境界融和世界の幻門ゲート

後編 第02話「芽吹き」01
*前しおり次#

「すみません、ただいま戻りました……」
 美味しそうな香りが部屋に立ち込めている。エレヴィアは颯爽と自分の席に着いて、カミシナたちにただいまと声をかけているではないか。カミシナも、朝は寝ていたアルバーノも、けろりとした顔で受け入れてくれた。
 千聖は、どこかほっとした顔をしていた。
「おかえりっス。何もなかったっスか?」
「ちょっとバカに絡まれただけよ」
 やはり彼女の態度は、結構に刺々しい。
 介は事実を伝えるべく頷いて、すぐに苦い顔になった。
「一応、追い払いはしたんですが……また関わられたら嫌だな……」
「やっぱまたっスか。いつもはアルさんにガードついてもらってんスけどね……」
女性ベッラ守るのは構わねーが、逆上したナンパどもは面倒くせぇから嫌だっての」
「確かに逆上していましたが……」
 パスタをでる男性は、昨日酒を飲み続けていた人とは思えない。料理は慣れているのか、トマトソースの中に魚介類が躍っている。情けないことに微かに腹の音が鳴った気がした。
 そういえば……いつから食事をしていなかっただろう。覚えていない。
「だろう? だからこのパーティいる間エレヴィアのお守りも頼むぜ? 若人わこうどよ」
 は?
「は、はぁ? なんでそうなんのよ、おっさん!」
「おいおい、確かにアラフォーだが、まだ四十の大台には乗ってねえぞ?」
 いや、あの。
 落ち着こう。まず自分が。
 若人? そんなの介だけでなく千聖やカミシナだっている。料理をしながらの彼が誰に向けて言ったかなんてそんなの――
 カミシナと目が合った。にやにやとした顔で頷かれた。
 千聖とも目が合った。指を向けて、表情のとぼしい顔で頷かれた。
 ……。
「は? お、おれ!?」
「おう。適任だしな」
「て、適任……おれがですか……? 一日で早速喧嘩起こしておいて?」
「おうよ。千聖じゃ対処できねえし、カミナじゃ下手すりゃ弟にしか見られねえしなー」
「うっせぇっスね! どうせチビっスよ!!」
「ああ……」
 納得はしたものの、身長と弟という表現は偏見だと思う。姉と弟なら弟のほうが高いということはざらに……ではなく。
 不服を顔に書いて睨まれ、介は失笑を漏らした。やはり、素直すぎるのは考え物かもしれない。
 ――それも写ったのだろうか。あの人たちの真っ正直さが。
「なんスか、その顔。オレもう成長期終わってるから望みねーんスよ?」
「それはご愁傷様しゅうしょうさまです……」
「すげーむかつく」
「そう言われてましても……」
「うわー。全然困ってなさそー!」
「えっ、いやあの、困ってますっ」
 他に何を言えばいいのかさっぱりだ。もう少し気の利いたことを言えればいいのだけれど、パーティで保護者のような立ち回りをしていたあの人のような、気を利かせた言葉は思いつかない。
 カミシナからびしりと指を突きつけられ、介はうっと言葉に詰まった。
「却下っス! 絶対やってもらうっスからね!!」
「……え……あの、それはヴルツェルさんの意志尊重されていませんが」
「もうとっくに諦めたわよ」
 諦められていた。自分が諦められる程度の人間だとはわかっていても……いや、なんだか胸がずきずきする。空腹で神経が誤認でも起こしただろうか。
「いや、諦めなくても……君が困るなら代わってもらったほうが」
「まー、単純な話すると、エレヴィアと一緒にいて何も絡んでこなさそうな組み合わせって介だけっスもん」
「意義なーし」
 パスタが出来上がったらしい。皿に盛りつけられた麺の上に、魚介の旨味を効かせたソースがかけられた。介は困惑したまま、二人を見やる。
 腹の音がまた鳴りそうだ。
「どういうことですか? ヴルツェルさん、誰もが振り返りそうなほど綺麗な顔立ちなのに、おれがいると絡む輩が減るなんて思えませんが」
 途端にカミシナから信じられないものを見る目で引かれた。アルバーノからも呆れた顔をされてどうしようか悩む。
「おれ程度で場が治まるとは思えませんよ……」
「それ本気で言ってるからすげーっスわ」
「ごはん……」
 千聖の切ない声に、介はやっとはっとした。
「あ、ああ、すみません、作っていただいたのに、話長引かせてしまって」
「気にすんなよ。ま、飯にしようぜ?」
「美味しそう……」
「やっぱ料理はアルさんとエレヴィアの二強っスねー」
 皆で食卓を囲む。アルバーノから示された席を、介は遠慮がちに頷いて座った。
 イタリア料理のフルコースだ。千聖が待ちきれないのもわかる。美味しそうな香りと湯気、彩り豊かなスープにパスタ、マルゲリータ。あの日から食を摂ることも忘れて歩き続けてきた介は、ほっと吐息を溢した。
「失礼します……美味しそうですね」
 自分でも驚くぐらい、しみじみとした声が出た。アルバーノは気楽に笑い声を響かせる。
「そりゃー、アルさんイタリア出身だからな」
「ああ、道理で。イタリア料理好きなんです。本場の味、まさかこちらでいただけるなんて思っても見ませんでした。アルバーノさん、服飾もおしゃれで料理もできて、凄いですね」
「アルさんで構わねえよ、長いだろ? それに、服飾は俺のセンスじゃないぞー?」
 介は目を瞬かせるも、アルバーノは落ち着きある笑みで笑っている。派手さをやや抑えつつも、彩度を調節した服装は、大人の男性と言うにふさわしいものだ。部屋着なのだろうが、そのまま上着を羽織れば外に出ても遜色がない、深みのある青のシャツとベージュのズボン。カミシナのセンスとは思い難いのは、彼の出自を見抜いているが故だった。
「アルバーノさ……アルさんのじゃないんですか? てっきりそうかと……」
「俺の趣味に限りなく近いけどなー」
 ワインを注ぐ姿にもその服は映える。よく合わせてある色合いで、家具メーカーの営業をしている身としては勉強になるのだけれど。介ははあと生返事が零れた。
「どなたかが選んでくださったとか、ですか?」
「そこの嬢ちゃんだよ。嬢ちゃん、化粧品会社勤めてるから人魅せるのは得意らしいぜー?」
「そんなこと一言も言ってないけど」
 つんとした対応は照れ隠しなのだろうか。至極当然と言いたげな表情に、介はぽかんとする。
 どうにも、エレヴィアの対応は心理を読み取り辛い。
「へえ……凄いな、ヴルツェルさん……」
「別に。男物って見る機会なかったし新鮮だったけど」
「って、見る機会少なくてここまで見立てたっていうのか……」
「そりゃ、化粧品メーカーに勤めてたら女性物しかわからないわよ」
 肩を竦める彼女に、介ははっとした。
「ああ、いや、変な意味じゃない。むしろ男性物を余り見たことがないのに、アルさんの服を合わせて、慣れないことだろうに凄いなって」
「別に、苦ではないわ。むしろアンタのダサすぎる服をどうにかしたいぐらいね」
「……だ……ボロボロだけどな、確かに」
「見てて問題だわ。明日買い物いくんでしょう? 付き合うからどうにかしなさい」
 今日行くつもりだったんだけどなあと思いつつ、もう夕方近くになっていたのは、千聖とエレヴィアに魔術の指導を頑張りすぎていた結果かもしれない。そもそも早朝に起きた後、アルバーノに起きたことがばれないよう二度寝した自分が悪いのかもしれないが。
 渋々承諾すると、エレヴィアは目の前に置かれたワインを早速飲みながら、介がTシャツとジーンズだけで済ませようとしていたことを見事に見抜いていた。その通りだと頷けば、彼女の綺麗な目は不機嫌に細めて介を睨みつける。
「とことんまで残念なのね」
「エレヴィアがここまで言うなんて珍しいっスね」
「酷すぎ通り越しているもの」
「……わ、わかったよ……」
 千聖がマイペースに、いただきますと手を合わせている。介もためらいがちに手を合わせると、各々マイペースに食事を始めた。
 なんだか、彰吾たちのパーティにいた時とは、随分と違った。
「じゃ、決まりね。他に必要なものはカミナとアルさんが集めておいてくれたはずだから、アンタの身の回りのものね」
「は、はあ……お二人ともすみません、お手数おかけしました」
「気にすんな。お前さんじゃまだ土地勘ないだろ?」
 アルバーノの優しい言葉に、介は苦笑して頷く。
「一度東響とうきょうに行ったことはあるのですが、魅衛みえは通ったことがなくて」
「まー、滅多に通らないと思うっスよ。ここは割と穴場っスからね。準備するのに安全な冒険者の休息所ってトコっスかね」
 パスタを口に運ぶカミシナはこともなげに返している。言われてみればと、介は街中の雰囲気を思い出した。 エレヴィアを探すのに必死になってはいたが、あのナンパ組を見ても思い当たることがある。
「休息所か……だから街中も比較的穏やかなんですね」
「そっスね。ま……最近ピリピリしてるっスけど」
「……そうですか」
 境途きょうとほどではない、というだけか……。
 顔をしかめる介へと、カミシナは飄々ひょうひょうと肩を竦めている。
「そんな気にすることじゃねーっスよ。魔物が最近増えててそれでってだけっスから」
「……こっちでも増えてるのか……」
「原因が不明っスからね。ピリピリしても仕方ないっつーか。凶暴な動物が魔物に転じることは無きにしもあらずなんスけど、いかんせん数が急激に増えてるから考えにくいんスよ」
 このパーティはまだできて新しいパーティだ。少なくとも新人をいきなり二人抱え、自分のような流れ者を抱えている。
 この街にも魔物の危険が出始めているなら、なおさら伝えないわけにはいかない。
「……それなら、境途には近づかないほうがいいかもしれません。一番急激に増えている地域ですから。おれが逃げてきた理由も、それが一因です」
「なるほど、やっぱり魔物の巣窟そうくつになりつつあるって噂は本当なんスね……」
 はたと、マルゲリータを頬張っていた千聖が、咀嚼していたものを飲み込んでぼうっとこちらを見てきた。
「……あ、だから境途行きやめたんだ」
「そっス。さすがに危険地帯に連れ込むわけにはいかないっスから」
「絶対に行かないでください。あそこは危険すぎる……」
「重々承知してるっスよ。つーか、そこまで言われていくほうがどうにかしてるっス」
 わかってもらえたなら……よかった。
 ほっとした途端、カミシナから笑みを向けられて、介は戸惑う。
 いままでのような、からかうような笑みではなかった。
「案外心配性なんスね。意外っス」
「お、おれが? それこそあり得ませんよ……」
卑下ひげしすぎっしょ。美徳だと思うっスけどね、そういうとこ。人心配出来んのは人をよく見てるからだと思うっスよ」
「……卑下、でしょうか」
「卑下。卑屈。オレから言わせりゃそんなところっスよ。心配性ってのは短所であり長所だと思うっス」
 短所であり、長所……。
 心配性? 自分が? 無関心だと思っていたのに。
 ――いや、無関心なのは、あいつか。
「おれ、事実言っただけですよ……元々人と接するのは、あまり得意ではありませんし」
「なら、慣れればいいんじゃ、ないかな?」
「妙案だとは思うが、かなりのけだろう、そりゃ」
「……な、慣れ……麻痺はしてきたけど……慣れときたか……」
 千聖のマイペースさには、アルバーノも苦笑していた。千聖は特に気にした様子もなく、こくりと頷いているけれど。
「うん。えっと、苦手なら治しちゃえばいい……と、思う」
「そう……だね。治さないと、また……引っ張り回されるだろうな……」
「いっそなんでも気兼ねなく言い合えるような人がいりゃいいんスけど。ま、気長にやるしかないっスね」

 お前気兼ねなく言い合える奴作ったほうがいいぞー? やっと俺たちには遠慮なく言えるようになってきたとはいえなあ――

「……そう、ですね……」
「ありゃ、地雷だったっスかね。申し訳ないっス」
 はっとした。カミシナもアルバーノも、エレヴィアでさえもこちらを見ている。
「い、いえ。もうパスタ冷え切ってますね、すみません。いただきます」
 少し冷めて、やや固くなってしまったそれをフォークに巻きつけて食べる。しばらく何も食べていなかったからだろうか。味がじんと舌に染み渡る。
 ほっとするのに、素直に喜べなかった。
「気にすんなよ。またいつでも作ってやるから」
「……ありがとうございます」
 いつでも、なんて、ずっと続くわけがない。
 同じ言葉をあの遺跡の中でも聞いた。今度は自分の好物の、ムニエルを作ってやると言っていた。いつでも作ってやると言って、作ってやっていなかったなと笑って。
 もうそれは、叶わない。
 いつかなくなってしまうのだ。「いつでも」という当たり前は。
 なくなって、当たり前にあると思っていたあの頃を、恨むぐらいに。
「まぁ俺とエレヴィア嬢ちゃんの交代制だからな、次食べれるとしたら明後日か?」
「そうね、だけど明日の朝ごはんは千聖よ?」
「あっ」
 アルバーノの表情が一瞬にして強張った。カミシナが明後日を見つめるような目で中空を仰いでいる。
 久しぶりに聞いたなんでもない会話に、介は俯いていた顔を上げた。なんでもないふりをして、パスタを食べながら。
「ってことはTKGっスね」
「……サンドイッチも、作れるよ?」
「千聖が担当してTKG以外が出てきたところ見たことねーっスよ! 強いて言えば茹で卵くらいっスね!」
 なんだろう。略称が飛び交っている。隣の千聖に尋ねるように目を向けると、ワインのボトルを持ち上げられ、介は少し急ぎめにワインを飲んだ。
 まさかしゃくをされるとは思わなかった。申し訳なく思いつつ、有り難くいただく。
「……TKG?」
「卵かけご飯」
 ああと、介はやっと合点が行った。一方のカミシナは沈痛な顔で溜息を溢している。
「千聖が朝ごはん作ると絶対TKGなんスよね……」
「懐かしいなあ。それで風邪そんなに引かないからいけますよ」
「栄養タンパク質しかないじゃないっスか。強いて言えば糖類とでんぷん? っスか?」
「卵はビタミンEも一応含まれて……カミシナさん、イドラ・オルムの民ですよね。栄養素詳しいですね」
 ぽかんとして言えば、カミシナがはたと顔色を変えた。
「あれ、俺こっちの世界在住だって言ってたっスか?」
「なんとなくそうかなと思いまして。以前パーティを組んでいた人に、イドラ・オルムの民の人がいましたから。種明かし必要ですか?」
 やはり当たりのようだ。カミシナは興味深そうに目を細めている。
「へぇ、なんでそう思ったか聞きたいところっスね」
「要点は三つです」
 これで外れていたら、途方もなく格好悪いなあと思うけれど。
 最初の彼の反応を見る限り、正解だ。「この世界在住だと言っていたか」、なんて、一番の肯定材料だから。


掲載日 2022/03/06


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