境界融和世界の幻門ゲート

第16話「Restart, and Remember, and…」01
*前しおり次#

「そら――よっ!!」
 回し蹴りが熊の腹に入った。手応えににやりと笑う兄貴分に、鏡は生暖かい顔を一瞬浮かべて追従ついじゅうする。奏がフェイントをしかけ、生まれたすきをいただいた。
「はあ!!」
 掌底しょうてい
 熊と言えど肺に向けて打ち出された威力には耐え切れなかったようだ。緑生い茂る草の中にどうっと倒れる体躯たいくを、すかさず介の魔術が水流のあみとなってからめ取っている。
「いやあ、今日は熊鍋だねっ」
「まだそれ言うんですか!!」
「く、熊鍋……!?」
 奏が絶句した。そういえば彼女は初めてこの話を聞くんだっけと思ったそば、悠里の容赦ようしゃない蹴りが最後に一発、熊に入る。
 二週間前新品だったはずの新しいレガースは、見事に使い込まれた風合いを見せている。毎日依頼をこなす状態だったとはいえ、これは早すぎだ。
 熊の息は完全に事切れた。介は熊が死んだかどうか慎重に確かめて、頷いている。
 額から魔石が落ちることはない。普通の動物だったようだ。
「魔物じゃねえか……」
「まあ、農作物の被害は結構あったみたいだからねえ。作物被害は見過ごせないよ」
 やけに気のこもった言葉に、鏡は苦笑いを溢した。
 さすが北海道民。いや、親戚が農家というべきか。
 悠里が呆れながらも、怪訝けげんそうに森を見渡した。
「他にいねえといいがな……」
「被害にっていた農家から、足跡は一頭と聞いてたんだ。こいつだけだとは思うよ。まあ、近くに巣穴があるなら確かめたいけど……」
「はーい、やってみまーす」
 奏が光の魔術を詠唱し、きょろきょろと辺りを確かめている。やがて首を振った彼女は、スフェーンの輝石が放つ魔術の光を消すように集中を解いた。
「ないみたいですね。はぐれ熊かも」
「ならいいか。で? どうやって持って帰る気だよこいつ」
「本当に食べるの!?」
「食料になるんならいいだろ」
 にやりと笑う兄貴分に、正気かと目をいた。御影が鏡の後ろで怯えているのに、まだそんなことを言えるのか。
「い、いくらなんでもそれは……」
「ここでさばかないと鮮度落ちるし運べないね」
「介さん!?」
「じゃあ私が捌きましょうか……?」
「え、うそ奏さんがやるの!?」
「え? うん」
「うんじゃないでしょ!? たくましすぎませんか!?」
 奏は何が言いたいのかわかっていないのだろうか。怪訝そうな様子で見てくるばかりだ。
「あのね……捌くのは慣れてるんですけど。魚も鳥も厨房ちゅうぼうで捌いたから」
「ああ、そういえばレストランで働いてたんだっけ?」
「はい。ほとんど厨房じゃなくてカウンターですけどね。捌こうと思えば捌けますよ」
「捌くって言っても道具ないでしょ!?」
「マイ包丁じゃ確かにこれは厳しいけど……」
 むしろ持ってるの。持ち歩いてるの。
 介が肩を震わせている。悠里がすっきりした顔で彼を見やった。
「で? どうすんだ」
「こ、今回はいいや……」
「よ、よかったです……」
 御影の泣きそうな声に、そっと彼女の頭を撫でてなだめた。
 とにかく、依頼が終わって熊鍋が出ないなら、もうなんでもよかった。
 最近、依頼がスムーズに終わることが多くなってきた。悠里は相変わらず考えなしに突っ込むことがあるが、それぞれの連携も安定してきた。陣形も様々な形で組めるようになってきたからか、介が指示を飛ばす回数も減ってきたように感じる。
 自分たちで動けるようになってきた上に、怪我を負うことも少なくなった。御影が扱う魔術にも、回復だけではなく防御に関わるものも増えてきたのだ。全体的にバランスがとれるようになってきたという意識が強く芽生えてきた。
 だからこそ、自分がこの世界に飛ばされて二ヶ月経った今、不思議な気持ちだ。帰りの道がすら、彼らと一緒にいるのが当たり前になったことも。ここが異世界だということも。
 正直、現実に帰ることへの焦りは未だにある。けれどこのメンバーでいることの居心地のよさも、不思議と根強いのだ。
 介がやけにご機嫌で、悠里が気持ち悪そうに距離を取っている。鏡は彼へと近づいて耳打ちした。
「介さん、なんか今日凄い機嫌いいみたいだけど……」
「……ついに見つかったか、ありゃ」
「ああ……物件?」
「多分な。じゃなきゃあそこまで、あいつがいい顔で一日いるはずねえ」
 それだけ、昔の仲間に宿屋の位置を把握されたストレスは大きかったのだろう。荷物を纏める準備が必要そうだと思い、ふと考えたことがある。
 そろえるべきものがいろいろとあるはずなのに、今から介が喜ぶことだろうか?
 しばらく道を歩いて、街に戻ってこれたのは昼過ぎだった。朝早くから動いて取りかかった依頼だから、この時間で帰ってこれたのは早いほうだろう。熊の討伐とうばつを終えたこと、その証拠を提示して報酬ほうしゅうをもらった介が、一同に声をかけてきた。
「ちょっと全員に確認してほしいことがあるんだ。いいかい?」
 どうやら、悠里の予想は当たったようだ。二人で顔を見合わせる。
「かまわねえぞ。家だろ」
「家?」
 聞き返す介に、さすがの悠里も耳をうたがったようだ。鏡も困惑して介を見やる。
「え、だって介さん、ずっと物件探ししてたんじゃあ……」
「ああ、してたよ。そっちも今日話す気だったけど……まあ、もう一つあってね」
 奏と御影が顔を見合わせている。介はにやりと笑んだ。
「二週間後だ。見つけた家に全員オーケーが出て、引っ越しを終えて、落ち着いたらになる」
「話がなげえ。で、何が二週間後なんだ?」
「遺跡、もぐるよ」
 あっと、一同の顔色が変わる。悠里がにやりと笑み、かすかに拳を固めた。鏡も嬉しさを隠せずくちびるを噛みしめる。
 介から言い出してくれるなんて思っても見なかった。沢山のパーティを見てきた彼なら、遺跡に入る危険性と難しさを考えて、自分たちにはまだゴーサインは出さないだろうと思っていたのだ。
 慢心まんしんしているよと、注意を受ける可能性だってあると思っていたのに。
「ただし難易度が低い場所からだ。おれが行ったことがあるものにする」
「って、仕掛しかけも何もかも解かれてるんじゃねえの?」
「ところが、遺跡も実は生きているんでね。まあ、当日行ってみればわかるよ」
 遺跡が生きている?
 言葉に戸惑うも、介は先に空き家のほうを案内するようだ。
 通りに面してはいないが、日当たりがよさそうなこじんまりとした二階建ての家。和モダンを思わせる、洋と和の融合ゆうごうを図った家は、昭和の街並みに合った宿とは雰囲気がまるで違っていた。
 屋根は瓦を使われ、落ち着いた漆黒と朱を入れた家は丸窓がガラスと障子という粋な雰囲気だ。御影と奏がわあと目を輝かせている。
 悠里も呆気にとられて、介を見下ろした。
「お前センス欠片もねえのによく見つけたな……」
「ははっ、言われるとは思ったよ。……リトシトさんの入れ知恵って言えば納得いくかい?」
「なるほどな……」
 介の笑みがすごかわいていた。奏が目を輝かせて介を見上げている。
「あ、あの! 入ってもいいですか、いいですか!?」
「どうぞ。鍵は借りてるから」
「わあっ、御影ちゃん一緒に見ようっ!」
「はいっ!」
 鍵を開けてもらってすぐ、鏡も二人の後ろから覗き込んでわあと目を丸くする。
 木を活かした作りと、漆喰しっくいを使った壁。統一感のある空間はカフェのようで、内装もお洒落しゃれだ。
 御影と奏が早速くついで、ぱたぱたと走っていく。折れた通路の左手はダイニングキッチンだ。陽光が入ってくるサッシの手前には久しぶりに見る畳敷きの和室。廊下の脇に浴室と手洗いがあり、悠里が目をうたがっていた。
「……お前のセンスじゃねえだろ」
「いい加減にしろよ。そうだよおれのセンスじゃないよ」
 そろそろ介の笑みが冷えたものになってきた。鏡は慌ててダイニングキッチンを見渡して、あっと目をめる。
「これ、竈みたいに見えたけど、ちゃんとコンロになってる!」
「ああ、それだろう? 本当にかまどだったんだよ。空き家になる時に、おれたち異界の民に合わせて改良したんだそうだよ」
「へえ、凄いですね!」
「はは。話題そらそうとしてくれたんだね。ありがとう」
 ……見抜かれた。
 御影と奏が嬉しそうに二階へと談笑しながら上っていく。初めてあの輪に入りたいと心の底から思った。悠里が和室を見やり、意外そうにしている。
「へえ、ちゃんと雨戸もあるんだな。防犯対策ねてるのか。庭がねえ分洗濯物はここ決定だな」
「彩光できるようにもなってるよ。この辺は高いビルの影にならないから、日は十分入るんじゃないかな」
「鏡くん、鏡くん!」
 呼ばれ、鏡は首をひねって二階へと進んだ。廊下に辿りついてあっと目を見開く。御影が興奮しきった顔で振り返ってきた。
「凄いよ、お部屋の中!」
 二階は三部屋。その一室の中は、二段ベッドで仕切られ、ちゃんとプライバシーが確立されている。男部屋になるだろう大きい部屋のほうは、ロフトベッドと二段ベッドが既に用意されている。小さめの机だって入りそうだ。
「もう介さん、準備してくれてたんだ……」
 念のための確認だと言っていたが、彼は最初からここが最良だと考えていたのだろう。それか、元々五人で住んでいた冒険者が別にいたのかもしれない。
 最後の部屋はと見やって、思わず首を傾げた。
 小さな部屋。客間だろうか、他の二部屋よりも小さく、三畳、四畳半ほどに感じた。
 そこに、箱に納められた腕輪とチョーカーが五つ。銀色の光沢を放っている。
「これ――あっ」
 介のラリマーに似た石が、腕輪の台座に嵌まっている。台座は爪がしっかりとしていて、台座の底は空洞が空いている。宝石が落ちないよう、綺麗な飾りが、宝石を留める金具として揺れているではないか。
 腕のサイズも、それぞれに合わせて作られている。御影が嬉しそうにはにかんだ。
「これ、魔術の発動の時、手に持たなくてもいいように、してくれてるんだね」
「介さん……」
 この意味がわかるともう、嬉しくてしょうがない。
「使えそうかい?」
 後ろからかけられた声に、鏡も御影も勢いよく振り返った。めんらう介の後ろで、悠里がにやりと笑っている。
「ありがとうございます!」
 二人綺麗に揃った声。言葉に詰まった介に笑って、鏡は御影と共にブレスレットを取りに行く。
 石はぴったりと嵌まった。留め具を装着すると、石が心なしか鮮やかに映える。腕に通すと、ブレスレットは一瞬だけ伸縮したように見えて目を見開いた。
「え、今縮んだ!?」
「ああ、それも魔導鉱だからね」
「いつの間に見つけてたんだよ……」
「ちょっとしたコネだよ。この魔導鉱なら比較的手に入りやすいし、輝石を落とさなくて済むからね」
 ひんやりと手に馴染む石の冷たさが、心地よい。
 悠里がにやりと笑っている。
「で、オーブンは置いていいのか?」
「言うと思ったよ。大丈夫、置いていいから。ここ、菓子や料理作るの好きな人多いしね」
「やった! またお菓子焼ける!」
「しばらく全員、出費増えるから覚悟してね」
「そのための最近の依頼量だろ」
 うんと、鏡も頷いた。御影が嬉しそうに笑っている。
「お布団と、タンスもかな。でもほとんどすぐに足りそうっ」
「――ここにしてよかったよ」
 くすぐったそうに笑う介に、悠里がにやりと笑った。
「お前に任せてよかったよ」
「……君そういう一本の取り方上手いよなあ」
 ぷっと、御影が小さく笑っている。つられて、鏡も奏も笑っていた。
 引っ越しは、予定通り数日中に行うことになった。
 
 


掲載日 2021/01/04


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