境界融和世界の幻門ゲート

第12話「無自覚な自覚」01
*前しおり次#

「あ、そうそう。今日は全員、予定はないよ。各々好きなことをやっておいで」
「へっ!? やることないんですか?」
 朝食のポテトサラダを口に運びかけていた鏡は、思わず口を離す。介は平然と「そうだよ」と頷くものだから、耳を疑った。
「昨日はなんだかんだ、ギルドに顔出してないからね。それに毎日依頼だの訓練だの勉強だのじゃあ、君らも疲れるだろう? こういう時こそ息抜きしておいで」
「……って言われても、僕勉強か稽古けいこしか、やることが……」
「なら悠里と一緒に服見てきたらどうだい? 君、着替え少ないだろう?」
 言われてみれば、普段着ているのはだいたい二日、三日分ほどしかない。雨に降られて困ったことも少なくなかったけれど。
「応急手当ての道具、そろえたかったんですけど……」
「それぐらいはおれでも揃えられるから、身の回りのものを買っておいで」
「……はい」
「俺、昨日のでレガースやばいから、メンテ行きてぇんだけど」
 一気にぶった切る従兄に、鏡はうっと息が詰まった。介が容赦ようしゃない笑みを悠里に向けている。
 ファッションに関してはからきしの自分独りで行けと。
「メンテナンスついでに買い物ぐらい行けるだろう?」
「……特注品オーダーメイド頼んでくる」
「値段、今回の給料三回分相当だったけど? どこからそんな予算が出るんだろうねえ」
 魔術書代わりのノートを捲る音が、食事のこの場に響く。悠里が苦い顔で食い下がる気配を見せた。
「専属契約交渉……」
「実力が伴っているかどうか、確認してもらえてないのにかい? 今回のでいたんだ装備を持っていくんだ。目のはし吊り上がると思うよ、鍛冶師なら」
 さすが、口数に関してはパーティ随一の介だ。言いくるめられたのか、悠里なりにわかってはいたのか、彼の口からは残念そうな溜息が漏れている。
「だよなぁ……しばらくは我慢するか……」
「メンテだけは頼んでいいんじゃないかい? で、時間潰す間に、服を見てきてあげてくれ。君得意だろう、おれの服装に文句言うぐらいなんだから」
「じゃあお前もコーディネートしてやるからお前も来い」
「断る」
 バッサリ!?
「んじゃ俺も断る」
 こっちまで!?
「道理が通ってないよ。それにおれは関係ないだろう。今日ぐらい独りで部屋に籠りたいんだっ」
 しかも理由は引き籠もり!?
「どんだけ他人と接するの嫌いなんだよお前!」
「いいだろ、息抜きしたいんだよっ。籠って何が悪い!」
「それ、体よく追い出す気ですよね……」
 対人嫌悪症もここまで来ると、いっそ清々しく見えた。鏡がなんだかなあと呆れていると、御影がおずおずと顔を上げている。
「……あ……あの、お洋服は……見て、損ないと、思います……」
「あ、じゃあ御影ちゃんも見に行く? 洋服。女子同士で」
「えっ!?」
 目を丸くする御影に、奏がぽかんとしている。そんなに驚くことだろうかと言いたそうな顔に、御影がおろおろとして――悠里が溜息をこぼした。
 今日で二回目。
「んじゃ全員でいこうぜ? 御影もこう言ってることだしな」
「悠里、魂胆こんたんが透けて見えてる。小姑こじゅうとか」
「十年かけて諦めてんだぞ、これぐらいは許されんだろ」
「否定はしないけど目的は忘れないでくれ」
 魂胆? なんの話だろう。しかも介が目を据わらせて小姑呼ばわりなんて、なんだか出会った頃が嘘のようだ。悠里の笑みもよくわからないけれど……
「えっ、あ、えと……わ、私も……!?」
「折角美人さんなんだから、かわいい洋服見ようよ。勿体もったいないじゃない」
 御影の整った容姿は鏡も頷くものがある。御影に助けを求めるような目をされたけれど、鏡は無我の境地を絶賛歩いている気分だ。
「諦めよう、こうなったら止められないよ……」
「うっ……」
「そういうこと。ほらほら、さっさと食べて出かけよう! やってみたかったのよねー、女の子の着せ替え!」
「か、奏さんのお洋服見るんじゃ、ダメなんですかぁ……」
 もう諦めよう。御影もこれからこの環境に慣れなければいけないわけだし、お互いいい機会だと割り切るしか……。
 ……気が重い。
「どうしてただ服を買うだけで……」
「君、自分のセンス悠里に指摘されたんだろう? そのままだと色々と困ると思うよ」
「介さんに言われたくないです」
「はは、そう言うなら同じ穴のムジナにならないようにしないとねえ」
 そう言われると脱したい気持ちになってしまうのはどうしてだ。悠里はさっさと食べ上げて、上着を取りに行っている。
「ごっそさん。ほら、行くぞー、全員準備しろー?」
「あっ、待ってください、まだご飯――」
 急いで食べる御影。少しして胸元を叩く彼女の背をさすって、鏡は苦笑いした。
「そこまで急いで食べなくても……」
「あ、ありがと……!」
「そうそう。おれもまだ残ってるしねえ」
「お前は魔術書片づけてさっさと食え」
「私一足先に準備してきまーす」
 おかしそうに笑う奏が、手元に置いていた包みを悠里へと渡している。礼を言われて笑う彼女は、鏡たちにも同じ包みを渡してくれた。
「歩いてる途中でお腹空いたらどうぞ。フォンダンショコラ作ったから」
「あ、ありがとうございます。朝ごはんも作ってお菓子も作ったんですか?」
「これ、生地さえ用意できれば、あとは焼くだけだから。こっちの世界にもホットケーキミックスあるんですよ。便利ですよねえ」
 なんだか意外だ。そういえば悠里が昨日キッシュを作った時、パイシートがどうとか言っていた気がする。
 介が苦笑いして肩を竦めていた。
「おれたちの世界のものがこの世界でも作られてるってことは、それだけこの世界もおれたちの世界に侵食されてるってことだよ。現に、どこで現実世界由来のものが作られているのかは誰も知らないんだ。流れに流れて出回ってるみたいでね」
「そうなんですか……」
「おれたちとしては助かるんだけどねえ。シャーペンもあるしノートもあるし」
「あと甘味も充実してるしな。ほぼ材料だけだけど」
 介が呆れて振り返り、御影が肩を震わせている。鏡は確かにと、自分が飲んでいた苺牛乳を見下ろして飲み干した。御影も丁度食べ終えたようで、手を合わせるとすぐに走っていく。
 見送って視線を感じ、振り返ると、悠里と介の生暖かい顔と目が合った。
「……今さらだけど女子か」
「本当好み女子っぽいよねえ……」
「え? 美味しくないですか?」
「まぁ俺も好きだけど……」
 現実世界の道具や食べ物があっても、さすがに店までは存在していないからか、カフェオレを飲んでいた彼は遠い顔。介は苦笑いしている。
「おれはどっちかというとコーヒー派だからなあ……苺牛乳なんて生まれてこの方飲んだことないなあ」
「人生の半分損してる……」
「準備終わりましたー……って、三人とも出られるんです?」
 奏は早々に準備に入っていたから、戻ってきた彼女はいつもの短い袖のシャツを着ている。少し寒そうにも映るが、彼女は平気なのだろう。悠里は肩をすくめている。
「俺はいつでも。今日は準備する余裕あったし」
「僕もあと髪型だけかな……」
「今のうちにしておいで」
 頷き、未だ慣れない手つきで髪をいじりにかかる。元々猫っ毛な髪はちょっとやそっといじった程度ではすぐ戻ってしまう。かといって、残念ながらヘアーワックスを頻繁ひんぱんに買うのも最近ははばかられてきたので、微かにねたような髪型で留めることになった。
 御影にも、最近まで髪に癖がつくようになったのかと思われていたようだし、もう少し努力したかったが仕方がない。
 程なく御影が戻ってきて、食器洗いをしにもう一度部屋を出て行った。奏が不思議そうに鏡を見下ろしている。
「ちゃんとセットして偉いですねえ」
「って、奏さんは何も……してなさそう、ですね」
「一応、大学では化粧してたんですけどね。髪はセットするの面倒で、大抵縛ってましたよ」
「え、大学? ……失礼ですけど、奏さんっていくつなんですか?」
「十九ですよ」
「じゅっ……二つ上だったんだ……」
「あははっ、よく年下に見られます」
 そういうの、笑って言える奏も凄いなと思った。悠里がにやりと笑って鏡を見ている。
「そいつ昔から猫っ毛で、女に間違えられてたからな」
「悠里……」
「あー……今じゃそれ防止するために……」
「防止って、僕どこからどう見ても男です!!」
「そこのカガミ見てもう一遍いっぺん言ってみ」
「悠里だって小さい頃髪伸ばしてたでしょ!? 僕今も昔も短いよ!?」
「だってお前……なんでもねえや。ほら準備しろ?」
「あははっ、おっかしー!」
 こんなに笑われて、なんでもないで流されて気にならないとでも。
 むっとする鏡がそっぽを向くと、介が噛み殺し損ねた笑いを漏らして「まあまあ」と間に入ってくる。
「小さい頃なんて、男性女性の区別なんてほぼつかないようなものだしねえ。髪型もだいたい似たり寄ったりになりがちなんだ、しょうがないよ」
「今の子たち、色々アレンジしてるみたいで凄いですよねえ。私小さい頃ボサ髪だったなあ」
 シャンプーが合わなかったのではと思ったが、なんとなく口に出したくなかった。また女子力だとか言われたら、自分のプライドが噴火しそうだ。
 尖ったままの鏡の口を見てか、悠里が肩を竦めている。
「まぁ、俺も髪真っ黒になったけどな」
「……小さい頃、ちょっと茶色かったもんね。叔父おじさん似で」
「え、そうなんですか?」
 奏が不思議そうに悠里を見やっている。彼はやっと笑いを治めたのか、頷いていた。
「昔はほんの少し茶色入ってたんだよ、親父色素薄かったからその遺伝」
「へえー、ちょっと意外。正直見てみたかったです、ちっちゃい頃のみなさん」
「今以上にこじれてたぞ? 俺」
「残念、いじりたかったあ……!」
「それは同感だね」
 この二人に見られなくてよかったと思った。
 悠里も同じ思いなのか、呆れたように目を細めている。
「お前らな……」
「自分の袖直してから言ってくれ」
「はは、断る」
「いつか存分にいじる……」
 反省の態度なしを宣言する悠里に、奏の目が据わっている。ある意味聞きたくないセリフを聞いた鏡は、すごすごと上着を取りに行った。
 それが失敗だった。
 悠里のにやりと笑んだ挑発的な表情のそばに行くことに、必然的になるからだ。
「はっはー。やれるもんならやってみろよ」
「言いましたね、後悔しても知りませんから」
「片づけ終わりま……」
 しかもそういう間が悪い時に、御影も帰ってきて固まっている。悠里がにやにやと笑んだまま、奏の脇を通り過ぎた。
「決意表明はいいから早く行くぞ、置いてくからな?」
「えっ、ちょ、待ってください!」
 慌てて走って追いかける奏。嵐のような一幕に、御影は目を瞬かせて見送っていて、介は疲れた溜息を溢している。
「わかりやすすぎ」
「変なところだけ素直ですから……」
「まったくだね……苦労しそうだな、あれは……」
 男二人、静かに頷き合う。御影がそばに寄ってきた。
「なんのお話、ですか?」
「……気づいてないの、御影とわざと目を背けてる悠里だけじゃないかなぁ」
「え? えと……?」
「へえ、君が言うかあ」
「えっ?」
 思わず聞き返す鏡へと、介は苦笑いして「いや」と首を振った。
「自分ににぶいのも考え物だね……まあ、いずれわかるといいね。自分自身の感情も」
「え? えっと……はい?」
「さあて行こうか。来栖さんが今頃悠里に突っかかってる姿が想像できるよ……」
 ああと、鏡は生暖かい顔でパーカーに袖を通す。
「それをからかって流す悠里の姿も、ですよ……」
「違いないねえ」


ルビ対応・加筆修正 2020/11/22


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