境界融和世界の幻門ゲート

第17話 02
*前しおり次#

「だから人に深く関わると距離感がわからねえ。だったら最初から近づかなきゃいい……ってな。……俺も不器用なんだよ」
「僕やバカ兄、れんさんぐらいだもんね、何も考えてないの」
「お前らに今さら遠慮はない」
 兄貴分の名前を聞いてか、悠里が見下ろしてくる目は、いつもより少しだけ優しいものだった。話が重くなりすぎないよう、わざと茶化したことがばれたのだろう。鏡はそっと笑む。
 奏が、淋しそうに笑っている。
「おれのより軽い話、ねえ。一部重症だろう、比べる話じゃないけど」
「……うん、不器用すぎですよ……距離感わからないなら喧嘩けんかしてでも掴むものですよ。相当つらかったでしょ、頼ること中々できなくて」
 それは、きょうだいがいる彼女ならではの考え方だ。悠里にそれが思いつかなかったのは、ある意味仕方がない部分も大きいけれど……。
「ま、こんな身の上だし、親代わりの院長はみんなの親だったし、兄貴分もみんなの兄だったしな。頼りたくても頼れねえ、いつの間にか頼り方がわからなくなっちまった」
 奏が微かに俯いた。
「だから、ああ言ってたんだ……」
「発散口がなさすぎるな……甘いものに逃げたり敵を倒してっていうのも、かなり悪循環だったろう」
 微かに苦笑いを溢す悠里は、鏡には無理やり平静を保っているように見えた。
「……ま、な。甘味好きだって、滅多に食えねえから好きになったって理由だし、武道続けてたのは母さんとじーさんに教えてもらったから、繋がりを潰したくないって理由だしな。……ここまでだまし通せてたなら俺、演技の才能あったかもな」
「だま――」
「騙せてないですよ、バカ」
 ぼそりと呟かれた言葉に、悠里は奏へと少しだけ目を細めた。鏡も小さく頷く。
「……なんだ、隠しきれてなかったか」
「途中からポーカーフェイス、あってないようなものだったよ?」
「そんだけ余裕なかったのかも、な」
 余裕がなかったきっかけがなんなのか、わかる。奏の拳が固まっていく。
「だって、私がお墓参りに行った時だって……あの子のこと、他人事ひとごとじゃなさそうでしたよ。私に言ってくれた時だって……本当はずっと独りで抱えようとしてたんじゃないんですか? 風見さん以外には、黙ってるつもりだったんでしょう?」
「そうだな」
 否定はしなかった。介には申し訳なさそうに目をやり、悠里は奏を見やれて――
 いない。俯き気味に目を逸らしている。
「墓まで持ってくつもりだった。正直、お前らが加わるまで、俺がち果てても誰も悲しまねえと思ってたしな」
「そんなわけないでしょ! 朽ち果てて悲しまれない人なんていないです! 親がいるいないとか関係ないの、そこにいてくれてるから、自分も頑張ろうって思ってる人だって、楯山さんのそばにいるんです! だいたい悲しまないなんて――そんなの、自分を変えてくれた人に思うわけない!!」
「――それだよ。その気持ちが俺には重荷なんだ」
 目を見開く。悠里の低くなった声が、限界を訴えている。
 心のダムが決壊した――!
 けれどそれは、悲しみと怒りがないまぜになった奏も同じなのかもしれない。彼女の拳が固まり、感情を必死に殺そうとしているのが丸わかりだ。
「……重荷って……」
「お前の気持ちは嬉しいんだよ、けど同時に不安なんだ。今までの自分が壊れそうで、そうしたらどうすればいい? 考えても考えても答えが出ない恐怖がわかるか? 十三年前に忘れたことが今さらできるか? 理論じゃできるんだろうな……だが」
「はいここまで」
 悠里の腹に素早く一撃を叩き込み、悠里が目を見開いて倒れ込む。
 もう見ていられなかった。綺麗に決めすぎたか、予想以上にあっさりと従兄は気を失っている。
 とっくに心は限界を訴えて、現実から逃げたかったのかもしれない。
 奏が目を丸くし、介は苦々しい表情を浮かべていた。
「か、風見さん!?」
「……相当、古傷見ないようにしてたな、これは」
「ここまで追い詰めてたならちゃんと発散しなよ、八つ当たりだよ、全く……」
 もう一発入れると、御影が身をすくめて怯え、少し申し訳なかった。
 彼女だけにではない。悠里のためを想ってくれていた、奏にも。
「……悠里は特別≠渇望して、でも手に入らないものだって諦めて生きてたんです。だから奏さんから向けられてる気持ちに困惑して、トラウマが抉られてるんじゃないかと……ここまで追い詰めてたのは予想外でしたけど」
 覇気はきが、奏から剥がれ落ちていた。かすかに動いた彼女の唇も、声が掠れていて全く聞き取れない。
 介がやや制するように鏡を見やった。
「ほどほどにしなよ、鏡くんも。後一度運ぼう。……大丈夫とは思うけど……」
「……すみません」
 というか、介一人でこの長身を運べるのだろうか。コンプレックスを持つ程度のもやしなのに。
 目で問うと、彼は神妙な顔で首を振っていた。
「鏡くん頭のほう持ってくれ。おれ足持つから。もう手で運ぼう」
 案の定だった。生暖かく頷いて、鏡は立ち上がる。ただと、鏡は苦笑いをこぼして悠里の脇を抱え上げる。
 介ほどではないが、悠里も武道を続けていたにしては筋力が足りていないのではないだろうか。――なんて、言うのは後でいいか。
「頭と足、高さ合わない自信があるんですけど……」
「いいよ、それでこいつが具合悪くなろうが自業自得だよ。ぶつけたら悠里どんまいってことで」
「……ここまで溜め込んだ件は反省してもらわないと困りますけどね。途中からわざと突き放すように言ってましたし」
 言って思わずはっとした。奏が勢いよく立ち上がったのだ。
 俯いたまま。
「わ、私食器洗いしてきますっ」 
「あっ……奏さん……」
 走っていく背中が、痛々しかった。
 ……言い過ぎたかなと、少し申し訳なく思う。悠里の言動も、あそこまで聞かせたくはなかった。
「奏さんには悪いことしちゃったなぁ……完全に八つ当たりだし」
「それ含めて、ある意味彼女の行動の結果じゃないかな。今回の件がないまま今まで通りを保つのは、この状態じゃ悠里には無理だったろうしね」
「それについて否定はしません……明日にはいつも通りだとは思いますけど、絶対ギクシャクしますよね……」
 悠里を二人で抱え上げる。運びながら、介は呻くような声でうんと唸った。
「間違いなく、来栖さんは無理だろうな……遺跡に、行く前でよかったよ。行って悠里のダムが決壊してたら、目も当てられないっ。重いなこいつ……!」
 介の本音がだだ漏れていても、鏡は気にならなかった。悠里は目測でも百八十センチを超えた羨ましい背丈の持ち主だ。重くないはずがないのだが、介の筋力のなさも原因だと思う。
 布団をめくってくれた御影に礼を言いつつ、悠里を寝かせてやる。介が腕を振る中、布団をかけてくれる御影は介にまで心配そうな顔をしていた。
「精神疲労で危険すぎますよ……下手したらゲート化してたんじゃないかと思うレベルですもん……」
「……ああ。おれが昔いたパーティでもそうなった人がいる。仲間を信じれなくなって、手がつけられなかったんだ。悠里もまだその危うさを持っていたから、遺跡行きはずっと延ばしてたんだよ」
 仲間が少なく、危険だからという理由だけではなかったのか。
 けれど納得した。悠里は魔物と素手で渡り合えるぐらいには実力を持っている。介も魔力量は少ない代わりに、遺跡の知識も、戦いにおいての魔術の技量も一流のはずだ。
 挑もうと思えば二人だけでも挑めたのだろうに、わざと待ったをかけていたのだろう。
「……もう連携も乱れてないし、互いに意志疎通できてるからいいかとは、思ってたんだけどな……」
「疑心暗鬼……さっきの本音具合だと、仲間よりも前に自分を信じられなくなりそうで、もっと危ないですよ……この調子じゃ……」
 介が腕組みして考え込んでいる。
「……あと一週間か。場合によっては遺跡行き、また延期するけどいいかい?」
「構いませんよ。この状態放っておくほうが危険です……でも、認めようとしてたんですね……自分を見失いかけても」
「うん? 認めるって……来栖さんをかい?」
 意外そうな介に、鏡は頷いた。悠里の力ない気絶した顔を見ていると、いつもからかってきていた兄貴分とは思いがたい。
 見ていてつらくなるほどに。
「はい……自分の感情捻じ曲げてでも受け入れようとしたんだと思います。目を背けないで……その結果今みたいになったんじゃないかなって。僕の勝手な想像ですけど」
「なるほど。バカだなあ……」
「自分にすら嘘を重ねて自分を作り上げてる状態だと思います……大バカですよ」
 まったくだよと、介が苦々しい表情で呟いた。
「とりあえず、悠里が起きる気配ない以上、おれたちも一応休もうか」
「ですね。明日のこと考えたら気が重いですけど……」
「――なんとかなるものだよ。どっちも、いい方向に動かそうとしてるんだからね」
 本当に、なんとかなるといいけれど。
 渦巻く不安が嫌な風のように纏わりついてきて、鏡は俯き気味に頷いた。介が苦笑する声を聞いても、彼を見上げられなかった。
「さあて、寝ようか。御影さんも無理せず休んで。来栖さんはそっとしておいて、何か聞かれたら答えてあげる程度でいいと思うよ」
「は、はい……えと、おやすみなさい」
 小さく頭を下げる御影。鏡はただ申し訳なかった。
「おやすみ、御影。みっともないところ見せてごめんね」
 途端に、御影はきょとんとしている。柔らかく笑んだ彼女が無理をしていないか心配になる。
「悠里さんがそれだけ、一生懸命なんだって、証拠だもの。みっともなくなんてないよ」
 あ。
 目を丸くしたのは、自分のほうだった。
 同時に、御影の人を見ながらの優しい言葉に、ほっと笑みがこぼれる。
 手を振って出ていった彼女を見送って、介が苦笑いを溢していた。
「彼女、気丈になったねえ」
「……無理してないといいんですけど」
「してないって、君自身がわかってるんだろう? けど一生懸命かあ。言われてみれば、だね」
 ただ、黙って頷いた。
 悠里にとって、これほどまでに人と向き合ったことは、自分たち風見兄弟や、彼の兄貴分以来だろうから。
 
 
 甘ったるい。
 なんだろう、口の中に物は入っていないのに、甘い匂いが部屋に充満している気がする。苦い顔で起きると、介がロフトベッドでうなされている。
 鏡はぼうっとしたまま、控えめなノックの音に欠伸をしてベッドを出て梯子を降りる。扉を開けると同時、一気に増した甘い香りに顔をしかめた。
 それも、普段寝坊するはずの御影が困惑した様子で立っているのだから、驚きに変わってしまう。
「お、おはよう……奏さん、いる……?」
「おはよう。ううん、来てないよ……というか鍵かけてたし……あ」
 そういえば今鍵を開けなかった気がする。もしかしてと二段ベッドを振り返ると、昨日そこに運んだはずの悠里の姿がなかった。
 甘い匂いの原因は想像がついていたが、まさか鉢合わせなんて……
「だ、だよね……ご飯はあったんだけど、奏さんいなくて……悠里さんはいたんだけど……」
 ということは、居づらくなって外に出た、ということだろうか。
 鏡は苦い顔でやっぱりかと呟いた。
「ちょっと風と音で探れないかやってみるよ、一定範囲内なら探れるみたいだから」
「ありがとう……」
 曖昧あいまいに笑って、鏡はマラカイトの輝石をめたブレスレットを身に着けると詠唱する。介が教えてくれた音を探る魔術で周囲を確かめると、奏らしき声はしっかりと聞こえてきた。周囲にいるとみて間違いない――

 ふざけないで――!

 一瞬で眉をしかめる。彼女の語気の荒げ方が、妙だ。
「――? 何か言い争ってる……?」
「えっ!? ど、どうしたんだろ……わ、私探してくるっ、変な人に捕まってたら危ないよ……」
「……あま……あ、あれ? おはよう……?」
 うなされていた介も、起きると同時に入口を見下ろしてきた。鏡は御影の手を握って引き留め、介へと振り返る。
「御影落ち着いて。介さんおはようございます……奏さんが外で何か言い争ってるみたいなんです」
「言い争い? ――誰にでも喧嘩売りそうだし、買いそうだけどなあ、彼女……ふあ、しょうがないか」
 欠伸を交えながらも、彼はベッドから降りるとすぐに上着を羽織っている。その間に、鏡は御影を見やった。
「急がないと……!」
「御影方角わからないでしょ? いては事を仕損じるよ。落ち着こう?」
「鏡くんの言うとおりだよ。君一人で出たら危ない。来栖さんだけで対処できないならなおさらだよ」
「は、はい……」
「朝から穏やかじゃねえな、どうした?」
 前掛けにも似た黒いエプロンをつけた悠里が、御影の後ろから覗き込むようにやってきた。介が上着に袖を通しながら、悠里に目を留めている。
「丁度よかったよ。来栖さんが出先でトラブルにったみたいなんだ。暴漢とも限らないし、ついてきてくれるかい?」
「あー……わーった」
 悠里が微かに表情を曇らせている。きっと彼なりに、昨日の出来事に後ろめたさがあるのかもしれない。
 介がほっとした様子で頷いた。
「よし。鏡くん、案内頼んだよ」
「はい。表……のほうに向けて少し行ったところかな? 行こう!」
「うん!」
 ただのゴロツキならばいいけれど……。
 玄関を飛び出して、四人はまだほの暗い路地を走った。


掲載日 2021/02/11
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