境界融和世界の幻門ゲート

第15話 02
*前しおり次#

「ちょっと待ってろ、さすがに着替えてくる」
「え? はーい」
 従弟をからかうタイミングを逃したのは残念だが、まあ面白いものは見れた。震える肩を抑えて目に留まったのは、自分が選んだ服を着ていた奏の様子だった。さすがに相手のコーディネートを手伝っておきながら、休日だからと自分がジャージのまま出るのは気が引けたのだ。
 いつも通りの服を選んで着込み、外に出る。廊下で待っていた奏はまだ肩を少しだけ押さえていた。湿布ももう効果が切れているだろうし、自然治癒ちゆに任せるのは辛抱しんぼうがいるだろう。
 ……そういえば、自分も昨日ソファに寝に行った時、鏡から無理やり手当てされたか。疲れがひどいと容赦ようしゃがないのは血筋かもしれない。
「行くか? 早く終わらせて寝たいし」
「あはは、はーい」
 本音を溢すと、どうしてか彼女は笑う。――そんなにおかしいことを言ったつもりはなかった。
 メンテナンスに出すべき足の装具そうぐ、レガースの傷み具合は深刻だ。悠里は溜息が零れる。
「鉄製のこいつ――雪華せっか、そろそろ限界なんだよ……残念なことに」
 この武器の初陣から数えてまだ両手を超えたばかりの戦闘回数。一回走る毎にメンテナンスも一回。色々とまずい。
 奏が生暖かい顔で見上げてきた。そういえば彼女の武器はメンテナンスに出している覚えがあまりない。
「楯山さん使い方荒いから……」
「荒いってのもあるけど一撃が重いからな、衝撃しょうげきに耐えれねえんだろ」
 あとパルクールのしすぎか。本来レガースをつけた状態で身軽な動きをするなら、足の柔軟性じゅうなんせいを活かす必要があるところを、鉄製の装具をつけた状態でやるのだ。いたまないはずがない。
 奏が納得したように頷いていた。
 武器屋『Anima ferro』。悠里たちが武器を買ったこの店は、鏡はまだ一度しか訪れたことがない店だ。
 かくいう悠里は、ついに両手に溢れた回数と頻度で足を運んでいる。
 慣れたもので、店の戸を開けるとハニーブラウンの髪をツインテールに結わいた少女が、無表情一歩手前の目で見上げてきた。
「よお。またメンテナンス頼んだ」
「ぐーてんもるげん。ようこそ。……またですか」
 無表情なはずの目がさらにじとりと細められた。悠里は素直に「悪い」と謝る。
 現物を見せると、エルデはじっと武器を見ている。
「私の素材手持ちが鉄しかない以上、これ以上の耐久性補正は難しいのですが……冒険者依頼を出したほうがいいかもしれませんね……」
「冒険者依頼ですか? ……素材を集めてくればいいんでしょうか?」
 エルデが頷き、本を一冊取り出してめくっている。手書きの絵と説明書きのような文章。事典であることは容易たやすくわかった。
 彼女が示したのは魔導鉱だ。あっと、奏が目を見開いている。
「本当なら鉱山に行く必要があるのですが、魔導鉱というものが必要です」
「あの、魔導鉱なら今……」
「換金する気で持ってきてた」
 顔をしかめられた。きゅっと絞られた眉で見上げられ、それが彼女なりの驚き方なのかと思いながら、昨日の戦利品を見せる。彼女は目を瞬かせて、魔導鉱らしいそれを見て微かに考え込んだようだ。
「ランクはB+。この辺に鉱山がない、ということは、アンデッドが近くに出たんですね」
「お察しの通りで。そいつを倒したらこいつが出たってわけだ」
「ほう……この魔導鉱石で作るだけでは耐久性が不十分ですね」
 心を竹並みに割られた気分だった。それもそうかと思いながら、悠里は納得する。
 上手い話は簡単に転がるわけがない。必要であるならば、もう一度敵を倒し、探し出すのが賢明けんめいだろう。――もしくは介がこれまでこだわっていたように、遺跡にもぐるかだ。
 エルデは魔導鉱を念入りに確かめている。
「Aランクほどの魔導鉱であれば、彼の蹴りにも耐えられると思います。補強材になれそうな魔石を探してきていただければ、作れます」
「補強材?」
「欲を言えば闇属性の大ぶりなものを一つか、小ぶりなものを七つほど」
 奏が見上げてきた。悠里も心当たりがある。
「あの、魔石なら……小ぶりなものだったら、確か神崎さんが管理してますけど」
 またエルデの眉がきゅっと寄って、変顔一歩手前になっている。
「え」
「この間狼たちが湧き出ていたでしょう? あれの大元と手下たちを退治した時、手下からも魔石が手に入ったんです。まだ換金してなければ神崎さんが持ってたはずですよ」
「換金してねえな。ここしばらく依頼の報酬ほうしゅうで事足りてたし、切羽詰まって魔石を出す必要なかったはずだ」
 そういえば昨日の帰りの途中、彼がギルドに寄って報告のため魔導鉱を見せた時、話が色々長引いていたと愚痴ぐちをこぼしていたか。
 ひとまず、材料は手元にある。いけそうだ。
 エルデに確認の目を向けると、彼女も頷いている。
「ふむ。属性によっては補強可能ですね。所有者の相反属性や優劣属性――つまり、光や生命でなければ上手くいくかと。この子――魔導鉱も闇属性のようですから。ところで、闇以外の得意属性は?」
「火」
「ではそれで」
「わかりました、ちょっと聞いてみます」
 電話を手に一度店のすみに移動する奏。けれどこの店は元々、武器のショーケースなどのおかげで、さほど移動する場所がない。程なく、彼女の会話が簡単に耳に入ってきたのは、もう職業病と言われても仕方がなかった。
「――あ、神崎さん。あの、この間の魔石の件で伺いたいんですけど、いいですか? ……え、私じゃなきゃ誰だと思ったんですか、来栖くずみなんて名字みょうじそうそういないでしょ……」
「さすがだわ……」
 大方、外向けの営業口調そのままに話して、彼女が出て驚きでもしたのだろう。
「はい……はい、そういう感じです。あ、本当ですか!? じゃあお願いしますっ! ありがとうございまーす! それじゃ――」
 元気なものだ。ついでに電話が終わったのかと目を向けると、奏が嬉しそうに親指と人差し指で丸を作っている。
「いくつか適合しそうな魔石があるそうです! 神崎さん持ってきてくれるそうですよ」
「さすがだわ……」
「一瞬で終わった……ですと……」
 絶句するエルデの気持ちに少しだけ同情を寄せた。魔石なんてそうそう、一介の冒険者――自分たちのように雑多な依頼を受けて働く人間が、大量に持ち合わせているはずがないのだから。
「この間の魔石、素材として使う日がいつか来るだろうと思って、とってたそうですよ」
「あいつ預言者よげんしゃか」
「昔別のパーティにもいたんですよね? 同じことで困ったことあったんじゃないんですか? すっごい遠い目してそうな声でしたよ」
 ああと、介の以前の話を聞いて納得した。新米の異界の民たち相手にサポートばかりしてきたなら、そういう配慮も持っていておかしくはないだろう。
「なるほどな、朝から色々申し訳ねえわ」
 拠点となる家を探している最中に、違う用事をもうけたのだ。後で何か……してほしいと言うような性格でもなければ、気にする介ではないか。
「工房の準備、してきます」
 店の入り口にあった開店中を示すプレートを『closed』に変えて、少女は悠里から受け取った魔導鉱を手に奥へと引っ込んでいく。ただ、彼女はすぐにひょっこりと顔をのぞかせた。
「その人が来たら、そこのベル鳴らしてください」
「はい。よろしくお願いします」
 ……ベル、聞こえるのか?
 鍛冶場は騒音のはず。現に道具を動かす音が、扉一枚挟んだこちら側にガチャガチャと聞こえてきているのに。
「結局オーダーメイドになっちまったな……」
「欲しかったんじゃないんですか? ラッキーが重なったってことでいいと思いますよ」
 おかしそうに笑む奏に、それもそうかと開き直る。目に入った棍棒を見て、そういえばと思い当たるのは、彼女が戦う際に言っていた言葉だった。
「お前も棍とかメイス探しとけば? バット欲しいとか言ってたろ」
「あ、そうでした」
「忘れるなよ……」
 ぎこちなく笑って、そろそろと棍棒を探し始める彼女に呆れてしまう。アドバイスが要りそうかと何度か教えてやると、彼女なりにしっくりくる棍棒を探し始めた。
 一通り試して、落ち込んでいるけれど。
「やっぱり野球の振り方だと隙が……フォームも小さい頃ほどできてない」
「野球と攻撃用の振り方ってのは別物だからな。スイングだけで見りゃちげえだろ……」
「ですね……道場の人に今度聞いてみます」
 また修行を積む気か。まだ肩の具合もよくないくせに。今だって鏡に怒られない程度に振れと言ったはずなのに、顔をしかめるぐらい痛めているではないか。
 頭が痛くなってきた。扉が開けられ、吊り下げられていたチャイムが軽やかにぶつかる音で、悠里はああと振り返る。
 介がふくれ上がったリュックを背負ってやってきた。元々彼のリュックは呪文書やら止血道具やらで、初対面の時から結構な膨れ方をしていたが、今やはちきれんばかりだ。
「お待たせ。持ってきたよ」
「思ったより早かったな」
「いやあ、さすがにこんなにいらないかと思って、換金するところだったんだ」
 ……セーフ。
 奏がベルを鳴らすと、エルデが戻ってくる。介がリュックの中の魔石が入った袋を取り出し、カウンターに魔石を置いていった。
 紫、赤、青、緑――若干少ない地、そしてだいだいと白は一つずつ。合計で十四個。
 紫が闇、赤が火の属性のはず。四つほどあったが、これでは厳しいだろうと、先ほどの話を思い出した。
「若干足りませんね……」
「そう都合よくは集まらなかったか……ギルドにないかどうか聞いてみよう。属性は?」
「黒いお兄さん的に考えると闇か火ですね」
 奏の肩が震えた。悠里のジト目が彼女を射抜いた。
 笑う奏の格好だって、今は悠里が選んだ服の関係で黒中心なのによく笑えたものだ。
「わかった。じゃあ黒いお兄さんに丁度いい魔石がないか、聞いてみるよ」
「お前ら……」
「名前知らないので呼び方わかりませんし」
 名乗ってなかったか。言われてみれば。
 介が「失礼」と断りを入れて、店の外で電話し始めた。自分より若干小さな背を見やり、エルデへと目を留める。
「因みにあの今電話してる奴は?」
にぎやかなお兄さん」
「……そうきたか」
 見事にツボにはまったのか、隣は笑い転げている。会った頃はここまで笑う奴だとは思わず、悠里は冷めた目を向けた。
 笑いすぎだ。エルデもなぜそんなに笑われているかわかっていない表情をしているから、余計効いたのは間違いないが、笑いすぎだ。
 ただ、戻ってきた介へは、いたずら心がうずいてにやりと笑った。
「終わったか、賑やかなお兄さん」
「は?」
「ま、魔石あったんですか?」
 ちっ。このままいじる気だったものを、本題に入られるとそちらに話を向けざるをない。肩が震えたままの奏に、介は訳がわからなさそうな顔をしつつも頷いた。
 悠里の目の色が変わる。
「ああ。在庫有り余ってて、交換ぐらいお安い御用だってさ。ちょっと行ってくるよ」
「おー、頼むわ、賑やかなお兄さん」
「……行くのやめていいかい?」
 据えられた介の目に、悠里はにやりと笑みを隠さなくなった。
 網にかかった時が一番面白いのは、戦闘でもいじりでも同じだ。
「一回のいじりに対して二回で返すのは当然だろ」
「へえ。そういうビスケット方式で返すんなら水でもかぶる?」
「お店の中で、そういうやり取りどうかと思います……よ」
 震えた肩が止まった。
 奏を見下ろした途端、彼女は悠里と介の顔を見て口元を抑えて後ろを向き、また笑っている。ついにはカウンターに手をついて、体を支えている始末だ。気持ちがえたのか、介は白けた目で溜息をつき、魔石で使わないだろう属性のものを中心に持って出ていった。
 エルデは気にした様子もなく、店の奥に行ったかと思うと紅茶を三人分持ってきた。
「戻ってくるまで待ちましょうか」
 この元凶、相当マイペースと見た。
 
 
 介が足りなかった属性の魔石を交換して、戻ってきてくれた。その魔石と、ついでに材料が余れば介の分も作ると、悠里と介二人を採寸したエルデ。彼女なりの誠意はなんとなく面白いものがあった。
「もし素材が余ったらもう一つ作れるかもしれないので。魔石持ってきてもらいましたし」
 普通、武器を頼んだ冒険者が素材を集めてくるものだと思っていたのだ。鉄はともかく、魔導鉱なんてものは滅多やたら、外に出ない鍛冶師が手にするものではないはず。
 その礼代わりにと、残りの魔石は介の意向でエルデの元に寄付することとなった。
 彼のことだ。その中に水属性の魔石があることも、今後鏡たちの武器も作ってもらう上で必要な属性がそこにあることも見越しての寄付だろう。手元に置くよりかさばらないし、ここの常連になると暗に示すことで、彼なりにパイプを増やそうという考えもあるはず。
 介はいい奴ではあるが、同時に冷徹れいてつな考えも持ち合わせている。現実と理想を両立させる上で打てる手は打つ合理的な性格だ。思惑がない行動はまずしないだろう。


掲載日 2021/01/04


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