境界融和世界の幻門ゲート

後編 第04話 02
*前しおり次#


 夜古浜に着いてしまった。
 東響とうきょうまでの繋ぎの街として機能しており、大きな規模の街だ。宿屋も道沿いにのきを連ね、街道と呼ぶにふさわしい光景が広がっていた。
 そこの宿屋を常連のように入り、手続きを済ませたカミシナが、階段を上る仲間を見送った後ちらと介に目を向けてきた。
「んじゃ、今日言うんスか?」
「――ああ。エレヴィアとも約束したからね」
「っスよねー。余裕でバレてるだろうってお察ししてたっス」
 ……そういうものか。エレヴィアはいつも介に怒っていたから、気づかれるなんて夢にも思わなかったのに。
 足が、重い。空気の中だというのに、泥の中を進むようで。
 階段を上がりながら、なんて伝えようかとグルグル頭を回していると、カミシナにぶつかって彼がつんのめった。恨めしい目で見上げられ、青の相貌そうぼうに申し訳なさから謝る。
 これだから背のでかい奴はと愚痴られたが、介は部屋に集まった面々を見て、口を開いた。
「その……話があるんだ。今後について」
 ぼうっとした顔で千聖が見てきた。アルバーノがうんと顔を上げ、調理道具を取り出す手を止めていた。エレヴィアの顔色が少し変わって、信じられないと言いたげな目をしている気がした。
 カミシナが見上げてくる中、介は口を少し開いて、一瞬閉じた。
 呼吸を一つ整える。
 三人を見渡して、もう一度開いた。
「おれはこの街で、みんなとお別れしようと思う」
 視線が、れそうになる。無理やりに固定した視界では、アルバーノしか捉えられず。
 カミシナが肩を竦めても、介は気づけなかった。
「ま、千聖が拾ってきた時もそういう契約だったっスからね」
「え……でも……」
「……そうね」
 静かな声に、介は目を合わせられなかった。
 金色が舞う。口を開けないまま、立ち尽くす自分が嫌で、介は振り返った。
「エレヴィア――」
 扉を開け放つ女性は振り返ることなく。
「勝手にしなさいよ」
 声が、胸に突き刺さった。
 扉を閉めた女性に、介は俯いた。
 顔を上げ直してアルバーノと千聖を見やると、アルバーノは苦笑いを浮かべ、千聖はしょんぼりと俯いている。
「……黙っていたこと、すみません」
「いや、そうでもねぇさ。カミナの言う通り夜古浜までって話だったしな。ここ最近落ち込んでたのはそれか。なるほどなぁ」
 顎を撫でながら笑う男性に、介は困惑して見やった。言っている意味が見えないでいると、カミナが唐突に吹き出す。
「もしかして気づいてなかったんスか!? ドンだけ激ニブなんスか!!」
「……落ち込んでたつもりはないけど……顔色どうなってたかさえぴんときてないよ」
「今の千聖ほどじゃねぇが落ち込んでたな」
 ……なるほど、わかりやすい指標だ。
 なおさら介は俯いた。
「……すみません。勝手ばかり」
「いや。いつかは言うだろうと思ってたさ」
 驚いて顔を上げると、アルバーノは苦笑いを浮かべていた。
「お前さんは人を放っておけないたちらしいからな」
「……そんなお人好しじゃありませんよ」
「どうだか。拾われたからって、千聖が感覚で覚えようとしたところは懇切こんせつ丁寧ていねいに教えるし、レヴィが絡まれて嫌な相手には自分から割って入ったじゃないスか」
「で、今はアルさんたちが嫌な思いをしないかを心配してる。お人好しじゃないなんて、でかい嘘にも程があるぜ?」
 言葉が出なかった。
 アルバーノの仕方なさそうな笑みに、申し訳なさが渦を巻く。
「お前さんが決めたなら、何か言うのは野暮ってもんだよな。だから、人生の先輩として助言だ。一つ覚えといてくれや」
「助言、ですか?」
「お前さんの手に取れる数はほんの一握りだ」
 目を見開いた。
 アルバーノは優しく笑んでいる。
「だが、お前さんの手で選べるもんは無限大だ。どう考えるかも選ぶかも、後はお前さんが決めな」
「――はい」
「……介、行っちゃうんだ」
 ぽつりとこぼした千聖の言葉に、介は口を閉じて頷いた。
「おれの……今できることだと思ったんだ。千聖のお陰で気づけたよ」
「オレの……?」
 笑みは、下手くそになっていないだろうか。
 介はぎこちなく笑って首肯していた。
「人に教えたのは、千聖とエレヴィアが初めてだったんだ」
 もう何ヶ月も会っていない会社の先輩のように。――教師のように。
 彰吾のように。カルフのように。
「おれにできるわけがないって思ってた」
「わかりやすかったよ」
「ありがとう。そう言ってもらえて、自信を持てたよ」
 寂しそうな千聖に、胸の内の釘が大きくなる気がした。
 それでも、笑んで見つめる。
「千聖にしたように、この世界に来て間もない人に世界の仕組みを教えて行くよ。一人でも多くが生きられるならそれでいい」
 危険にさらしたくない。神崎の目に留めさせたくない。
 この嘘で怨まれたっていい。嫌われていい。
 もう、さようならを言う時だ。
「おれなりに足掻いてみるよ」
「……うん……じゃあ……仕方、ない」
 きゅっと尖った口に、申し訳なさが痛みとなってうずく。
「沢山の人を助けたいのは、オレも同じだから。競争、しようね」
 目を丸くした。
 千聖はまだ尖った口で介を見ていた。
「オレも……初めて助けたのが介で、よかった。ちょっとは、成長したかな」
「ちょっとどころじゃない。前もやりながら回復もできるようになってるんだ」
「うん。剣はまだまだだけど」
「これから伸ばしていくんだろう」
 まっすぐ目が合った。
「うん。オレも、介みたいな人を助けるよ」
 ありがとう。
 何度この言葉が溢れたらいいだろう。何度も何度も言い続けた言葉の代わり、千聖の頭を撫でて笑う。
「頼んだよ」
「うん。あと、レヴィにも、ちゃんと言ってね。出るときは一人で出ちゃダメだよ」
「……さすがにそれはしないよ」
「やったらアルさんに弓してもらうし、オレは剣出すね」
「……やらないって言ってるだろうに」
 信用があまりにもなくて苦笑いが漏れたが、千聖はじっと見上げてきた。
「一回オレに言わないで部屋出たよね」
「……悪かった」
「トイレじゃなかったよね」
「あ、ああ違う。違うけど大した用事じゃなかったんだ」
「介、カミナの時怒ってた」
「……申し訳ありません」
 ついにカミシナがアルバーノの肩を掴んで大笑いしだした。
 千聖にエレヴィアに言うよう促され、介は半分諦めにも似た気持ちでエレヴィアの部屋の戸を叩いた。
 ……返事はない。いや、だとしても。
「エレヴィア、起きてるか?」
 ……ダメ、だろうか。部屋の中の物音を聞き取れるほど耳に自信はない。
 自分で決めたとはいえ、やっぱり身勝手だよななんて、すがるようなことを言う気はなかった。
「……勝手に決めたことは謝る。ごめん。けど、やっぱり……」
 言葉を飲み込んで、俯く。
 ――言わないと決めた今、言えることは限られるけれど。
「ありがとう。おれなんかに、付き合ってくれて。仲間としていてくれて。……エレヴィアたちの旅の無事を祈るよ」
 幸せを。
「虫のいい話と思ってくれて構わない。――いつか、また会えたなら、その時はなんでも言ってくれ」
 ののしられてもいい。嫌われていい。
「エレヴィアの無事を願うよ」
 朝日に何度でも。
『生きて』と、三つの音を。
 廊下を後にする。
 カミシナたちと今後の日程を話す間、エレヴィアは一切出てこなかった。
 それでいいとさえ思って。
 介は手紙をカミシナに託して、翌朝宿を発った。


 今思えば、悠里たちに言われた通り、ちゃんと話しておくべきだったのだ。誤解が解けなくても、もう会えなくなるとわかっていても、あの時しっかり、説明するべきだった。
 エレヴィアたちに、あの男――神崎の矛先が向くようなことを、一切したくなかったという、もう一つの理由を。
 ……正直、言ったところで困らせるだけだったかもしれない。バカかと怒鳴られたかもしれない。やっぱりこれだけは、黙っていて正解だっただろうか。
 けれど、その仲間たちは今。
 東響で偶然再会したカミシナから聞いたのは、悲しい現実だった。
 旅の途中でカミシナが片腕を失くして生き残り、千聖とアルバーノは、その身を魔石に変えて沈黙してしまった。
 エレヴィアは今も、その姿は見つかっていないという。
 異界の民が死んだ時は、魔石を遺すものだ。生きていれば彼女なら、確実にカミシナと合流するはずなのに、それもなかったという。
 こうやって思い出してしまうのも、もしかしたら境途に戻ってきたが故なのかもしれない。
 彰吾たちが生きていた。みんな無事だった。ゲートであっても、生き延びてくれていた。
 アルバーノも千聖も……そうであってほしかった。叶わなかったけれど、彼女がどこかで生きていてくれないだろうか。
 生きていてほしい。きっと、もう会ってはくれないだろうけれど。
 それにしても、境途にまで自分を訪ねてくるような人は正直思いつかない。これまで育ててきた仲間だろうか。それとも、情報屋か。
「……情報屋の可能性のほうが高いなあ。カミナは間違いなく来ないだろうけど……」
 再会した時も出身の地へ帰ることを溢していたし、自分が境途へ強行突破した噂を聞いたとしても、きっと来ないだろう。境途が危険であることは彼に最初に伝えたのだ。まずありえない。
 カルフがつれてくると言っていたし、変に想像を膨らませるよりは待っていよう。自分の知人であればきっと、東響での人々でなければ驚かれるのだろうか。カミナのように。
「介、お連れしてきたぞ」
「あ、お帰りなさい、ありがとうございます――」
 立ち上がって、早速玄関先へと急いだ介は、目を見開いた。
 柔らかな茶色の――ミントアッシュの美しい髪。透き通る翠の目はまるで宝石のよう。
 いたずらっ気な笑みを浮かべる彼女は、今もなお人形のように完成された顔で、介をからかうように見据えてきた。
「お久しぶりでーす! 介」
「……嘘だろ、本当に……そう、なのか?」
「あはっ、なあーに幽霊見ちゃったって顔してるんですかー? いったい他の誰に見えるって言うんです?」
「だって……いや、というか変わりすぎだろ! 開き直りすぎじゃ……あああああああ! じゃなくて!」
 叫んだことで悠里がやってきても、もう気にする余裕など介には全くなかった。ただただ、安堵の笑みを浮かべる。
「久しぶり、エレヴィア……!」
 生きろと、自分の道を勝手に決めた男がいた。
 逃げてと、自分の身を省みずに助けてくれた人がいた。
 行こうと、手を引いてくれた人がいた。
 仲間と、自分の居場所を示してくれた人々がいる。
 生きてと、願った人が今ここに来てくれた。
 結局また喧嘩になるけれど。それよりも大きな事実を、介はこの時まだわかっていなかったのだ。
 三つの音を刻み続けた心の中で、氷に覆われていた何かが、光に照らされていたことを。


番外編 蒼海の名後編「三つの音」了


掲載日 2022/03/06


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