「私、バーベキューの道具の準備、するね」
「僕もテントの組み立て終わったら、バーベキューの準備するよ。一人じゃ大変でしょう?」
「うん、ありがとうっ。楽しみだね」
「そうだね。来れてよかったよ」
穏やかな晴れ具合。川の音や風で木々が揺れる音が心地いい。
山の中であってもやはり暑さはやや感じられる中、事前に介がこの場まで来て草を刈っていたそうで、広い空間が木立の中にできていた。テントの設置場所を予め整えたのは毒虫の心配を減らすためだったそうだ。念のため、イドラ・オルムの民がよく虫除けに使うという薬草を焚いて作業するよう指示を受けた。
説明を聞いた悠里が引いていた。
「お前ほんとなんなの」
「イドラ・オルムの民の知り合いに、キャンプするならどうやれば安全かとか聞いて回ったら、こうしたほうがいいって結論でね。準備しただけだよ」
「お前、実はめちゃくちゃ楽しみにしてただろ」
ぷっと、鏡は吹き出しかけた。
介に聞こえないようにテントの準備へと向かおうとして、呆気にとられる。
「ああ、久しぶりに釣りできるし自然の中で過ごせるし」
「それだけじゃないの、必死に理由並べ立てて誤魔化して見えっけど?」
「……やかましい」
「図星か」
骨組みが、出来上がっている。
青い布も張られている。
テントがもう、ほとんど出来上がっている。
「わー、テント道具も昔より進化してるのね。これ組み立て楽ー」
恐らく男子用テントだろう。そこそこ大きめのテントが、女性の腕で簡単に組み上げられていた。
手つきが慣れている。
「奏さん、本当楽しそうですね……」
「小さい頃たまに行ってたんですっ。ほとんど野球チームの合宿だったけど」
道理で組み立てが手馴れているはずだ。大方中学や高校で体育祭の時、テントを立てる時にも走り回っていたのではないだろうか。
案の定テントの設営だけでもこれだけ楽しんでいる女性を見ると、任せて大丈夫そうだ。念のため緩んでいる金具がないか確かめたも、力任せではない程よい加減で、しっかりと金具を留めてあってほっとした。
そういえば、奏は普段あれだけパワフルな一方で、手先が器用で繊細な作業が得意なのだったか。たまにお菓子作りでも凝ったデコレーションをしているし。
テントは……彼女に任せてよさそうだ。御影の手伝いに戻ろう。
バーベキューコンロのようなものはこの世界になかったため、近くの大きめな石を積み上げて即席のコンロにするという話で纏まっていた。石を川原で見繕った悠里が、介と往復して即席コンロを作り上げているようだ。手伝いに走っていくと、顔を上げた介が呆気にとられている。
「来栖さんもうテント一つ組み上げたみたいだぞ……」
「ありゃ早く水場行きたいだけだろ。監督頼んだぜ? 水の
「は? 監督? わかった……」
いまいち監督の意味を図り損ねているらしい介に、悠里が背筋を伸ばして小休憩を挟んでいる。リラックスしているはずなのにどうにも顔に表情がない。
「絶対はしゃぎ過ぎて羽目外すから。断言する」
「だろうね。想像つくよ。というかそれなら、監督は君と鏡くんで十分じゃないか?」
「俺はバーベキューの準備すっから。火起しとか後米炊かねえとだろ。
たまにしか使っていなかった飯盒を持ち上げる悠里。介は苦笑して肩を竦めている。
「ある程度準備終わったら君らも少しは楽しんでおいでよ。おれ釣り楽しみたい」
「あれ、テント三つある……? なんで?」
え、三つ?
奏から上がる不思議そうな声に怪訝な顔をして振り返り、鏡はまさかと目が据わっていく。持ち込まれた石を積み上げて、遠くを見るような目でテントを見やった。
「まさか籠り用のテントじゃ……組み立てなくていいんじゃないかな?」
「あ、それ自分で立てるからいいよ」
しれっと草の向こうから声をかけて戻ってくる介に、鏡が目を剥いた。
「やっぱり
「燃やすか」
「燃やすな」
あまりにも威力の低い平手が、悠里の頭を叩いていた。
「痛くねえ。やっぱ燃やそうぜ、火起しの素材にすっから」
「
一瞬ここが異世界かどうか忘れそうになる、懐かしい単語を聞いた。けれど言われてみれば、今立てられているテントに化学製品が使われていないとも限らないのだ。これだけ軽く、力持ちとはいえ女性が一人で組み立てられるのだから当然の発想かもしれない。
「なんで籠もり用準備してるんですか……」
「君らの行動想像してただけだよ」
どういう想像をされたのか、なぜか聞く気になれない。はあと生返事を溢す鏡だが、悠里が呆れて介を見ている様子に苦笑いが浮かんだ。
「最近一人になるのが嫌で籠り部屋使ってねえくせによく言うぜ」
「いや……今あそこほぼ物置部屋だろうに……」
「物置にしたの誰だっけか」
「おれじゃない」
古文書置き場かつ、遺跡に潜る時の道具一式。最近はグリフォンのところまで行くために必要な寝泊りの道具もいくつかあったか。
……確かに介のせいとは言い難かった。
「よくわからないけど組み立て必要なら建てますよー?」
「いや、置いといていいですよそれ……」
「立てられるなら立てるだけなんですけど……」
「別々のテントで寝るほうが危ないですから。二つでいいですよ」
「三人用テントがなくて二、二、一で買うことになったってだけだよ……その次のサイズ、六人用しかなかったしね……」
「いや、一人〇.五人でいけ」
問答無用で殴り飛ばした。背中を押さえる悠里を介の冷めた目が貫く。
「アホか……君より筋力あるだろ鏡くんは」
問答無用で蹴り飛ばされていた。脛を押さえる介の悶える声が響く。男二人の睨み合いが火花を散らす中、奏の明るい声が一際目立つ。
「できましたーっ」
結局全部組立てたようだ。鏡は男用テントが狭くなってもいいから纏めて入ってもいいと思っていたのに。気落ちしつつ介を見上げるも、彼は苦笑いを浮かべている。
「介さん、本当に一人で寝る気ですか……?」
「テントの都合上だよ……」
そうだとしても、一人だけ別に寝るなんて……。
女性、男性で分かれるのは当然だと思うのだ。けれど家でもいつも一緒にいたわけだし、ここに来て一緒に楽しめないのはなんだか淋しいのだ。
鏡が俯いていると、やけに細い手が、不器用に頭を撫でてきた。
「結局最後どうなるか想像つきすぎてね……隣にテント置くから、それでいいだろう?」
「でも……」
「代わりに夜は楽しみにしててくれ」
「夜、ですか?」
御影が不思議そうに、飯盒用の米を準備している。頷く介の手が離れて、鏡は気落ちしたまま彼を見上げる。
「何するんですか?」
「それ今教えたら意味ないだろう。ほら、バーベキューの準備するんだろう、さっさと終わらせて遊ばないと損だよ」
いったい何をするのだろう。教えてくれないということは、その時までの楽しみにしておけということなのだろうけれど。
首を捻っていると、御影が微笑ましそうに立ち上がった。
「えと、あと、火の準備ぐらい、です」
「あ、じゃあ御影ちゃん着替えに行こうよ!」
「え、も、もう!?」
途端に真っ赤になる彼女は、今日は奏以上に忙しいようだ。悠里が微かに笑いを堪えている。
「おう、行ってこい。火は俺がやっといてやるから」
「わーいっ、じゃあ御影ちゃんお借りしますっ」
「え、あの、でもっ……!」
止めようと上がる小さな声も虚しく、御影は出来上がったばかりのテントの中に連れ去られてしまった。介が呆れた目で生暖かく見守っている。
「……こうなる気もしてたけどねえ。おれその辺の虫捕まえて餌にするかな」
小さな籠に、介が何か豆のようなものを放り込んでいた。なんだろうと近づいてみて、籠の蓋を開けた鏡はざっと身を引いた。
芋虫やミミズが、大量にそこにいた。明らかに魚の餌だった。
「ぼ、僕も悠里手伝ったら行こうかな……」
「お前も行ってこい、水着一応持ってきてんだろ」
「なんで知ってたの……!?」
荷物を詰めていた時、悠里は親しい料理店のマスターのところへと野菜を買いに行っていたのに。介がぽかんとして振り返っていて、鏡は視線がさまよう。
「へえ、持ってきてたのか。悠里は持ってきてないのかい?」
「ああ。あんま泳ぎは得意じゃなくてな」
「てっきり持ってきてるかと思ってたよ。鏡くん辺りが纏めて持ってきてそうだけど。来栖さんにでも教わればどうだい?」
「あ、いえ、悠里がいいって言ってたので、持ってきてな」
「うそおおおお!」
突然上がった奏の絶叫に、一瞬鏡達は静まり返った。
「俺をなんだと思ってんだ。お前と違って泳げるっての」
「それは失敬したよ」
会話が途切れる。悠里が呆れた目でテントのほうを見やった。
「……んで、何事だありゃ」
「……さあねえ。行くわけにも行かないしな」
介さん、行く気からないですよね。行かれても困るけど……。
「どうせ水着のサイズが合わなかったとかその辺だろ。試着したのに減ったか増えたかで」
「……そういうことさらっと言うの、デリカシーないんじゃないか……?」
「いやー。それしか浮かばなかったもんで」
最近悠里の発言に不安を覚え始めてきた。奏が真っ赤になるのは過剰反応だなあと思っていたが、そうでもないような気がしてくる。
もう、自分も着替えてこよう。
「わ、わざとじゃないけど! わ、わかったわよ、着る……」
相変わらず、彼女は自分の声の通りがいいことを忘れているようだ。
「……忘れて来ていた気でいたのか……」
「水着着るの回避したつもりで御影にこっそり入れられたんだろ」
テントの中にすごすごと逃げ込む。けれどテント同士も思っていたより近い場所に立てられていたため、ちらりと目を向けた鏡はばっと顔を逸らした。
テントごしに向こうのテントが分かるのだ。しかもこういう時に限ってどうして、外の音がよく聞こえるのだろう。
「あー、留まらない……ごめん、御影ちゃんお願い」
「あ、はい。私のも後でお願いして、いいですか? 背中、上手く手が回らなくて……」
「おっけー」
意識したくなくても顔が赤くなるんだけど――!
どうしてテントをこんなに近くにしたのだろう。悠里でなくとも聞こえてくる会話に顔が赤くならないはずがない。危険があればすぐに駆けつけられるけれど、それにしたって近すぎるっ。
あとでこっそり位置をずらさないと、心臓に悪い。……悠里達に手伝ってもらおう。
「御影ちゃんスタイルいいなあー……羨ましい」
「奏さん!!」
頭をぶつけた。服を脱いでいた最中だったから、何にぶつかったのか全くわからなかった。鏡自身の鞄だったようだ。
水着用のパーカーを着直して、鏡は震えながら深呼吸をする。
奏さん……っ!
早くテントから離れよう。そうしよう。
「あっ、奏さんずるいです、私上着ないのに!」
「わ、わかったからっ!」
訂正。
テントから出られる気がしなかった。