介はひたすらアレンに振り回され続けた。叫び続ける彼を見て、悠里と奏が腹を抱えて笑い転げ続けていた。
アレンが余計な一言を最後に入れて、挙句介から即席冷水を浴びせられ。介はエルデが淹れた紅茶と悠里が作ったパウンドケーキを手に部屋を出て行った。
それほどまでに彼が感情を
なんとなくこうなるだろうなと思っていた鏡は、手に持っていたタオルをアレンに渡してやる。彼は慣れた顔で礼を言って頭を拭いていた。
悠里はやっと笑いを治めていたが、肩が震えたままだ。奏も息も絶え絶えで、まだテーブルに突っ伏している。パウンドケーキを食べたいのに食べられないから残していてほしいと言うほどに。
悠里が見かねて彼女の背中を
間違いない。悠里は少しどころか、半分近く腹を
今まで奏には、背負う以外触れることすらなかった悠里なのだ。彼女の頭を撫でたり、背中を擦ってやったりなどなかったはずだ。無理をするなと声をかけることだって、ある意味していたけれど……こんなにストレートに言うことはなかった。
何がどうなっているのだろう。アレンが頭を拭き終えて、はーと溜息にも似た大きな声を出してやっとはっとした。
「あいつ短気なの変わんねえー」
「あはは……介さんって普段からかう側だから。ああいう姿を見るのは、僕たちは新鮮だよ」
とっくに、アレンから敬語を抜けと言われていた鏡は苦笑いを浮かべて返す。途端にアレンから同情するような目を向けられるとは思わなかった。
「あいつにからかわれるって、お前ら相当なマゾだな。あいつオレらんとこじゃ、振り回される奴筆頭だったぜ」
「そこの悠里と組んでから、介さん、人をいじる楽しさ覚えちゃったみたいで……営業仕込みのよく回る口でからかってくるよ。ただ、昔の罪悪感からか、君相手にはからかえなくて怒るしかないんじゃないかな?」
アレンがむっと顔にしわを刻んだ。外人らしい
「へえ……? 罪悪感ねえ」
「一応、さすがにあると思うよ? あの人もただ単に鬼じゃないから……というか、素直じゃないからね」
きっと鏡たちの口から理由を言うことは、彼は
苛立たしげに鼻を鳴らすアレンは肩を竦めた。
「いらねえよ、そんなもん。あいつが持ってるってならそれこそぶった斬る。こうなるって覚悟して、あいつもオレらのこと切ったんだ。今さら後悔されても、あいつらのメンツが立たねえことされてるのと変わらねえよ」
「うーん……それについて異を唱えるつもりはないけど……」
エルデがすっと、口元からティーカップを離した。無表情に鏡とアレンを見つめてきている。
「ティータイムにそんな話は無粋です、もう一杯飲みます?」
「あ、わり。もらうー。とりあえず、一回悪役やったんならやり通してくんなきゃ、張り合う気になれねえってことだよ。あいつをわざわざ庇う必要もねえし、オレもそれでどうこう思われたって気にしねえから」
「確かに
きっとアレンは許さないのだろう。介のことを、一生。
……いや、そうだろうか?
どうして彼は、
隣で、御影が不思議そうに首を傾げているが、見る先はアレンではない。珍しいことに悠里だった。いつも様子を
ふと、悠里が苦笑いしている。
「純粋は悪いことじゃねえさ。けど、それなりに耐性持ってなきゃヤバいぜ? まぁ相手も純粋……いや、
純粋? 耐性? ――ああ、アレンくんが持ってきたエロ本の話まだ続いてたんだ。
「え? えと……相手、ですか?」
「まぁ、そーいうことされて嫌じゃない奴でも考えりゃわかるんじゃねえの? って、あー、これもわからねえか。ストレートに言うのはさすがに悪いしなぁ……どう説明したもんか……」
「あ、後で私教えますよ……異性じゃ教えづらいでしょ? なんとか教えて危機感持ってもらいます」
まあ、他にも男が近くにいたらと思うぐらい、御影は何も知らなさ
「危機感、ですか……? でも、鏡くん危なくなったら、守ってくれるって……」
突っ伏した。
テーブルに頭をぶつけた。
どうしてだろう。痛みがなかった。
御影が驚いている……なんだろう。頭も体も重くて動かす気になれない。
「きょ、鏡くん!?」
「ゴシューショーサマ。っと、卵やべえな、ストック溜まりすぎてやがる……今日はオムライスにするか……? となると米と野菜と
「いいですね、オムライス」
悠里も奏さんも現実逃避しないで。お願い。
というより、どうして自分は今脱力しているのだろう。疲労は溜まっていないはずだ。しかも先ほどから圧迫されたような、高鳴るような変な胸の違和感に戸惑う。
まさかこれは……あっ。不整脈!?
「オムライスか、いいよなー……ってうわやっべ! 戻らねえとどやされる!!」
「はは、またいつでも来いよ。
「マジで? サンキュー!」
ぱたぱたと足音が聞こえてくる。覗き込んでくる御影に、一瞬心臓が大きく
やっぱりおかしい。
「鏡くん……大丈夫……?」
「病気かも……休んでくる」
立ち上がる。足がふらつく。まずい、早くベッドに入らなければ、階段でこけたら洒落にならない。奏が生暖かく見上げてきた。
「そうねー。休んで解決しない病気ですけどね、それ」
「え、な、治らないんですか……?」
「ん? ってかそいつ、そこの女のこと好きなんじゃねえの?」
衝撃。
……視界が、木の色一色。
……あ。頭打ったんだ。
え、なんで。
「てめ、それみんなが言いたくて言えなかったことを……!」
「は?」
「も、もう何この人、あったま痛い……!」
「え、え?」
悠里が何事かアレンに耳打ちしているようだ。けれどアレンはというと、「はあ?」と大きな声。
「こんなわかりやすくて? どう見たってこいつのほうはLo――ふっぐ!?」
「日本人は
「ば、バカだわこの子……もう……!」
「あああああ、誰かこれどうにかしろよ!!」
「え、えと、え……?」
……。
Lo……Love? え……
僕が? 御影のことを? いやそん――
「だいたい俺が十年ぐらい自覚させようと頑張ってこれなんだぞ!? 最近
「ふぁふふぉふぁふぁふぃはふぉ……」
「鏡に自覚させようと頑張った年数だよ……!」
自覚? 自覚って……
息が、一瞬で止まった。
「きょ、鏡くん……痛くなかった? 大丈夫?」
やっぱり自分は……
「だいじょばない……重症かもだから休んでくる……」
不整脈だ。
「あれですら自覚してないだと……!?」
「御影ちゃんは逆に今のでわからないって……!」
後ろの言いたいことが何か考えられない。頭が回らない。無理。
部屋にのろのろと足を運んで、御影が後ろから心配そうに支えてくれるけれど、どんどんと脈打ちに違和感を覚える。
どうしたのだろう。今までこんなこと――あった、ような……
部屋の扉を御影が開けてくれた。黒髪が舞う、その後ろ姿に目を丸くする。
なんとなく。手を伸ばそうとして――止まる。
鏡くん大丈夫? 顔赤いよ、熱あるの?
休んで解決しない病気ですけどね、それ
そいつ、そこの女のこと好きなんじゃねえの?
いつか、必ず、あの従兄に好きな相手ができた時にやり返す――
……あ。
呼吸が止まりそうだ。
御影がひょっこり部屋を覗いている。介がもそもそとパウンドケーキを口に運びながら、机に向かっていた顔を驚いて向けてくる。
「あれ、どうしたんだい? 珍しいな、体調不良?」
「あ、えと、その……」
御影が事情を説明してくれる。その間にベッドへと足を運ぶも、途中で止まる。介が生暖かい顔で、机の上に置いていた本を閉じ、その上に皿を乗せると、紅茶と一緒に持って立ち上がった。
違う部屋に行きたい。誰もいない場所で落ち着きたい――!
「ああ、うん。そう。なら、おれ向こうで遺跡攻略を練るから」
え
「鏡くんのこと頼んだよ」
「あ、は、はい」
まっ
待って介さん、お願いです
待って!!
初めて介に救いの手を求めて手を伸ばしていた。けれど介はこちらを見ることなく、さっさと奥の一人になりたい時用の部屋、通称「
扉が、無情にも閉められた。
……。
待って。