介の呆気にとられた顔が、やがて苦笑いへと変わる。悠里はしてやったりとご満悦のようだ。
「……お人好しすぎるよ。まったく……」
「俺、人見る目は確かだし。つーか、理由あったんだろ? 吐け。心置きなく吐け」
途端に彼は閉口する。悠里が足をほぐし始めてやっと、溜息をついた。
「理由は彼が言った通り、弱すぎたんだ。遺跡に
「それだけじゃねえだろ?」
「……いや、それだよ。決定的だったのはね。彼らの力量では無謀だと止めたけど、止まらなかった」
介は、様々なパーティにいた経験があるという。以前悠里から聞いた時よりも、その数は予想以上に多かった。
「彼らはおれを頼るばっかりで、自分たちがまだそれぞれ自立した強さを持ってなかったんだ。助けたって、あれじゃあまたおれを頼るだけで成長しない。だから抜けたんだ。自分たちだけで生きる難しさに、気づいて欲しかったんだけどね……」
「なるほど、あいつらの力不足とお前の言葉不足が原因……と。そういうことだな?」
「その認識で構わない。事実そうだよ。元々、まだこの世界の勝手をわかっていない人たちのサポートをするために、いろんなパーティを転々としていたんだ」
だからこそ他の人よりも、そのパーティを冷静な目で見れたし、同時に遺跡に潜っても対処しうる力量を備えているかどうか、しっかり見定めるようにしていたのだそうだ。
苦笑して肩を竦める介に、悠里の目が細くなった。鏡ははあと目を据わらせる。
なんとも彼らしい理由だった。
「コミュニケーションって、大事ですね……」
「……その通りだね。しれっと毒吐くよね君」
「んで? この調子でいくとお前、抜ける気は?」
「……抜けたほうがいいなら抜ける気だよ。これはオレのスタンスだったからね」
悠里の目尻が吊り上がる。介は首を振っている。
「正直、悠里にきちんとしたパーティが出来上がって、それぞれが自覚と強さを持つようになったら、抜ける気ではいたよ。――だから相棒と言われて、正直驚いた」
「……ま、ぶっちゃけ俺も人付き合い苦手な部類だしな」
だから介は、悠里にパーティができるまでと決めていたのだろう。
けれど悠里はとっくに、彼とタッグを組み続ける気でいたのだ。
「何を持って友人とか親友とか相棒とかよくわかんねえ。けど、少なくとも俺やこいつらにはまだお前の知識や冷静さは必要だと思うぜ? つーか、俺パーティリーダーにしてみろよ、不安しか残らねえだろ?」
「それ否定しないしできないよ、僕」
「……それは違いないなあ」
深々頷く彼の表情はまだ、晴れやかとは言えない。けれど悠里は気にせず「だろ」と返している。
「他の奴にしても同じだ。鏡はキレてねえと優柔不断、御影じゃ積極性に欠ける、あいつは言わずもがな。お前しか纏め役いねーんだよ」
「ひ、否定できないけど本人目の前にしてここまで言う!?」
「事実だろうが」
「本当なら、とっくに期限切れなんだけどな……」
期限切れ。
その言葉に、鏡はえっと目を見開いた。けれど一瞬の不安も、介のおかしそうな笑みを見て薄れてしまう。
「確かに鏡くんは優柔不断、悠里は思考の投げ捨て癖じゃあねえ。引き留めた分振り回されても知らないよ」
「あの、そっち方面はお手柔らかにお願いします……」
「ああごめん、その言葉おれの辞書にはないんだ」
「えっ」
「上等だ。その分振り回してやる」
「振り回せるならやってごらんよ。容赦なんてしてやる気はないからさ」
「ははっ、俺やられっぱなしは嫌いなんでな? やれるもんならやってみろよ、遠慮なくやってやる」
「口で勝てないからって足癖悪い君には負ける気がしないなあ。もう少し口達者になってからのほうがいいよ?」
互いににやりと笑んで言い返す様に、鏡は溜息をついて首を振った。
「本当、二人とも息がぴったりだよね……」
「……それは怖気が走る」
二人とも苦い顔で、一言一句同じ言葉。さらにジト目で睨み合うのだから、鏡はぷっと吹き出した。
ほら、息ぴったりだ。悠里がやめたやめたと顔を振っている。
「それより早くギルドに聞こうぜ、心配かけてたんだぞ、お前」
「そうだな……内容聞いて、目ぼしいものがあれば準備しようか」
「だな。しばらくは資金貯めねえと」
「ああ。マスターに聞いてみるよ。少し待ってて」
「心配かけたことは謝っとけよー」
ふと、介が振り返りかけた足を止める。
おかしそうに笑った彼は、表情を優しいものに戻していた。
「うん……二人ともありがとう」
「俺はなんかしたつもりねーけど?」
「僕もですよ、本心しか言ってません」
「……今までで一番、調子が狂うパーティだよ」
苦笑。
聞き込みを始めるべく、カウンターの奥に引っ込んでいたらしい男性へと声をかけに行く介を見送る。鏡はほっと笑って悠里を見上げた。
「元気、出たみたいでよかったね?」
「……なんのことだ?」
「心配してたんでしょ?」
「さあな、依頼あるといいが……」
また話題を逸らしにかかる。介が戻ってきて、苦笑いをしていた。
「依頼あったよ。丁度いいものがね」
「うっし。今日行くのか? それとも明日?」
もう仕事の顔に戻る二人に、鏡はさすがだと思った。
見習いたくない部分が多い二人だけれど、こういうところは素直に尊敬する。
「あの雨の後だし、一日
「りょーかい、さすがに地面ぬかるんでちゃ、俺ら前衛は危険度高いしな……」
「そういうこと。一日でぬかるみが取れるとは限らないけど、相手もそれは同じだろうと信じよう。――また狼が出たらしい。恐らくは残党だ」
へえと、悠里はにやりと笑って――
どうしてこっちを見下ろす。
「狼なら焼いて食えるかな。干し肉にできるかもなー」
「悠里までそんなこと言うの!?」
「たまには乗ろうかと」
「ああうん、狼肉は結構脂肪が少ないらしいよ。ただ固いから食べづらいんじゃないかな」
「だからなんでそんなこと知ってるんですか!? っていうか二人ともからかってるよね!?」
「いやあ、本当いい反応返してくれるよねえ鏡くん」
「だな。だからからかいがいがあるっつーか」
納得できない。口を尖らせ、顔をしかめる鏡に、大人二人はおかしそうに笑っている。
「まあ半分以上冗談だよ。上司から聞いた話ばっかりで」
「その被害を拡散するのよくないと思います!!」
「もう諦めろ、こいつ人からかう楽しさ覚えちまってるから」
誰のせいだ。従兄を睨むも、彼は応えた様子がない。介はけらけらと笑っている。
理不尽だ。世の中がひどい。いじめだ。
「そういうことだよ。二ヶ月前に来てればまだ違ったかもね」
「二カ月前の介さんじゃ、僕上手くやれた自信ないですよ。悠里だったからいい方向に向かえたんじゃないかって思います」
「買いかぶりすぎだろ」
介がおかしそうに笑っている。悠里の微妙そうな顔といったら、少しばかり居心地が悪そうだ。
「ははは、確かに悠里の恩恵はでかいよ。……主にからかいの楽しさかな。あと喧嘩とか。あそこまで本音ぶつけた喧嘩初めてだったんだよ、おれ」
「お前どんだけ自分偽って生きてたんだよ」
「人と関わるのに抵抗があること含めて、全部隠してたからねえ。世を渡っていくなら、黙ってたほうが都合いいこと多いだろ」
相当、介の人生観はひねくれているのかもしれない。
鏡はなんとも言えなかったが、悠里は肩を竦めていた。
「ま、それについちゃ否定も肯定もしないさ。ただ、吐き出し口ないとキツイ道だぜ? それ」
「それは人のこと言えないだろう」
「……ま、な」
少しばかり言葉を交わした二人の内容は、鏡にはよく聞き取れなかった。
きっと彼らなりに、共有はすれど自分にはまだ伝えづらい内容なのかもしれない。
少しばかり淋しいけれど、二人が込み入った話を互いにできることは、いいことだとも思えた。
いつか自分もこの輪に入れるだろうか。
介が笑顔を切り替えて、話が終わったのだろうことが手に取るようにわかった。
「さあて、それじゃあ戻ろうか。夕飯楽しみだなあ」
「あ、今日の当番確か奏さんだっけ」
「都合よく狼肉のこと忘れたなお前……」
うっと、鏡は苦い顔になる。狼肉の件はできれば流したかったのに。
介は歩きながら、けらけらと笑っている。
「本当にね。彼女、確か和風にするって言ってたけど……肉じゃがとか出そうだね」
「へえ、手の込んだもん作るな、和食」
「確かに作るの大変だよね」
「なんか嬉々として言われたよ。和食にするけど何が食べたいかとかどうとか。適当に肉じゃがとか喜ぶ人多いんじゃないとか言ったけど」
出汁を取ったり、
「いやー、手の込んだもん作らねえから久々だわ」
「おれも和食久々だよ」
「そういえば肉じゃがって、彼氏受けナンバーワン料理って言いますよね……」
小声で伝えると、介はなんとも言えない顔をしている。
「……あ、あー……そうなのか。うっかりしてた」
「多分奏さんも知らないと思いますよ? 知ってたら多分拒否してたと思いますし……」
「だろうねえ……まあどう転んでも、鈍感偽装してる人相手じゃあね」
「ですね……というか悠里、奏さんのこと名前で呼ばないですよね……」
「お前らなんか言ったか?」
ああもう、この地獄耳。
振り返ると、据わった目でこちらを見てくる従兄の顔を見ることになった。介がおかしそうに笑っている。
やっぱり、彼は冷静であっても、こうやって笑っているほうがしっくりくる。
「いや、君が来栖さんのこと名前であまり呼びたがらないなあって話だよ」
「……まー、いいけど。呼んだらなんか、色々諦めないといけないだろうからな、それだけだ」
「は? 諦めるって?」
「……これは俺個人の気持ちの問題だな、答えは諦めねえと出せねえけど」
どういう意味だろう。
介はわかったようで、何事か返していた。彼の全員に言うべき場所言わないべき場所を考えるのは、凄いなと思えた。
……聞こえない側としては気になるけれど、仕方ないか。
あの少年の言葉を思い出す。なんとなく、うんと一人頷く自分がいる。
「――遺跡、か」
そこに、この世界から自分たちの世界に戻る方法は、あるのだろうか。
もしそうなら、いずれは挑まなければならないけれど……介の目から見て、自分たちにまだその実力がないと判断されたなら。
その時は――どう力をつけよう。
立ち止まっていられないなと、狼退治の話へと戻った二人の輪に加わり直して、鏡は話を聞いていた。