境界融和世界の幻門ゲート

第12話 02
*前しおり次#

 部屋に鍵をかける。階下に下りてすぐ目についたのは、想像と寸分違わない悠里と奏の姿だった。
 ほかの宿泊客も呆れてものが言えない様子で遠巻きにしており、そんな中でも平然と悠里は奏をからかう、からかう。そして彼女が挑発に乗って怒って、けれど言い返せなくなると頬をふくらませて睨み上げているときた。
 悠里が耐え切れず笑い、また奏が怒る、からかわれる、挑発に乗って怒って拗ねる。悠里がまた笑うの繰り返し。
 鏡と介が生暖かい顔になる中、御影は微笑ましそうに笑っている。
 この状態を見て、介が二人の仲裁に入るわけがない。仕方なく鏡が先に近づくと、御影も介もそばについてきてくれた。
「……いつまでやってるの?」
「すっごく悔しい!!」
 奏の返答が返答すぎて清々しかった。頬を膨らませ切った彼女を、堪えきれずに笑い続ける悠里が、肩も呼吸も震わせながらにやりと笑んでいる。
「いつでもかかってきな?」
「だから――!」
「はいはい小動物組が困るからそこまでにする」
「え、しょ、小動物……?」
 途端に悠里が柱に支えを求めにかかってまで大笑い。奏がはあと介に振り返っている。
「例えいいですね」
「まじ完璧な例えだわ……!」
「え、ええええ……?」
「君らそういう時だけ結託けったくするんだな……」
 本当だ。根本が似ているという次元ではない。
 いつまでこうしている気だろう。そもそも何してるんだろうこの人たち。御影がほのぼのと笑っていられるその神経も凄いなと思ったけれど、介がやれやれと首を振っている様子を見て悟った。
 決着がつかないと思ったのだろう。
「行くんだろう? いつまで笑う気だい、悠里」
「誰のせいだよ……!」
「来栖さんの時から笑い転げてたんだ、おれじゃないな」
「えっ、私ですか!?」
「八割はお前だ……」
「だってさ、来栖さん反省しないとね」
「神崎さんじゃないんですか今の!?」
 ……決着、つける気が本当になかったなんて。
 悠里がやっと殺しきれた笑いの名残を顔に残したまま、行くぞと声をかけて出て行った。一番店の入り口で痴話ちわ喧嘩をしていたのは誰だと思いたくなる鮮やかさも、奏には目を丸くするのに十分だったようだ。
「えっ、ちょ……! ああもう、待ってください!」
 ……せわしない。
 介がやれやれと肩を竦めている。御影が微笑ましそうに笑って見送っている。
「なんだか、悠里さん、たくさん笑ってるね」
「知らず知らずのうちに溜め込んでたんじゃないかな。やっと気が抜けたみたいでよかったよ」
「ね」
「……まあ、そうだね。そういう意味ではよかったよ……」
「三人ともはーやーくー!」
 人ごみの中で、人の目についても気にせず手を振る女性に、鏡は苦笑して御影と介を見やった。
「ほら、早く行かないと置いて行かれちゃいますよ、この調子じゃ」
「うんっ。待ってくださあーい」
「やれやれ」
 小走りに。急ぎ足に。そしてまったりと。
 ばらばらな歩調と考え方を持った仲間たちは、やっと合流して街中へとり出した。
 
 
 介はギルドの看板を見かけて、当初の目的を果たしてくると早々に別れた。すぐに合流するという言葉通り、悠里が自分の武具のメンテナンスを依頼すべく、エルデのもとをおとずれた頃には合流していた。淡々と説教を受けている後ろ姿を、いつの間にか鏡の隣で笑って見ていたから驚きだ。
 洋服店では、悠里が手早く選んでくれて、普段無地のものばかり選んでいた鏡はなんだか恥ずかしかった。
 サイドの生地の裾地を長くとり、ラインの縁は青。そんな黒のパーカーは、この世界のものだろう流麗な紋様が描かれている。ズボンは灰色で折り返しがついており、裏生地に青のチェックが入っていて粋だ。インナーにはシャツ、室内で着れるようにダメージが入ったようなフードつきロングカーディガンと、ストールはどちらも青。
 正直あまり着ない組合せで、試着した時に介からへえと目を丸くされ、気恥ずかしい。
「鏡くんそういうのも似合うのか。いいんじゃないかい?」
「だろ。ってわけで買ってこい」
「あ、うん……あれ、御影と奏さんは?」
「女物の店に引っ張られてった」
 どちらが引っ張られていったのか目に浮かんだ。介がそのまま出ようとするものだから、悠里が首根っこを捕まえて彼の服もコーディネートしにかかっている。
 平和だ。数日前まで生きるために力をつけねばと必死になっていたから、こんなにゆったりとした時間に笑みがこぼれる。
「だからっ、おれは別にこれでいいんだ!」
「いくらなんでも雑すぎ。ってわけで見てやるからこっちこい」
「そっちに金銭をくならおれは術書についややしたいね!」
「あーはいはい言ってろ、営業は身だしなみも大事なんじゃねえのか?」
「……」
 沈黙する介に、鏡も悠里も肩が震えた。
 タートルネックのような飾り衿があるカーディガンを持ってくる悠里と、未だに抵抗を見せる介を後ろに、鏡は服を購入して溜息をついた。
「介さん、諦めたほうが楽ですよ――あっ」
 店の入口へと急ぐ介を目敏めざとく見つけて、悠里はしれっと服へと目を戻した。
「お前が買わないなら俺が買ってお前に押しつけるから」
横暴おうぼうだ! だいたいレガース直すのに金欠すれすれだろ!!」
「あ? 俺が何年独り暮らししてると思ってんだよ?」
「知らないし聞いてもないし聞く気もなかったよ!」
 そんなに嫌がらなくても……。
「やりくりしてるに決まってんだろ、パーティの財布持ってるの俺だぞ?」
 途端に沈黙する介の、そうだったと言わんばかりの顔に、鏡は生暖かく見守る。
「諦めついたかー? さっさと買ってこい」
「どこぞの小説の魔法使いだってこんな感じの服装なのに……」
 ……まさかそれをイメージしてその恰好にした、とか……。
 知りたくなかった。むしろ壊滅的にもとれる介のセンスでは悠里ではなくとも危険すら感じる。ただでさえぼろぼろのローブにTシャツ、そしてジーンズなのに、それを自らの意志でやっていたらしい彼には目をいた。
 会計を終わらせた鏡がそばに行くまでに、悠里の目が据わった。
「はよ」
「わかったよ……あと関西弁出てるよ」
 釘を刺しながらも、灰になったような顔で服をカウンターに持っていく、その青年の後姿が絶望一色だ。悠里が呆れた様子でこちらにやってくる。
「服一つであそこまでなる奴、初めて見たわ」
「悠里は買わないの?」
「俺? いらね、今ある分で足りてる」
「あー……そう言われてみれば」
 納得するのは、きちんと彼が着回しできるだけの服を持っていたのを見ているからだ。店を出てすぐ、奏がご機嫌な様子で立っている姿に乾いた笑いを浮かべる。
「奏さん……あれ、御影は?」
「後ろですよ、後ろ」
 入口の右手を示され、振り返った鏡は目を見開いた。
 縦ラインのレースを入れた、ツーピース風の紺色のワンピース。大きなえりが後ろを覆い、袖にレースを利かせた淡いベージュのロングカーディガンは、裾もレースが飾っている。
 髪のサイドを三つ編みに結って、可愛らしい花のコサージュで留めてある。胸元で踊る金色の懐中時計をモチーフにしたペンダントが可愛らしい。
 御影の真っ赤な顔を見ると、なぜか鏡も顔が熱くなる。
「楽しかったー。一番似合ってたのその組み合わせなんですよね。御影ちゃんスタイルいいからなんでも似合ってて羨ましいー」
「お前自分のは買わなかったのか?」
「まさか、私今ある服でいいですし、ファッションセンスないですよ。御影ちゃんの服も店員さんが目を輝かせてやってくれましたし」
「って……お前いつもブラウスと同じようなズボンばっかじゃねえか」
「動きやすいんですよこれ」
「介と同じこと言うなよ……」
「だから、おれだけじゃなかったってことだろ……」
「お前のセンスは破滅的すぎ」
「はめ……!?」
 それには奏が納得だわという声を上げていた。ついに介が脱力して、鏡の後ろで溜息を溢している。
 鏡の目は御影に釘づけだった。
「女子ものはわかんねーわ」
「……え、ちょっと楯山さんどこい――な、何してるんですか」
「スカート……は、さすがにレベルたけえか。ってことはボーイッシュ系統ってやつか」
「はっ!?」
「ああ、丁度いいから次来栖さんのほう行ってきたら? あ、鏡くん、御影さん、買い出しお願いしていいかい? 夕飯、今日ミネストローネらしいから」
「えっ!?」
 現実に引き戻された。慌てて振り返ると、悠里がメンズもレディスも扱っている洋服店へと向けていた目を介に戻し、にやりと笑っている。奏の顔が真っ赤になっているではないか。
「おう、そーするわ」
「えっ、ちょ、買い出しなら私が――!」
「おれギルドに顔出してくるよ。それじゃあまた」
「えっ……えっ、ちょっと!? 神崎さん!?」
「んじゃー俺も本気出して探しますかねぇ……頼んだぜー二人共」
 どういうこと。
 介は問答無用で去って行き、悠里も奏の腕を掴むと引きずるように洋服店へと姿を消したではないか。
 ……。どうしよう。
 買い出し? ミネストローネ? 材料ぐらいはわかるけれど、いやでも、あの……
「……と、とりあえず……行く?」
 ちょ、直視できない。
「う、うん……や、やっぱり私じゃ、あ、合わない、かな……!」
「そ、そんなことないよ! むしろかわ――」
 顔が一気に火照ほてる。御影も耳まで真っ赤で、お互いに視線がれた。
 おかしい。なんでこんなに直視できないのだろう。
「……きょ、鏡くん……あの、い、行こ?」
「そ、そうだね。買い物頼まれたし……うん」
 そっと伸ばされた手を、いつものように繋ごうとして、一瞬強張った自分がいた。
 こんなに顔が熱くなっていて、手まで熱くなってやしないだろうか。
 
 
 道行く人道行く人、御影を振り返っている。嬉しい半面、その度に強張る彼女の手を握り返す自分の手もぎこちない。
 どうしよう。御影の手も熱い。
 ずっと無言で歩くのもなんだか申し訳ないけれど、何か言葉を発せられるかというと、頭がとっくの昔に思考を投げ出している。
 顔が熱い。
「……きょ、鏡くん」
「……う、うん。何?」
「お店、過ぎてる……」
「えっ」
 慌てて振り返る。店名を掲げた看板が目に入るよりも早く、御影の顔が目に入って顔がまた熱くなった。
 けれどここで顔を逸らしたら、御影がショックを受けるのは目に見えていて……耐えられず俯いた。
「ご、ごめんうっかりしてた!」
「鏡くん大丈夫? 顔赤いよ、熱あるの?」
「ないです。本っ当ないから気にしないでっ」
 急いで店へと入る。御影が小走りになっていたことに気づいて、申し訳なくなって速度を落とした。
 今日の夕飯当番である悠里へと連絡を送ると、ミネストローネの材料と、野菜のチーズ蒸しの材料を大雑把おおざっぱに書いた返信が届いた。
 野菜を探す度、御影が先に見つけると嬉しそうに持ってきてくれて、思わず笑みがこぼれる。
 小さい頃もこうやって、おつかいを頼まれたら二人で探していた気がする。彼女は覚えているだろうか。
 正直、こんなに純粋だと、変な人に引っかからないか心配にもなるけれど。
「……ん?」
 ……どうして心配になるのだろう。いや、そもそも心配はするものだけれど……。
 御影がアスパラを探しに走っていく。遠のいていく彼女を見送って、息が詰まりそうになる。
 なんだか、れる。
「変、だな……」
「鏡くん、あったよー……鏡くん?」
「あ、うん。ありがとう」
 ほっとする、自分がいる。
 しばらく、こんな調子なのだろうか。
 買い物を終えて、熱くなったままの手で、御影の手を握る。
 温かくて、細くて、心地よかった。


ルビ対応・加筆修正 2020/11/22


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