境界融和世界の幻門ゲート

第15話 03
*前しおり次#

 明日出来上がるという武器を楽しみにしつつ外に出ると、介は欠伸を一つ溢した。
「さあて、それじゃあおれは物件探し再開してくるよ。二人はどうするんだい?」
「帰って寝る」
 即答したからか、奏が白けた目を向けてきた。元々そのつもりだったのに、不満を持たれてもどうこうしようとは思わない。
 今日の料理当番は自分だ。それまで寝ていたいのも事実なのだ。休みは寝るもの。それか体を動かすものだ。
「そのまま沈んでればいいと思うよ。おれあっち見てくるよ、また後で」
「お前こそ道端みちばたで沈むなよ?」
「全力見舞ってくれる人いない限り無理」
「お、お疲れ様です……」
 呆れ果てる自信だった。自分たちと方向を変えて歩く背は、成人男性にしては相変わらず細い。奏が呆気にとられるのも無理はなかった。
「神崎さんってもやしですよね……どこからあんな自信湧いてくるの……」
「完全なるもやしだな。あいつの体力はり歩き以外発揮されてねえし……」
 思った以上に時間を取らせてしまったことを少し申し訳なく思ったが、彼の背中は欠伸をまじえながらも一人の時間に喜んでいるようだ。
 本当に、難儀なんぎな性格だ。
 奏が伸びをしていて、ふと肩と腕のあざが見えた。湿布の効果が薄れてがしたのだろう。しばらくは彼女に料理当番はさせないほうがいい。
 ……朝に弱い自分と鏡のせいで、ほぼ朝食担当は彼女になっているのはいなめないが。
「帰ったら御影ちゃんのお菓子」
 菓子。
「できてるかなあ」
「早く帰るぞー」
 歩みを再開すると、その速度が速かったか奏が小走りに追いかけてきた。おかしそうに笑う彼女は、本当に最近よく笑う。
 ――目をそむけづらくなってきた。あのことからも、彼女からも。
「本当甘いもの好きですよねえ。今度何か作りますよ? パイは難しいけど、焼き菓子は一通り作れそうですから」
「基本なんでも作るからな……」
「あー……じゃあさすがに間に合ってそう、かなあ……」
 少しだけ、笑う声がしぼんだ。ここまで露骨に感情を出されて、気づかないのは無理だった。
「ま、作ってくれるんならなんでも嬉しいけどな」
「そ、そうですか。んー……ゼリーとか、久々に作ってみようかなあ。あんまり甘くないですけど。それかプリンとか」
「甘いもんならなんでもいいさ」
「じゃあプリン作りますよ。今度の夕飯当番で、茶碗蒸ちゃわんむし作ろうって思ってたんです。その時まとめて作ります」
 はにかむ顔。悠里はにっと笑った。
「んじゃあ頼むわ」
「はいっ」
 嬉しそうな返事が、かすかに胸に刺さる。もう気づいていない振りをし続けないと、今まで見ないようにしてきたものが溢れそうになっているのに。
 ごまかそう。今は見るな。
 今は――
「俺もたまにはなんか作らねえとな……パイシート余ってたしりんご買って帰るか……あとシナモン」
「アップルパイ!? いいですねっ」
 子供のようにはしゃぐ彼女に、少しだけ目を細める。落ち着きなんて欠片もない様子は、孤児院にいた頃面倒を見ていた子供たちを思い出すようだった。
「あ、食材店寄ります?」
「寄ってくか、折角だし」
「はーい。アップルパイ、できたら私も一口食べたいです」
 意見を言う時に手を挙げるのは彼女のくせだろうか。それに気づけば、最近よく関わっている気がする。
「どうせ焼くならホールだし構わねえけど……」
「やった! ありがとうございますっ」
「そんなに喜ぶことなのかよ……」
「私アップルパイ好きなんですっ。小さい頃から自分のご褒美ほうびにしてたので」
 ――ああ。
 なんとなく、その気持ちはわかった。滅多に出なかった甘いおやつが、自分の大好物になったように。
 特別な菓子、か。
「そうだったのか……んじゃ、ちょっと本気入れて作りますか」
「やった! あ、リンゴありましたよーっ」
 犬みたいだな。
 抑えていたはずの笑みが、口元に広がりかけた。
「おう、ちょっと選ぶから待ってろ」
 ああやって、誰かが作ってくれるものに喜んではしゃいでいた時期。
 俺にもあったはずなのにな。
 夕飯の材料を含め、必要なものを一通り買いそろえた。カレーにフルーツポンチ。それとアップルパイ。まさかパイシートがこちらの世界に流れてきているとは思わなかった。
 買い物を終えて荷物を全部持つと、奏が慌てている。
「私も持ちますっ」
「肩痛めてる奴に持たせるほど俺も鬼じゃねえよ」
 途端にうっと言葉を詰まらせる彼女は、視線がそろそろと逃げかけて、慌てて悠里を見上げている。
「か、片手は大丈夫です……」
「無理無茶禁止、って言ったのどこのどいつだ?」
「それ言ったの楯山さんもですよ……その、ありがとうございます」
 諦めがついたのだろう。にしたって彼女はよく礼を言う。別にと、悠里は素っ気なく返した。
「感謝されるようなことはしてねえ。当然のことをしたまでだ」
「当然や絶対なんて、この世にないですよ。だから感謝するんです」
 ふうんと、くすぐったそうな奏の笑みを自然視界に入れないように前を向きながら、悠里は相槌を打った。
「あるのは必然だけ、か……ま、それなら受け取っておきますか」
「必然でもないです。誰かが動こうとしてくれたことに必然はないですよ。本当にあるのは、動こうとしてくれた人の心ですから」
 必然すらない、か。
 理想論も混じった言葉だけれど、嫌いかと言われれば少し違った。
とらえ方、か」
「ですね」
 宿屋に着いて、あのアレンとかいう傲慢野郎がいないかを確かめ、調理場へと向かった。奏は調理時に必要ない荷物を持って上がってくれ、肩は大丈夫かと目を留めたも、痛がっている様子はなかった。
 アレンといえば――介に話しかけられた内容が頭をよぎる。

 いや、君が来栖さんのこと名前であまり呼びたがらないなあって話だよ

 これは俺個人の気持ちの問題だな、答えは諦めねえと出せねえけど

 ――へえ? そっか。じゃあ、ゆっくり折り合いつけておいで

 ……気が向いたら、な

 ……気が向く日が、来るだろうか。
 その前に無理やりふたを開けられそうで、距離を取りたくなる。

 バケツ、底が抜けるほどに溜めすぎないようにね

 介からの忠告がどうにも思い起こされるのは、今日奏と二人でいる時間が長すぎたからなのだろうか。
 ふっと息を吐き出して、慣れた手つきで玉ねぎやニンジンを切る。幸い自分は鏡の手当てのおかげで痛みはないし、調理に支障はない。
 介が一人の時間を欲しがる気持ちが、少しだけわかる。周りを気にせず料理に集中できてほっとする自分がいるのだ。
「らしくねえな、俺も」
 自嘲じちょうの笑みがこぼれそうになった。そばにやってくる人の気配に目を向け、力が少しだけ抜けそうになる。
 奏だ。また戻ってきたのかと思った直後、彼女が持つ皿の上に盛られたマフィンとシフォンケーキに目の色が変わった。
「楯山さん、御影ちゃんのお菓子持ってきましたけど、食べます?」
「食う」
 後はいためて煮込むだけだ。フルーツポンチ? あれはフルーツを切るだけだ。問題ない。
 さっさと手を洗って口にマフィンをほうると、温かいマフィンに首を傾げかけて――中から零れた溶けたチョコに納得した。少しだけ押さえられた生地の甘さは、チョコの味を引き立てている。
 甘いものが口に入っていると、やっぱり落ち着いた。
「フォンダンショコラか。さんきゅ、作る時のあてにする」
「いいえー。……で、その……」
 何かあったのかと見降ろすと、奏はもう一皿持ってきているではないか。申し訳なさそうな様子で、少しだけ視線がれている。
 階段のほうに。
「……あそこ今すっごい砂糖なので、こっちに避難してていいですか」
「ああ、また砂糖になってんのか……構わねえよ、それなら。馬に蹴られたくはねえだろうし」
「ありがとうございます……神崎さんも戻ってきてるんですけど、なんだかつぶれてたし、入るの気が引けて」
 容易たやすく想像できた。ソファだろうがベッドだろうが、どこかはわからずとも突っ伏して反応がない介の姿が。
「ああ……あいつ疲れ出さないタイプだからな……」
「みたいですね。人前だと力抜かなさそう……」
「そういう奴だよ、あいつは。俺もまだ完全には気許してもらえてねえし」
「頼り方わからないのかなあ、とは思います。って人のこと言えないや」
 頬張っていた手を休めて苦笑する奏に、悠里も苦笑いを溢した。
 彼女だけではないのだ。
「俺らみんな不器用だもんな」
「です、ね……器用だとむしろ、周りから頼られるばかりで、本音で話せる相手作りづらそうだから……私はこのままでもいいかなとはちょっと思ってます」
「そのポジションは本気で面倒くさいぜ。やらないことをお勧めする」
「……楯山さん、ちょっと実感籠ってません?」
 ばれたか。別にこれは隠す気はなかったけれど、遠くを見るように目をすがめた。奏が持ったままの皿から、フォンダンショコラをまた取って口に放る。
「実体験だからな」
「あー……じゃあなおさらですね。人に頼るのって難しいし、周りが頼ってくると言いづらかったりしますよねえ」
「それに、それが長男長女、一人っ子のさがって奴だと思うぜ? だから鏡や御影見てると、まぶしい時があるわ」
 弱ったように、奏が笑っている。棚に置いていた彼女用の皿に食べかけのフォンダンショコラを置いた。
「そうですね。あの子たち、気持ちまっすぐぶつけるから……ちゃんと言う場所言わない場所も見ながらだから、凄いですよね。……って、私一番上じゃないですよ?」
「言葉のあやだよ」
「あ、ですか。けどそっかあ。楯山さんもだったんですね」
 フォンダンショコラを食べる手が止まる。
 ……今、言っていいのか? いや……
「……聞きたい?」
「無理に聞く気はないですよ。楯山さんが話しづらいことだったらあれですし。話してくれる日が来たら、それは凄く嬉しいです」
 少しだけ、距離を置かれたような。
 けれどその距離は、突き放したものとも違った。言葉を押さえつけるピアノ線が、暗闇が、地下牢が、少しだけほころんだ気がする。
 暗闇は暗いままだけれど。手元のショコラを食べ上げ、材料を炒めに戻った。
「そか。無理に聞かれるよりはずっといいわ」
「楯山さん言ってくれたでしょ? 仲間だから当然って。あれ凄く嬉しかったし、私もですよ。仲間じゃなくても、楯山さんがつらい思い抱えたままは絶対に嫌ですからね」
 のどがかすかに持ち上がる。
 仲間じゃなくても。
 まさか、そう言ってくれる奴がいるとは思わなかった。
 鏡とゆう以外に。従弟いとこたち以外に――
「ははっ……わーった、話せる時になったら話すよ」
「約束ですよ?」
「わーってる。ちゃんと話すさ。話せるようになったら」
「はいっ」
 無理だろうけれど。
 ――いや
「約束な」
 心の中で。
 一人ぼっちの『指切りげんまん』を、こっそりしてみた。


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掲載日 2021/01/04


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