岩肌は荒く抉り取られたように、細かく波打っていた。足音だけが反響する中、道は途中うねりながらも、しっかりと一本だけ伸びていく。
違和感はすぐ、次の疑念を持ち上げた。
長いのだ。どこまで歩いても、うねり続ける洞窟の長さに眉をひそめる。動物の姿もなければ敵の姿も見当たらない。普通に考えたらこんなことはありえないはずなのに。
こんなトンネルみたいな洞窟、それこそコウモリが巣にしてもおかしくはないのだ。
「……分かれ道がないってことは、やっぱりここは天然の洞窟じゃないな」
介が沈黙を破った。奏が周囲を警戒しつつ、何も出てこない様子に一度足を止めて振り返った。
「地質学わからないんですが、詳しい人います?」
「洞窟ができるパターンにも複数あってね。こういう岩盤に直接開いたタイプの洞窟は、おおよそ水の流れで空いた穴っていうパターンが多いんだ。そうなると、必然的に人が通るほどの大きさに成長している水脈なら、分かれ道がある。これだけ曲がりくねっているならなおさらだ」
「解説なげえ」
「滅多に知識人らしいところないんだから、いいじゃないか、たまには」
なんだか妙な理屈だ。御影が隣の介を見上げて、不安そうに首を傾げている。
「じゃ、じゃあ、ここって天然じゃないなら……」
「まあ、崖に穴を掘るのは動物でもできるけど……おおよそ魔物と考えていいだろうね。短期間でこの大きさだし、洞窟の全長長すぎだしねえ」
「簡単に言えば魔物の巣穴ってことだろ?」
間違いなくそうなのだろうけれど、巣穴にしては随分と全長が長い。鏡はこめかみを突いて、周囲を見渡した。
――やはり、注意して見ていたが分かれ道がない。しかも洞窟の幅も高さもほぼ一定だ。モグラが掘り進んだ地中の跡を思い起こさせる。
「こんなに長いってことは相当強いですよね……」
「長いから強いとは限らないよ。弱いから自分の身を守ろうとして、長く掘ったのかもしれない。――今回はそうじゃないだろうけどね」
「弱いから身を守るため、つったらもっと穴小せえだろうしな。外敵から身を守るわけだし」
「その通り。――相手が巨体だってこと考えるとなんとも言えない部分はあるけど」
奏が目を凝らし、少しだけ前に進んだ。慌てて目を向けた鏡は、彼女がすぐ立ち止まった様子を見てぽかんとする。
「どうしたんですか?」
「道が分かれてます」
へえと、悠里が面白そうに笑んでいる。後ろを確認した彼は、スフェーンの輝石から放たれる陽光のような灯りに目を細めながら口を開いた。
「後ろはなんか来てる気配なし、前は?」
「……笑えるくらいにないですよ」
「ここはおれが探ろうか」
ラリマーを取り出し、囁くように詠唱する。けれどその中で風の詠唱だと聞き取った鏡は
音を聞き取る魔術だ。それならどうして……
「……奥で息を
「風属性の魔術使うなら僕が使ったのに……」
「鏡くんはいざという時の回復要員だろう? 敵がどこに身を潜めているかわからないんだ。詠唱の不意を突かれて攻撃されないよう見張っててほしかった、っていうだけだよ」
苦笑する介は、でもと鏡が口を開くと、大丈夫だと笑っている。
「気にかけてくれるのはありがたいよ。ただ、ここは役割分担ってことで流してくれないかい?」
「……そこまで言うなら……」
正直、介にあまり魔術を使わせたくない。
彼は自分の属性以外との相性があまりにもよくないのだ。自らその話をしていたし、できるだけ、風の属性に関しては鏡が請け負う気でいたのに。
自分の属性なのに……。
介が先に進もうと提案をしている。奏が頷き、一同を振り返ってきた。
「右に行きますか? それとも左?」
「……介、どっちからだ?」
「左だ。右は何も気配がないから、恐らくは手下の
「うっ……イメージしたくない……」
「じゃあ左に行きます……?」
「だな。鏡、お前想像力発揮しすぎ。あと介はさすがにそれ以上はやめてやれ。
「あはは、ごめんごめん」
進み始める一同。足音だけが響く中、
「うっ、なんか変な臭い……」
「現場思い出すな……これ」
「――開け幻門。我が門は風。マラカイトの輝石を以て、力をここに具現する。顕現せよ風。守護たる風の
風が獣臭い臭いを散らしていく。奏がほっとした顔で、呼吸を数度、自分を落ち着けるように繰り返した。
「――鏡くん、ありがとう。二人とも、気をつけるんだよ」
介の礼と心配に、鏡は頷いた。
「はい」
奏と声が重なる。
足音が、ばらついて響く。
徐々に見えてきたのは紫色の体毛。
前足は――立ち上がったその体の肩に、剛腕として備わっている。
唸り声を上げ、震えている体はクマのよう。けれど顔は狼にも似て、決して現実世界で見る動物ではない。
既視感のあるいでたちに、御影がひゅっと息を呑んだ。鏡も目を丸くする。
「あ、あの時のクマもどき!?」
「やっぱこいつか……つええぞ、全員気をつけろ」
周囲に獣の仲間の姿はない。悠里が前に
「え、ちょっ」
「ここなら俺の独断場だ、前の借りは返させてもらいますか!」
「独壇場にしないでくださいっ!」
「今日は自由に動く――っつったよな!」
走っていく悠里へと爪が振り下ろされ、悠里が直前で避ける。奏が拳を構えている。介が肩を竦めた。
「はいはい。――その分フォローに全力入れるよ」
「はい!」
「背中は任せたぜ?」
御影の声に張りが出ている。悠里の無茶ぶりに、鏡は苦笑いを引っ込めて前に立った。
「まったくもう……」
「楯山さんがああ動くなら――左右から
鏡へと声をかける奏は、素早く回り込んでいく。足の速さが鏡と変わらず、魔物を
悠里の反対側から、奏の拳が獣へと見舞われる。すぐに飛びのく彼女へと、悠里が何か呟いたようだ。確かめる間もなく繰り出された蹴りに、獣がさらに唸り声を上げる。
痛みで発したのか、それとも何かの合図なのか。もし後者だとしたら、新手が来る先は他にない。
鏡ははっとして介へと目をやった。
「介さん!」
「大丈夫、前に集中するんだ! ――開け幻門、我が門は水。ラリマーの輝石を以て力をここに具現する。顕現せよ水」
省略詠唱をしない?
目を見開くも、獣が鏡へと狙いを定めた様子に姿勢を低くする。
突進されたら耐えられる自信はない。恐怖がないわけではない。けれど
「守るって決めたんだ――!」
巨体が飛び上がる。大上段に持ち上げられた爪が狙ってきて、介が叫んだ。
「鋭き敵意を阻む氷壁となれ!」
鏡の真上を氷壁がドーム状に覆う。爪を冷気の中に閉じ込められ、獣が吠えた。
ぎょっとして介を見やると、彼の後ろから氷の壁がそそり立っている。分厚い壁に納得して笑む。
さすが介さん――!
自分たちを守るだけでなく、敵の動きまで封じてしまうなんて彼らしい発想だ。爪を無理やり引き抜いた魔物のせいで、崩れた氷壁が降り注ぐも、鏡はすぐに避ける。
「おらよっ、と!」
熊もどきが巨体を後ろへと向ける。悠里が突っ込み、奏が叫ぶ。
「風見さん背後回って!」
「任せて!」
中途半端に向けられた背後を完全にとった。
「はあっ!」
拳を叩き込む。骨を砕く手応えに目つきを変えた。
入った!
「お前は周り気にしすぎ! 目つけられてるぞ、一旦下がれ!」
「うっ、お願いします!」
「来栖さん、光の槍を!」
奏が素早く詠唱に入る。唸る獣が彼女へと走ろうとして、地面から突如生えた
そのまま成長して絡みつく植物に、鏡ははっと振り返る。
御影の魔術だ。グリーンアンバーから黄色の光が
「顕現せよ光。暗闇を
光の槍が熊もどきの腕を貫いた。
痛みに吠える生き物の声がガンガンと洞窟に響き渡る。奏が耳を塞ぎ、悠里が獣の死角へと走る。
「はっはー、今の俺はストレス溜まってんだよ、おとなしくやられとけ!」
獣の体毛がはっきりと波打った。
倒れ伏し、尚も唸る獣の腕が悠里と奏を
「あっ……悠里、奏さん! 魔石狙える!?」
「魔石は倒さないと出てこないよ。今は気にしなくていい!」
え?
介の言葉に耳を疑って、もう一度魔物の額を睨んだ。
一瞬輝いたはずの色が消えている。
「じゃあ今のはいったい……?」
「ボサッとすんな、足元
「はあっ!」
奏の拳と悠里の蹴りが、吸い込まれるように紫の体毛へと埋もれる。
衝撃。
沈黙が生まれる。
倒れ伏す獣に、介が警戒を解いた。御影が術の集中を解いた途端、蔓が地面へとしなびていった。
悠里が物足りなさそうな顔で足をほぐしていた。
「これが数の暴力か……」
「おかげで、後ろの心労は随分違うよ。みんなお疲れ様」
敵は、動かない。紫の体毛が消え去り、眠りについた男の姿が光となって消えていく。
その場にへなへなと腰を降ろした鏡は、ほっと吐息を溢した。
「勝てた……んだね……」
「やっぱ、今まで回収した魔石と違うな、これ」
「え、違うって……?」