境界融和世界の幻門ゲート

第03話「守るべきは何か」01
*前しおり次#

 悠里と別れた路地裏に到着した。GPSで悠里の居場所を探れないか試したが、こんな時に機械音痴な自分をまたうらむ。
 石をちらりと見やると、色は全くにごりがない。自分と相性のいい属性であればゲート化は進まないという話は本当なのだろう。
 手持ちの手段で探せないなら、あとはしらみ潰しだ。往来の人々が行き交う中で、まだ魔術をさほど使えない事実はできるだけ隠したい。あの少年の言葉が本当なら、まだこの世界に来たばかりの人が狙われるのは必然といえる。
 路地裏に飛び込み、石をポケットに隠す。
 十字路、十字路、T字路に三叉路さんさろ。いくつ分岐点を過ぎたかわからない。あんなに近かったはずの喧騒けんそうはどこに消えただろう。
「悠里、介さん――!」
 音を繊細せんさいに聞き取れる魔術があったなら。
 辺りを見回して、見回して――スマホが震え、目を見開く。通知画面からメールアプリへと移動させてあっと息を呑んだ。
 メールが二件。一件は間違いなく、フォルダ分けをしていたからわかる。悠里だ。
 急いでメールを開くと、GPSを起動させるアドレスを貼りつけたという簡素な内容が書かれて、URLが記載されている。躊躇ためらわずに開いて、鏡は自分の現在位置も同時に表示された地図アプリに拳を固める。
 これなら探せる。路地を三つ挟んだ先だ。次の十字路を左に折れて、悠里たちの進行方向を確認する。
 追跡しているスマホの位置が、路地を走り抜けている。時折折れている所を見るに、恐らくは追われている。となると自分は悠里たちの前に出るのはまずい。敵と認識されたら互いにいい結果にならない。
 後ろから追いかけて魔術を放ったほうが――いや、攻撃性のある魔術は、悠里が使っていた一つしか知らない。風属性以外を今むやみやたらに使うのは避けたい。
 行動は決まった。
 悠里が次に行きそうな路地へと先回りする。GPSを見ると、悠里は一本先の路地をこちらに向けて走ってきている。
 それなら。
 路地を走り、十字路の手前で止まる。足音に耳をませる。
 追いかけている足音も多々聞こえてきた。鏡はマラカイトを握り直す。
「もう一回頼むよ……!」
 石を手の平の上で転がす。息を吸い込む。
 悠里たちの声が聞こえてきた。はっきりと声を出せるよう口を開く。
「開け、幻門ゲート。我が門は風。マラカイトの輝石をもって、力をここに具現する」
 一瞬足音が止まった。けれどその音は再び速度を上げて近づいてくる。
 鏡は十字路へと踊り出、悠里と介の姿をはっきりと捉えた。鏡の手の中で深緑色の石が輝き、介がぎょっとしている。
「なっ――」
「また新手か!!」
 彼らの後ろから上がる声にまずいと顔を引きつらせるのは介だ。鏡は冷静に状況を判断して、笑んだ。
 かかった!
顕現けんげんせよ、風。我らに疾風の加護を与えよ!」
 風があふれる。悠里と介、そして鏡を包み込む。悠里がにやりと笑んで介を先に行かせ、後ろへと転身した。
「開け幻門。我が門は闇。ブラックスターの輝石を以て力をここに具現する。顕現せよ、闇。意志を砕く暗闇となりて、彼の光を奪い去れ!」
 影から黒が生まれる。悠里たちを追いかけていた男たちが悲鳴を上げ飲み込まれていく。鏡のそばへと駆け寄った介が困惑して見下ろしてきたではないか。
「鏡くんどうしてここへ!? 危ないぞ! それにあの子は」
かくまってもらいました。それより二人とも、石は!?」
「大丈夫だ、どっちもゲート化はそんなに進めてねえ!」
 そう言いながらも、介は傷だらけだし、悠里も痣がいくつか見られる。暗闇から光が放たれ、悠里は舌打ちしていた。
「くそ、あっちは光属性の奴でもいたか?」
「――詠唱が聞こえなかったな。やっぱりゲート化しているのか……それとも実力者か。どっちにしても厄介だね」
 ゲート化だって?
 耳を疑う鏡の前、男が三人ほどこちらを睨んでいる。
「石を寄こせ……!」
「誰に言ってんだ? 自分の石ぶち壊れたからって、他人の石で代用できるわけねえだろ。自分のもの以外の輝石を使ったらどうなるか知らねえのか? だいたい、石壊した時点でゲートに飲み込まれて人の姿を保てなくなんだぞ」
 鏡はぞっとして悠里を見上げた。介も苦笑いを浮かべている。
「まあ、知ってたら最初から狙わないだろうけどねえ。頭がゆるい連中はこれだから止めるのも面倒だよ。まあ、もうゲート化完了済みらしい君らじゃあ、カウントダウンは目に見えてるかな? おめでとう、現実に帰還できるようだね。植物状態のまま」
「う、嘘だ、石さえ手に入れば俺たちのゲート化は解けるんじゃ……!」
「大方、魔術を使いに使って、この世界で好き放題やってきたんだろう? 石に見放されるのも当然だよ。他人の命を奪って得た代償がそんなに欲しいならやってみるかい?」
「介!!」
「――冗談だよ」
 自らの輝石をちらつかせた介へと、悠里が怒りをあらわに制した。うろたえていた男たちの中で、一人だけ腹をくくったように睨んでくる。
「来たくてこの世界に来たわけじゃない! ゲート化したって、こっちで寝てる間しか帰れないんじゃあほかにどうしろってんだ! 殺されるなんてぴらだ!!」
「そ、そうだ……俺たちはあっちの世界でずっと苦しめられてきたのに、なんでこっちでも……」
「はっ、そりゃこっちに飛ばされた連中で、一度も考えたことねえ奴はいねえな」
 全くだねと、介は肩を竦めている。
「そうやって悲観にかまけてやってはいけないものを、『仕方ない』を言い訳に好き放題やったのは君たちだろう? この言葉を知らないのかな? 因果応報だ。君たちがやっているのはストレスを言い訳に人に暴力を振るうことを正当化しているようなものだよ」
 ラリマーの輝石が輝く、悠里が微かに顔をしかめたが、それも気のせいだったのかもしれない。
 彼は鏡を一度だけ見やると、男たちを睨みつけていたのだから。
「さあ、ジ・エンドだよ。悪いけどおれたちはこれ以上、二つの世界を侵食させる気は毛頭なくてね。――生きる方法を別に探してさえくれていればこんなことにはならなかったけど、人の命を軽々踏みにじる連中に明日をくれてやるほど善人ではないんだよ」
 まさか。
 目を見開いたその時にはもう、男たちのほうから動き出している。
「開け幻門! 我が門は火――」
「開け幻門。我が門に応えよ」
 今までと違う詠唱!?
 突っ込んでくる二人の男へは、悠里が応戦している。
 介の口から出た言葉を聞き取ったのか、魔術を放とうとしている最後の一人はうろたえていた。
「な、なんだその詠唱……!?」
「輝石の真価を顕現する。その真価、解放。上位の幻門よ顕現せよ」
 男たちの足元から波の音が響く。悠里が素早く後ろに下がる中、ラリマーの輝きは目が痛いほどになっている。
 目を射る光に呻いた鏡に、悠里が名前を呼んでいた。
「見たくねえなら見るな、覚悟があるなら見届けろ」
 その言葉だけで、全てに気づいてしまう。
 鏡は硬直する体を奮い立たせるように爪を立てて、固唾を飲んだ。
 自分で言ったのだ。
 どうせ巻き込まれることになるなら、自分で知っていくと。
「我、弊害へいがいとなりし意志なき亡者もうじゃを太平の海へと還す者」
 男の足元から波がせり上がる。水が男たちを飲み込んでいく。水が柱状に立ち上り、水の中で男たちがもがき苦しむ。
 その口から溢れる気泡が、上げたかったのだろう悲鳴を飲み込んで、弾けて、消えた。
 泡が小さく、途切れていって――
 水柱がやっと、重力に逆らうことをやめて地面に落ち、流れていく。
 三人の男たちは、目をき出して、空気を求めて上げていた手をだらりと地面に投げ出していた。
 介は深呼吸して、胸元に手を当てて目を閉じる。
 冥福を祈るように。
 振り返ってきた介は、じっと亡くなった男たちを見つめる鏡の強張った顔に、申し訳なさそうに笑んでいた。
「――まだ、君に見せたくはなかったんだけどなあ」
 ただ、首を振った。
「覚悟は……してたつもりです」
 本当に、していたつもりだった。
 つもりだっただけだ。
 実際に見てこんなに震える自分がいる。悠里にあれだけ啖呵たんかを切っておきながら、大丈夫だなんて言葉全く出せない。
「……もうこの人たち、現実世界じゃ……植物人間、なんですか?」
「そうなるだろうね。もう彼らは助けようがないところまで、自分で踏み込んだんだ。当然の末路だよ。――おれのこと薄情だと取ってもらっても構わないよ」
 今度こそ、しっかりと首を振った。
「他の道があるなら……介さんも悠里も、探していたと思います。それにこの人たちが、あんな小さな子も襲ってたのは、事実ですから。噂に流されていても、見失っちゃいけないものがあると思います」
「――まっすぐだなあ。リトシトさんが言うわけだよ」
 そんなことはない。
 今でもこんなに、手は震えている。
 正直怖い。表情を変えずに人をほうむった介も。それを黙って認めた悠里も。
 けれどそうしなければ誰が次に狙われていたのか。そう思うと、正しい、正しくないで考えることはできなかった。
 あの男たちが守りたかったものは、自分たちの命。
 そして悠里たちが守りたかったものは――狙われていた人々の命だ。
 介が困ったように笑んでいて、鏡は申し訳なかった。
「けど驚いたよ。いつの間に魔術を?」
「詠唱の仕方に規則があるだろうと思って、二人が使っていた詠唱の規則を考えたんです。あとは自分の属性と絡めて使えば行けるかなって……」
「……失敗するかも、とは思わなかったのかい?」
 それには、思わず照れ笑いを浮かべた。
「自信はありませんでした。けど、何もしないことだけは考えられなかったので」
 少しだけ、介の黒の目が見開かれた。
 また見慣れた緩い笑みは、なんとなく、作ったもののようにも見えてくる。
「大した行動力だよ。さすがどこぞの警官の従弟さんだ」
「そりゃどーも」
 肩をすくめた悠里に、介はおかしそうに笑っている。
「鏡くんほど素直なら、後は言うことないんだけどねえ」
「こいつは素直っていうより純粋なんだろ。あと鈍感?」
「鈍感!?」
「ぷーっ、はははっ! そう来たかあ!」
「え、ちょ、待って悠里、なんで僕が鈍感なの!?」
「ほらな、気づいてねえだろ」
「ああうん、そうみたいだねえ」
「むしろ介さん何を知ってるんですか!?」
「え? ……それは、ねえ?」
「え!?」
 はぐらかされた。
 しかも悠里のにやりとした笑みと相まって、物凄く不敵だ。
 二人揃って何かのスイッチが入ったかのようにいい笑顔だ。
 どういうこと。
「い、いったい悠里に何を吹き込まれたんですか!!」
「俺限定かよ」
「他にないよ!」
「ごめん、昨日の会話おれ起きてたんだよ?」
 昨日の会話?
 むしろそれで鈍感ってどういう……
 


ルビ対応・加筆修正 2020/11/22


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