境界融和世界の幻門ゲート

後編 第03話「苗木」01
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 千聖に拾われて四日目。早朝に、エレヴィアからまた平手を受けたらしい。覚えていない。
 頬だけ痛みが残っていたので、笑いを堪えていていたカミシナから湿布をもらって移動開始となった。
 夜古浜までの間組むパーティとなってからというもの、千聖とエレヴィアにできる限りの術の知識を教えた。
 以前自分が、そうしてもらったように……。
 ふと気づいて、寝静まった一同の輪の中、介はぼんやりと暗い空に散りばめられた、満点の星を見上げる。
 時折街道とは反対の、森の奥から聞こえてくる野鳥の鳴き声が、寒空の中よく響いた。
「……変な感じだな……」
 つい数日前まで、教えられていたのは自分のほうだったのに。
 彰吾たちも、こんな気持ちで教えてくれていたのだろうか。これ以上誰かに、目の前から消えてほしくない一心で、自分にも生きる術を教えてくれていたのだろうか。
 ――自分のせいで、彼が死ぬことになっても。
「……鎖じゃ、ないのにな……」
 縛られていないのに、生きることなんて本当は、どうでもいいとすら思っていたのに。
 恩を返したかっただけだ。助けてくれたことも、その先を見据えて教えてくれたことも。
 あんな結果を招きたかったわけじゃなかった。助けてもらったからこそ、自分が助けたかっただけなのに。
 そういえば、このことを真っ正直に彰吾に打ち明けた時、笑っていらないと言われたっけ。不服だと伝えても、「じゃあ他の人に繋げてくれればいい」と……
 繋げ……か。
 そっと体を起こす。夜風は冷たく、テントの外で見張りをしていた介には冷たすぎるものだ。カミシナが欠伸をしたかと思うと、身じろぎをしていた。居眠りだろうか。
 エレヴィアのテントも、千聖たちと使っているテントも振り返る。自分の手は、自然ポケットの中の輝石を取り出していた。
 暗闇の中、やっと慣れてきた目が映す冴えた青は、暗闇の中微かに周囲と違う色だとわかる程度だ。街灯なんてこんな場所にはない。真っ暗闇の中に落としてしまいそうになる。
 介はそっとポケットの中にラリマーを入れ直した。海のようだと例えてくれた仲間を置き去りにしてきた街の方角を見やって、微かにうつむく。
「――考え、やっぱり写ってるのか……」
 今までだったら、凄く嫌だった。けれど今は――わからない。
 一つ言えるのは、また自分を助けてくれた人たちのその手が、また消えてしまうことだけは耐えられないという感情だけだった。
 やはり、いつ寝たかは覚えていなかった。ただ今回だけは頬に痛みは残らなかったし、エレヴィアの顔を赤くさせることもなかった……と思う。
 街まで着くのに、さほど時間はかからなかった。警戒していた魔物との戦闘もなかった。
 ただ。
「そこのお姉ちゃん綺麗だねー」
「あなたに一目惚れしました」
「こっち来ないー?」
 アルバーノが言うことがよくわかった。
 これは、簡単に人嫌いを悪化させられる。
 一度引き受けた以上エレヴィアに変な虫が寄らないよう、できる限りガードする気ではいたが、これは予想以上だ。宿場町一つ移動するだけでこれほどになるとは思っておらず、介はエレヴィアを気遣うように見下ろした。
「大丈夫か? ヴルツェルさん……」
「……もう諦めてるわよ」
 それとと言いたげに睨まれて、介は苦い顔になる。この間苗字で呼ばなくていいと言われたばかりなのに、また呼ぶ自分を貫く緑の双眸そうぼうが伏せられて、溜息を溢していた。
 また苛立たせてしまってばかりだ。夜古浜よこはままでとは言っても、やはりパーティの中を険悪にさせたくない。自分を拾ってくれた彼らの関係を、自分が壊すような真似はしたくなかった。
 カミシナたちが宿をとるということだったので、アルバーノと連絡を取り合うことを了承した介は、エレヴィアと町を少し散策することになった。
 千聖たちに保護してもらった魅衛みえよりも、小さな町だ。
 エレヴィアが服飾の店を見たいと言っていた。手持ち無沙汰になった介は、その間に一番外周に近い場所を確認し、顔をしかめた。
 恐らく端から端まで歩くのに、二時間もかからないだろう。住宅が密集している地域から少し離れれば、簡単に田畑が見えた。
 外周は木の簡素な柵だけ。魔物が出れば大変なことになるだろう。この町は立ち寄る冒険者の数もそこそこなようだが、いかんせん手練てだれと言った人々の姿はあまり見かけない。
 攻め込まれたら危険だ。魔物が群れを成してくる可能性は低いが、単体でも初陣間もない冒険者に挑ませたくはない。
 柵の弱い場所がないか、遠目だけでも確認した。今のところ腐った木はなさそうだ。
 町へと引き返した介はしまったと顔を強張らせる。
 エレヴィアが店の外で待っていた。一人であることをいいことに、男たちが数人彼女を囲んでいる。慌てて割って入り、エレヴィアに申し訳ない思いで見下ろした。
「ごめんエレヴィア。待たせたか?」
 周囲の男たちの表情が一変し、不機嫌なものになった。露骨な舌打ちと共に去っていく中には、彼氏持ちかと呟く者もいて、介は顔をしかめる。
 アルバーノから教えてもらった言葉で確かに追い払えはした。けれどこれでは……。
「……エレヴィア、毎度ごめん。勘違いする人続出させて」
「……大丈夫よ、気にしてないから」
「けど嫌だろう、さすがに……何度も誤解されるし、対策って言っても好きでもない奴と、つきあってるなんて風に装われてるわけだし」
「別に。嫌なら最初から言ってるわよ」
「けど……何かあったのか?」
 どうしてだろう。エレヴィアがどこか気を落としたように見える。彼女の溜息は、そっと溢されていた。
 いつもなら苛立たしそうにすることが多いのに。
「なんでもないわよ」
 言えないことだろうか。少なくとも自分には。この町に着くまで野宿だったから、もしかしたら体に響いているのかもしれない。休ませたほうがいいだろうか。
「……あまり溜め込まないようにな」
「溜め込んでるわけじゃないわよ」
「ならいいけどね……戻ろうか」
「そうね。あんまり待たせるのも悪いし」
 どうしたのだろう。また自分に関することで、嫌な思いをさせてしまっただろうか。
 喧嘩の頻度を抑えるように気をつけていたけれど、やはり気に障ることをしたのかもしれない。現に自分を見たエレヴィアは、少し呆れた様子だった。
「そこまで変な顔しなくていいじゃない」
「いや、してないよ。ただあまり溜め込んでたらと思っ……ごめん、なんでもない」
 一番、自分が言えないセリフだった。
 踏み込まないと決めていたのに、随分と矛盾した言葉が出たものだ。自然れる目の先はどこにやるとも決められず、介は土をならしただけの道を見つめていた。
「なんでもないことはないでしょ? ……心配かけてごめん、些細ささいなことだから」
「……些細なことなら適当に発散できてるよ、君は。おれにじゃなくてもいいから、言える先は作っておくんだよ」
「……そうね……」
 何か、続けて言ったような気がする。聞き取れなくて、介はエレヴィアを振り返った。
 すぐに何もないと言って歩き始める彼女を足早に追い、介は首を捻る。
 落ち込んでいるようにしか、見えなかった。連日、この町に向けて移動するために随分と歩いたのだ。
 まだこの世界に来て間もないのに、千聖もエレヴィアも、根を上げずに野宿も移動もついてきてくれていた。ゆっくりとしたペースだったけれど、現代人が応えないはずがなかった。
 買い物だってゆっくりしたいだろうに、満足もできないはずだ。少なくともまだ顔を合わせて日も浅い男と二人でなんて、ゆっくりできないだろうけれど――
 ふと、目に留まった店に、介は足を止めた。
「気晴らしになるかわからないけど、一緒に買い物行くかい?」
 エレヴィアが驚いて振り返っていた。介は店を示した。
 自分は初めて行くけれど、きっとエレヴィアはああいうところが好きなのではないだろうか。


「へえー行ってきたんスかあー」
「ちゃんとボディガードできたんだなあ感心感心」
「そういう風に追い払えって言ったの二人でしょう……」
 さっとカミシナとアルバーノの目が扉を向いた。ただ、強烈な熱気を感じて咄嗟とっさに氷壁を創り出し、介は三十センチの厚みのそれを貫きかねない炎の塊に絶句した。
 一週間でこの威力に仕上げるなんて、エレヴィアの魔術のセンスは素晴らしすぎるのだ。
 怒りで顔を真っ赤にした彼女が、また部屋の扉を勢いよく閉めた。激しい音を立てて閉まる扉は、微かに痺れを残すように震えて開いている。
 エレヴィアの姿はなかった。カミシナとアルバーノの視線が介に刺さる。
「……やっぱり途中で買ったアクセサリー、趣味に合わなかったかな」
「介まじ何やらかしてきたんスか。普通キレるようなことまた口走ってたスけど」
「……いや、特に何かしたわけじゃ……帰りがけに見かけた店で買って渡したもの、気に入ってもらえなかったかなあ」
 沈黙を、調理の音が彩る。
 カミシナへと目を向けると、彼の呆れ果てた顔と目が合った。
「デートっス、どう聞いてもデートじゃないっスか、それ」
「はっ? ……いや、付き合ってるわけでもないのに、デートは違うだろう」
傍目はために見たらぜってえデートっスよ、それ! つーか男が女誘うってつまりそういうことっスよ!!」
 目を瞬いた。迫真の表情で叫ばれて、介は思わず固まる。
「そ、そうなのか……? 違うと思ってたよ……あれ、じゃあおれさっきそれ綺麗に切って捨てたんじゃ……」
 はたと、介は固まる。残念なものを見る目をされても気づかない。
「って、エレヴィアもそういうつもりじゃないって知ってるか……なんで怒ったんだ?」
「うわー。鈍感も鈍感っスね。女の敵ー。スケコマシー」
「……すけこまし?」
「……とにかく、介は劇的にニブいってことでいいっスよ。タラシって言ったほうがわかりやすいっスか?」
 劇的に鈍い。たらし。
 言われて、胸の内が妙にナイフでえぐられた気分だ。介は溜息をついた。
「一番ないよ」
「それがあるんスよ。無自覚ってタチ悪いっスねー。一体何人泣かせてきたのやらっスよ」
 肩を竦められる。介はなんとか笑みを浮かべた。
 似たようなことを、あの人たちからも言われたような気がする。この一週間、魔術を教えることに没頭しても離れなかった影が、また過ぎる。
「……つい半年前からだよ。こうやって人と関わろうって動けるようになったのは……今もまだ、きついけどね」
「ま、そーいうことにしとくっスよ。納得のいかない部分もあるっスけど」
 ……本当、なんだけどな……。
 肩を竦めてみせたカミシナに、介は何も言えなくなる。納得してもらえないぐらい、自分の素性を明かしていないのだ。無理もないとはわかっている。
「それより、この町の外壁、柵だけなんだな。今までただの動物被害しかほぼないみたいだけど……ここ最近の魔物被害を考えると危険だね」
「この辺は冒険者の通り道っスから。それに、名物になるようなモンもないから、街に使える金がねーんスよ。整備行き届いてないのも、守る元冒険者もいないのも、そーいう理由っス」
「……宿場町というだけじゃ、やっぱり難しいのか……新米冒険者もちらちら見かけるということは、やっぱり路銀が少ない人も立ち寄るからか……」
「そーいうことっス。何も起きなきゃいーんスけどね」
「そうだな……実力もまだ掴めていない人が、突っ走らないようにしたいけど……壁が薄いんじゃ……」
 自分はそういった経験はない。突っ走るよりも、無難に生きることを選んでばかりだったから。
 けれど無鉄砲な人は嫌というほど知っている。正義感の強い人も。
 実力を伴わなければ、それが危険だということも、重々肌身で感じてきたのだから。
「しかもそういう嫌な予想した時に限って当たるんスよね……はぁ、ほんと嫌になるっスよ」
「……言葉には魔力が宿るって言ってたな……その延長線かな……」
「かもしれないっスねー。とりあえず養生しとくべきっス。何か起きそうっスからね」
「そうだね……エレヴィアもう休んでるかな……」
 結局、彼女に謝るタイミングはなくなってしまった気がする。カミシナが苦笑いを浮かべていた。
「今日夕飯当番だし作ってんじゃないっスか? まぁ千聖かアルさんが近くにいるだろうし大丈夫だと思うっスけど」
「さすがに二人がいる中で……いや、謝ってくるよ。また紅葉作られそうだけど」
「いてらー。なんでもかんでも謝らなくていいと思うっスけどねー」
「あまりそのままっていうの慣れてないんだ。気になる……気にしすぎかなあ」
 眠い頭をなんとか起こしつつ扉を開ける。手をひらひらと振るカミシナは、真顔で頷いていた。
「しすぎっス。レヴィもやりすぎって自覚あるだろーし、その内謝る機会探すはずっスよ。後寝ないでくださいっス」
「しすぎか……あ、いや……ちょっと人ごみにやられた……籠もりたい……」
「ご自由にどーぞっス。飯の時間には来るんスよー? 俺もちょっと行くとこあるし」
 こんな時間に用事なんて、カミシナはこの町に詳しいのだろうか。そういえば名産品がないとか、色々言っていたような。
「ああ……町もう暗くなり始めてるし、気をつけて」
「ウィッス。夕飯までには帰るっス」
「いってらっしゃい……」
 カミシナを見送り、介は与えられた宿の部屋に戻ると、勢いよく倒れ込んだ。
 人が多いのは、やはり考え物だ。きつい。声をかけてくる連中をあしらうのも、やはり緊張した。
 ねむ――




掲載日 2022/03/06


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