境界融和世界の幻門ゲート

後編 第02話 02
*前しおり次#

「あなたは一度も向こうの世界での出来事を口にしていませんね。知識だけなら、異界の民から話を聞けば得られます。もう一つは、輝石保持者なら、輝石の位置を確かめるように、みんな輝石を入れている場所に手をやりがちです。だけどあなたはそれがない」
 面白そうに、カミシナの目が細められる。
「最大の要因は、昨日の発言です。生命の術を使えばいいと言われた時、カミシナさん、『持ち合わせがない』って仰っていましたね。それは、魔石の持ち合わせでしょう?」
「見事ご明察っス。オレはこっちの世界の住民っスよ。無御夜なごや……今から向かう拠点がある街なんスけど、そこの出身っス」
 内心ほっとする。こんな感情、しばらく味わっていなかったなとすら感じるほどに。
 つい最近まで、味わっていたのに。
「――無御夜……たしか東響、境途に並ぶとすれば、と言われる都市ですよね」
「そ、第三の冒険者都市っス。ただ、他と違って遺跡が多いわけじゃないし、物流もいいわけじゃないから拠点にすんのは物好きが大半っスよ」
「宿場町としての利用が多いんでしたっけ? おれ、一度通過した限りでしかあまり知らなくて」
「そ。ただし、遺跡の戦利品を売ったりとか、行軍のモン買い揃えたりする冒険者が多い。つまり、物価が三都市で一番ぼったくりっス」
「あー、まあかかりますよね。諸経費まで元を取ろうとしたら」
 生暖かい顔で頷いた介に、カミシナはけらけらと笑った。
 どうやら、突かれた情報に対して特に問題ない範囲なら、何も言わない人のようだ。
「まー穴場もあるんスよ? そういうの知ってんのは地元民くらいっスけどね」
「なるほど……カミシナさん、もしかして情報屋ですか?」
「まっさかー。オレなんかが情報屋名乗ったら本職に笑われるっスよ」
 けらけらと笑うカミシナは、おかしそうに首を振っている。介はじっと男を見上げ、にこりと笑みを貼りつけた。
 相手には悪いが、自分を助けてくれたのは千聖だ。不安材料はできるだけ早く片付けておきたい。
「だから昨日は、千聖くんが話そうとしたことを制限したんですか?」
 カミシナの笑みが変わった。やはり図星かと、介は笑みを顔に浮かべたまま男を見やる。
「初対面相手じゃ線引きは大切っスよね? ましてや、オレたちに害があるかもしれない以上、仲間守るために言うこと言わないことの線引きは必要っスよ」
「道理ですね。おれも同感です。だからこそおれの事情にも深入りしないように気をつけてくださっていましたね。ありがとうございます」
 腹はやはり見せない気だろう。それもやはり、道理だ。そういう人間が一切いないパーティのほうが、介は不安だった。
 をかけて正解だったと感じる。カミシナはおかしそうに笑って見せた。
「はは、そりゃどーもっス。詮索せんさくされたくなかったのはよくわかったっスからね」
「……詮索は昔から苦手ですから。最近、お節介な人の下に厄介になって写ったかな……おれも」
「お節介、お人好しは伝染するらしいっスよ?」
「うわっ」
 一気に顔をしかめる介に、エレヴィアが呆れた顔をしている。カミシナはけらけらと笑っているけれど。
「すごい嫌そうな顔ね」
「……恩人だけど、性格に難がありすぎて共同生活するのも嫌だったから」
「それも相当ね」
 千聖がまたワインを注いでくれた。無言で料理を食べるか、介たちの話を聞くか、ワインを注ぐかばかりの彼に礼を言い、そっと頭を撫でる。あまり慣れていない動作だったからか、千聖が不思議そうに見てきた。
 きっと、自分のげっそりとした顔のせいだろうが。
「感謝はあるけど迷惑だった……主に余計な世話焼きがね……」
「そりゃゴシューショーサマっスね。きっちり写ってるみたいっスけど」
「嫌だ絶対写るもんか」
 言って、皆が一瞬固まったと気づくまでに、介は口に運んだピザを一切れ食べてほっと一息ついた。カミシナが目を疑うように介を見ていると気づいた時、エレヴィアから細い目を向けられる。
「……アンタ、もしかして酔ってる?」
「え? いや、酔ってないよ」
「いや、絶対酔ってるっスよ」
 そんなに間髪入れず言われるようなことを言っただろうか。言ってないと思うけれど。
「酔ってない。ビールなんかで多少耐性ついてるよ。それに食事しながらだし、そうそう酔いが早く回ることはないと思う。ワイン美味しい」
「いやー、そのワイン実は度数割と高めなんだわ


掲載日 2022/03/06

★」
 ワインをめられたからだろうか。アルバーノがけらけらと笑って暴露した。介ははあと生返事を返しているも、カミシナが笑みを微かに強張らせたようだ。
 心配性はカミシナも同じではないだろうか。気のせいだろうか。
「そうなんですか。でも大丈夫と思います、たまに焼酎飲まされてましたし、記憶しっかり残ってますから」
「そりゃ構わねえが、ほどほどにしときな? まだ若いのには刺激強いぞ?」
「あ、はい。飲みすぎないように一応セーブかけます」
「手遅れだと思うっスけど……あっ」
 カミシナが千聖を見咎みとがめたようだ。その頃には介のグラスにはワインが注ぎ足されており、不思議そうに千聖はカミシナを見上げている。
「あ、どうも……あの、気にしなくていいよ?」
「絶対回るんじゃない、これ? アルさんみたいに酒豪じゃなさそうだし」
「程々でやめる気だったんだけどなあ」
 どうしようか。注がれた以上飲むし、残すような失礼はしない。ただ、結構空腹が満たされて眠気も来ているし、あまり飲みすぎるとここで寝てしまいそうだ。
 困り顔で笑っていたはずが、カミシナから表情を削ぎ落したような顔で見られて、介はぽかんとしつつワインを飲む。
「絶対回ってるっスよ、これ」
「回ってない……けど、さすがにまたもう一杯はきついかな。寝そうになるよ……」
「絶対嘘で……千聖ォォオオオ!」
 あ、ワインまた増えてる。
 どうしよう。このままでは眠気に負けて寝そうだ。元々酒はアルバーノやカミシナが言うように、常日頃からたしなんでいるわけではない。精々飲みの席に誘われて少し飲む程度だったから、さすがに困ってしょうがない。
「えっ、も、もう飲めないんだけど、本当に」
 親指を立てられた。
「グッじゃないっスよ!」
 カミシナが代わりに吠えた。介は苦笑して千聖に礼を言う。
「……だいぶ酔い来てるから……本当にこれで最後にしてくれ、いいね?」
 途端にしょんぼりとされた。困ったなと、他に言葉も思いつかないぐらいに眠い介は、鈍りつつある頭を必死で回転させる。
 結局、思いついたのは頭を撫でることで。
「ありがとう。気持ちは嬉しいよ」
 途端に晴れる顔が笑顔になっていく。こうやって喜べる子なのだとわかって、介は微笑ましくて笑った。
 よかった。彼は自分とは違うようだ。
「普段あんまり表情出してないみたいだけど、笑うほうが似合ってるんじゃないか? ヴルツェルさんのはやられると眩しすぎるけど」
「は、はぁ!?」
 エレヴィアがフォークを落とした。カミシナが飲んでいたワインを危うくきかけた。何がどうしてこうなったのかわからず、介はぽかんとする。
「本当のことしか言ってないよ」
 なんとかワインを飲み干したものの、欠伸が零れた。なんとか噛み殺そうとしても出るそれに、エレヴィアがほとほと呆れたように目を向けている。
「そんなこと言われても……というか、すごい眠そうね」
「ああ……だいぶ回って来てる、寝……」
「ちょっと、ここで寝ないでよ」
 暗くなりかけた視界が、揺さぶられたことでやっと明るくなった。わざわざテーブルの反対側から回ってきてくれたのだろう。エレヴィアが困った顔で見下ろして、介の肩を支えてくれていた。
「だ、大丈夫……風邪引かな……」
「風邪引く引かないの問題じゃないでしょ、寝違えるわよ?」
「大丈夫……心配してくれてありがとう」
 本当は優しい人なんだな。
 だから、千聖が自分を拾ってきても気にしなかったのだろうか。戸惑った顔すら綺麗だと思うのだから、自分はどうかしているかもしれない。
「べ、別に心配してるわけじゃ……ほら、さっさと立って」
「わかった」
 フォークが落ちた音がした。
 カメラのシャッター音も聞こえた気がする。
 唇に触れた柔らかい感触も、目の前で顔を真っ赤にして介を見上げる女性の顔も。感謝が尽きなかった。優しくエレヴィアの頭を撫でる介は、一同に気の抜けた笑みを見せる。
「今日はありがとう。それじゃ、おやすみなさい」
 すぐそこの、自分にとあてがわれたベッドまで歩いて、もぐり込む。
 温か――
 いつ寝たのか、やっぱり覚えていなかった。
 ついでに、何故か翌日からエレヴィアが時折顔を真っ赤にして怒鳴ってくるようになった。「食えなさそうな顔をしてよくやる」とアルバーノとカミシナからからかわれたも、なんのことかさっぱりだった。
 以降、介には酒を飲ませすぎるな、特に千聖とお触れが下ったのは言うまでもない。


「戻ったわよ」
「おーおか……え、ちょっと、介さ」
 カツカツカツカツ。
 ベッドに敷かれたままの毛布を勢いよく捲り上げる。靴はとっくに丁寧に脱がれてあった。
 素早く毛布を被る介に、カミシナはすっきりした顔のエレヴィアを見やっている。
「お疲れ様っす。裏通りはどうだったっスか? なんて聞くまでもなかったっスね」
「……なんでこんなに声かけられるんだ……!」
「表通り通ってったっしょ? 高く売りつけようとするんスよ。裏通り入ったらそうでもないんスけどねー」
「表通りでも裏通りでも話しかけられたんですよ……代金気にしなくていいとか言われて……なんなんだいったい……!」
 行く人見る人振り返る人、エレヴィアに気をかれているのだとばかり思っていた。
 介の服装を見て、あの店が安いからだの、あの服がいいからだの、しまいにはそこの店の店員だから、ただでいいからと服を押しつけようとしてくる。
 エレヴィアに服を見立てられてから激減したけれど、久々に人間不信を痛感した。
 怖い。
「安く良いもの手に入れられてよかったわ。着回し出来る分は買えたから、当分は大丈夫だと思うわよ」
「……今日は本当にありがとう……ただ、着こなし方全然わからないけど」
「アルさんに指導してもらいなさい」
「え、ええ……おれ寝たい」
 その言葉の意味は、実際に試着室に入って出てきた介を見た、エレヴィアと店員の残念極まりないと言いたげな顔が物語っていたわけで。やはり目の当たりにしたからか、エレヴィアはあっさりと匙を投げていた。
 何をそんなに機嫌のいい顔ができるのかはわからないが、エレヴィアの笑顔がこれ見よがしだ。
 自分は何かしただろうか。また失言したか。いや、それならまず彼女のことだから平手が来るはずだ。
 何をした。昨日か? いやでもそれは互いに謝ったし……。
「明日には出発するんだから、明日の朝一ね」
「……わかったよ……」
 正直、寝たい。あんなに注目の的にされるなんて嫌だ。昨日エレヴィアと喧嘩をした後、彼女を追いかけた介を知っていたのか、大勢の人から声をかけられた。数えてきた人数なんて具体的に思い出せない。三人から諦めた。
 カミシナがけらけらと笑っている。
「エレヴィアには素直っスねー」
「対応変えているわけじゃないんですが……」
「昨日みたいに敬語抜きでいいっスよ。ってかまじで何があったか覚えてないんスか?」
「え、ご飯いただいてその後寝たでしょう?」
 顔を出して、やっと起き上がった介はぽかんとした。
 エレヴィアの顔が赤くなっている。
 何かあったのか? というか、また自分は彼女を怒らせるような真似をしたのか?
「ヴルツェ――」
「自分の荷物置いてくるから!」
 バンと、また勢いよく閉められる扉。身を竦ませたのは介だけではない。丁度部屋に遊びに来た千聖もだった。
「わあ」
「相変わらず驚いてるかよくわからない驚き方っスね……けどそっスか、憶えてないんスか……罪作りめ」
「は、はあ?」
 目を白黒させる介に、カミシナはけらけらと笑った。
「早速打ち解けられる相手ができてよかったってことっスよ。お互いにとってもね」
 なら罪作りって、どういう意味だ。
 聞いたからと言って答えてくれる男でないことは確かだ。眠いなら夕飯まで寝ていろと言われて、帰ってこない回答のために起きる気にもなれず、介は頷いて寝ることにした。
 疲れた……
 服装一つで、ここまで周りが振り返ってくるなら、もういっそエレヴィアたちになんと言われようと、ダサくていいやと思った。だが介は布団の中ではたと思い至る。
 ……周りが声をかけてこない服装って、どんなものがあるんだ?


掲載日 2022/03/06


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