境界融和世界の幻門ゲート

第02話 02
*前しおり次#

 
 
 魔術の詠唱の規則は、宿屋に戻ってすぐ、介が嬉々として教えてくれた。
 輝石の力でゲート化を防ぎつつ、幻門ゲートの開錠を命じる。輝石そのものが幻門の鍵の役割もになっており、属性に応じた力を発揮する。
 だから自らの門の属性を宣言する必要があり、輝石の名前も知る必要があるのだという。
 そして次に知るべきは――
「最大の注意点は、得意属性の相反属性に当たる属性の魔法は使用できないことだね。正確に言うと、使うと余りにも負荷が大きく、簡単な魔術でもゲート化がいちじるしく進むんだ」
「魔術にも難易度ってあるんですね」
「そうだね。簡単にいうと、大がかりだったり、複雑だったり……相手の抵抗の力を打ち負かすように力を増強することで、消費する精神力が違う、って感じかな」
 なるほどわからない。なんとなく言いたいことは掴めた気がする程度だ。
 とりあえず簡単な魔術というのは、風を吹かせるとか、火をおこすとか、そういった単純かつ小規模なものなのだろう。
 ……メールは、来ていないだろうか。
「簡単な風魔術と、あとは――まあ治癒魔術だけは念のため。どちらもイメージと言葉が合わなければ発動させられないから、頑張って」
「はい。ありがとうございます」
 ご機嫌に頷く介は、悠里に声をかけている。
「じゃあ出かけてくるよ。必要なもの買い足してくる。あとはよろしく」
「あ? 俺教えられる範囲少ないぞ」
「じゃあ教えなくてもいいよ? こっちに来て三ヶ月は経つのに、教えられること少ないんだねえ。何してたんだろうねえ」
 若干癪に障ったのか、悠里の目が微かに据わった。
 介はけらけらと笑い、悠々地雷を踏み抜いた相手を見ずに鏡へと目を移す。
 悠里の言いたいことはわかった。あれこれ一気に教えても自分が追いつけないだろうから、気を遣ってくれたことも。
「まあゆっくりしてて。あ、これ、おれの連絡先」
「ど、どうも……」
 鏡も自分の連絡先を急いで書いて渡す。介は笑顔で去っていった。つやつやとしていた。
「悠里、随分からかわれてるみたいだね」
「あいつたまに加減忘れてやがるからな。こっちも時々蹴ってる」
「そんな気がしてた。けど、買い物……するものあるのかな」
 悠里は肩を竦めて返してくる。
「大方、お前用の術書じゃねえの。こっちの世界は魔術用の呪文書は、比較的簡単なものなら共通で使えるように売られてるらしいぜ」
「なんだか、有難ありがたみが薄れるね……」
「難しい魔術を使いたいんなら遺跡にもぐれって話だからな。そんな酔狂なことする奴も滅多にいねえし、やってる連中は大半が俺ら異界の民と、この世界の冒険者ぐらいだよ」
 異界の民と呼ばれている、現実世界の出身者たちが遺跡に潜る理由は単純明快だろう。
 その呪文の中のどれかに、ゲート化せずに自分たちの世界に戻る方法があるかもしれないと踏んでいるから。
 今まで聞いた話を纏めていく中で、鏡は苦い顔にならざるを得ない。
「なんだかおかしいよ。どうして僕たち人間がゲート化してるのか……この世界に飛ばされた理由だってよくわからないし、帰り方もゲート化するしか方法がないなんて。まるで二つの世界を衝突させたい何かがいるみたいだね」
「否定はしねえ。俺たち現実世界出身者のほとんどが、それ感じてるぐらいだからな」
 ありえないことだとしても、他に可能性がないなら。もうその可能性を疑う材料にはなりえる。多くの人が同じ可能性を見出しているならばなおさらだ。
 鏡はスマホを取り出し、苦い顔になった。
 電波塔がないはずのこの世界で通じるスマホ。現実世界から知り合いが送られる度に座標を表示するGPS――
 通知LEDが点滅した。
 心臓を掴まれた思いで目を見開く。呼吸が止まる。
 思い出したように震える息に、悠里の目つきが変わった。
「誰かこっちに来たのか?」
「わ、わからない……」
 開いて、また誰かが巻き込まれたその現場を見ろと? もしこれが両親だったら、バカにし続けたとはいえ兄だったら……友人だったら、御影だったら。
 画面を開いた。ロックを解除する。
 通知されたメールの件数は、一件。
 開いて――机に伸びた。それだけで悠里も目が据わったようだ。
「介からか……」
「う、うん……けどなんだろ」
 メールを開いて読むと同時、悠里のスマホも震えたようだ。
『術書見つかったよ。よければ適当に服買ってこようと思うけど、勝手に選んでもいいかな? あ、荷物持ちで悠里借りるよ(笑)』
 た、介さん……。
「って、纏めてメール送れよSNSで……あ?」
 メールを開いた悠里の眉がしかめられる。すぐに立ち上がる彼に、鏡は怪訝な顔になる。
 ただの荷物持ちなら自分で持てとか言い出しかねないのに……。
「わり、ちょっと出てくる」
「介さんの荷物持ち?」
「……あいつ……あー、違うけどそんなとこ。後で蹴っ飛ばす」
 鏡も席を立つと、悠里が露骨に嫌そうな顔をした。
 大当たりだ。厄介事が来たに違いない。
「僕も行くよ。僕に関する荷物なのに、人任せっていうのもね?」
「お前はここで残ってろ」
「行くよ。あと僕、悠里より足早い自信あるから、こうとしたって無駄だよ」
「……力技はしたくねえから言ってる。残ってろ」
「どうせこの世界にいる以上、いつかは巻き込まれるんでしょう? ここで言い争ってる時間があるの?」
 ついに悠里が黙り込んだ。
 舌打ちをしたそうな顔で睨まれても動じる気はない。鏡に苦い顔で、悠里は溜息をついていた。
「自分の身ぐらい自分で守れよ。介が使ってた魔術ぐらいはわかるか?」
「うん。ちゃんと頭に入れてる。足手まといにはならないようにするよ」
 後悔するかもしれねえぞ。
 そう零す悠里が今まで、この世界でどう過ごしてきたのか。
 なんとなく垣間かいま見えた気がした。
 
 
 介から送られた、彼のスマホから発せられるGPSの履歴を頼りに悠里が先行している。鏡は周囲にそれらしい人物がいないか探しながら追従する。
 路地をいくつも通り過ぎ、東響の街並みが本当にごちゃまぜだと再確認した。洋と和が混在し、時代も滅茶苦茶。まるで東京の中世から現代までを凝縮したような建物の混在ぶりに目が回りそうだ。
 悠里がスピードを上げた。それでも鏡は容易たやすく追いつける。
「近いの!?」
「ああ、喧噪けんそうも聞こえてきやがった!」
 耳をませる。大通りから路地へと進路を変える従兄を追って、目を見開いた。
 息を切らした少年が、顔を真っ青に走ってきて鏡とぶつかる。
「うわっ!?」
「わあああああっ!!」
「おい大丈夫か? ――坊主、お前もしかして変な術使う兄ちゃんと一緒じゃなかったか?」
 慌てて顔を上げる少年は、茶色い目を丸くしている。
「う、うん! もしかして悠里って人!?」
「やっぱりか……! あいつはどっちに逃げた?」
「わ、わかんない、でも……僕の石取られちゃダメだよって、言ってて……逃がしてくれた……へ、変なおじちゃんたちが追いかけてきたんだ! それで兄ちゃん、逃げろって……!」
 悠里が舌打ちする。現状を聞いてよくないことなのは目に見えている。
「お前ら、リトシトさんのとこに行け。あの人ならかくまってくれる。鏡、ここを真っ直ぐ引き返して」
「わかってる、道は覚えてるよ。悠里も無茶しないで」
「ああ! くそっ、最近多すぎる……!」
 多すぎる?
 悠里の言葉に引っかかったも、急いで少年を連れて走る。路地裏へと飛び込んだ悠里が、そのまま喧噪に乱入したとわかった。
 少年は泣きそうな顔で追いかけてくる。
「な、なんなの? ここ変だよ、なんであんな変なの使う人たちがいるの!? お父さんは、お母さんは!? 僕帰りたい……!」
「……そう、だね。帰りたいよね……今はとにかく逃げよう、お父さんとお母さんに会うためにも」
 ほかにどう言葉をかけてやればいいのか、わからなかった。
 切れかける息を呑み込む。武道をそこそこにしかやらず、体力がない自分を初めて恨めしく思う。パステルカラーの一軒家を見つけて、鏡はほっと一息つきかける。
「あったよ、あの家!」
『輝石の鑑定店 エレス』の扉を勢いよく開ける。乱暴に開いた扉に店内が一瞬で静まり返り、肩で呼吸する鏡と少年を見て、ガレナが目を見開いた。
「あ、あれあれ? ブラックスターのお兄様と一緒にいた男の子? え、えっとどうされました?」
「一応言いますけど僕十六です! ってそうじゃなくて、この子をお願いします、匿ってください!」
「え、ええええええ!? どゆこと!?」
「説明してる時間ないんです、悠里たちのところに戻らないと――」
 緑の輝石、マラカイトを取り出す。少年が怯えた表情でしがみついている手をそっと放した。申し訳ない思いが込み上げる中、しゃがんで彼と目線を合わせる。
「大丈夫、ここの人は味方だから。終わったら迎えに来るからね」
「……う、うん……あ、あの! お兄ちゃんたち、石を取られないように気をつけて! あの人たち、他の人の石を取ればゲート化が大丈夫になるとか何とか言ってたんだ、あのお兄ちゃんは嘘だって言ってたけど……!」
「石を――? わかった。教えてくれてありがとう」
 昔自分がしてもらったように、頭をでてなだめる。
 すぐに店から飛び出した鏡は、息を深く吸い込んだ。
 大丈夫だ。昨日の呪文は確かに聞いている。自分が魔法の力を使えるなんてまだ半信半疑だけれど――
 やらなければそれこそ、ただのお荷物だ。
「開け、幻門ゲート。我が門は風。マラカイトの輝石をもって、力をここに具現する」
 組み合わせの推測なら得意だ。悠里の呪文と、昨日介が使っていた呪文の形をそれぞれ思い浮かべる。
 詠唱の中の異なる点は二か所。それぞれが使っていた属性と、本人たちが元々持っていた属性との相違を考えると答えは簡単に出てくる。
 けれどまだ自信はない。ないからこそ
 失敗しないで……!
顕現けんげんせよ、風。我に疾風の加護を与えよ!」
 輝石が輝く。淡い緑の光が風をともなって旋回する。
 一歩を踏み出して、次の瞬間にはもう駆けていた。
 介に回復の魔術を使わせたくない。悠里だけで、たった二人で戦える人数とは限らない。
 間に合え
 間に合え――!


ルビ対応・加筆修正 2020/11/22


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