境界融和世界の幻門ゲート

第14話「溜まりゆくもの」01
*前しおり次#

「うっわあぁぁあああ……っ! 出汁だし巻き卵なんて久しぶり……!」
「そこまで喜ぶことかね」
 とか言いながら、昨日奏が食べたかったから作ったという、肉じゃがやさば味噌煮みそにを内心喜んで頬張ほおばっていたのは誰だっただろうか。さすがに朝から指摘して、あれやこれやと悶着もんちゃくを起こす気がない鏡は、兄貴分の料理の美味うまさに相変わらずだと舌を巻く。
 洋食もまた腕を上げたなと最近感じていたが、和食もか。奏が嬉しそうに頬張っていた。
「だって、人が作ってくれた和食久々なんですよ。美味しいーっ」
「そうか? そりゃよかったな。これで喜ぶとかお前現金すぎるぞ」
「げっ、現金じゃないです! 楯山さんちょっとは自分の料理の腕前自覚してくださいっ」
「ただの男飯って自覚してるぞ、ちゃんと」
 本人は謙遜けんそんを通り越して皮肉で流すのだから、勿体もったいない。味噌汁も、昨日奏が出汁を取って作っていたからか、悠里もいりこで出汁を取ったようだ。二食続いても、出汁の味や具が違うので飽きが来ない。
 介が二人の会話を見事に聞き流して、ゆっくりと食べながらひとり深々と頷いた。
「日本人はやっぱり味噌汁だ」
「お前ら和食好きすぎだろ……」
「この世界、洋食ばっかりだからねえ」
 そう言われれば、この宿屋のメニューも、この世界の出身者が作っている料理だからか洋風なものばかりだった。入居者用の共同調理場で和食を作っていた奏に、日本人らしい異界の民が歓声を上げて羨ましがっていたのを昨日聞いたばかりだったか。
 ……鍵を閉め忘れていたために、奏が男子部屋ですでに料理をならべていたのも思い出して苦い顔になった。彼女に男兄弟がいるがゆえの行動は、正直心臓に悪い。
 悠里は肩をすくめている。
「俺も出来合いでできるの多いし、楽だから洋食ばっか作るしな」
「出来合いだと洋食のほうが作りやすいですもんねえ。美味しいーっ」
「はは、そう言ってもらえるなら何よりだ」
「楯山さんなんでもできて凄い……」
 あ、と鏡はぎょっとする。悠里がかすかに顔色を変えた。
「……なんでもはできねえよ……」
「ご飯食べたら、各々おのおの準備にとりかかろうか」
 介はマイペースに味噌汁をすすって、何食わぬ顔で尋ねてくる。おそらく聞こえていないだろう彼に、慌てて鏡は頷いた。
「そうですね。この間より楽に済めばいいんだけど……」
「残党狩りなら楽だろうね。新手だと厄介だ」
「新手……そうですよね、またあのクマもどきみたいなのが現れないとも限りませんし」
 奏が困惑して悠里を見上げる様が見えてしまった。
「楯山さん?」
「……なんでもねえ、支度してくるわ」
 やりとりが聞こえなかった介も、やっと眉をひそめて二人を見やったようだ。鏡が苦い顔になったその時、立ち上がりかけた悠里の頭に奏の手が乗せられてぎょっとした。
 一番目を見開いているのは、ほかでもない悠里で。顔色を変える彼に、介も言いかけた言葉が一気に途切とぎれたようだ。御影が不思議そうに首をかしげているがそれどころではない。
「……は?」
「え? なんか落ち込んでたのかなって……」
 開いたままの口を閉じる悠里。微かにしかめられた眉は、平静を保てていない彼の感情を鏡にだけうったえていた。
 まずい、爆発しそうになっている。
「……目、やばくなったんじゃねえの?」
 それだけ言って、彼は支度のためだろう。部屋を出ていってしまった。
 奏は困惑して見送り、御影が首を傾げている。
「悠里さん、どうしたの、かな……」
「わ、私まずかった……かな」
「……地雷ですよ、ただの」
 ぼそりと呟くと、奏は目を見開いている。介は肩を竦め、食べ終えた食器を重ね始めた。
「や、やっぱりまずかったんですか……!? あ、謝ってきます!」
「やめたほうがいいですよ。多分今絶賛自己嫌悪中だから、火に油そそぐだけです」
 走りかけていた彼女がはっとしている。これ以上は話したくなかったから、察してくれたことは凄くありがたかった。
 同時に、うつむいた奏には少し申し訳ない。悠里が悪いとも思わないけれど。
 悠里は小さい頃に、それをしてくれるひとを失って育った。特別な思いで、自分だけに心配や愛情をその手で伝えてくれる人の手から離れたきりだった。
 奏の気持ちは、鏡としては嬉しかったけれど、悠里にとってはまだタブーだったのだ。
「悪いこと、しちゃったな……」
「……前にも話した通り、ああいう身の上なので慣れてない……というよりも嫌悪感強いみたいなんです」
「……すみません、失念してました……」
 ただ、苦笑が漏れる。
 それだけ彼女にとって、心置きなく話せる相手が悠里だったことは嬉しい。遠慮せずに言えたり、気兼ねなく感情を出せる人が仲間内にいることは、本当に。
 ただ一方で、何も知らない奏の言動で、悠里が自己嫌悪をしている現状もいなめないし、心配だった。
「本人は気にすんなとしか言わないと思いますけど……最近、溜め込んでるみたいなので、悠里がいう精神疲労マインドダウンを起こしやすい状態なんですよ。ああ見えてかなりメンタル繊細せんさいなんで……」
「……あ……」
 申し訳なさそうに俯く奏に、介が肩を竦めている。
「本人が気にするなって最初から言ってたんだ。気にしなくていいと思うよ」
「そんな言い方――!」
「気にされたほうが、もっと彼は自分を責めるだろうけどねえ」
 悔しそうな奏に、介は目を向ける気はない。
 ただ、彼の言葉も本当なのだ。鏡は苦笑をこぼした。
「そうしてあげてください。あんまりれ物を触るみたいに扱われたほうがつらいですよ。相談してくれた時に、一緒に解決策を考えてあげればいいと思いますよ」
 頷く奏に、元気がないように見えた。御影が不安そうにしていた表情を、優しく変えている。
「元気出さなきゃ、悠里さんもっとつらくなっちゃいますよ?」
「悠里はいちいち気にするタイプじゃないですから大丈夫ですよ」
「――まあ、そうだねえ。落ち込まれてるほうがむしゃくしゃするんじゃないかな、彼」
 途端にぎくりとした彼女のやせ我慢がまん気味な目が、介を睨んでいる。鏡は苦笑いを溢した。
 本当に、悠里以上に不器用な女性だ。
「お、落ち込んでませんっ」
「それを落ち込んでるっつーんだ、アホか」
「きゃあっ!?」
「うわっ!?」
 奏でなくでも心臓が飛び上がった。当の彼女は悠里に頭の上から額を叩かれ、随分ずいぶんと動転しているけれど。
「……わざわざ気配消さないでよ」
「まったくだねえ」
「よく言うぜ、一人気づいてたくせに」
「そろそろかなあと思ったものでね」
 けらけらと笑う彼にはお手上げだ。奏の困惑と動転と申し訳なさとあせりが混在しすぎた挙動に見ていられなくなるのに。
「え、あ、そ、その――」
 ……なんだかかわいそうになってくる。悠里ですら溜息をついているではないか。
「あんま気にすんな。逆にイラつく」
「あ、は、はい……」
「……気にしてもいいけどあんま触れんな、気にしないってのが無理ならそれで構わねえ」
 途端に、奏は首を振っている。
「そうじゃないんです。楯山さんに嫌な思いさせたのが……くやしいだけです」
「俺に? それこそ気にしなくて構わねえよ」
「気にします! ――仲間なのに!」
 あ。
 必死な奏の言葉の前提は、きっと違う。悠里にではなく、自分自身に嘘をついてごまかしている。
 悠里は目を微かに細めて、手をひらひらと振っている。
「別に構わねーから。俺が勝手にこうなっただけだしな」
「勝手にって……そういうの、楯山さんきつくなりますよ……」
 ごまかしきれない感情が、言葉になってどんどんと口から突いて出ていることに、彼女は気づいていないのだろう。
 確かに仲間だから、相手を傷つけない程度であっても関わりたいのは本音だろう。それ以上の本音を、きっと必死に隠しているだけで。
 隠し方が下手なだけで。
 悠里が肩を竦めた。彼にとってはもう、この話を早く打ち切りたかったのだろうか。
「こればっかは俺の過去の問題だからな。もういいだろ? 行こうぜ?」
 閉じられた奏の口は、決していいとは思っていない。
 けれど悲しそうに俯いた彼女は、頷いている。介が苦笑いを溢して悠里を見やっている。
「は、はい……わかりました」
「じゃあ行こうか」
「おう、いつでもいいぜ」
 けろりと返した言葉は、普段通りすぎて見ていられなかった。溜息が出て仕方がない。
 御影でもわかるぐらいなのだ。彼女は人の考えにはにぶいけれど、直感で人の感情を見抜く力は人一倍だ。
 さっさと歩いていく彼に続くように出ていく奏と御影の後ろで、介が歩みを遅めて、部屋の鍵を閉めた鏡に合わせて歩いている。
「依頼終わったら――久々に甘味かんみ祭りかな、あれは」
「間違いなく。さすがに今日は止める勇気がないです、命がしいので」
「いや……止める気はないよ。何かおごるか付き合うかするつもりでね」
 ああと、鏡は苦笑いする。
 介は甘いものより辛いものが好きなはず。付き合うなんてことは彼にはこくだろうし、悠里は独りで消化するほうが気楽だろうと思うけれど。階段を降りる足音にまぎれさせて、鏡は介へと耳打ちする。
「一人一個、って言って買って帰ったほうがいいかもしれないです。そのほうが悠里も気兼ねしないと思いますから」
 なるほどと、介は苦笑いしている。
「じゃあそれで行こう」
「はい。問題は僕たちにも気をつかわれてることを、感じさせないようにさせなきゃですけどね……」
「気づかないほうが無理だろうねえ」
 頷いた。従兄のさとさに悩まされているのは介もだったようだ。もうすぐ四ヵ月目のタッグともなれば、思うものも山ほどあるだろう。介が苦笑いをこぼして自分を見てきている。
「そういうわけだから、付き合ってやってくれるかい? 甘いものが平気ならだけど」
「僕も気にしてましたから当然ですよ」
 ありがとうと礼を言う介に、鏡は首を振る。
 悠里が気軽にしゃべれる人と食べることで、身の内にストレスを溜め込まないように。一人だけ食べることで他の人から気を遣われたことを気にしないように。彼なりに考えていることがありありと読み取れたのだ。
 本当に、人付き合いが苦手でも彼の気遣いには尊敬した。
 宿の外に出て、悠里からジト目で振り返られていることに、鏡は苦笑いした。
 また聞こえていたようだ。介がさわやかな笑顔で笑っている。
 鬼がいた。
「さあて、行こうか。巣があるならそこも叩きたいけどねえ……」
 
 
 魔術で応戦する必要が、初手に見出せなかったのは何回目だろう。少なくともここ最近間違いなく増えている。
 もしかしなくとも、悠里のストレスの度合いに応じて作戦が意味をさなくなっていたようだ。
 奏の援護するという声もむなしく、御影が取り出した輝石の出番もなく、誘われるがままに出てきた狼たちを蹴り飛ばす悠里に鏡は盛大に溜息をついた。
 これは、いつかストレスの許容量が崩れて爆発してもおかしくない。
「まずいなあ……あれ?」
 悠里が颯爽さっそうと見つけて攻撃していたものだから、違和感にすぐ気づけなかった。
 近づいてきた狼たちを殴ろうとして、鏡はぎょっと目を見開く。
 おかしいなんてものじゃない。殴られた跡、切り裂かれた傷――深手も多々負っているのに、彼らは傷を負う前と遜色そんしょくなく動いているではないか。
 ぞっとして殴りつけると、いつもと違う容易たやすく潰れかける肉の手応てごたえに、鏡はぞっとした。
「うえっ、何これ……!」
「なっ……こいつらとっくに死んでるはずだぞ!!」


掲載日 20200/12/01


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