境界融和世界の幻門ゲート

後編 第03話 03
*前しおり次#

 ……違う。
 彰吾しょうごさんたちのようなことになるなんて、ない……カミナはまず、そこに首すら突っ込まない、はず……
 千聖をしっかりと見つめた。
「頼むよ。焦らず、なるべく悟られないように」

 こんな初陣ういじん間もないような奴らに、やらせるのか?

 ……頷く千聖を、信じなければ。
 彼のステータスもポテンシャルも、まだまだぶれがあるけれど、育つ。
「一応、こっちの気配を隠す術はかけてある……が、獣は鼻が利くからなぁ」
「……鼻もですが、一番厄介なのは、耳ですね。森の中の音は、彼らには聞こえやすいですから、遠目に確認したらすぐ引き返しましょう」
「だな。バレねえ内にトンズラさせてもらうとしよう。群れ相手は厄介だしなぁ」
「今、おれたちが群れと戦って、勝てる確立は低いですからね……」

 そのままこいつらを連れていって
 またお前の傍で死人が出るかもしれないのに

 目を見開いた。
 顔が強張らないように、平静を装う。
「そうさな。んじゃー、アルさんと千聖で視界を広げつつ気配探るってー戦法で行くか」
「よろしくお願いします」
「……こっち……」
 ……息が、微かに上がりそうになる。
 そんな変化も出してしまったら、きっとエレヴィアの気を散らしてしまう。カミナや周囲の危険を音で探ってくれているのに、気を逸らすようなことしたくない。
 霜の華が開いている。狼が辿たどった道がしっかりとわかる。
 慎重に、一歩ずつ。
 一度完成した華は朝日を浴びない限り、新たな熱をいただかない限りけない。
 光が来るまで、次まで紡がなければ。
 息が切れそうになる。なんとか唾を呑みこんだ時、千聖が、アルバーノが足を止めた。
 霜で作られた氷の華が、洞窟へと続いている。奥へ、奥へ。
 あれが巣だ……近くに獣の姿はない。血も途切れている。
 けれど間違いない。
「……巣の場所はわかった。獣の数は恐らく、さっきの半分前後が、いるはず……把握できたし、戻りましょう。カミナを探さないと」
「呼んだっスか?」
 後ろからの声に、介はぎょっとして振り返る。
 飄々とした男の顔は、灰色の髪とアイスブルーの目は、嫌でも見覚えがある。大きく口を広げようとした介は一度歯を食いしばった。
 声は――抑えないと……!
「カミナッ、何やってたんだっ、心配しただろう!」
「しーっ、そんな大声出そうとしないでほしいっスよ。さっき野暮用って言ったじゃないっスか」
 こういう時に限って、元々気質が似た腹の探り合いと冷静さには苛立ちが湧く。なんとか自制心を保とうと意識して、感情を振り払った。
「聞いてたよ。それに巻き込まれたんじゃ、ないかって探しに出たら、獣が入り込んでたし、君の姿はないし……」
「仕方ないじゃないっスか。時間かかってもオレ連絡手段ねーんスよ? ……で、あれ、どうにかするつもりっスか?」
 カミシナが見つめる先は、洞窟の入り口だ。やはり町中で騒動の話は聞いたのだろう。説明要らずと言えばいいのだろうが、介は苦い顔で首を振る。
「……どうにかしたいけど、これじゃあな……」
 自分の輝石を見せた。えた青を形容されてきた色は、そこにない。
 随分と濁ったラリマーに、エレヴィアが心配そうに介の顔を見ている。カミシナも目を細めていた。
「顔色、悪いわね。大丈夫?」
「コンディション悪そうっスね。気付かれないように退散するが吉っス」
「……悪い……魔術の、出力調整は、ある程度掴めた……次はここまで、消耗激しくせずに、魔術を撃てると思う……」
「そのことで聞きたかったことがあるんスよね。ひとまず宿に戻って休むっスよ」
 聞きたいこと?
 もしかして、あのことだろうか。境途の……自分が逃げてきた理由、か。
 もしそれを聞かれたら、早いけれど、自分は……。
「……わかった」
「……乗る?」
「……い、いや、いいよ……体力そのものは、ある。歩けるし、フラついてもないから」
「大丈夫?」
「ああ。ありがとう……」
 千聖が心配そうに、背負おうと構えていた体勢を解いていた。あまり表情は変わらない彼だけれど、彼は顔の筋肉全てを動かすよりも、目の周りに出ていることが多い。
 心配をかけてしまうほど、やはりいつもより調子は落ちていた。
 実際、声も聞こえてきていたし、今も意識すれば聞こえてきそうだ。
 本当に彼らは味方なのか。自分が黙っていることがあるのに。苦しいなら楽になればいい。みんなで死ぬようなことになりかねないのにいいのか。
 ――考えないように、しなければ。


「さーて、じゃ、聞いときますかね。レヴィ、音漏れ大丈夫っスか?」
「そうそう漏れないわよ。アタシとしては、アンタがどこに行ってたかも知りたいんだけど?」
 宿に戻ってすぐ、すっかり冷えたブイヤベースを、エレヴィアが魔術で簡単に温めてくれた。温かい食事を少しとり、介はほっと息をつく。
 戻って、これた……。
「おれもだよ。どこにいってたのか、少し想像つきはするけど」
「野暮用は野暮用っスよ。野暮なこと聞かないでほしいっス……って言いたいっスけど」
「……おれにならともかく、アルさんたちにそれはないんじゃないか?」
 顔をしかめた介だが、カミシナはけろりとした顔で肩を竦めている。
「アルさんは知ってるっスよ?」
 は?
「おう、場所は知らねえが何しに行ったかは知ってた」
 なんだ、それ
 そりゃ、確かにエレヴィアも千聖も、まだ初心者同前だ。冒険者と言うには経験も知識も足りないし、ましてや身を守ることすら危ういのはわかっている。
 だけど、仲間だろ――!
 あの人たちは、しっかり話してくれた。なのに……!

 帰りたいのに逃げたのはお前だろう

 目を見開いた。カミシナが、事もなげに肩を竦めている。
「墓参りっスよ、誰も埋まってねえ、形だけのね」
「……え」

 お前は今、仲間を疑ったな
 お前は仲間じゃないな

 胸を掴まれた思いだった。血の気が引いていく。一瞬ぎった凄惨せいさんな光景を、仲間が裏切ったあの瞬間が、目の前を過ぎったような――
「っス。……この話は今はやめるべきっスね。介、顔色が悪すぎるっス」
 はっとした。カミシナが目を細めて、微かに眉根を寄せて見てきている。その男の目に映る自分の顔が青いのは、彼の目の色のせいではない。
 自分の情けない顔を見れずに、介は俯いていた。
「……悪い、自分で聞いたのに……」
「いいんスよ。オレも言いたくなかったっスから」
 ブイヤベースにすら、自分の顔が映って見える。
「……そういう事情だって知らずに、聞き出そうとしたんだ。怒ってもおかしくないと、思うけど……」
「気にしてねーっス。オレが介に聞こうとしてたことのほうが不躾ぶしつけっスから。とにかく今は休んでほしいっス」
 やはり、もう潮時だろうか。
 薄々、いつかは聞かれると思っていたけれど。
「……おれが境途から出てきた理由か?」
「いんにゃ、違うっスよ。ただ今の状態で聞くほど、オレも鬼じゃねーっスよ」
 え?
 違うと言われて、ざわりとした言い難い気持ち悪さが止まる。カミシナは飄々と介に肩を竦めた。
「ほら、さっさと飯食って風呂入って寝て下さいっス。しばらくこの町滞在するっスから」
「え……あ、ああ」
 今さら手が止まっていたと気づいて、介はのろのろとスプーンを口に運んだ。
 あっさりとしたスープが、胃を温めてくれる。麻痺しつつあった何かが、ほどけていく。
 カミシナへと、介はやっと目を向けられた。
「……話してくれて、ありがとう」
「核心は話してねえからありがとうは違うっスけどねー。ま、ドウイタシマシテって言っとくっスよ」
「……はは、片言になってるよ」
 お互い様だろうか。こんなに息が切れたのは、数日振りだ。
 ……数日で、忘れるようになってしまっているのだろうか。
 元々薄情だと思っていたけれど、自分はやはり……いや、やめよう。きっと、輝石を消耗して、声≠ノ近づかれて、考えが正常に働いていないだけだ。
 今もまだ、何か見落としているような気がするのだから。
 しっかりと、ゆっくりと食べた。エレヴィアは介が肉をあまり好いていないことを知っているために、介よりも千聖とカミシナにその肉を多く回してくれていたから、助かった。
 折角作ってもらったものを、この体調で戻すなんてことはしたくない。
「ご馳走様。作ってくれてありがとう。……おやすみ」
「おやすみ。……無理は、しないでよ?」
「ああ。しっかり休む」
 食器を下げて洗おうとすると、エレヴィアにそっと止められた。心配そうに見上げられ、介は目を丸くする。
「石、無理させないようにね?」
 くすぐったかった。部屋のドアまで見送られて力なく笑うと、エレヴィアが目を丸くする。
「もう魔術撃つことはないんだ、大丈夫だよ。おやすみ」
「おっ、おやすみっ!」
 目の前で、扉が勢いを立てて閉められる。
 瞬きを何度か繰り返すも、今までのような罪悪感も焦燥感も湧いてこなかった。
 ただ、またエレヴィアが顔を赤くしたことが、ただただ意外なだけで。
「おれ、何かしたか……? あ、無理だ、寝る」
 自室へと戻る。
 ベッドにもぐって数秒したかどうかで、介は寝息を立てたのだった。


掲載日 2022/03/06


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