境界融和世界の幻門ゲート

第14話 03
*前しおり次#

 奏が掲げる石が、分かれ道の右側を照らし、進んでいく。慎重に後を追う中、光の先に見えた沢山の人骨に御影も鏡も肩を強張らせた。
「うっ……!」
「あの狼たちが生きていた頃にやられたのか……」
 砕かれた骨、ひび割れた白。地面に溜まる赤黒い染みの先、悠里が目を細めた。
「あいつか!」
 ただれ落ちたくさった肉。だらりと垂れる腕。
 落ちくぼんだ眼球の穴が、天井から悠里たちへと勢いよく向けられる。
 暗いきりが、アンデッドの吐く息から生じた。まだ肉片を留めていた死体が二体ほど、その霧に触れて操り人形のような奇怪な動きで立ち上がっていく。
 御影が口を覆う。鏡の手の平に爪が食い込んでいく。歯を食いしばる。
「こんなの……死者への冒涜ぼうとくだよ……!」
「介、あれ試していいか? 威力も消費魔力も未知数だけど」
「一回だけだ。石の具合によっては加減しなよ」
 わーってると、悠里は油断なくアンデッドを睨む。持ち上がる腕の動きは鈍く、軋む骨や筋肉の音が気味悪い。
「お前ら、詠唱長いからしばらく頼む」
「わかった!」
「はい!」
 介が悠里より早く詠唱し終え、氷を出現させるとアンデッドの足元を覆い尽くす。その場に釘づけとなった敵へと、悠里の詠唱が進んでいく。
「――顕現せよ闇。我求むは漆黒の獄炎ごくえん。深淵の底で燃え盛るほむらよ、そのたけき力を以て焦土しょうどと化せ。焼き尽くせ、外法げほうの業火!」
 純然じゅんぜんたる黒の石が、暗い灰色にまで色がせる。悠里が目を見開き、冷や汗を隠せないままアンデッドを睨みつけた。
 黒い焔がアンデッドを覆い焼き尽くす。氷が溶かされ、冷たい水も一瞬で消え去った。異常な熱さに顔をかばう鏡と奏は目を疑う。
「一日三発……いや、二発が限度だなこりゃ……っ!」
「ちょ……これいくらなんでも凄すぎるよ!」
 介が苦い顔で悠里の輝石を見下ろした。前に向き直る彼はボウガンを手にした表情がけわしい。
「初手で撃つのが理想だな……しかも――」
 焔が消え去る。立ったままのアンデッドは、悠里へと狙いを定めたようにじっと眼の穴を向けている。くすぶる体を動かそうとするその動きに支障があるようには感じられない。
「さすがに生命属性じゃない分効きが悪いか……悠里、これ以上は使うなよ」
「みたいだな……前衛に戻るわ、しばらく術使いたくねえ」
「じゃあ下がるね!」
「無理はするなよ!」
 鏡が後ろへと戻った途端、奏の気迫の叫びが途切れて目を見開いた。
 殴りつけたその腕を掴まれ、微動だにしない死体の腕を振り払えずにいる。焦りをにじませた彼女を悠里へと投げ飛ばし、咄嗟とっさに彼女を庇った悠里が吹っ飛ばされた。
 地面の骨を弾き飛ばしながら、悠里と奏が床に線を引く。
「悠里! 奏さん!」
「開け幻門、我が門は地。グリーンアンバーの輝石を以て、力をここに具現する。顕現せよ生命。しんたいめい、全てを癒やす清浄なる灯となれ。我はほたる、暗き夜道に灯る命の道標みちしるべ!」
 グリーンアンバーから溢れる柔らかな光が洞窟いっぱいに広がる。痛みに呻いていた悠里がはっとして奏を揺すった。すぐに目を開ける彼女は、悠里に謝っている。
 よかった、どちらも無事のようだ。ほっとすると同時、輝石が輝いて目を丸くする。
 御影の魔術に呼応するように、鮮やかさが少しだけ戻った。あれだけ生命の魔術を放って、色がくすみかけていたのに。
 御影の顔色が微かに悪い。
「輝石の浄化、私の術で少しできたとは思いますけど……」
「浄化……って、まさかゲート化を抑えたの!?」
「うん、介さんの魔術書に載ってたの」
「無茶をするなって言ったろう」
 さしもの介も辟易へきえきとしている。すぐに矢を打ち込む彼は苦い顔だ。
「的が遅いのは助かるけど――簡単に倒れちゃくれない、な!」
 矢が命中する。灰となって肉が少しだけ宙に散った。微かに揺れた体を気に留めず動かす異形に、奏と悠里が突撃していく。
 蹴り飛ばす、殴りつける。動きが遅くとも、一撃が掠めるとその威力は尋常ではない。奏が先ほど掴まれた腕を擦りながら戦う様子を見れば一目瞭然りょうぜんだ。
 肩を掠めていくアンデッドの拳に、奏が呻いた。迫ったもう一体が振り上げた腕を悠里が蹴り、アンデッドの腕が破壊される。
「鏡くん、御影さん、輝石はにごってないかい!?」
「御影のおかげで少し戻りました。でも……あまり大きい術を使うと厳しいかもしれないです」
 ――
 はっと振り返る。けれど後ろに人はいない。
 誰だろう。声をかけられた気がしたけれど、介でも御影でも、ましてや悠里や奏の声でもなかった。
 ぞわりとせり上がる不安を飲み込んで、御影が曇らせた表情にはっとする。
 御影のグリーンアンバーが、陽光に透かした葉の色から、茶色く変色しかけている。枯葉に近づく色を思わせ、ぞっとした。
「御影、石の色が――!」
「う、うん。私も厳しい、かも……」
「わかった。ギリギリまで悠里と来栖さんのダメージで削ろう。援護はおれがする。二人とも、スマホでパーセンテージを見れるから確認して、状況に応じて援護を」
 頷き、御影と共にスマホを取り出して数値を確認した。
 三十六パーセント……。
「ギリギリまで引きつけて大きいの打ちます……倒しきる自信がないのが微妙ですけど……」
「私も一緒に撃つ! あと四十二パーセントだから――」
「なら御影さん、一度だけでいい。破邪の祈り≠ナ削ってくれ。二人とも、後は生命属性の上位魔術を頼んだよ。悠里たちのサポートはおれがやる」
「はい!」
 えた青の輝石は、海を思わせていたその色を濁らせている。拳は固まるけれど、彼が退かないと判断したなら勝機はある。
 介が素早く詠唱を完了させた。水の網が細くなり、縄のように三体のアンデッドを一か所に縛り上げる。
「開け幻門、我が門は地。グリーンアンバーの輝石を以て、力をここに具現する。顕現せよ生命。命の摂理、来るべき者に永久とわの安寧を。輪廻りんねの光よ導け、生命の讃歌さんか
 茶色く、石が染まっていく。
 ぞっとした鏡の手を、御影の手が握った。目を見開く彼へと、御影が強張った顔でも笑顔を作った。
 握り返して、鏡も決意を固める。
「御影、やるよ」
 頷いた彼女の顔は、無茶をしているのがよく見えた。それでも目を逸らさない。崩れた二体の奥、最初から立ち続けるさまよえる魂を、りんとした目で睨んでいる。
「行くよ。開け幻門、我が門は地。グリーンアンバーの輝石を以て、力をここに具現する。顕現せよ生命」
「親和せよ生命。その輝きを以て、彼のものを在るべき場所へ誘え。浄化の力、今ここに在れ!」
 二つの輝石から放たれた光が、アンデッドを照らした。
 突如巻き起こる風に、死してもなおさまよい続けた命が灰となって消えていく。

 ――おいで

 目を見開いた。ほっと笑んだ御影が、嬉しそうに振り返ってきてはっとする。
「鏡くんできたよっ、ありがとう!」
「あ、うん……皆のおかげだよ。疲れた……」
 あれは、幻聴だろうか。だとしたら疲労はよっぽどだ。
 そのまま地面に足を投げ出して座ろうとして、骨が目に入った鏡は苦い顔でやめた。しゃがみ込んだ自分を心配そうに覗き込む彼女も顔が青い。
 介が疲れ切った顔で、構えていたボウガンを下し、一同を見渡している。
「みんなお疲れ様。結構にギリギリだったな……勝ててよかったよ」
「だな……さすがに俺もきついわ」
 体力にものを言わせてきた悠里も苦笑している。奏が肩を押さえてへとへとな様子だ。
「楯山さん……さっきはありがとうございました」
「礼言われるようなことしてねえよ。あいつら見た目の割に知性持ってやがったな」
「そうですね……ただ投げ飛ばすだけじゃなくて、前衛の動きを乱すようにしてくるなんて」
「地面や壁に投げつけられなくてよかったな、マジで」
 途端に奏が身を震わせている。すぐに呻いて肩を押さえている彼女は、肩当てをつけていないその場所が紫色の痣になるほど強く掴まれていたようだ。骨にひびを入れられていなければいいが、ここでは簡単に看ることしかできない。
 奏が石をかかげ直していると、悠里が何に気づいたのか振り返って怪訝そうな声を上げている。
「ん……? ミスリルか?」
「は?」
 素っ頓狂な声を上げる介の前で、悠里が珍しく目を輝かせているではないか。アンデッドを倒したその場所に落ちている拳大の紫色の鉱石を拾い上げ、子供のような笑顔で戻ってきている。
「これもしかしなくてもミスリル的なやつじゃねえか!?」
「こ、これだけ大物なら……魔石も大きいとは思ってたけど……」
「いや、アンデッドには魔石はないみたいだね……」
「そんなあ……」
 それはそれで、なんとなくがっかりだ。悠里が見つけた鉱石を見て、介がそっと首を振った。
「鉱石は詳しくないけど……ただそれ、どう見てもミスリルじゃないよ。魔導鉱まどうこうの一種だろうけど……」
「ちげえのか……一級品と言わずとも、二級品ならいけるか?」
「そうだね。まだ組んで一ヵ月も経たないパーティにしては、上物すぎる入出物ってところだよ」
 興奮は思わぬ形で冷めたようだが、それでも悠里は満足そうだ。レガースを購入した店の少女に換金を頼むことにしたようで、ついでにメンテナンスも頼む気でいるようだ。
 奏が疲れ切った表情で、魔導鉱らしいそれを見ている。
「アンデッドって、そういうのも出てくるんですね……うー、さすがにしんどい……」
「そうですね……というか、暗いところ以外に出るなんて……」
「日の光を嫌うものは確かにいるよ。けど、ゾンビやグールと呼ばれる連中が、真昼に散村を滅ぼした噂も流れてるんだよ。聞いた話でしかないけどね」
 そんなことがあるだなんて、想像がつかなかった。
 偏見だったのかと苦い顔になるそば、奏が呻いている。
「ま、街で考えませんか……ちょっと、しんどくて……」
「だな。精神力に余裕はねえけど体力なら余裕ある。荷物貸せ、持つから」
「あ、いえ、荷物は持てます。ただあまり、この場にいたくないというか……気が滅入りそうで……」
「確かに、そりゃ言えてる。この場の浄化できりゃいいんだが……り塩していくか」
「塩ないだろう。おれも生命の魔術はもう撃てないしなあ……簡易的だけどやっておこうか」
 いったい何を?
 洞窟の最奥へ移動した彼は、何やら地面に書き込んでいる。遠くて作業の内容は見えないが、何かの葉を添えた様子は見えた。
 魔術で微かに起こした湧水を振りかけた彼は、悠里の怪訝そうな顔に苦笑いしている。
「何やったんだ?」
「清める効果を持っているっていうまじないをしたんだよ。元いたパーティに、この世界出身の人がいてね。教えてもらったことがあるんだ。葉が枯れるまでこの場を清め続けるから、土も浄化されて、もうアンデッドは発生しないと思うよ」
 へえと、悠里が意外そうに返している。そのまま奏の荷物をちゃっかり取る彼は、奏が慌てても気にせず歩いて行った。
「さっさと出るぞ、日暮れちまう。休むなら外。んでもって今日は外で食うぞ。作る体力ねえだろ、全員」
「サラダ多いところかい?」
「多いけどバランスかたよった食事すんな。もっともやしになるぞー介」
 ぷっと、御影が吹き出した。
 鏡と奏もつられて笑って、笑い声は洞窟の中を柔らかく響いた。
 洞窟を出ると、夕闇のとばりはもう空におりかかっている。介がげんなりとした。
「夜になるとまずいな……少し休んで、できるだけ暗くなりすぎない時間に街につくようにしようか」
「だな。……魔術で気配消したいけど、さすがに保つか微妙だから各自で警戒してくれ、悪い」
 途端に、御影が困ったような顔。奏に至ってはむっとしている。
「悠里さんが謝ること、ないです……みんな無茶しないようにしなきゃ、なんですから、悠里さんも、ですよ」
ひとりで背負うなって言ってくれたの、楯山さんでしょう」
 微かに目を丸くする悠里へと、鏡はぷっと吹き出した。
 途端に下手くそな笑みを浮かべる彼は、疲れもあってか本心が垣間見えたようだ。
「ははっ、こりゃ一本取られたな」
「わー嬉しい」
「これについてはいじりってよりも事実だろーが。いじりのほうは取れてねえよ」
「いじりのつもりで言ってませんよ」
 あ。
 気づいた鏡は口が微かに開く。それをごまかすように笑むと、奏は悠里とやいのやいのと言い合っていた。
 御影がほっとした様子で近づいてくる。
「よかったね」
「そうだね。ただ……みんな疲れておかしくなってないかな」
 主に介と奏が。
 御影はなんとも言えない様子で言葉を濁して、困ったように笑んでいる。
「明日から、ゆっくり休まなきゃ、だね」
「だね……僕ももう、ご飯食べたらすぐ寝る……」
「いっぱい休まなきゃね。あ、明日私お菓子作るねっ」
 鏡はぽかんとして、すぐにはにかんだ。
「うん、楽しみにしてるね」
「うんっ!」
 明日が、待ち遠しくなった。


掲載日 2020/12/01


*前しおり次#

しおりを挟む
しおりを見る

Copyright (c) 2026 *Nanoka Haduki* all right reserved.