境界融和世界の幻門ゲート

後編 第01話 03
*前しおり次#

 綺麗な眉が一気に吊り上がった。目を瞬かせる介に、カミシナがにやにやとした顔をしているではないか。
「あーあー、地雷踏んでいくっスねー。女心わからないんスかー?」
「は? おれ変なこと言いましたか?」
「言いまくりっスよ。敵大量生産するっ」
 全てを聞き取ったかどうかも怪しい。視界が勢いよくあらぬ方向を向いて、介は目を見開いて固まった。
 頬に走る痛みに硬直し、フラッシュバックする過去に体が動かなくなる。震えそうになる体をなんとか堪えて、信じられずに女性を見た。
 怒りの眼差しを向ける人形のような女性は、まっすぐ介を睨み上げているではないか。
「もみじ……」
「な……いきなり何するんだ!!」
「自分の胸に手を当ててよく考えなさい!」
 つかつかと足早に去っていく女性の手が、部屋の扉を勢いよく閉めた。バンと、激しい音が立って、介は一瞬身を竦める。
 しばらく放心して、やっと頭に血が昇ってくる。
「は、はあ……!? いきなり平手打ちしておいて横暴じゃないか……! 失言だったなら言ってもらわなきゃ、全員が全員わかると思うなよ……!」
「いや、女の子の気持ち考えてなさすぎっスよ、デリカシーって知ってるっスか?」
「知っていますが……引っかかるようなことを言ったんですか、おれ。だとしても平手はないでしょう」
「地雷を土足で踏みしだいたレベルっスよ」
 じとりと、カミシナから見上げられて言われると、もはや返す言葉もなくなった。それほどまでに失言だっただろうかと自身の発言を振り返って、苦い顔になる。
 昔は衝突が起こるような発言なんてほぼ言わないよう、言葉は最小限にしか交わしてこなった。その結果がこの悪癖となったなら……
 自分が悪い。
「アンタが人付き合い苦手なのはよーくわかったっス。けど、女の子ってのは繊細なんスから。ま、見たとこ、二人とも歳近そうっスけどねー」
「歳が近いからどうということはないと思いますが……」
「アンタどんだけ激ニブなんスか」
 思わず顔をしかめる介。カミシナから呆れ果てた顔をされて、言葉に詰まった。
 同じようなこと……言われたな。あの人たちにも。
「……おれ、元々この世界に来るまで人と関わること避けていたので……どうしても人の考えというのは苦手なんです」
「そーいう相談は俺よりアルさんにお願いするっス、人生経験だけで言えばオレ、千聖の次に短いっスからね」
「いえ、相談というわけじゃありませんが……」
「ほぼ相談レベルっスよ。どうしたらいいかわかんねーって顔してるもん」
 ……ここでも、やっぱり言われることは同じなのだろうか。
「……わかりませんよ。人と関わるのはいつだって苦手です。けど、そんなことを言って逃げられる世界じゃない……」
 カミシナの表情が変わったような気がする。見る余裕は、介にはなかったけれど。
 どれほど歩いたかわからない足に、まだ力をくれる、あの人たちとの時間がある。
「約束させられた以上は……守りたい……」
「詳しくは聞かねえっスけどねー……なんにせよ、エレヴィアと仲直りしなきゃ進めないっスよ?」
 耳を疑ってカミシナを見下ろす。胸の内に何かとげが刺さったような気がして、介は平常心を取りつくろおうとした。
「……え? あ、いや……彼女はおれのこと嫌いでしょうし、無理にする必要はないと思いますが」
「それはないっスね。単に怒らせただけっスから。つーか、本当に嫌いならあそこで罵声ばせいの一つで済んでないっスよ、エレヴィアなら」
 そういう、ものなのだろうか。
 嫌われているんじゃないのか。それなら、下手に触れずに、そっとしておいたほうがいいような気がするのに。
「……は、はあ……様子見て、言いに行きます」
「それがいいっスよ。後……出来れば早めのほうがいいっスよ?」
「また、絡まれてる……かも」
 ぼそりと呟いた千聖に、介はぽかんとする。
「絡まれ――? あ」
 足が、外へと向く。
 扉を手が開ける。
 急いで走る自分の足が、こんなに遅いことを呪ったことはなかった介である。


「いた――!」
 見た目にも残念な男二人――と考えて、自分も事実その一人だということを痛感した介は、路地裏で剣呑な目を男たちに向けるエレヴィアに棘を撃ち込まれた気分だった。
 自分の時もあんな目をしていた。やはり嫌われているのだろうに、カミシナはわかってくれた様子がない。
 ただ、彼女がああやって嫌そうな表情をしている相手が、エレヴィアを口説くどこうと手を引く姿も見るに耐えられなかった。
 間に割って入る。見た目にも残念な男二人が瞬時に苛立ちを見せて、介をどけにかかった。ただでさえ非力な上、ここ最近いつ寝たかわからないほどに歩き通しだったせいだろう。よろけた介は、それでももう一度割って入る。エレヴィアからも奇異なものを見る目をされた。
「なんだぁこいつ」
「……何してるの、アンタ」
「さっきは悪かった」
「……えっ?」
 聞こえなかったのだろうか。いや、謝るにしてもこの場面は少々やりづらい。介は後ろにかばった女性を振り返らずに、男二人を真っ直ぐ見据える。
「彼女はうちのパーティなんだ。悪いが他を当たってくれ」
「えー、パーティ組んでたのー?」
「そんなパーティ離れて俺たちと来ないー?」
「選ぶのは君たちじゃないだろう」
 猫を被ったとはまさにこのことだろうか。エレヴィアを誘う声は、お世辞にも耳触りのいい声とは言い難い。
「彼女だ。強制的な勧誘はマナー違反だよ。彼女が行くというなら無理に引き止めないけど、おれとしては彼女のコーチを頼まれた以上、しっかり教えてからにしてほしいな。一度引き受けた以上簡単に手を放す気はないんだ」
「はあぁ?」
「いきなり出てきてそれはねーっしょ?」
 輝石は――持っている。威圧するように手をポケットに持って行く姿は明らかに冒険者のそれではない。マナー違反というだけではない。彼らは恐らく、自分の一番嫌いな特別な力を持って奢っている連中≠セ。
「いきなりはどちらだ? それ以上しつけのなってないことされても迷惑だ、帰ってくれ」
「はぁ? 聞き捨てならない的な!?」
 エレヴィアが身を乗り出そうとして、介はそっと抑える。
 どうにも自分の口は、開けば開くほど災いばかりもたらしている気がしてならない。なんとか問題なく話せるようにならないと、この先もこの調子では迷惑ばかりかけてしまう。
「おれ喧嘩沙汰にしたくないから、最初だけ穏便にしたんだけどなあ……調節効けばいいけど」
「何ブツブツ言ってんだアァン!?」
「ちょっと顔がいいからって調子に乗んな!」
「は? おれのどこが顔いいって言うんだ?」
 まただ。容姿の話ばかり。
 いい加減苛々する。そうやってトラブルが起こっていい試しなんて今までなかった。
 外っつらしか見ない連中は大嫌いだ。
「悪いけどそうやって他人に対してひがむ暇があれば内面を磨いてくれ。おれは顔も性格も底辺なんだ、こんなおれ相手に僻むよりやることやったほうがいいと思うよ」
「あ、火に油……」
 拳が飛びかかる。エレヴィアを庇いながら避けた介は輝石に手を当てた。
「顕現せよ水、鋭き敵意を阻む氷壁となれ」
 二撃目が氷の壁に直撃する。
 厚さ一メートルの氷の壁を打ち立てた介は、ずんと重くなった体に焦りを滲ませる。
 輝石が濁っている。後三発、同じ出力を出せば確実に輝石は壊れてもおかしくない。
「嘘だろっ、この程度の出力で……!?」
 氷の向こう側で吠えられる。何度もこちらを振り返りながら立ち去る男たちは、薄暗い路地の向こう側へと足早に立ち去っていった。
 輝石の濁りを見られなかったのも、ある意味厚い壁が視界を悪くさせていたためだろう。介はほっと息を吐いて、輝石を見下ろす。
 ほかの属性はしばらく下手に使えない。多少適性がある光などはともかく、無理に魔術を使っては簡単にゲートと化してしまうだろう。
 ――それだけは、絶対に嫌だ。
 呆気にとられていたエレヴィアを見下ろし、介は申し訳なくなって俯く。
「さっきは悪かった。おれが失言をすぐ謝っていれば、君が出る必要もなかったのに」
「アタシも話聞かなかったのが悪いし……それと、割って入ってきてくれて、ありがと」
「……余計なお世話って言われるかと思ったよ」
「そこまで性格悪くないわよ」
 輝石をそっとしまう。今の彼女に見られて、前に出られでもしたら大変なことになる。
 笑みまで、いつものようなものにできたかはわからなかった。
 エレヴィアもカミシナも、千聖も知らないのに。何をしているのだろうとは思う。
「そういう意味じゃない。実際、君の今の実力なら戦ってもそこらの術師を負かせるだろうからね……経験の差は出るかもしれないけど。断っておくけど、君が逸材なのも、それ抜きに、あんな奴らに連れて行かれたくなかったのも本当だよ」
「何それ、口説き文句?」
 おかしそうに笑われて、介は思わずぽかんとした。
「は? 口説くわけないだろ。さっきも言ったけど、おれ自分の性格と顔の悪さは重々承知してるよ」
「呼吸するみたいに自虐出来るって凄いわよね。けど、カッコよかったわよ」
 一瞬、何を言われたかわからなかった。
 呆けた介を放って、そっぽを向いて表通りへと歩き出す女性。柔らかな色の、やや落ち着いた色の茶金髪が柔らかく揺れ、日の光を浴びて輝いている。
「……ど、どうも」
「ほら、さっさと帰るわよ」
「あ、ああ」
 急ぎ足に追いかける。
 ……初めて、正面から言われた。あんな言葉、自分が言われたなんて思えなかった。
 エレヴィアに見えない位置で、介はこっそりと頬をつねった。
 こんな非力な自分の指でも、思いのほか痛かった。


掲載日 2022/03/06


*前しおり次#

しおりを挟む
しおりを見る

Copyright (c) 2026 *Nanoka Haduki* all right reserved.