「やっと着いたっスよ、今日はここで宿取るっスよ」
道中沢山の人々とすれ違い、獣や山賊にも何度か狙われた。だいたい山賊が狙う先はエレヴィアと食料と金目のもので、その度に介が静かに怒って網の魔術で敵を捕え上げ、網を凍りつかせて氷柱を彼らに発射するという
ただ、この世界ではもはや、命のやり取りは当たり前のことなのだ。カミシナも命を狙われれば容赦をする気はないし、アルバーノも同様だった。
エレヴィアも千聖も、命のやり取りをすることに対して恐怖こそあれ、あの狼退治の際に決意は固まっていたそうだ。介が水の網で敵を捕らえたり、霧を発生させた場所に、エレヴィアの電磁砲に似た魔術が敵に襲いかかるという連携もできるようになった。千聖は普段ぼうっとしているけれど、いざとなれば相手の視界を暗くしたり、自分の負った怪我を自力で治して、襲いかかる敵の戦意を独りで削る恐ろしささえ見せた。
たまに魔力を使い果たしかけた介が戦線から抜けても、玄人のカミシナやアルバーノが補助をするし、エレヴィアも千聖も難なく戦えている。
そうやって回想をしているものだから、気づけばエレヴィアに呆れた顔で真正面に立たれ、見上げられていると気づくのが遅くなるのだろうか。
「遅れるわよ。というか、カミナもおっさんもさっさと行っちゃったけど」
「ああ、ごめん。すぐ行く――」
「よし、準備できたな……お前ら武器と鎧忘れるなよ、
金髪の少年の声が、元気よく響いている。ついそちらに目をやる介は、エレヴィアが心配そうに見上げてくる姿に気づけなかった。
日本で言うなら、恐らく高校生ぐらいだろうか。介と近いか、少し低い背の彼は、千聖と同じく剣と鎧と盾を携えている。一緒に遺跡へと向かうらしい仲間は誰がいるのかと、自然目が探って、見た光景に目を疑った。
あんなの、旅装じゃない。
あの少年と近しい歳ぐらいの子供たちが寄って集っているだけだ。呪文書は全く使い込まれていないし、市販で買った程度。鎧も手入れが行き届いているとはお粗末にも言い難い、新品同然だ。見える限り、彼の仲間だろう彼らは目にこそやる気はあるも、まるで子供だけで行う初めてのキャンプも同然だった。
エレヴィアが顔をしかめるぐらいに、彼らの様子は――おかしい。
「イドラ・オルムの民がいないわ、あのパーティ」
「ああ。他にそういうパーティがないわけじゃないけど……冷静に考えられそうな参謀役が欠けている。何より経験不足が目に見えてる」
この街に着くまでに、境途にいる間に、数多くの冒険者たちを見てきた。中には夢半ばに折れて、帰りたい想いを前に膝を折り、帰れなかった人々も見ている。共闘したグループもあった。だがあれはまるで、おもちゃの装備を手にした子供が山登りに行くようなものなのだ。
行って、万に一つでも戻ってこれたとして……彼らは明日、笑っていられるのだろうか。
旅立つ方角は同じだ。どうやら彼らのほうが早いようだけれど……。
「私たちも行きましょ、休まなきゃ」
「……ああ」
彼らのような冒険者の末路がどうなるか、わかってしまう。
止めたいのに、止められないのは……
歩み始めた足をくるりと返す介に、エレヴィアが目を丸くした。
「あの、今遺跡という単語が聞こえたけど、その装備で行く気か?」
途端に、少年たちから怪しいものを見る目で見られた。一人を除いて。
「おう、そのつもりだぜ! あんたも冒険者なのか?」
「ああ。一年とまでは行かないけど、それなりに。遺跡に潜った経験もある。けど君らはまだ、冒険者としてチームを組んだばかりだろう。まず依頼を受けて、獣退治や荷運びなんかで路銀を稼ぎながら、戦いや知識を磨いたほうがいい。遺跡の中で戦いが起こっても、急場の対処も、そこから学べるから」
金髪の少年が目を丸くした。黒髪の少年がうろんげに睨んでくる。
「はー、ケチつける気かよ。こっちはちゃんと武道やってんだぜ」
「日本人の子だね」
「ああ。日本人だからってバカにすんなよ」
「むしろ、武道をやっているからと
「はあ!?」
少年が怒りの余り荒げた声と腕を、千聖がマイペースに掴んで止めさせたではないか。振りほどこうとした少年がぎょっとしている。
彼の手を振り払えないのだ。鎧を着込んだまま、魅衛から無御夜へ向けて歩く彼の体は、たった数週間で随分
「うん、筋肉しっかりある。依頼こなせば、行ける?」
「そう思う。鼻に突くような言い方は謝る。けど君たちが全員生き残って、遺跡の最奥に辿り着くためにも、準備として依頼を受けてほしい」
じっと、金髪の少年が見てくる。黒髪の少年の手を放した千聖に、黒髪の少年は舌打ちをして離れていった。一緒にいる少女二人も、そしてもう一人いる少年も、不安げな顔や我関せずといった表情だ。見たエレヴィアが顔をしかめるほどに。
「頼む、考えておいてくれ。それと今日出発するにしても、もう夕方だ。隣町には今日中には着けないし、野宿をするなら害獣や山賊に気をつけなきゃいけない。急ぐなら明日の朝か昼に出発するといい。行こう、エレヴィア、千聖」
エレヴィアが頷き、千聖が不思議そうに首を傾げて、共に歩いてくれる。後ろからあの黒髪の少年が何か言ったのだろう。千聖が微かに顔をしかめた。
「……んー……」
「いいよ、気にしないでくれ。おれ何も聞こえなかったし。気にかけてくれてありがとう」
頭を撫でてやって、いつもなら嬉しそうに笑う千聖の表情が、晴れない。エレヴィアも表情が浮かばれないし、どうしたのだろう。
「……介、その……」
「なあ、あんた名前は!?」
驚いて振り返ると、先ほどの金髪の少年が走って追いかけてきていた。まっすぐ見てくる目に、介はぽかんとする。
「え……介だけど」
「タスクマネージャーのタスクか? よし覚え」
「違うっ! 日本語で介護とか仲介とかって仲立ちの意味だ!!」
「あ、なるほどな、仲人って奴か! 忙しそうな奴だなー。じゃあ本名は?」
「なわけあるかそれが本名だ!!」
後ろから聞き覚えのある吹き出した声と、げらげらと笑い飛ばす声が聞こえてきた。アルバーノとカミシナが戻ってきたと気づいて沸点が刺激される。
というか、この少年……日本を知らない人だとわかったが、いくらなんでもこれはない。
「名前がそれって苦労しそうだなー」
「……助けるって意味もあるんだよ余計なお世話だっ」
「そうなのか!? じゃああんた、根っからいい奴なんだな!」
はあ?
それこそ、先ほどの黒髪の少年とそっくり同じ声音が心の中から駄々漏れた。また後ろからでかい笑い声が聞こえてきて、介は苛立ちに頬を引くつかせる。金髪の少年は堂々と胸を張ってくるから性質が悪い。
「じゃなきゃオレらに声かけてくれねーよ。大抵の連中が他人の面倒見る余裕ねえとか、理由つけて断ってくるばっかだったんだ。そういう寄せ集めなんだ、オレらんとこ。だからありがとな! あ、ファミリーネームだけじゃなくてファーストネームも教えてくれよ!」
「だから介がファーストネームだ!! ファミリーネームは……」
言おうとした口を一瞬噤む。アレンが不思議そうに首をひねり、介は首を振った。
「日本人はあまり、名前全部を公開する人は多くないよ。また会ったらその時は教える」
「ふうん、テツは普通に教えてくれたけどなー。んじゃ次会ったら教えてくれよ、絶対会うから!」
「は、はあっ?」
ついに漏れた声に、少年はけらけらと笑っている。
「オレはアレン・フォティゾ。ドイツ人なんだ。また会おうな、タスク!」
「……あ、いや待った、今タスクマネージャーのほうで発音しただろ、また会うって言うぐらいなら訂正しろ!!」
少年は元気に手を振ってさっさと走っていってしまった。叫んだ介を見て、あの黒髪の少年は遠くからあっかんべえをしてくるも、気にする気が起きない。
あっという間に宿屋の中に入っていく五人に呆然とした介は、後ろからカミシナに肩を叩かれて、心ここにあらずのまま振り返った。
まだ笑われていた。
「なんスか今の嵐……ぶっ」
「……おれが聞きたいよ……」
「いやー、若さ故の眩しさもう感じてるのか?」
正直、途方に暮れる思いだ。アルバーノまでにやにやと笑ってくるからどうしようもない。
「ところでタスクマネージャーって?」
「聞くな」
しばらくこれでからかわれそうだなと痛感する介。頭を痛めつつ、カミシナたちが手配した宿屋に向かう。とっくに宿屋で会計を済ませてくれていたのだろう。部屋へと向かい、皆の一番後ろを歩く中、何度も人とすれ違う。
目を、見開いた。
足が止まる。ただただ、すれ違った人の中でたった一人、一度忘れ、二度頭から離れた顔がそこにあった。
気のせいだと、思いたかった。
「存外、有り余っていたのは体力だけじゃなく精神もだったか?」
気のせいじゃ……
「久しぶりだな。お前が飛ばされたせいで一ヵ月も棒に振る羽目になった」
なぜ、こんなところで……
「安心しろ。オレは影だ。今日どうせ情報を集めに出るんだろう?」
なぜ
「土地勘のないお前に合わせてやる。寝静まった頃、独りで路地裏に来い」
足音なく、その男のいたという感覚だけが薄れていく。
自分の前を、後ろを、通りづらそうに他人が行き交っている。
幻だったのだろうか。そうであってほしいのに、はっきりと聞いた声に気だけが急いていく。
足音が近づいてきた。ここ最近ずっと聞き慣れた、落ち着いた小さな足音――
エレヴィアの表情が、呆れたように介に向けられていた。
「何回ぼーっとしてるの」
「あ、ああ、悪い。もうみんなは上かい?」
「ええ。何かあったの? 顔色悪いわよ」
「いや、何も。どこで情報を集めようか考えてただけだよ」
彼女に危害が及ぶようなことも……絶対に避けたい。
「そう……今日の夕飯は野菜中心にするから、しっかり食べなさいよ」
「ああ。いつもありがとう。楽しみだよ……エレヴィア?」
「何でもないわよ作ってくるから!」
さっさと階段を駆け上がっていくエレヴィアに、介は呆然と見上げた。
「……おれ、男部屋どこか知らないんだけど」
「あ、いた」
「あ……千聖、案内頼んでいいかい。部屋番号知らないんだけど」
千聖は一度首を傾げて、小さく頷くと階段を上り直してくれた。
一度階下を振り返った介は、すぐにマイペースな少年を追いかける。
もう、あの男の姿はそこになかった。