境界融和世界の幻門ゲート

第08話 02
*前しおり次#

 一つ言えるのは、彼女はとても真面目だということだ。
 声にも表情にも曇りがなく、まっすぐだ。鏡は悠里をちらりと振り返り、奏へと頷いた。
 悠里と介はああ言っていたが、奏はきっと前に進みたがっているはず。まだどの方向に、どうやって進めばいいかわからないだけなのかもしれない。
 お節介と言われるかもしれないけれど、多少手伝うことはしていいはずだ。
「こちらこそよろしくお願いします。まだどういう戦い方か互いにわかっていない以上、同じ敵に向かうのは危険です。相手が一匹の場合はどっちが先に動くか決めて、複数いる場合は分散して狙いましょうか?」
「そうですね。無理に集中してお互いの動きを阻害したら意味がないですし――あ、私光属性と火属性が得意なんです。だから目くらまし程度の魔術なら、前に立っていてもすぐに放てますよ」
 わあ、どこぞの悠里は同じことをしようとして噛んでいたのに。
 心の内にだけ感想を留めて、鏡は頷いた。
「僕は風と生命を得意としています。介さんと御影は魔術メインだから、二人の術のタイミングは、わかる限り僕も知らせます。それでも大丈夫ですか?」
「はい。――できるだけ早く慣れますね」
「気負いすぎて足元おろそかにするなよ」
 奏の口がとがる。鏡も呆れた目で従兄を見上げた。
「悠里こそ、自分で言ったんだから前に出ようとしないでよ? どうせ三分ももたないと思うけど」
「いやも……その前にお前らが早く片づければいいだろ。俺が出る前に」
「新人のペース乱すようなこと言うのは試験官としてどうなのかな」
「時間制限設けるのも試験官の役目だろ」
「誰もクリアできない試験内容っていうのは、問題として決定的なミスだと思うけど?」
 沈黙が間をおおう。御影が恐る恐る手を上げているではないか。
「……ここでめるより、いつも通り戦ったほうが、いいと思います」
「同感です……あの、言ったら悪いかなって思ってましたけど……移動しなくていいんですか?」
 介が視線を逸らして溜息をついた。
「そこの従兄弟いとこコンビは喧嘩の売り合いになると長いから仕方ないよ。さあて、じゃあ腰を上げて挑もうか。夕刻だし妙な奴が現れても危険だからね。一応外で野宿の可能性もあるから、皆気を引き締めてね」
 互いに頷き合う。まだ手に上手く馴染まない武器の重みを確かめて、鏡は荷物を手に廊下へと出た。
 
 
「――なんだ? 妙な臭いしねえか?」
 臭いだけじゃない。
 壊れた街の外壁のそばまでやってきて、鏡は鼻を塞いだ。ぎ覚えのある吐き気をもよおす鉄の臭いと、奥に見つけた獣たちのシルエットに歯を食いしばる。奏の目が見開かれ、拳が固まった。
 土を盛って作った丘にも似たその山を、今日埋葬が間に合わなかった人々のその山を、犬のようなシルエットが鼻で突いている。
 いや、掘って食べている
 咀嚼の音、荒い息遣い。数匹が囲む山が、犬が食らいつく度に震えている。
 後ろで悠里と介が言葉を詰まらせている。奏の拳が固まる。
 鏡はそっと御影を後ろにやって拳を構えた。
 獣たちの息遣いが変わった。赤い双眸そうぼうが三つ、こちらを見据えてくる。
「奏さん、行きますよ」
「なら左をいただきますよ」
「じゃあ僕は右で。余った一匹は――」
「早い者勝ちです!」
 目をくのは鏡だけではなかったようだ。介が呆れた目で奏を見送り、悠里を見上げている。
「いい勝負してるんじゃない? 本当に同族すぎるね君たち」
「あー……」
 目頭を押さえている悠里は、言葉が出ないようだった。何事かぼやいた介へと、足が滑ったと蹴りを入れる彼にはほとほと呆れる。
 気を取り直して、鏡は前を見据えた。
 先に走っていく奏へと犬たちが食らいつこうとする。一匹目の爪と牙を交わして、二匹目はかわし様に殴りつける。三匹目と一匹目が飛びかかっても、冷静に身を引いて爪がのびた獣の手を払いのけた。
 鏡はこぼれかけた感嘆の声を飲み込み、彼女に群がる犬へと殴りかかる。
 腹部に入る重たい一撃。奏が目を見開き、にこりと笑む。
「開け幻門ゲート。我が門は光。スフェーンの輝石をもって力をここに具現する。顕現せよ光。暗闇を穿うがつ清浄なる槍となれ!」
 飛びかかろうとした獣に光の槍が突き刺さる。地面に跳ねて動かなくなった犬はそのまま放置され、次の標的へと向かう奏。
 悠里へと、介が冷めた目を向けた。
「立つ瀬ないね。君ができない、戦いながらの詠唱やっちゃったよ、彼女」
「いなし方がなってねえ、ってかあんな脇が甘い動きしてたら後ろからやられるっ」
 御影がぽかんとして悠里の足を見やった。
 準備運動まっしぐら。足首をほぐして屈伸して、今にも飛び出さんばかりだ。
 介が溜息を盛大に吐き出した。
「まだ一分だよ」
 鋭く舌打ちが入る。それならと自らの黒の輝石を取り出した時には、鏡が最後の一匹にとどめをさしていた。
 ふっと詰めた息を吐き出して、振り返った鏡はぎょっとした。
 悠里の目が据わりに据わっている。あの目は……欲求不満と……
 ああ、怒らせている。
「評価するならてめえらC判定だ」
 周囲に敵がいないことを確認した奏が、慌てて振り返って苦い顔になって手を挙げている。
「……評価基準見えないんですが、内訳教えてください」
「まずいなし方、脇に甘いから正面以外から来たらどうする気だ? 次の攻撃の防御あるいは回避に間に合わねえ」
 奏があっと目を見開いた。鏡もそれは気になっていたから、黙って続きを聞こうとすると、悠里の目が不機嫌に彼にも向けられる。
「まだ俺らは見てねえが、RPGなんかのお決まりだと、そのうち空を飛ぶ魔物なんかもいるだろうな。それも想定したほうがいい、二人とも上に滅法弱い」
「……はい」
「なるほど……」
 凄い。こんな場所でもメモ帳を手放さなかったのか。彼女がメモを取るのを見て、悠里の目がやや据わった。
 扱いあぐねているのだろうか。それとも――
「次、最初に決めた作戦どうした。コンビネーション一見あってるように見えてちぐはぐ。後三匹いて前衛二人なのに、一匹放置する作戦ってどういうことだ? その放置した奴が後衛に来ないとも限らねえ、後衛は守るもんだろうが。どっちかが二匹引きつける気でやれ。んでもって、その作戦はほぼ無意味。魔物ったって元人間、理性を失ってても知性はある。……ここまで言えばわかるな、お前ら?」
 ぐっと喉を突かれた思いだった。黙って頷くと、メモを取っていた奏があっと口を閉じている。
「――はい。すみませんでした」
「最後に……二人とも自分を大切にしろ。以上」
「……は、はい……」
 ぽかんとする女性に、悠里が顔をしかめている。
「ちと、評価甘い……か」
 女性は気づいた様子はない。その言葉の意味も、鏡もなんとなくしかわからない。
 きっとこう言いたいのだろうとは思うけれど、上手く解釈できていない気がする。
「……魔物は常に全力で来る……が、元人間である以上知性がある。それはつまり、わざと隙を見せて俺たちが飛び込んだ『隙』を狙う奴もいるってことだ。事実、俺は一回それにやられてるからな」
 そうなのかと介に目をやると、彼は苦笑いして肩を竦めていた。
 事実なのかどうかは、話してくれそうにもなかった。けれど悠里が嘘をつくはずもない。
「一番千載一遇のチャンスがあるとすりゃ、こっちがピンチの時だ。隙を見せるな、好機と思うな。それが前衛のコツだ、肝にきもじとけ」
「……言うようになったねえ」
 ぼそりと、介が溢している。奏がうつむいて考え込む中、悠里がにやりと笑った。
「さすがに三ヶ月前線に立ってりゃ気づきもするさ。がむしゃらに戦ってたら損はあれど得はねえ。だろ? アイボー様?」
「三ヶ月もかかってやっとかい? っておれは言いたいけどね」
「恥ずかしながらな。二ヶ月間足引っ張って悪かった」
 介が何やら笑って返している。悠里がふざけて言った途端、互いに真顔になって神妙な顔で頷き合ったではないか。
 本当に息が合っているのか合っていないのか、不思議なコンビだ。
 奏が悠里へと顔を上げた。
「相手が動物と思って油断してました。みなさんすみません」
 悠里だけでなく、鏡たちへも頭を下げる奏。鏡は苦笑いして首を振る。
「ううん、僕こそ……次はお互い気をつけていきましょう?」
「次――……あ、はい!」
 うん?
 なんだろう。嬉しさで出した声とは何かが違う。ほっとしたような、切り詰めていた感情が途切れたような――
 微かに見えた淋しそうな表情に、目を見開いた。
 風邪で早退した大好きな科目。体調を崩して友たちとの遊びを断った時の、外から聞こえる同い年頃の子供たちの声。
 部屋の中で独りっきりで、外からの楽しそうな声をぼうっと聞くだけ。
 そんな過去の自分が、一瞬重なるような――
 ああ、そうか。
 この人は……
 奏と目が合い、不思議そうに見られる。鏡はあいまいに笑って、なんとなく目を逸らした。
「――さあて……人の肉を食らう狂犬かあ。次は人の肉を欲しがる狼かな」
 介の目がすっと細くなる。悠里がげっそりしかけた顔を戻した。
「大人気ないって言葉はお前からだけは聞きたくなかったな。……そーだな。一度人の肉を食っちまったら、媚薬びやくみたいにとりこになるだろうし、あり得ると思うぜ」
 いったいどういう会話をしていたかはともかく、どちらも大人気ないのは認める。介が静かに息を吐き出して、開いた穴の向こうを見やった。
「早めに手を打ったほうが良さそうだね。根本の飼い主さんを」
「賛成。……気配探知の術とかねーかな、鏡とか御影みたいな自然を味方にする属性得意な奴なら使えそうな気すっけど」
「ああ……地属性なら一定範囲に侵入したものを察知はできるけど……相手が踏み込んでこないとわからないだろうね」
「だいたいの気配探知がどっちにあるかーだけでもわかればいいんだけどな。……ゲート化した狂人の聴覚でもねーとキツイか……」
「それでも厳しいと思うな。獣をはなち続ける上で、統制のとれた動きかどうかもいまいちわからない」
「あの犬も狼も、誰かに食べ物を持って行く、って感じじゃなかったと思います……」
 御影がおずおずと、二人に声をかけている。鏡もそっと視線を御影に戻して頷いた。
「だね。……親玉が子分に味を覚えさせたのかもしれない。一度覚えた味の虜になって、ああして掘り返してるんじゃないかな」
「……それなら、親玉さんのご飯って、どこで手に入れてるのかな……」
「それは……自分で取りに行くしかないんじゃ……」
「……言いづらいけど、僕たちみたいな討伐者を殺して……だろうね」
 想像したくはないが、現実を見据えるとそうなるだろう。
 だとすると、暗闇がおおい始めているこの中で、街の外に繰り出してまで探すのは危険だ。
「的を絞れない、接触も果たしていない以上はね……探しようがない、ってことになる。一度戻って、朝捜索するほうがいいかもしれないな」
「夜目くのは俺だけだしな……この時間に襲われるのはさすがに目も当てられねえ」
 夜目が利くという時点で驚きだが、確かに街中の灯りに慣れ過ぎた自分たちが襲われたらひとたまりもないだろう。介が苦い顔で頷いた。
「だね。悠里一人しか見えないのは危険すぎる。鏡くんの言う通り、討伐者を殺している可能性は高い。夜中の奇襲ほど怖いものはないし、全員の視界が利く時に動こう」
「夜戦は白昼戦と戦い方がちげえしな。慎重に動くべきだ。俺はそれに賛成だぜ?」
「私も……です」
「私はみなさんに従います。個人的な意見ですけど、魔術にも効果時間はありますし、神崎さんに賛成です」
 御影と奏が頷いている。鏡も、異論は全くなかった。
「僕も賛成です、相手は臭いでこちらを探れるのにこっちはどうしても視覚頼りになりますから、形勢的に不利です」
「なら一度戻ろう」
 ラリマーの輝石を手に、小さな声で石に囁きかけるような詠唱を行った介の魔術で、壊れた外壁の向こう側に、微かに街の光を反射する氷の壁がそそり立った。
「……これで多少の足止めになればいいんだけどね……戻ろうか」
「暴れ足りねぇ」
「今回は暴れてもないからねえ。そのボルテージ、明日に温存しておいてよ」
 そうするとぼやくように返した悠里。街中へと歩き始めた中で、最後尾から最前列を歩く彼は退屈そうな溜息だ。
 奏が少し足を速め、彼の隣に来るなり見上げている。
「楯山さん。もしよかったら、後で稽古けいこつけていただけませんか? 今日教えてもらったところ、今のうちに直したいです」
「あ? ……別に構わねえけど。俺、ああは言ったけど五感や第六感頼りだからな。身体で覚えろよ?」
「はいっ」
 声の張りはまだ、彼女の張りつめた感情を伝えてくる。
 悠里はとっくに気づいているのだろう。彼も直感で、人の感情を見抜くタイプだ。
「そのやる気と元気、ちゃんと残しとけよ?」
 御影は不思議そうに奏を見やっていた。
「……奏さんって、頑張り屋さん、なのかな……?」
「うーん……努力家ではありそうだけど……なんていうんだろ。なんだか違う気がする……かな」
「そうなんだ……? それだけ一生懸命にやらなきゃいけないこと、あるんだね……」
「僕が言っちゃいけないんだろうけど、頑張り方……間違ってる気がするんだ」
「それは……ちょっと思う……」
 前でやいのやいのと、稽古の話をしている奏と悠里を見つめる御影。
「早く気づけるといいな……気づいてそう、だけど……」
「気づいてても、止め方がわからないんじゃないかな? なんとなくだけど」
 夕暮れの色を見やる。伸びた影は現代の街並みよりも短くて、中央に聳えるビル群が濃い黒を落としている。
「こればっかりは僕たち、あんまり口出しできないからなぁ……こういうのは本人の問題だからね」
「だね……でも、きっと大丈夫と思う。だって変わろうってしてる人は、ちゃんと頑張った分だけ変われると思うから」
 頑張った分だけ……
 柔らかく微笑む彼女と共に、目の前で悠里に戦い方の簡単な内容を聞いている奏を見やる。
 ずっと、暗い感情を抱えてきて、それでも何かにしがみつこうとしている彼女は、気づけるだろうか。
「うん……だと、いいなぁ」
 気づけるといいな。


ルビ対応・加筆修正 2020/11/22


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