「えっ……!?」
目を見開く御影。奏と介が目の色を変えた。悠里が苛立たしげに蹴飛ばした狼たちは、着地した直後、ガクガクとおかしな震え方をして立ち直している。走ってくる様子もどこか変だ。
「嘘じゃねえ、
「じゃ、じゃあアンデッド!? でもこの辺に出たなんて聞いたことないです、それに動物ですよ!?
「けど手応えあってもすぐに起き上がって来てるぞ!」
「そうですけ――ど!」
殴り飛ばす、蹴り飛ばす。一度は地面に倒れ
きりがない。
介がじっと狼を見、苦い顔で魔術書を開いている。
「厄介だな……肉体的なダメージだけじゃ、体を破壊することしかできないぞ。御影さん――このページの魔術を頼んだよ」
「は、はい!」
魔術を撃つならば、後衛の二人に狼たちが行かないようにしなければ。奏が後ろで守りを固めてくれていたが、それだけでは危険だ。後ろに下がろうとすると、狼が口を大きく開けて飛びかかってきた。
「なっ――!」
「はあっ!!」
助走をつけた奏が
「奏さんありがとう!」
「いいえ! ――ああもう気持ち悪い! あっち行けえ!!」
「開け
勢いよく殴るも、奏の拳はかわされる。悠里が飛び蹴りを喰らわせたかと思うとすぐさま追手の狼たちへと引き返し、迎え撃つ姿に鏡は絶句する。
「ど、どれだけ溜め込んでたのあの人……!」
「予想以上だったかな……」
「命の
温かな光がグリーンアンバーから放たれる。光に振れた狼たちが灰となって崩れていく。
目を見開く鏡は、ほっと息をつく御影へと振り返った。介が御影に礼を言っている顔色はやや青い。
「ありがとう、助かったよ」
「い、いえ……無事に倒せて、よかったです……」
「二人とも、石は大丈夫?」
頷く介と御影にほっとする。悠里が戻ってきて、辺りを見回して苦い顔になっているではないか。
「俺たちが倒した狼、全部ああなってるのか?」
「……いや、まさか……そんなことないと思いたいけどな……」
「そりゃ同感だ。けど実際、俺がこの間殴り飛ばした奴もいたぜ」
大方、殴りつけた跡と狼の動きで察したのだろう。介が考え込む中、奏と悠里の怪我を御影が
介が苦い顔で、鏡と御影を見下ろした。
「……鏡くん、御影さん。一通りの対抗魔術を今のうちに教える。万が一を想定しないとまずい」
「は、はい!」
声が
「引き付けるのは俺らでやる、その間に詠唱頼むわ……死なねえなら思いっきりぶち込んでいいんだろ?」
「ああ。けど気をつけるんだ。アンデッドである以上、おれたちが知らない力を持っている可能性がある。――今までの獣相手より、魔術を抵抗される可能性も高いしね」
ということは、生半可な意志と集中力では間違いなく魔術を
「主力として、鏡くんと御影さんは後方。対アンデッドの魔術と
「わかりました。頑張ります……!」
「私も……!」
御影の声も緊張している。鏡も少しだけ乾いた口を、
「りょーかい、一応用心はする……どれだけ抑えれるかわかんねえけど」
「前で食い止めます」
正直後ろに下がることに、恐怖はない。
前に立ってくれる悠里と奏は、効率よく敵を前で食い止める手段がないか話し合いながら、周りを警戒して進み始めていた。まだ即席のチームといった雰囲気は抜けないが、この顔ぶれで魔術に集中できないなんてことはない。
久しぶりに後ろに立つけれど、不安はなかった。
「――よし」
後ろからの奇襲を警戒しつつ、しんがりを務める。
介も油断なく、周囲を見渡していた。奏が悠里と話し合い、広範囲を視認できる魔術を使ったようだ。すぐに奏が足を止めている。
「見つかったか?」
「はい、一昨日の洞窟に狼の……やっぱり死体ですね。動いてます。辺りを警戒してるみたい……」
「さっきあいつらの仲間倒したからな。臭いで気づいたんだろ。距離取れるように動かれてるなら奇襲は無理だな……」
御影へと介が目を向けている。一瞬首を傾げた彼女は、あっと目を丸くして詠唱を始めた。
「開け
柔らかな光が一同を取り巻く。介が悠里と奏に声をかけた。
「対アンデッドの魔術だ。殴っただけじゃ倒せなかった連中でも、これで殴れば問題ないよ」
「りょーかい。そんじゃ――派手にやりますか!」
介の右側、木立へと走る悠里の先には狼の姿が。牙を剥き出して噛みつこうとする獣へと、悠里は
衝撃を受けた場所から、狼の体が灰となる。
そのまま
「なるほどな。これなら俺たちでも食い止められるってわけだ」
「過信するなよ、一撃で倒せるとは限らないんだ」
「わかってる!」
「――! 洞窟の入り口にいた狼、こっちに来ます!」
マラカイトを握る鏡の手に力がこもる。介が念のために御影に渡していた魔術書を見せてもらい、すぐに詠唱を始めた。
「開け幻門、我が門は風。マラカイトの輝石を以て力をここに具現する。親和せよ生命。生に執着せし邪気より、我らを守る加護の調べとなれ!」
迫りくる狼たちより早く、なぜか懐かしさを感じる旋律が一同を包む。悠里が蹴り上げようとしたその足から逃れた狼が、彼の腕に噛みついたも、彼は顔をしかめるだけに留まった。すぐさま膝蹴りが入り、狼が呆気なく灰になる。
奏が前に飛び出して殴りつけていく。灰が舞う、舞う。
悠里が介へと目を向けた。一度後ろに下がる彼へと狼たちが追いかけ、また蹴散らされる。左右に散っては機会を
「だいぶ気配消すの上手いな、こいつら……次々出やがって」
「純粋な生存欲求だけだからじゃないか――な!」
バシュッ
介から一直線に矢が放たれる。目を丸くした悠里の前で、狼が消し飛んだ。ふっと息を吐く彼はボウガンを手に構え直している。
「結局武器買ったのかよ、お前……おらよっ!」
「ああ、後ろが前に頼りきりじゃあねえ。ちゃんと練習はしてるよ、動いてる
「せめて命中率逆にするよう特訓しような? あと、俺動けねえからしばらくよろしく」
「はい!」
奏の声に、舌を噛まないよう気をつけながら詠唱する悠里の影が一気に伸びた。木々の間を
介が目を据わらせきっているのは悠里の余計な一言からだろうか。しかし二割は低い。
「初心者がここまでできるようになっただけ――まだましだよ! 練習場のマスターに泣かれたからね!」
また命中した。二割が過小評価に……思えなかった。
動かない的だけを狙っている割に、介の矢は狼の体にギリギリ当たっている程度だ。中心ではない。
鏡は苦い顔で、奏の
「つーか今動き止めてるから当てれてるだけーとか言わねえよな? なぁ?」
「いやあ凄く助かる――よ! だいたい始めて一ヵ月に何期待してるんだい」
「い、一ヵ月……」
「俺が突っ込むから、後衛の戦い方他にないか模索してくれって、頼んだ結果がこれだ……」
二人だけで活動していた頃の話だろうか。介が
下手に飛び込むより、悠里のように
こちらに来ることがない狼たちの他に、自分たちを
殴り、蹴る。体の芯を捕えた正拳突きで、狼は呆気なく崩れていく。
随分と数が減った。けれど悠里が苦い声で
「俺も人のこと言えねえな。これ実戦で試したの初めてだ。いつまでもつか……」
「状況に応じて影縫いは敵が残ってても
「了解……そろそろ前出てくるわ、攻撃術は全部任せるぜ?」
「ああ、任されたよ――開け幻門、我が門は水」
すぐに影縫いを消し去る悠里と入れ替わるように、介の詠唱が始まる。動けるようになった狼たちへと彼の蹴りが見舞われた。
「鏡、下がれ!」
「わかった!」
敵の後ろ足での蹴りを飛びずさってかわす。奏が体勢を整えたばかりの狼へと拳を振り下ろし、消し飛ばした。乱れた息を呑み込んでいる。
「はあっ……数、多すぎ……! 本当に、この間の全部復活してるの、これ……!」
いや、それ以上だ。数が多すぎる。
「ちょっと後ろ下がって息整えてろ、さっきまで休んでたから交代だ」
「は、はい……! ありがとうございます!」
「礼言われることじゃねえ、パーティ組んでんだから当然だろ?」
唇を噛みしめる奏の、嬉しさを隠しきれないくしゃりと歪んだ顔が、一瞬見えた。
鏡は笑んで、すぐに目を鋭くして狼を睨む。
「浄化します! 開け幻門、我が門は風。マラカイトの輝石を以て力をここに具現する。顕現せよ風。命の摂理、来るべき者に永久の安寧を。輪廻の光よ導け、生命の讃歌!」
光が溢れる、広がっていく。御影が放った同じ魔術よりも、少し風が溢れているように感じて、鏡は怪訝な顔になった。
狼が灰となって崩れていき、全部倒しきったことを確認した悠里が汗を拭っている。奏がほっと息をついて、怪我の具合を確認すると一同に心配そうな目を向けている。
「みなさん、輝石
「僕は大丈夫です。みんなは?」
「俺もまだいける」
「おれもだよ」
「私も」
やっと安堵の表情を見せる奏。介がボウガンをしまって、手を軽く振っている。悠里も足をほぐしていて、鏡は洞窟のほうへと目を向けた。
「やっぱり、洞窟からアンデッドが
「かもしれないね。依頼者からも原因は調べられる範囲で調べてほしいときてる。原因が特定できるなら、やれる限り動こう。無茶はなしでね」
「りょーかい。んじゃ、進もうぜ。無理無茶は禁止……な?」
うっと固まる奏に、悠里がにやりと笑った。視線を
無理も無茶も、前にしすぎてたしなあ。耳をそっと押さえる奏が言い返せないのも無理はない。
「耳痛い……」
「
「神崎さん性格悪いですよね」
一瞬介の眉がぴくりと動いた。ただ、鏡は深々と頷いていて気づかなかったけれど。
「……それについては僕も同意します」
「どうやらいじってほしいみたいだぞ、こいつら」
「違います!! なんでそうなるんですか!」
「そうですよ! いじられる気はないです!!」
へえと、悠里のにやりとした笑みにうっと言葉が詰まる鏡。奏が言い返そうと必死になる様子に、なんだかかわいそうになる。
「……だ、そうだけど?」
「えーそっかあ。まあどうせいつかはいじるよ。おれにしても悠里にしてもね」
「絶対いじらせませんから!」
「既にいじってくださいオーラが
「ち、違います!!」
ついに介が吹き出した。
森に響いた彼の笑い声はあからさまに大きく、奏から「ムカつく」宣言を真正面から受けても止まらなかった。むしろ彼が言い返したのは
「へえ、悠里には悔しくておれにはムカつくんだ?」
「だからそういう意味じゃ――!」
「ああ、それは人間性の差じゃねーの?」
第
洞窟から異様な空気が発せられている。入口で探りを入れたも、曲がりくねった洞窟では、視界も狭ければ音も反響して位置を特定できない。魔術による輝石の色のくすみを
慎重に進むこと、そして万が一脱出しなければならない時を考慮して、隊列は術者を後ろに置き、前は
洞窟は違和感がない。この
奏の物体を発光させる魔術で、視界は十分に機能している。特にまた新しい横道ができている様子もないし、前回左に折れた分かれ道まで来て、鏡はうっと息が詰まりそうになった。
前に行かなかった右側から、異様な空気が漂ってきている。悠里や奏も苦い表情を隠せていない。
「もしかして
「……狼たちの数を推測するに、もう残党はいないと考えていいだろうね。このまま行っても挟み撃ちにはされないと思うよ。魔物を倒した左側の道に何か残っているなら、とっくに今出てきているだろうからね」
出てこないということは、もし残っていたとしても、その場に行かなければ刺激しない可能性も高いということか。悠里がメンテナンスを終えたばかりの
「なるほど。んじゃ、
「相手の力量は未知数だ。気は抜くなよ」
「わーってる」
御影と頷き合い、アンデッドに対し力を存分に発揮できるよう、強化を済ませられるだけ済ませる。