悠里が魔石を介へと渡し、奏が覗き込んでいる。御影がほっとした様子で鏡のそばに寄ってきて、無事を確認してくる。大丈夫だと伝えると、彼女は笑顔を見せてくれた。
「無事に終わって、よかった……悠里さん、怪我、診せてください」
「あー、これぐらい掠り傷だ。なんともねえよ」
「悠里?」
「はいはい」
「――やっぱりか……」
「……魔石って初めて見たんですけど、そんなに違うんですか?」
「ああ。本来魔石は内包する属性の象徴色に応じて光が違うんだ。水は青。火は赤。地は黄、風は緑、光は
「やっぱりあの違和感、本物だったんだ……」
ぼうっとした頭で呟くと、介が振り返ってきた。手に持つ石はアメジストを思わせる紫色の水晶で、緋色の光を宿している。自分が見た輝きはあの光だったようだ。
「……さっき言ってた違和感、どういうものだったんだい?」
「額……かな? その辺りが一瞬光ったように見えたというか……もしかしてあそこに魔石が埋まってるんじゃ? って思っただけなんですけどね」
「……前にも説明した通り、確かにそこに魔石は埋まっている。けど死ぬ前にはっきり兆候が現れるなんて、普通はないよ。強力な固体だったからなのか、別の要因があるのか……いずれにせよ、ここにはもう用はない。出ようか」
「……あ……!」
「どうした、御影?」
「あ、あれ……!」
壁の向こうに、狼たちの群れ。
介に頼んで氷の壁で入口を封鎖してもらって正解だった。唸り声を上げ、牙を
介と悠里がにやりと笑んだ。
「餌係がいなくなって
「言ってる場合!?」
「まー、なんとかなるだろ」
「この程度なら大丈夫だと思うけどねえ……。あ、そろそろ氷の壁崩すよ。悠里よろしく」
「どーかん……慢心は事故の元だけどな。任せろっ!」
屈伸、屈伸。
狼たちの目の前で、氷にひびが入っていく。介がラリマーを手に詠唱を始めた。
「開け幻門。我が門は水。ラリマーの輝石を以て、力をここに具現する。顕現せよ水。
氷が一気に
飛びかかろうと助走をつけていた狼たちが、水の網に捕えらえて地面に叩き伏せられる。
後はもう、悠里が嬉々として蹴り倒していた。鏡と御影、介を守ろうと前に立っていた奏が慌てている。
「あ、わ、私もてつ――だわなくて、いいか」
鏡も、立ち上がる気が起きなかった。
ベテラン二人のストレスは相当溜まっていたようだ。
あっという間に片をつけられた残党の獣たちがかわいそうだと言いたかった。
これも世の摂理だなんて考えたくない。猫が虫をいたぶるようにしか見えなかったが、相手が害獣であることも事実か。
あっという間に
「二人とも随分溜め込んでたんだ……」
「あっはは、そんなことないよ。思ったより君たちのこと、安心して見てられたしね。――指示を飛ばす必要なかったし」
半分嘘だ……。
つやつやとした介の笑顔を見てそう思わざるをえない。二年もこの世界で戦ってきた介の本心からの感想とは思えなかったのだ。
彼は自分たちを信用してくれている。それも本当だ。けれど彼から見た自分たちは、まだひよっこ同然だろう。あくまで初心者にしては安心して見ていられたという意味だとわかったのだ。
現にひと暴れを終えた悠里も、驚いた様子もなく、つややかな顔で肩を竦めていた。
「そりゃ何より。一日二日で組んだ即席にしても安定してたしな」
「そうだねえ。で、試験官さんは、今回はどう評価するのかな?」
途端に奏の表情が強張った。それだけでもう、彼女の心情が手に取るようにわかると同時に、嬉しかった。独りで戦おうとしなくなっていた彼女は、自分たちの仲間であろうともしてくれていたのだろう。
テストの結果が怖くて当然だ。
悠里がにやりといたずらっぽく笑んでいる。
「ま、及第点だが合格やってもいいかな。……で、そういうお前はどうなんだよ、しれーかん?」
「今回は君に一任してたんだ、異論はないよ。おれとしては、二日目にしては合格点だ」
「ほ、本当ですか!?」
思わず聞き返す鏡に、介はさっぱりとした返事で頷いてくれた。顔が晴れていく鏡に、悠里も介もおかしそうに笑っている。
「こんなことでわざわざ嘘つくかよ」
「おれたち、そこでまでいじめたりしないよ?」
「じゃあ日頃のいじめもなくしてください」
「それはお断り」
綺麗に重なる大人二人の大人気ない返事に、普段は怒るところなのに、鏡は思わず笑った。御影も嬉しそうに笑っていて、奏を見やって首を傾げている。
「奏さん……? あ、あれっ、奏さん!?」
驚いて振り返ると、奏が地面にへたり込んでいた。放心したような顔で、鏡はぎょっとする。
「えっ、大丈夫ですか!?」
「腰でも抜けたか?」
「あ、い、いえ……大丈夫……」
言う声が
「大丈夫じゃねえだろ、ったく。鏡、暫く前衛一人で頼む」
「きゃっ!?」
慣れた手つきで奏の手を自分の首に回し、背負う悠里に奏が顔を真っ赤にした。鏡は苦笑いし、頷く。介が苦笑いを溢している。
「わかった」
「え、ちょ、あ、あのっ!!」
「まだ結果聞いてない、って顔だったね」
途端にびくりと肩を震わせる奏。悠里がにやりと笑んで、見えもしないだろう奏へと首を回している。
「こっち二人は聞くまでもないから俺たちか。俺は、その気じゃなきゃここまでしねえけど?」
強張っていた奏の肩が、微かに揺れた。
介は未だ輝き続ける本を手に、肩を竦めた。
「おれも、悠里に一任してたって言ったろう? ――正直新人の指導を悠里ができるまでになってたことのほうがびっくりだよ」
「余計なお世話だ。後輩の面倒はお前よりは見れるつもりだぜ?」
「ははっ、そうみたいだねえ」
ぱたっ
奏の震えながら閉じられた目から、雫が落ちていく。震える呼吸に、落ちる涙に鏡は目を丸くする。
「わわっ!? ハンカチ使います!?」
はっとした奏の慌てて頭を振り、顔を手で覆っている。
「……だ、大丈夫ですっ」
ぽかんとして、鏡は微笑んだ。
泣いた顔を見られないように無理やり顔をこする姿に、ただただ安堵する。
「――よかったですね」
くしゃりと、顔が勝手に泣かないように、
ぽろぽろと雫を落として、小さく頷いている。
「……ありがとう……」
雫は止まらない。
意地っ張りな彼女は、独りだけで戦っていた彼女は、もうそこにいなかった。悠里は奏を背負ったまま器用に肩を竦め、介が微笑んでいるではないか。
「やっと、らしく≠ネったみたいだねえ」
「だな。おーい、俺の服に鼻水つけんなよー? いって」
「つ、つけませんし出てません!!」
「はいはい、そーいうことにしてやるから」
威力は低そうだが、いい音が奏の平手と悠里の後頭部で奏でられていた。思わず笑う一同に、奏は耳まで真っ赤だ。
「や、やっぱり降りますっ!」
「足に力入ってねーから大人しくしとけ」
「で、でも……は、はい……」
やっと折れた彼女は、悠里が背負いやすいようもたれ直している。真っ赤な彼女の顔を見ていない悠里は、慣れた様子で背負い直している。
「色々無理しすぎ。次からもおぶるの嫌だからな?」
もう、奏は泣いていなかった。ほっと笑む彼女の
「はい……ありがと……」
頭まで、完全にもたれていく。
落ち着いた呼吸と力が抜けた奏の体に、悠里はちらりと彼女を見やっている。
「寝たか……」
「寝ちゃいました」
ずっと見守っていた御影が、優しく笑んでいる。
「昨日も沢山、私の話聞いてくれてましたから……朝ご飯、作ってくれたって聞いて、疲れてるんじゃないかなって思ってました、けど……気持ちのほうが、頑張らなきゃって
「気張りすぎだな……ゆっくり休ませるか……」
悠里が少しだけ見せた呆れたような顔に、鏡はぷっと笑った。悠里に文句を飛ばされるかと思ったが、介がおかしそうに笑ったことで注意が逸れる。
「町に戻ったら、この魔石をギルドに持って行くよ。あと
眉をひそめる介が、狼や狂犬たちが倒れているその場にしゃがみ込んでいる。近づいた鏡は目を見張った。
「それ……魔石ですか?」
「……そうだね。こいつらも魔物ってことだ」
淡い紫色の水晶の中に、青い光が躍っている。魔物という響きに当てはまらないはずの狼たちの死骸は、あの熊もどきと違って、人間の姿になって消えることはない。
どういうことだろう。
「配下にしただけの獣だったら、こんなことは起こらない。ということはこいつらも、あの魔物から生み出されたってことになる。――しかも魔石を体内で精製するほど強くゲートと結びついてたってことだ。倒せただけでもラッキーだよ」
「魔物が魔物を生み出す……?」
生物学的には可能だけど、この世界のゲートの大半は、自分たち人間のなれの果てのはずだ。
……そんなこと、ありえるのか?
「……だったら……あの魔物が、人間を食らって強くなった……とか?」
「魔物が魔物を生み出すことは可能だと思うよ。ただ、魔石を創り出せる魔物を生み出すとは思わなかったな……」
「生み出すってより生存的
「つーか、想像したくもねえわ」
あ、と振り返って、御影が身震いする姿に素直に謝った。彼女が自分ほど、あの時の恐怖を割り切れたわけではなかったことを失念していた。
――鏡自身も、もう一度あんな状況に追い込まれたら。そう思うと身の毛がよだつ。悠里の言うとおりにしよう。
「そうだね……ここで考えるのはここまでにしようか。いずれにしても報告しておかないと、残党が残っていたら危険だからね。鏡くんの仮説が正しいかどうかを知る
「はい」
「あ、鏡。お前しばらく一人で前な」
俺こいつおぶってるし。
早速受けた地獄の宣言に、鏡は思わず固まった。
けれど安心しきった奏の寝顔を見ると、色々と諦めがついてくるというか……
「わ、わかったよ……」
「よし、さっさと出るぞ。街着いたらこいつの歓迎会兼ねた祝賀会だな」
鏡と御影は顔を見合わせ、笑顔で悠里へと頷いた。
「うん!」
「私、お菓子作ります!」
「おっし早く帰るぞ」
途端に歩き出す悠里に、鏡たちは吹き出して笑っていた。