
頷き合い、彰吾たちに紙を見せて確認しながら石を置いていく。
最後の一つを彰吾が置いた瞬間、丸い石と盤が輝いて、介は顔が一気に青ざめた。
まさか間違い――!?
「部屋が光ってる!?」
右上の部屋から時計回りに、緑、赤、紫、黄、青、橙――属性を示す色が輝いている。
盤が地響きとともに緩やかに下降を始め、彰吾が乗れと合図する。全員急いで飛び乗り、ヴィニアも追いついて、盤の上でじっと下降が止まるまで待った。
繊細な彫刻を施された扉が、暗い部屋の中煌々と輝く盤の光に照らされている。
介の頭を、彰吾や羽委が嬉しそうに飛びついて撫でてきた。
「凄いな介、やったぞ! 最奥に到着だ!」
「え……あ……」
「すっごいよ神田くん! あたしあれ神崎くんと一緒で投げちゃうとこだったよー」
「ぐっ」
「ははは、今回は言い返せないな、神崎」
「黙れ!! 不相応なものを相手にして死ぬよりいいだろうが!!」
「あら、ブレイン役を取られて悔しさの余り負け犬の遠吠えですの? これですから殿方は」
「なんか俺たちにまで被害拡大してないか!?」
羽委が腹を抱えて笑っている。神崎が完全にへそを曲げてそっぽを向き、ヴィニアもすっきりとした顔だ。カルフが穏やかに笑う中、彰吾が介の頭をもう一度撫でて扉を示した。
「お前が開けてこい。あ、罠があるかどうかはちゃんと俺たちで確認してからな」
「え、けどおれ、さっきしか貢献できてないのに……」
「あれみんな投げる気だったのにか? カルフとかヴィニアや俺が辛抱強く解こうとしたかもしれないけど、お前が解く気になってくれてなかったら多分途中で帰ってたぞ。それに、全員で解くことに集中してるうちに閉じ込められたなんて経験大量にあるからな。お前がいてくれて助かったよ」
笑う彰吾は、すぐさま羽委と共に扉に罠がないか調べた。安全だとわかった上で、介に場所を開けている。
開けて、いいのだろうか。
彰吾にあんな怪我をさせた。陣形も崩れてカルフだって怪我を負った。後ろに被害が行かなかったのは神崎が機転を利かせて甲冑の動きを阻止してくれたからだ。
役に立った気がしなかった。
「……おれには開けられませ……」
「いいから来いよ!」
彰吾に腕を引かれ、つんのめりかけながら介は前に出ていた。そのまま背中を押されて、扉に手を突いた途端、観音開きの扉は介の細身でも開けられるほど軽かった。
日差しが、明るい。
何時間見ていなかったかわからない陽光が、ドーム型の天井に設けられた天窓から差し込んでくる。天窓に嵌められているのだろうステンドグラスが、床にぼんやりと、花畑を思い出させるような美しい色で絵を描いていた。
その最奥で七色に輝く、台座に嵌められた卵形の大きな魔石。
静かな部屋なのに、今までの遺跡の湿っぽさも、不安になるような薄暗がりすらもそこにはなかった。
「おめでとう。ここが最奥だ」
喉が持ち上がる。
部屋のあちこちで輝く魔石や鉱石をカルフたちが拾って、羽委に至っては喜んで飛び跳ねていた。彰吾が介を引っ張って、魔石の台座へと連れていく。
「これでお前の魔術、また一つ増えるんだ。どこに行っても胸張って言ってこい、『遺跡踏破しました』って」
やっぱりこの人は、最初から見抜いていたのか。
介が一般職に就きたがっていたことも。彰吾を苦手としていることも。
呆れ果てるほどのお節介で、勝手に人の手綱を握って振り回す男に、介は唇を噛みしめた。
魔石に手を振れる。
頭の中を駆け巡ったその魔術に目を見開いて、そっと手を離した。くるりと彰吾に背を向けて、誰もいない中央の空間を睨む。
かすかに聞こえた声は、誰のものだったのかもわからないけれど。
「開け幻門。我が門に応えよ。輝石の真価を顕現する」
彰吾だけではない。神崎も、羽委も、カルフもヴィニアも、ぎょっと介へと目を向けてきた。
「その真価、解放。上位の幻門よ顕現せよ。我、弊害となりし意志なき亡者を太平の海へと還す者」
ドン
空間の中央に水柱が立ち昇った。呆気にとられる一同の中、ステンドグラスの光を受けて水飛沫が輝き続ける。
介は不満を顔に書いて、呆気にとられる彰吾を睨みつけた。
「完全に攻撃魔術ですよ、これ。就職にこんな魔術使えるわけありませんよ」
「……て、いうかお前、これ……最上級魔術……」
「むしろ使ったら逃げられます。使い道ないのに就職なんて現実味のないこと言えませんよ」
呆然とする彰吾へと、頭を下げる。
「……皆さんの役にしっかり立てるまで、まだここで修行させてください。おれ、ここに残りたいです」
水の音だけが、響き続けた。
途端に笑い声が響いて、羽委が愕然とした顔で叫びながら水柱と介を一遍に指差した。神崎に至っては肝を抜かれた顔で固まっていて、ヴィニアはくすくすと笑っている。
「はははっ、そう来たか……! よかったな、彰吾。逃げられずに済んだな」
「逃げるって人聞きの悪い言い方は……」
「えええええええええええ!? 今回でもう輝石の真価引き出しちゃったの!? うそおおおおおおおおおおおおお!? 何この子天才!? 天才なの!? 神崎くん超えちゃうの!?」
「超えさせるわけがあるか!!」
「あ、おれそいつのしがみついてる座椅子に興味ないです」
「ふざけるな誰の座ってる場所が座椅子だ!!」
「はははっ! 座椅子……!」
「カルフ貴様ああああああああ!!」
介が呆れても気にしない笑い声に、まだ絶叫する声。
彰吾が呆然と介を見上げて、やがて苦笑したかと思うと介の肩を叩いてきた。
「痛いです」
「この天邪鬼! こっちこそよろしくな、介!」
別に天邪鬼じゃない。最初から抜ける気でいたのに、それじゃ自分の気持ちに納まりがつかなくなっただけだ。
こんなに優しい人たちの助けになれないまま、関係を終わらせるのは、自分には出来なかった。それだけだ。
だから。
「よろしくお願いします」
何度部屋の外に追い出しても、自分が出ても。この人たちにしがみついていきたいと、そう思った。
それだけだ。
前編「日の当たる海の景色」了