紫色の体毛。今までと比にならない巨体。
振り返った介が絶句している。鏡たちも思わず固まる。悠里が素早く足をほぐし直した。
「――は」
「守護者ってか?」
「あからさまに本陣だっていうのはナンセンスだよね……」
拳を構える鏡へと、魔物が手を持ち上げた。獣の一撃を
持ち上げられた手が、ひらひらと横に振られた。
『あ、いいんでそういうの。ごめんねー守護者になってるから見た目おっそろしいけど、大丈夫大丈夫。一応これでももう死んでるんで』
……。
え、今どこから声がしたの。
魔物? 魔物だよね……
……魔物……
「は?」
「えっ!?」
「ほう?」
御影や奏も、どういうことか測りかねているようだ。介に至っては、一番魔物に近かったからか、あんぐりと口が開いている。
魔物の手がさらに高く持ち上げられた。鏡が身構えて介の前に出ようとしたも、魔物の手はそのまま自身の後頭部をがりがりと
……なんなのだろう。このゆるい魔物。
『いやだからね、元々君らと同じ異界の民だったんだってー。遺跡で死んじゃうとこうなる人もいるんだって、実体験で初めて知ったんだよ。どうしよっかこれ。めっちゃ困ってるんだよねーあっはっは』
「こ、困ってなさそう、です……」
「絶対困ってないですよね……」
「なんか介が二人いる気分なんだけど……」
「おれはここまで楽観思考じゃないっ!」
……えっと、介さん。多分悠里、介さんの営業口調のこと言ってるんだと思います。
魔物――というより、体だけ魔物となったらしい、恐らく少年だろうやや高い声の人物は、頭をゆらゆらと揺らしている。
『えー傷つくーう。ってわけで何がほしいの? ついでに俺が帰る方法知ってたら教えてくんね? 帰りたーい帰りたーいあったかハウスに帰りたーい』
「だああああああちょっとは黙れ!!」
「……あの……口調もだけど……人格まで壊れてるわよね……」
「アレンくん
奏でなくても言葉が出なくなりそうだ。御影が後ろにやってきて、恐る恐る魔物を見上げている。相手のリーチを考えると、万が一があると怖いから、そばに来るのはまずいと思ったが……
もう、この魔物がそんな気を起こすほうが凄いと思えてきた。悠里の拳が隣で震えている。
「この蹴飛ばしたい感がすげえ似てるわ……帰りたいって思うと帰れねえんだよ、定時過ぎてもサビ残させられるみたいにな!!」
「非常に実感がこもっていますね」
エルデは自営業だから、残業なんて経験はないだろう。魔物が深々と頷いている。
『あっ、それすっごいわかるー。サビ残一番やってらんないんだよなー。意外だなー、君社会人だったんだ? うわー、生きてたら酒飲んで
「酒は好きだがお前とはなんとなく語り合いたくねえわ……めんどくせえ」
しかもまさかの成人だった。奏が恐る恐る挙手している。
「あ、あの……ここ、遺産みたいなものってあるんですか?」
『ん? ああうん、あるよ。魔導鉱がそこらへんに転がっててねー……あと術書がそこらにあるんだよ。でねー……あと何があったかな、俺の仲間がなんとか攻略した時は、他にもあった気がしたんだよなあ……』
途端にエルデが走った。鏡も目が光って、魔術書がないか辺りをくまなく見渡す。
これで新しい魔術を見つけられたら、ちゃんと力がつくだろうか。
奏がもう一度詠唱をし、鏡とエルデの持ち物を光源とする光の魔術をかけてくれた。体育館のような広い空間をくまなく照らせるようになる。
魔物が腰を上げ、進みやすいよう開けてくれた。通路の後ろに魔術書と鉱石を見つけて目を輝かせる。
「介さん、ありましたよ、魔術書! ――あれ?」
思わず喜びを隠せず振り返ったも、介は何やら考え込んでいるようだ。何か
御影が微笑ましそうにそばに寄ってきて、鏡は思わずはにかんだ。
「よかったね。魔術、沢山増えそう」
「そうだね。これでみんなの手助けができるといいんだけど……」
「……なんかあったのか?」
悠里が奏へと声をかけている。彼女のそばに落ちていた何かを拾い上げたようだ。奏があっと振り返っていて、魔物も不思議そうに首を捻っている。
「あ、これなんですけど……魔術じゃなくて、誰かの日記みたいなものみたいで……」
「日記……? 貸してみろ。この布のこともわかるかもしれねえ」
『んー? それ俺の仲間が来た時にはなかったよ? ――その布も何?』
介は思案に
「大量です」
「……その遺跡に置かれているものは、基本変わらないはずなのにな……」
「うーん……イレギュラー……ですかね?」
めぼしい書物は大方拾い終えた。声をかけるも、介はまだ考えているようだ。
「前は魔術書じゃなかったはずなんだ。大きな魔石が台座に据えられていて、それに触れてみんな魔術を覚えたっていうのに……なんでこんなに最奥の中身だけ違うんだ……」
ここに元々あったのは魔術書じゃなかった?
鏡は御影と顔を見合わせる。エルデも無表情ながらにツインテールがかすかに動いた。
言われてみれば妙かもしれない。罠は全て介が知っていたようだった。この最奥の遺産だけ変わるのは、彼が違和感を覚えたのならおかしいことなのだろう。
「なるほど。私が武器をメンテナンスした冒険者たちからも、同じ遺跡に踏み込んだ場合は同じものしか手に入らなかったと聞いたことがあります。新しい資源を望む場合は無駄足になるので、別の遺跡の情報を探していると」
「ああ。同じ遺跡に
けれど……介自身が言っていたはずだ。遺跡は生きていると。
魔物が悠里と奏の後ろから、二人が見つけたものを覗き込んだようだ。
『うーん……ああ、それは……ああ……』
「……まさか、お前の? それかお前の仲間の……か? なら読まないでおくが……プライバシーもあるだろうし――」
魔物を振り仰いだ悠里は、目を見開いた。
部屋を揺さぶるかと思うほど大きな一声に、御影が怯えて鏡の服を掴む。
悠里が
「まさかこの日記がトリガーかよ!?」
「え、うそ……!? でも日記を見た時は、そんなことなかったんですよ!?」
「じゃあ他に何があるってんだ……!」
爪が振り上げられる。悠里と奏を狙ったそれを、二人とも素早く避けきった。介が苦い顔でボウガンを構えている。
「
介へと向けられた爪を、素早く詠唱した彼の氷壁が防ぐ。勢いを殺したはずの相手の爪が氷にヒビを入れ、介を絶句させた。ぞっとした鏡は鞄を放り投げて魔物へと接敵した。
「介さん逃げて!」
破砕。
砕かれた氷の破片が青年へと降り注ぐ。魔物の背中に一撃を入れたのに、魔物は動じた様子がない。御影が慌てて奥へと下がり、奏が
「ああもう! 戦わずに済んだと思ったのに……!」
「
優しい光が鏡たちを包み、一瞬輝いて消えた。衝撃を軽減する魔術と気づいた悠里が、苦い顔で奏に近づいている。
「日記貸せ、何か手がかりないか確かめる。わり、お前ら前衛頼む」
「え、ちょ、悠里!?」
エルデが打刀を構えた。御影を守るべく、中堅に入る彼女が声をかけてくる。
「……やりましょう、抑えるぐらいはできるはずです」
「みなさんお願いします――!」
「……輝石の
「はい――!」
介の様子がおかしい。焦りを
魔物が腕を振り回し、鏡と奏はなんとか距離を取って凌いだ。背後に回り込んだ鏡の一撃でも揺るがない魔物に、目を見開く。
ただの打撃じゃダメか――できればあまり傷つけずに終わらせたかったが、仕方ない。
「奏さん、エルデさん、威力上げます!」
「任せてください」
一瞬で後ろに下がる。こっそりしていた練習の成果を出すべく、すっと息を吐き出して吸った。
「開け
速く、速く。噛まないように。
「顕現せよ風――刃たる風よ、我らが力となれ!」
鏡と奏の手足に、エルデの刀に、悠里の足に。そして介のボウガンを風が取り巻く。
奏が魔物の爪を飛んで避けて腕を蹴り飛ばし、
介を見やってはっとする。
状況確認しようと動く目が
「介さんは落ち着いてください!! イレギュラーなら、それを取り払う方法を考えられるのは介さんだけですよ!」
「――言ってくれるな」
やや強張った笑みを浮かべる介の目から動揺が消えた。破壊された氷の壁を睨み上げ、すぐに魔物へと目を向けてくれる。鏡も前線へと戻って
「からかいたいのは山々ですけど、帰ったらアレンくん呼びますからね!」
「まったく、そういうところはさすが
「
蹴りを脇腹に叩き込む。ボウガンの矢が敵の腕へと突き刺さり、裂傷を与える。鏡はちらりと悠里を見やった。
あとは悠里が分析している日記に手掛かりがあれば――
「開け幻門、我が門は闇。ブラックスターの輝石を以て力をここに具現する。顕現せよ炎。聖なる
黒い布が燃え上がった。焼き切れる色はやはり黒。炭となった破片が宙に舞うも、魔物の攻撃は治まらない。悠里が焦りを
「チィッ……日記にまだなんかねえか探る! わりいけどもうちょい頼む!」
後ろへと勢いよく倒れ込もうとした魔物にぞっとし、左右に散る。衝撃で床が揺れ、踏ん張ったところを魔物の腕が振り下ろされ、鏡は目を見開いた。
転がって避けようとしたも、足に激痛が走って
「鏡くん!?」
「大丈夫――! 御影は距離を取って!」
まずい。振り下ろされた腕を避けきれなかったのか、左足をやられた。
走るなんてとてもではない。起き上がろうとする魔物へと、奏が距離を取って詠唱を始めている。
「下がります――開け幻門、我が門は光……えっ」
魔物の左腕が、奏を吹っ飛ばした。床を転がる奏を見、御影が一度だけ
「
短縮詠唱!?
輝石の色が濁りやすくなるのに――そう思った直後、奏へと振り下ろされた足から、御影が作り上げた岩の壁が守りきった。介が目を
「くそ……! 上位の魔術を使う、気をつけてくれ!」
「なんかねえのかよ、こいつが意識取り戻せそうな情報とか……っ!!」
起き上がろうとする魔物の
軌道は丸見えだ。
「遅いっ!」
足をやられかけていても
「開け幻門、我が門は地。グリーンアンバーの輝石を以て、力をここに具現する。顕現せよ生命。大気を舞いし精霊の唄声、かの者らの傷を
足の痛みが消え去る。奏が呻いて、悠里が歯を食いしばっている。
「開け幻門。我が門に応えよ。輝石の真価を顕現する。その真価、解放。上位の幻門よ顕現せよ。我、
巨体を水柱が
「嘘だろ……もう随分と攻撃は与えてるのに」
介のラリマーも色が濁り始めている。このままでは誰かが致命傷を与えられかねない。輝石が壊れてもおかしくない。
何か手はないだろうか。何か――
ごめんねー守護者になってるから見た目おっそろしいけど、大丈夫大丈夫。一応これでももう死んでるんで
目を見開いた。
「御影、アンデッドにダメージを与えられる魔術を!」
「
「それお願い!」