境界融和世界の幻門ゲート

後編 第03話 02
*前しおり次#


「おはようございます……」
 キッチンを設けられている談話室へと向かうと、エレヴィアが手際よく料理していた。欠伸を交えて近づくと、早速酒の封を開けているアルバーノが見上げてきた。フランス料理が皿に丁寧に盛り付けられており、空腹を訴える体に介は目を瞬く。
「やっぱり寝てたか。おはようさん」
「おはようございます。……みんなそろ……カミナは?」
 はたと見やれば、マイペースに早速食事を勤しんでいる千聖がいるのに、その隣にカミシナの姿がない。冴えてきた目で周囲を見渡すが、他の冒険者のところに紛れている様子もない。
「もう戻ってくる時間じゃあ……」
「いいや? 部屋に居たんじゃなかったのか?」
 アルバーノの酒を飲む手が止まった。エレヴィアも、ブイヤベースを作る手を止めている。介は顔をしかめた。
「さっき外に出るって……行き先聞けばよかったな。おれ探してきます」
「いや、ならみんなで行くべきだろう。カミナ以外連絡手段あるわけだしなぁ。エレヴィア嬢ちゃん、音で探れるか?」
「……ダメね、何も聞き取れない。アイツ気配消してるんじゃないの?」
「気配消すような場所にいくとしたら……情報関係か……?」
「さてねえ。……とにかく、行くとするぞ。千聖、飯は後だ」
「……はーい」
 最後の一かけらを飲み込んだ千聖が、残念そうにうなだれた。食事を一度部屋に引き上げることになり、ブイヤベースを作り上げたエレヴィアと共に手早く運び、支度を整えて出る。
 夜の町は、篝火かがりびが街灯の代わりになっていた。魔石もこんな小さな町では希少なのだろう。火の番をするためか、村の危険を探すためか、物見櫓ものみやぐらが暗い夜空の中一際重い色を掲げている。
「手分けしたいけど、おれもみんなもこの町は不慣れだし……あ。そういえば町の外周の柵の話で悪い予感がどうのって言ってたな……」
「柵……? ……じゃあまさか、この音って戦闘音……?」
「戦闘!? ――方角は?」
 ずっと耳の聞こえをよくする魔術を使っていたのだろうか。エレヴィアは周囲に顔を向け、耳をそばだてている。
「東……来た方向とは逆ね。獣だと思う。多分、近くにカミナがいるはずよ」
「カミナの嫌な予感は当たんだよなぁ……さて、と。行きますか」
「はい――!」
 焦りを隠せず、介は頷くとすぐに走る。遅い足に苦い顔になりながら、エレヴィアがかけてくれた速度を速める魔術のおかげで、難なく現場に辿り着いた。
 人が、倒れている。血だらけで、牙を突き立てられたあとまで遺して。
 無事な人々が必死に鍬や鋤を構えているけれど、狼たちの爛々とした目を見ればどちらが劣勢かよくわかった。介は歯を食いしばる。
 カミナは――いない。
「みんな、一体を残して他を殲滅せんめつしよう。残す狼に巣まで案内させる。方法は考えているから、深追いはしないように」
 狼たちの目がこちらを向いている。けれど奴らの今の目当ては町の人たちだ。怯えた様子で、弱腰に構えられたくわすきがどういう意味かを狼たちもわかっているのだろう。
「あ、あああ、あんたたち冒険者か! た、助けてくれ!」
「背中を見せずに後退してください、ゆっくり、刺激しないように!」
 アルバーノが矢をつがえ、撃ち抜いた。
 町人へと狙いを定めていた狼の肺を綺麗に撃ち抜き、震えさせる。千聖が前に出、アルバーノを狙おうと飛びかかってきた獣たちを左腕の盾で捌いた。
 千聖はそもそも、剣を握ってもまだ当てられる試しはそんなにない。盾の役割を担っている彼が消耗しきることだけは避けなければ。
 現状エレヴィアが主な火力となる。ただし、それは魔術でしかない。
 無茶はさせられない
「開け幻門ゲート、我が門は水。ラリマーの輝石をもって力をここに具現する」
 詠唱に素早く反応し、獣たちが飛びかかってくる。介は目つきを鋭くした。
 詠唱をわかっているということは、こいつらは――!
「顕現せよ水、たけき熱波を穿うがつ、隔絶かくぜつの氷槍となれ」
 千聖へと飛びかかろうとした獣を、氷の槍が貫いた。
 一本出しても疲労はこない。少なくとも以前のような出力を求めなければいける。丁寧に詠唱さえすれば。
 ただし
「出せない分、時間はかかる……!」
「顕現せよ火。天をかけよ、我が障害を射抜いぬ灼熱しゃくねつとなれ!」
 炎の矢が一直線に飛ぶ。狼が避けていた。
「アンタらに構ってる暇はないのよっ! 顕現せよ風、乱風の爪、彼の四肢を切り裂かん――!?」
 鎌鼬が狼の手足を切り裂いたその時、まだ残っていた炎の矢からバチバチと激しい光が明滅した。エレヴィアが目を見開く中、介は周囲を確認して舌打ちする。
「鋭き敵意をはばむ氷壁となれ!」
 町人たちへと襲いかかろうとした狼たちが、壁に阻まれて情けない声を上げた。急いで走って逃げる人々を庇う広範囲の壁を創り出す代わり、薄いものにしたせいだろう。壁がひび割れてしまっている。
 狼たちの目が、さえぎるもののない介たちへと向く。
 介の視線が、エレヴィアと交錯する。
「介、広範囲に冷気放てる? 一掃するわ」
「ああ。ついでに氷のつぶても設けるよ」
「どうも」
 繊細な魔術は、好きだ。
 攻撃的なものよりも。破壊力の高いものよりも。
 けれどそんな弱い魔術でも守りに使えるなら。
 ――いや。
 弱いままの魔術なんかで終わらせない。
「育て切る――!」
 霧氷が空中に広がる。エレヴィアが凛とした翠の目で狼たちを睨む。
「顕現せよ風。春風よ踊れ、遮るものなき自由を力とし解き放て!」
 成長した氷の礫が、突風にあおられさらに成長する。
 暴風が冷たく敵を包む。氷の礫に毛を切り裂かれ、皮膚を切り刻まれ、狼たちが震えて悲鳴を上げる。
「っ! なるほど……!」
粗方あらかた片付いたわね……でも、カミナは……?」
「ほいほい、デカイの撃つから下がってなお二人さん?」
 アルバーノがボウガンをしまい、コンポジットボウを取り出した。弦を絞る男の目が鋭くなる。介は汗を拭って頷く。
「はい――!」
 光の矢が、弾ける。
 狼たちへと光の矢が雨のように降り注ぐ。千聖が周囲を見渡して、あ、と口を開く。
「……逃げた」
 一匹、必死に走っていく。傷だらけの体を震わせながら。
 介は詠唱を簡略して魔術を撃ち、逃げる狼の体に冷気を纏わせた。獣の足音と共に、地面に一つずつ、氷の華が咲く。
 術が成功したと気づいて、介は微かに息を切らして周囲を見回す。
 柵は――急いで直してもらう必要がある。自分が作った壁は、あんな薄さではきっと、朝までもたないかもしれない。
 それに今は、もう一つ気がかりなことがある。
「――カミナ! いるなら返事してくれ!」
「ダメ、気配消されてる。探れないわ」
 やっぱり、駄目なのか。
 彼は今どこにいるのだろう。まさか、こいつらにやられたなんてこと、さすがに……
 いや、ない。断言できる。あの男はまだ魔術のそれも物理的な攻撃も見せていないけれど、油断ない目をしているし、頭も切れるのだから。
 万が一、なんて……ない。
 そうだろうか。万が一があるかもなんて……いや、考えてはいけない。
 呑まれるな、負の感情なんかに。
「……巣の位置を把握するだけして、残りは、体勢を整えてからにしよう。少なくとも、カミナが欠けている状態で戦うのは……リスキーだ。まだそんなに連携をとれるわけじゃないからな」
 アルバーノが微かに目を細めてきた。介は呼吸を整える。
「確かに、カミナは前衛だからなぁ」

 このままでいいのか?

 かすかに肩を強張らせる。
 輝石の濁りを確かめるべくもない、囁き声が耳を掠める。

 誰かがまた、犠牲になるかもしれないのに

 奥歯に力を入れて、思考を振り払う。
「千聖は防御型だから攻撃は苦手だ。が、カミナが今日見つかるってー保証もねぇぞ?」
「……巣を把握してから考えましょう」
 エレヴィアが肩を竦めていた。介も小さく頷く。
「そうだな。アルさんのおっしゃることももっともです。けど、おれたちだけで突撃して、倒せる程度とも限りません。エレヴィアの言う通り、巣を把握してから対策を考えるほうが妥当です」
「それに今は夜。やっこさん方に気づかれたら、こっちに勝ち目はねえしな……千聖、やれるか? 一応俺もやるけど、夜だから不安でな」
「うーん、やってみるけど、失敗しても怒らないでね? 開け幻門、我が門は闇。エレスチャルの輝石を以て力をここに具現する。顕現せよ闇。暗きにひそみし世界を映せ」
 途端に、町のほうから漏れる篝火の明かりをまぶしく感じた。目を細めて、暗い夜道を睨む。
 草木が、暗闇の中でもはっきりと見える。
「――大丈夫、上手く行ってるみたいだ。行きましょう、獣に纏わせた冷気で、辿った道に霜をつけられていると思います。早めに動いて巣の位置を把握しないと」
「そうね。カミナのことも心配だし」

 本当にそこでいいのか
 裏切られたんじゃないのか
 もしかしたら死んでいるかも――



掲載日 2022/03/06


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