「他人と関わりたがらないお前が、もう新しいパーティを組んでいたとはな。どうだ、今のパーティは。彰吾たち以上か?」
「黙れ」
普段相部屋の相手を、それぞれ変えていたことが幸いだったかもしれない。話し合った結果、今日は千聖と相部屋にすることができた介は、目の前にいる男を睨みつけた。
今頃千聖はぐっすり寝ているだろう。彼は元々、一度寝ると中々起きない。後をつけてくる輩がいないことをもう一度確かめて、介は薄茶髪の男を、怒りを
「よくも
「ああ。この体は本体じゃあないからな」
「殺しもできない相手を一々相手にする気はない」
「へえ、虫も殺せそうになさそうな貧弱がよく言う」
「失せろって言ってるんだ、そこまでわからない屑だったか」
にやりと、介へと笑む男のその口は、嘲笑を浮かべていた。
「そこまで挑発するなら、オレが動いてもなんら文句はないということか」
さっと顔が青ざめる。弾けるように笑い飛ばす男の声が、ひたすら響く。
「はははははは!! ははっ、はははははははははは! 面白いな、随分わかりやすくなったな介! 今お前がぬくぬくと居座っている場所に
「いるわけない……!」
「はっ、どうだかな? まあほぼ男だらけと、気位の高そうな女一人だけか」
耳を疑った。
「尻に敷かれる趣味もない上に、喧嘩か一方的に難癖をつけてくる相手とは一緒になる気もならんだろうな。狼退治よりも私情を優先する男もいるわけだしな」
「……いつから見ていたんだ。『やっと見つけた』? ……嘘だろ」
どうして、あの村での狼退治のあらましを知っている。
そうだ。そう言えばあの時の声≠セって、よくよく考えればおかしいではないか。破滅に誘う内容じゃない。介自身の不安を煽ったり責め苦を囁いてはきたけれど、あまりにも内容が具体的過ぎるではないか。
いや、まさか。
「……おれが彼らと合流した頃から、ずっとつけていたのか」
抑えた音を、少しずつ解放していく、何度も同じ釘にハンマーを振り下ろされるような感覚が襲いくる。
「安心しろ。オレはお前がつるんでいるパーティに興味はない。お前程度とるに足りないからな」
魔力が減ったことも見抜かれているのか。
「そういうわけだ。さっさと名を渡せ」
介は男を真っ直ぐ睨んだ。
「渡さない。絶対に」
「――へえ。ならゲームをしてやろう」
ゲームだって?
男はにやりと笑い、すっと西を示した。
「お前がこの街を発って三月後がスタートだ。オレから逃げ切ってみろ。オレはお前を確実に境途に再びおびき出して、かつお前の名前を奪ってやる。お前の勝利条件は単純だ。オレの計略にはまらず逃げ切ること。このゲーム中、オレはお前の仲間たちから刃を向けられない限り、お前の仲間には手を出さないとしよう」
嘘か? また戯言か?
「……お前がその通りに動く保証はどこにもない。誰がそんな賭けに乗ると思ってるんだ」
「乗る。そのためのカードはオレが持っているからな」
神崎はこれ見よがしに、見下したような笑いを響かせる。
「オレが開発した新しい魔術のせいで、お前は今苗字を名乗れないな」
体が強張る。目を見開く。
「そしてそのせいで、今現在魔力も激減している。当然だ、お前を体現する形を一つ奪ったんだからな。――オレが開発した魔術は、言葉を聞いたものの動きを操り、制限する。そしてそれは」
とんと、男は自身の胸を親指で突いた。
「副作用としてオレにも働いている。つまり、今お前がオレの提示したゲームに乗れば、オレはお前と交わした契約≠フ言葉によって、お前の仲間には原則的に手を出せなくなるということだ。例外は示した通り。お前の仲間たちが手を出したその時、お前の仲間にオレも干渉する。一発は一発だからな」
本当に、そうなのか?
もしそうだとしたら、この男は……自分の名を狙って動く時、介の仲間を利用しないと宣言したも同義だ。そのほうが簡単なのに。
「……その賭け、乗らなかったら?」
「お前もお前の仲間も、どうしようがオレの勝手ということになる」
わざわざ
……拒んだところで、介には男に匹敵する実力など欠片もない。一矢報いたくとも、これはただの影――投影体だということは見ればわかる。笑い声を響かせる男の靴が、一切地面の石を動かせていないのだから。
けれどこんな投影体でも、この男の本体は簡単に魔術をここに撃ち込めることも、介はわかっていた。
きっと、エレヴィアたちにまた怒られるだろう。わかっている。
けれどもう、こんな形であっても、守りたい。
「……わかった。受ける」
「契約成立だ」
体に、一瞬鎖が巻き付いたような不快感が巡る。すぐに消え失せたそれは、かつてこの男から苗字を奪われた時のそれよりも、随分マシなものだった。
「三月だ。それまでは自由に逃げろ。オレはのんびり準備をするからな。ああ、その三月の間に境途に来てオレの首を
「そんな安い挑発に乗るほど、沸点の低い頭は持ち合わせがない」
「どうだかな。まあ、せいぜい
すうっと、男の影≠ェ消えていく。
いつの間にか固めていた拳を勢いよく壁に殴りつけても、カミシナがするそれほどの力は一切出なかった。
彰吾たちが遺してくれた命も、名も、仲間も。
あいつなんかに絶対渡さない。
千聖は、介が黙って外に出たことに、やはり気づいていなかったようだ。
おかげで何事もないふりをして過ごすことはできた。カミシナたちからは、あの夜何かあったのかと聞かれても、少し夢見が悪かっただけだとごまかせる程度には。
輝石の濁りは全くなかったおかげで、それ以上追及はされなかった。
嘘をつくことは、正直心苦しい。それに、昨夜会った男が言った言葉の中に、どうしても気がかりなものがあった。
今お前がぬくぬくと居座っている場所に惚れた奴でもいたのか?
そんな相手なんていない。だがあの男は、確実にエレヴィアにその的を絞ろうとしているようにも聞こえた。
彼女に何かあったら……いや、彼女だけではない。カミシナのことも言っていた。誰かにその矢を立てられることだけは避けたい。
依頼を受け、資金をある程度蓄えて、再び
おかげで現在野宿となっているけれど、介としては助かっていた。
いつも見張りは千聖とカミシナ、そしてアルバーノに任せきりだから、正直申し訳ないとは思う。テントの中で先に休んでいるアルバーノと千聖を振り返り、介はそっとテントを出た。
焚火のそばで火の番をしつつ、周囲に時折目を光らせるカミシナが、顔を上げてきた。予め火にかけておいた湯が丁度いい頃合いだったようなので、粉末状のココアを溶かして彼に手渡す。
「お疲れ様」
「どもっス。もう寝てたかと思ってたっスよ」
「ちょっとね。隣いいかい?」
「構わないけど寝たほうがいいっスよ? なんかあったっスか」
「……さすがに見通されるか」
「そうでもなきゃ、普段起きてこないのに来るわけないっスから」
苦笑する介に、カミシナはけらけらと笑って答えていた。その隣に腰かけ、自分用に
「一度寝ると中々起きれないからね……。ちょっと、相談したいことがあるんだ」
「相談? めっずらしいっスねぇ」
「そう、だね。おれも結構ひとりで決めてばかりだからなあ……ただ、これはカミナやアルさんには、先に相談したくて」
「へえ、そういうことなら相談に乗るっスよ? オレで役に立つならっスけどね」
介はただ、小さな声で「ありがとう」と伝えることで精一杯だった。
「……おれ、夜古浜に着いたら」
どこから話そうか、とても迷うのは。裏切るような気持ちになってしまうのは。怖いのは。あの人たちが変えてくれたからだろうか。
カミシナたちに、「仲間だ」と言ってもらえたからだろうか。
「最初に話した通り……遅かれ早かれ、パーティを去ろうと思ってるんだ。行く先々で見てきたような、まだこの世界にきて間もない異界の民を、少しでも……助けたくて」
カミシナは少しだけ、間を開けていた。その沈黙も、彼は頷いて断ち切ってしまう。
「まぁ、そこまでって話だったしね。オレは反対はしねえっスよ」
ああ、やっぱり彼は、大人だ。
理由を聞いていなくとも、相手がそういう考えだと示したら、引き留めず相手の意思を尊重する。どうしてと追及することだって、できるのに。
「けど、その道は恨み買うことも詰られることも、殺されかけることも全て覚悟が必要っス。それでも選ぶんスか?」
「覚悟してる。おれは助けてもらってばかりだから……今度は助ける側になりたいんだ。恨まれようが殺されそうになろうが、生き抜いて独りでも多くの人の助けになるよ」
ふと、カミシナが笑みを浮かべていた。
どことなく嬉しそうな様子に、介はぽかんとする。
「オレはさー。そういう人が自分で選んだことならやり抜いてみろって思うから、止めたりはしねえし、背中押すっスよ。そーいうの、嫌いじゃないっスから」
「ありがとう……」
感謝の言葉以外、何が出るだろう。彼は笑って流したけれど、何度だって言いたい。
素性もわからない行き倒れだった自分を仲間に引き入れてくれた。怪しんでいた時期もあったはずだ。それでも仲間と言ってくれて、勝手に抜けると言い出した自分の背中を押してくれるこの人に、自分は何を報いてこれただろう。
「で、相談ってそれだけっスか?」
「察してくれて助かる。神崎っていう、おれと……同じ名字の奴が、おれを狙って動いてる」
本当は違う。けれどそこを説明して、追及されるのは、今はまだ苦しい。できない。
それに本当の苗字など、あの男から奪い返さなければ名乗れないのだろう。
目に見えなくても働く力。それが魔術だ。自分の発する音すらも奪われた今、仲間につきたくもない嘘をつかざるを得なかった。
「薄い茶色の髪に、茶色の目。あいつはゲートなんだ。そいつに会ったとしても、知らないふりをしてくれ。おれのことを聞かれても、動機がなんであろうと。あいつは目的に対して手段を選ばない危険な奴だ。……おれが境途から逃げてきた理由が、そいつなんだ」
「なるほどねー。大体はわかったっスよ。色々とね。了解っス」
「頼むよ。同じ話は、アルさんにもする。ただエレヴィアや千聖には、出る前までには話すけど……落ち着いた場所で話そうと思ってるんだ」
「あの二人、聞いたら寂しがるだろうっスからねー」
けらけらと笑われて、介は複雑な気持ちで笑った。
「清々したって言われるかと思うけど……寂しがられるのは、苦手だよ」
「そんなこと言わないっスよ。言われても精々照れ隠しっスから」
「そうなのかなあ……」
照れ隠し……だろうか。エレヴィアから、本気の声音でさっさと出ていけなんて言われたらどうしよう。
……籠りたくなる、こんな考えではだめだ、やめよう。
「何も言わずに行く気はないけど、少し……なんて言うのかな。億劫だよ」
「はは、そんな思いもこれから沢山することになるっスよ」
「そうだね……。けど、やるよ。おれの師匠が今までやってきてくれたことを、おれもやり抜きたいから」
「んじゃ、やり抜くといいっスよ。一回決めたことはいつか結果として現れるっスから」
「……ああ。どんな結果になろうと、やるよ。それに……ふあ……生きろって、約束……させられた以上は、絶対……」
「眠そうっスね。ほら、さっさと戻って休むっスよ」
はっとした。欠伸が漏れていただけでなく、頭が舟を漕ぐように揺れていたようだ。
コーヒーを飲んだはずなのに、もう眠気に
「うん……いつも見張り、ありがとう……」
「どーもっス。いいから寝てきてくださいっス。明日に障るっスよ」
「……うん、わかった。おやすみ」
結局、カミシナにおかしそうに笑って手を振られ、介はそのままテントに潜り直していた。
冷たくなった自分の寝具で一瞬目が覚める。とろんと落ちる
……言える、だろうか。言わなければ。
テントの中に差し込む朝日は、いつもよりとても眩しかった。
また日が昇る。カミシナにパーティ離脱を伝えてから、もう何度目の朝だろう。
結局アルバーノにさえまだ言えていない。我ながら情けないまま、介は日の光に照らされだす風景を
明日には
「介?」
ぼうっと朝日を眺めていた最中に、後ろから聞こえた女性の声に、介は目を丸くして振り返った。
エレヴィアはすっかり身支度を整えてテントから出てきていた。対して介はというと、ろくに寝癖も取れていないまま苦笑いが浮かぶ。
「早いな。おはよう」
「ええ、おはよう。――あなたが毎回早すぎるんじゃないの?」
「寝てはいるんだけどね……」
「あと髪。街についてないからって、だらしないにも程があるわよ」
「わかった、わかった。直すよ……」
「――何かあったの?」
水を取りに行こうとした介は、立ち上がり損ねた。
一瞬迷った目を見逃してもらえるわけもなく、エレヴィアに鋭く見られる。
「何があったの」
弱ったような笑みを浮かべるので、精一杯だった。エレヴィアの目が微かに開かれる。
「大丈夫だ。……ちゃんと説明はする。ただ、こんな場所じゃあね。街についてから話すよ」
「……そう。わかったわ」
エレヴィアらしくない。いつもなら納得できるまで食いついてくるのに。
けれど、介は自分が一番らしくなかったと、この時気づけていなかった。顔に出ていた自覚さえなかったのだ。
千聖も、アルバーノも。起きてきた時、介の顔を一度ちらと見てきたことだけは気づけた。
そうしてやっと、自分の表情を自覚した。