「鏡くん、ベッド行ける? ……大丈夫?」
「……う、うん。一人で平気だから……み、御影、戻って大丈夫だよ」
顔を見れない。もう目を合わせられない。
けれど彼女は覗き込んできて、息が詰まる。
「大丈夫じゃ、なさそう、だよ……?」
「ほ、本当に大丈夫、原因わかってるから! 一人で対処できるから、ね?」
「え、でも……何かあったら……」
「一人で落ち着いてたほうがいいものだから、お願いだから、一人にさせてくださいっ」
心が痛む。落ち込んでいく彼女に申し訳ない。
けれどもうこれは、御影がそばにいると自分はまずいのだ。
理由がわかった以上、これは――!
「……う、うん。ごめんね」
「み、御影は悪くないよ……!」
申し訳ない。淋しそうに去って行く背中に声をかけたくて、手を伸ばしたくて。けれどそんなことをしたら自滅するのもわかってしまう。
黙るしか、ない。
のろのろとベッドに横になって、布団を頭まで
「悠里のこと、言えない……!」
わかってしまった。悠里たちがどうして、ああ言っていたのか。自覚しろと、ずっと言われてきたのか。
直球で言われなかったのも、言って自分が自覚しないだろうという諦めもあったのだろうけれど、それだけではなかったのだろう。
自分で気づくように、促してくれていたのだろうけれど――
心配してここまでついてきてくれていた御影の、淋しそうな背中が何度も頭にちらつく。
手を伸ばして、その後自分はどうしていただろうと考えると、もうダメだった。
ただ、御影をまた危険な目には……危険な目にだけは、もう
薄暗い毛布の中。手の平を見つめて、握る。
守らなきゃ。絶対に。
うとうととしていたつもりが、鏡の視界は真っ暗闇の中だった。いつの間に寝ていたのだろうか。部屋の明かりをつけていなかったせいで、毛布を剥いでも夜闇ばかりだ。
そっと部屋から出ると、もうアレンとエルデは帰ったようで、彼の声が二階にまで聞こえてこない。余計な一言をくれた彼に、正直一度だけ手合せに付き合ってほしかったのだけれど、仕方がない。
自覚していなかった自分も悪いが、彼には一度だけ拳を見舞いたかったのだ。あれで御影が
……今物凄い勢いで走っていく音が聞こえたけれど、なんだったのだろう。
ダイニングキッチンには明かりがついている。扉の
取っ手に手をかけようとして、鏡は手が止まった。
「悠里さん、楽しそう、です?」
御影――!?
どうしよう、普段の彼女は部屋で何かしていると思って降りてきたのに、まさかこっちにいるなんて思わなかった。止まった手のやり場がなくて固まってしまう。
「おー、楽しんでるぜ?」
あ、よかった。悠里がいるなら奏さんもいそう……なんとかなる、かな?
「ふふ、よかったです」
「いやよくはねえ」
「そうですか? だって、ちょっと嬉しそうみたい、だったから……前は、奏さんに、ちょっと不安そうだったかな、って思ったんですけど」
……。
奏さんの声、は?
「相変わらず鏡と同じで聡いな。俺自身の整理も少しずつついてきた、ってとこかな……まだ完全とは言えねえけど」
「大丈夫、です。悠里さん、人を大切にされてます、から。どうしていいかわからなくなっても、頼りないかもだけど、私たちが支えます」
…………。
「ははっ、サンキュ。俺があいつ……神崎≠ンたいに狂いそうな時は頼むぜ? 頼りにしてる」
……………………。
「って、んなこと言ってたら色々と命の危機感じるからここまでにしとくわ」
「命の危機?」
扉を開ける手が、震える。
本当……
危機感じなくてよかったのになあ――!
「おっと、そろそろ
大上段からの拳をかわされた。助走と跳躍の足音が大きかったかと舌打ちする。御影が目を丸くして、テーブルのそばで固まっていたが気にしない。
紙一重でかわされ、鏡は目を据わらせて従兄を
「……何、話してたの?」
「別に? 溜まってるなら介帰ってくるまで付き合うぜ? トリガーが何かはわからねえが、な」
にやりと笑んでいるということは、悠里にはもうばれたようだ。別にいいや、話が早く済む。
「きょ、鏡くん!? ど、どしたの? 具合悪かったんじゃ……」
大丈夫とだけ笑んで伝え、すぐに鏡の目は悠里へと向く。悠里の顔から
黒い
「全く、悠里のことからかえないよ……ってわけで、殴らせて?」
御影と二人っきりで話して。
しかも仲よく。
仲よく。
「きょ、鏡くん……? どうしたの……?」
「介帰ってくるまで稽古してっから、帰ってきたら呼んでくれ」
「は、はい……」
だからさあ――
笑みを浮かべる。にっこりと。
目は笑わなかった。
「今日はその余裕、
「上等だ、遺跡に向けて思う存分やってやる」
にやりと浮かべる余裕を残した笑みに、完全に目が据わった。
不安そうな御影が、そっと鏡の腕に手を乗せてくる。
「鏡くん……無理しないで、ね」
「無理はしないよ、軽くのしてくるだけだから」
「あ……う、うん……」
さすがに御影を怯えさせるつもりはなかったから笑顔を見せたはずなのに、彼女の手がびくりと震えた。そっと、御影の頭を
「心配しないで。大丈夫だよ」
「う、うん」
少しだけ落ち着いたらしい不安に、優しく笑いかける。悠里がチキンライスを入れたままのフライパンに
瞬間、目つきを変える。
「何話してたの」
「大した話してねえよ、仲間内な会話しかな。で? やっと自覚したってとこか?」
「ああ、うん。――お蔭様で、ね!」
拳。避けきれずに腕で防いだ悠里の顔が一瞬だけ引きつった。
「へえ、
右。
悠里の蹴りを跳躍してかわし、そのまま回し蹴りを見舞う。今度は身を引いて避けられてしまい、相変わらずのしなやかさに歯を
ああもう、苛々する――!
「お前スイッチ入りすぎてるぞ!」
「誰だろうね、そのスイッチ入れたの!!」
「俺!!」
「自覚してるなら大人しく潰されてくれる!?」
避けられる、蹴りが飛ぶ、こちらも避けて拳を叩き込む。
相変わらず背丈の割にすばしこい的に、何十回拳と蹴りを撃ち込んだだろう。昔からしぶとい悠里の顔色がかすかに変わりかけ、
頭の上から水が降ってきた。うっかり飲んだ鏡は咳き込み、悠里が「あーあー」と苛立った声を出している。
「介、何しやがった」
「それはこっちのセリフだよ。何家の前で本気の顔で
肺に水が入って痛い……!
背中を叩かれて、苦い顔で悠里の世話に甘んじた。一気に冷めた熱では無気力になる。
「あと卵焼くだけだよ、お前でもできる」
「はぁ……血が
「ああそう……って、今日は鏡くんからふっかけたのか。
意外そうな声に、悠里が耳打ちしている。鏡はむっとした。
「やっと自覚したところを
「ぶっ、そ、そんな理由だったのか……!」
「だろ? んでま、俺も責任あるから気が済むまで付き合ってたってとこ」
聞こえてるから。
介がおかしそうに笑んでいて、肩が震えないように努力していた。
「なるほどねえ。少しはすっきりできたかい? 鏡くん」
「はい、なんとか……」
正直まだ発散し足りない。けれど介が止める理由もわからなくはなかった。
庭がないことが初めて
それに……
「ただ、御影相手に攻略って、難しいんですよね……どう考えても」
溜息が漏れる。悠里からなんとも言えない顔で見下ろされた。
「お前、それストレス先払いじゃ」
「うん、そうだよ?」
「軽っ!?」
介がまた吹き出した。腹を押さえてまで大笑いするほどだっただろうか。
「あっはははははは!! そっか、それは邪魔して悪かったなあ。ご飯できてるなら存分にやってもらっててよかったのに、ごめんねえ」
「まだ玉子焼いてねえって。お前焼いてくれんの?」
「え、おれ?
その一言には、鏡も悠里も
「……お前、ほんと火使うってなったらダメだよな……」
「切るのは割となんとかなるんだけどねえ。気がついたら考え事して焦げてるんだよ、フライパンの中身が」
「はぁ……玉子焼いてくる。お前らシャワー先
言うが早いか、悠里は自分の服を、火の魔術で熱を放出し乾かしたようだ。詠唱で何度か
介が肩を
「だってさ。鏡くん先に行っておいで」
「あ、はい。そうします」
急いで家の中へと戻る。着替えを二階へと取りに行き、さっさとシャワーを浴びに浴室へと急いだ。
悠里と介は、少しして戻ってきたようだ。