境界融和世界の幻門ゲート

第09話「なくしていたきっかけ」01
*前しおり次#

 日が暮れて、宿屋の近くまで戻ってきた。介がはたと奏へと振り返っている。
「そういえば、来栖さんどこに泊まってるんだい?」
「え、だいたいその場しのぎで……」
 奏の言葉が途切れた足が止まる。
 悠里の目が細くなっていく一方で、彼女は視線を逸らしていくではないか。鏡は生暖かい顔。
 ああ、また怒らせている。
「……ホームレスは補導対象なんだけど?」
「え?」
「彼、これでも警察だから」
「え!?」
「ははっ、警察らしくねーけどな?」
 にやりと笑う悠里に、奏はたじたじなようだ。現状、この世界に日本の法律なんて通じないと思うけどとは口に出せなかった。御影が心配そうに奏を見やっている。
 大方、今まで危なかったんじゃという心配だろうが……奏にそんなゆとりが見えるはずもなく。
「え、で、でも補導って言ったって……」
「だいたい、女が外で寝泊まりとか危なすぎんだろ。危機感持て」
「だね。さすがに見過ごせないよ」
「……で、でも……」
「気にすんな。一人増えるも二人増えるのも一緒だ。俺たちは別に構わねえから」
 相当、人に迷惑をかけたくないという持論があるのだろうか。
 しばらく何か言いたそうに口を開け閉めする彼女は、やがてうなだれた。介と悠里が真顔で頷き合うその意思疎通っぷりには感服だ。
「は、はい……すみません……」
「じゃあ来栖さんは御影さんと同じ部屋がいいかな? 鏡くんはこっちに戻ってもらえばいいしねえ。今度はおれがソファに行こうか」
「えっ、そ、それ申し訳ないですっ。二人のお邪魔するのはちょっと……」
「え? 邪魔って……?」
 御影の疑問符にまさかと目を据わらせる鏡。奏へと小声で伝える悠里の口の動きを注視して、さらにむっとする。
 こいつらただの……なんとかリア充だから。付き合ってねえ……だと。
「悠里、何か言った?」
「いーや、別にー?」
 絶句する奏に、介がおかしそうに笑ってまあまあと話をげ替える。よく震える肩だと鏡は溜息をついた。
「そういうわけだから、女の子同士気が楽なら、一緒の部屋でいいと思うよ」
「え、えと……?」
「いいんじゃないかな? 御影も友達増やすチャンスだと思うし」
「え、あ、うん……!」
 友達が少ないという、共通の課題を抱えている彼女にとってはいい経験かもしれない。頷く彼女へと、奏は礼儀を忘れず、それでいて当たり障りなく話しかけている。ぎこちなくはあるが嬉しそうな会話にほっとしつつ、なんだか妙な違和感を胸に感じて首を捻った。
 途端に、悠里と介から肩を叩かれてぎょっとする。
「え、えっ? 二人ともどうしたの……?」
「いや、深い意味はないんだけどね」
 疑問符が頭の上で踊る、跳ねる。悠里が奏と御影の会話を遠目に眺めて生暖かい顔をしている。
「一気に女子力上がったな、こりゃ」
「……まあ、うん。頑張れ鏡くん。あと悠里に言われたくないよ、菓子に関しては凄いじゃないか」
 介の呆れた声に、奏と御影がぱっと振り返ってきたではないか。介の表情筋が強張った。
「お菓子!? あー最近作ってない!!」
「いいなあ、私料理苦手で……お菓子もレシピないと作れない、から……」
「料理はコツ掴めば楽しいですよ。パウンドケーキとかシフォンケーキとか作りたい……」
「悠里は料理できるし、お菓子作れるし、服のセンスいいしで、何回か女子に涙されたって話蓮さんに聞いたけど?」
「お前が言うな、鏡。お前そこにさらに裁縫と応急手当加わるだろうが女子泣かせ」
 幼馴染の名前を出すなと言わんばかりに遮った悠里に、鏡はなんのことだっけと視線を逸らした。
 途端に奏が苦い顔になっている。
「なんで男性陣に限って、そんな女子力の塊なんですかここ」
「介は皆無だろ?」
「命の危機は感じてるよ……これでも」
「男子飯でよけりゃ教えるぞ、介……女子飯は鏡に聞け」
「覚えたいとは多少思うけど……」
「鏡くんお願い教えてっ」
 黒髪の少女が、祈るように手を組んでまで頼み込んでいる。鏡は目を瞬かせて、ついでに悠里と介と奏から向けられる視線の生暖かさに困惑しつつ頷いた。
「えっ、うん、構わないけど……それよりも僕でいいの? 女子が男に教わることになるけど……」
「ありがとう……! い、いいの、鏡くんに教えてもらえるの、嬉しいから……」
「じゃあ空いてる時間にちょっとずつ、ね?」
「うんっ」
 嬉しそうな笑顔に、ついついはにかむ鏡。悠里たちの声が少し聞こえなくなっていた。
 やがてぼそりと、悠里の呻くような声が聞こえてくる。
「やべ、砂糖濃くなってきた」
「濃いですね。すっごい濃いですね。ザラメやグラニュー糖超えて、濃縮された蜂蜜……」
 介がついに背中を向けた。悠里も奏も真顔で鏡と御影を見やっている。鏡はやっと視線に気づいて、不思議そうに悠里たちを見上げた。
 全員、水飴を口いっぱいに詰められたような顔をしているではないか。
「あれ、みんなどうしたの?」
「あーうん、俺二、三日は甘味断ちできる気がするわ……」
「えっ?」
「あ、はい、御馳走様でした」
「……甘すぎて……」
 介が胃を押さえている。そんなに甘いものなんて、もうすぐ夕食時の今まで食べていないはずだ。
 いったいどういうことだろう?
「なぁ、このノリで夕飯フルーツサンドにしたら死ぬかな」
「殺す気か?」
 介の目に殺気が宿っている。どういうことだ。
 御影がおろおろとする中、奏が溜息をついている。
「御影さん、そこは本気でちょっとお勉強しましょうか」
「え? あ、はいっ、美味しいの作ります!」
「そっちじゃない!!」
 悲痛な叫び声にも似たツッコミが二人分。悠里が頭を痛めた顔で、宿屋の壁に額をぶつけた。
 いい音が響いた。
「わ、私ちょっと一日で教えられるか自信ないけど頑張ります……」
 だから何を?
「……おれたちも本腰入れたほうがよさそうかな、これ……一番の難関だけど……」
「俺、十年かけて諦めたから頑張れ」
「じゅっ……」
「神崎さん頑張ってください」
「え、ちょっと待ったそれは無理すぎる!」
 だから、何を? そんなに三人揃って話すほど危ういことなんてあっただろうか。
 メンタル面? けれど最近はそこまでなかったはず……
「言い出したのお前らだからな、頑張れよ」
「はーい。御影さんのほうは私が言い出したことですからね」
「……おれ恋愛経験ゼロなんだけど……」
「えっ」
「えっ!?」
「えっ」
「そんなに変じゃないだろ――なんなんだいったい悠里まで!!」
 あそこまで活き活きとして介をからかう人が、悠里以外にもいようとは。
 奏は軽快に笑って、手を横に振った。
「私も恋愛経験ないですよ。実は男だろって言われるばっかりで、女に見られたことないです」
「そりゃ言うほうも最低だろ。女に普通そんなこと言わねえよ」
 さらりと出た言葉に、今度は奏の口が一瞬止まった。
 正気を疑う目で悠里を見上げる彼女は、どうにもぎこちない。
「……い、いえ、その、言った人の言う通りだと思いますけど……私ガサツ……」
「普通そんなこと言わな……っておい、介、どうした? 変な顔してんぞ?」
 後ろからだと見えない。胃を押さえていることだけは確かにわかるが、大丈夫だろうか。
「介さん、大丈夫ですか?」
「気のせいだよ大丈夫何もない。おれそろそろ戻るから――稽古つけるんだろう?」
「いや、腹減ってるし先に飯のつもりだったけど」
 途端に、御影の腹から気の抜ける音が響いて、顔を真っ赤にして腹を押さえる彼女に笑う。
 悠里も肩を竦めて介を見下ろした。
「食う前のがいいだろうけど、こんな感じじゃあな?」
「わかったよ……」
「おう……酢豚でも作るか……?」
「あ、私も手伝います」
「もう誰がどう作っても構わないから……」
 どうにも介の声に張りがない。悠里もやや気遣うような言葉に切り替えた辺り、相当だ。
 鏡は御影と顔を見合わせた。悠里がついに生暖かい表情で相棒を見下ろしている。手は奏に心配するなと振っていた。
「別に構わねえよ、俺今日動いてねえからなんかしたいだけだし。後介、まじ大丈夫か?」
「うん、気にされてもイラっとするから放っておいてくれ。いつものだから……」
 それで全てを察したのだろう。悠里が納得の顔で頷いた。
「あー、あれか。悪いな。できたら持ってくわ」
「気にしないでいいよ……それじゃ先に行く」
 ゆらり。
 いつもの穏やかな人柄はどこに行ったのだろう。幽霊が歩いていくかのように、重たい空気を背負って先に宿に入っていく介に、悠里が「あー」とぼやきながら見送った。
「ありゃ相当だな……」
「あの、いいんですか? 調子悪そうですけど……」
「ああ。あれはいつものだからな。構い過ぎたら余計に調子悪くなるし」
 あわれみほどではないが、同情を寄せるように、奏は宿屋の扉を見やったようだ。
「神崎さん、それでも戦いに出るんですね。相手に常に配慮するのって、ああいう人にはストレスになりそうなのに」
「最初は俺と二人だったしな。しかもお互いがお互いのこと考えずにやってたから、ある意味一番バランスよかったんだよ」
 奏の目が見開かれ、鏡と御影へと向けられる。
「あ……じゃあ、風見さんも御影さんも、最近……?」
「そゆこと。ついの二、三週間ぐらい前だな」
「そうだったんですね……それでも、前に立つんだ……」
 俯く奏。悠里は事もなげに肩を竦めた。
「こいつらも最初っから覚悟だのなんだのしてたわけじゃねえし、今も決めたっつっても俺から見りゃ甘いさ」
「す、ストレート……!」
 自覚はしていたが、そこまでざっぱり斬られると心に刺さる。御影が隣で頷いて、彼女が動じた様子がなく、鏡は驚いた。
「はい、自覚してます」
「自覚してるならいいさ。それを補うのは『恐怖』……ある意味、生存欲を最も倍増させる感情だからな」
 途端に、悠里へと御影は困ったように笑っている。
「私は、ちょっと違うと思います」
「ま、見解の相違はあるだろうな」
「そんなこと、ないです。だって悠里さんも、同じ思いで前に立ってくださってるのかなって、思いますから」


ルビ対応・加筆修正 2020/11/22


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