境界融和世界の幻門ゲート

第10話「欠けた歯車が回る場所」01
*前しおり次#

 黒と白の幕が、家をおおっている。
 すすり泣く声は両親の、そしてあまり顔を合わせない親戚からも聞こえてきた。
 遺影が二つ。どちらも自分がよく知る、血の繋がった人と、その夫婦の片割れ。
 いまいちピンとこなかった。ただ、置かれた二つのひつぎと、その柩の閉じられたままの窓をぼうっと眺める、黒い服に身を包んだ四つ年上の従兄いとこの姿だけ、色がついて見える。
 たった独りで、ぼうっと立つ兄貴分の目は、もう涙など出尽くしていた。枯れていた。
 両親を納められた二つの大きな棺を、ただただぼうっと、力なく見つめているだけ。
 声をかけようとしても、かけられなかった。いつもみたいに、「鏡、ゆう、遊ぶぞ」って、頼もしくて怖い笑みがそこになかった。
 誰が引き取るのかとか、そういった親戚たちの、本人の気持ちをないがしろにした話し合いの末。祖父のもとに一度預けられた。その祖父がしばらくして亡くなった後。
 彼は孤児院に行くことが決まった。


「ふあ……い、いったあ……!」
 欠伸と共に呼吸で膨らんだ腹に痛みが走る。体を起こし、健やかにベッドで寝ている従兄をジト目で睨んで、鏡は溜息と共に肩を落とした。
 昨日、今日のために余力を残せと言った本人のスパルタな稽古はひどかった。奏が早々にばてたおかげで、結局ストレス発散を兼ねた稽古に自分だけが取り残されたのだ。亡くなった祖父を思い出すほどで、もう逃げたいと何度のどの奥から叫びそうになったか。
 おかげで、悠里のすっきりとした寝顔を見る羽目になると、彼ではないが一度殴って安眠を妨害してやりたかった。
 介はソファでぐっすりと寝ている。疲れ果てていた彼のベッドを占領したことに申し訳ない思いが過ぎるも、介の手元に置かれたノートに目を丸くした。
 彼が自作した魔術書だ。ノートを数冊繋ぎ合わせてあり、何度も開いて読んであるせいか、背表紙はボロボロだ。彼が寝ているソファと同じぐらいくたびれて見える。
 あんなに疲れていても、勉強していたんだ。
 扉をノックする音に、鏡は慌てて入り口に向かう。と、悠里が素早く起きて止めてきたではないか。
 油断なく扉を睨む彼は、やがて口を開いた。
「誰だ」
「まだ寝てるのかな……開けてくださーい、両手塞がってて開けられないので!」
 悠里の目が皿のように平たくなった。鏡は慌てて開けようとして、はっとした。
 悠里も自分もスウェットのまま。介も寝たまま。
 まずい。
「奏さんちょっと待ってください!」
「はーい」
 悠里に早く服を着ろと手で合図する。悠里が面倒くさそうに目を細め、扉を見やった。
「おい、こっちも準備ってもんがあるんだぞ。主に鏡の」
「僕だけじゃないよね!?」
「あ、なんだ着替えかあ。なら開けますよ」
「なんでそうなるんですか!?」
「別にいいぞ」
「よくないよ!?」
「じゃあ開けてくださーい」
「よくないって言ってるのに!?」
 ガチャリ。
 ついに悠里が面倒くさがって扉を開けた。奏が器用に、腕に手にと盆を乗せて入ってくる。呆気にとられた鏡と悠里が腕の盆だけでも外すと、彼女は助かったと笑顔を見せた。
「ありがとうございます。あ、あとおはようございます」
「おはようございます……あの、これもしかして……」
「そ。昨日のお礼代わりになるかわからないけど、朝食作ってきました。お皿分けるより大皿に盛ったほうがよかったかなあって、後で気づいたんですけど」
 悠里を見やると、彼は沈黙していた。凄く微妙そうな顔だ。現に鏡も苦笑を漏らす。
「無茶するなよ、それなら男誰か呼べって……」
「そうですよ……運ぶ時は呼んでください」
「持ってくる時バランスとりづらかっただけですよ。そんな重くなかったです」
 女性に言ってはいけないだろうとは思うが、力持ちだなあという感想は抱いた。
 サラダ、コンソメスープ、オムレツにベーコン、フランクフルト、パンとチーズ、そして紅茶とコーヒー……起きたてで食欲はあまりなかったはずの胃が、一気に中枢に働きかけ始めた。
 ついでに盛りつけはいろどりよく見えるよう工夫されていて、鏡は感嘆する。
 隣で悠里が呆れた目で奏を見下ろした。
「この量運ぶなら何回かに分けろよ」
「運べるってわかったので運んできました。ドア開けられないのは計算外でしたけど、開けてもらえばいいかなーって」
 悠里の頭の痛そうな顔を、二日連続で見るなんて久しぶりだった。
 ただ、今回ばかりは彼に同感だ。
「両手塞がっててドアのこと計算抜いてんじゃねえよ……俺でも昨日分けたってのに。次あったら呼べよ? いいな?」
「あ、はい。ありがとうございます」
 ぽかんとする奏に、鏡は苦笑いした。悠里は慣れた様子で頷いている。
「わかればよし。朝飯にするか……介、そろそろいつもの発作大丈夫か?」
 テーブルに美味しそうな匂いを届ける朝食を並べると、介が身動ぎし始める。彼の肩に押されて落ちた魔導書を拾い上げると、介がぼうっとした目で欠伸をしているではないか。
「あー……おはよう」
「おはようございます。大丈夫ですか?」
「ああ、うん……ぐっすり寝たから随分気が楽だよ」
「魔導書そばに置いてて、ですか……」
「はは、読んでない読んでない。手元に置いておくの癖なんだ。うわあーいい香り。もう朝食――うわっ!?」
「おはようございまーす。そんなに驚きました?」
 飛び起きるほどに驚いた介に目を白黒させる鏡だが、驚かれた奏は至って平然としている。悠里がああと介を見やった。
「おはよーさん。もう発作、大丈夫か?」
「あ、ああ、うん……大丈夫だよ……おはよう」
 そう言う介だが、どうにも顔色が優れた様子がない。悠里もなんとなく気遣うような様子を見せている。
「てっきり鏡が騒いでた時に起きてたかと思ってたからな……相当疲れてたろ、お前」
「そこまで疲れてはないんだけどな……明け方まで氷壁が残るように、魔力と集中力はかなり注ぎ込んだけど、ラリマーもさほど曇らなかったし……」
精神疲弊マインドかもな……」
 鏡も苦い顔で頷いた。彼の人嫌いは薄々察していたが、この数週間で人が増えて疲労が溜まってもおかしくはないだろう。
 鏡や御影、奏相手では、悠里の時ほど気兼ねなく話すわけにもいかないはず。介は苦い顔でうつむいていた。
「……否定したいんだけどね……」
「できねえなら今日は俺ができる限り後衛やろうか? 大物でない限りお前は休んでたほうがいいだろ」
「むしろ発散したいからいいよ」
「は、発散……あ、私御影ちゃん起こしてきますね」
「うん、お願いします」
 ……御影ちゃん、かあ。
 昨日一日、夜中に何を話したのだろうか。出ていく奏を見送りつつ、鏡は首を少し振った。聞くつもりは元々なかったが、さすがに考えが無粋だ。
 まだ女性陣が到着していないにもかかわらず、悠里は早速テーブルについている。サラダを口に運び始めた彼に、鏡は生暖かい目を向けた。
「あー、今日も暴れ足りねえだろうな……」
「もう君前に出ろよ。隣で屈伸されてるほうが気が散るからさ」
「……今日さすがにコンビネーションとか考える気ねぇぞ? いっそ二人で出るか?」
 むっとした鏡が口を開く前に、介が大丈夫だと手を上げて止めてきた。
「コンビネーションは気にしなくていいんじゃないかい? このメンバーだとおれが指示飛ばして、あとは個々の判断で動くのがやりやすいと思うよ……ただ二人はちょっと。昨日の依頼の続きである以上はね……」
「それは言えてる。こいつらの作戦荒削りすぎて見てられなかったしな」
「呼んできましたよー」
 目を擦る御影が、奏に連れられてやってきた。鏡は優しく微笑みかける。御影も寝起きの顔でふにゃりと笑った。
「おはよう、御影」
「おはよう。わあ、美味しそう! 奏さんも料理上手なんだ……」
「一応レストランで働いてたから、盛りつけだけはまともだよ。自己流だけど」
 そういえば昨日の介抜きの食卓で、御影は一人だけ料理が苦手だと言葉を詰まらせていたような。鏡は苦笑いして、介がおかしそうに笑っている様子を見やった。
 全員やっと食卓についた。御影が美味しそうにスープを口に運んでいる。温かいスープは若干冷えても遜色なく、パンにサラダとフランクフルトかベーコンを挟んで食べると、即席サンドイッチとして味を変えて楽しめた。そこまで配慮して作っていた彼女に驚きを隠せないし、組合せを提案してくれるだけでなく、手軽に必要な量の食事を口に入れられるよう計算されていたようにも感じた。
 ……盛りつけを教えてほしいなんて言ったら、悠里から生暖かい目を向けられそうだ。
「今日はフリーダムに行こうか。互いの戦い方やリズムなんて、まだ慣れてなくて当然だしね。――味つけまでこう美味しいと驚きだなあ」
「あ、どうも? ちょっとコショウ出すぎたんですけどね」
 そんなに気にならなかった。悠里も気にしなくていい程度だと感想を奏に返していて、彼女がほっとしている様子に内心頷く。
 やっぱり彼女は……。今悠里がいる前で言うのは避けよう。
「僕も、無理に戦い方を合わせるよりそっちがいいと思います」
「……周り見て戦うの苦手なんだよな……」
「悠里は野生すぎ……」
「まったくだ。わかった、今日はそれで行こう」
「自覚はしてる」
「そうじゃなきゃ困る」
 介の追い討ちに、鏡は生暖かい表情で頷いた。完食し終えて、鏡は手を合わせる。
「ごちそうさまでした……ちょっと走ってくる余裕あるかな?」
「お粗末様です。……私も走ってこようかなあ……」
「ああ、いいよ。動くとしてもまだ後だから――食べた直後で胃を揺すりすぎないようにね」
「その辺りは大丈夫です、どんな時でも追い回されてた時期があるので」
 笑顔で答えると、介の神妙な顔が悠里を細い目で睨んでいた。
 奏に朝食の礼を伝えて、早速外へと走りに出る。上に無地のパーカーを羽織り、外へと出ていった。
 日課にし始めたこのランニングで、多少でもスタミナがついてくれることを願って。
 
 


ルビ対応・加筆修正 2020/11/22


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