境界融和世界の幻門ゲート

第22話 02
*前しおり次#

 すぐさま御影の詠唱が始まる。悠里が苦い顔で日記を投げ置いた。
「無理、俺も参戦する」
飛炎ひえんっ」
 イドラ・オルムの民ならではの、無詠唱で放たれる魔術が炎となって魔物の腕を、足を焼く。かすかにヒビが入る魔石をポケットにしまって、エルデが刀を振り上げた。
 刃が背中を切り裂く。随分とつけたはずの傷を抱えても、魔物はまだ立ち上がっている。
「――命の摂理せつりきたるべき者に永久とわの安寧を。輪廻りんねの光よみちびけ、生命の讃歌!」
 御影の詠唱と共に、白い光が大地を滑るように広がって――
 予想が当たった。魔物の動きが止まり、苦しみ始めた。
 標的が御影へと変わった。
 鏡は素早く彼女を抱えて飛びずさったその時、一撃が床を割った。
 奏が苦しそうに呻いて起き上がる。現状がよく見えなかったのか、岩の影からうように出て目を丸くしている。
「あ、あれ……!? 風見さん……楯山さん……魔物の後頭部……!」
 え?
 奏の声に反応し、振り返った魔物の後頭部には何もない。悠里が目を丸くし、にやりと笑っても、何を見つけたのか全くわからなかった。
「え……いったい何が……?」
「なるほど、な。影縫いは多分効かねえ。一発勝負だ。鏡、御影! 生命の術でギリギリまで削ってくれ!」
 鏡と御影は顔を見合わせ、すぐに頷き合って魔物を見据える。彼女をそっと離して、鏡は前に立った。
「はい!」
「わかった。前もおろそかにしたくないから、生命属性のエンチャントで僕がなんとかするよ」
牽制けんせいは私が撃ちます。本命は楯山さんが」
 エルデが再び魔石を手に、詠唱もなしに魔術を撃った。魔石がひび割れていくも、イドラ・オルムの民である彼女はゲートになることがない。介も頷き、ボウガンを手に矢を撃つ。
「打開策があるなら任せるよ」
「後頭部になんか根付いてる。それを取り除くか燃やすかすればなんとか……」
 根付いてる? そんなものどこにも見えないけれど、奏と悠里どちらも見えていたなら間違いはないはず――
「わかった。君にけるよ――攻撃魔術を使う! 動きは封じれない、前衛は気をつけるんだ!」
「はい!」
 悠里が魔術で自らに火の属性を纏わせた。
 鏡も素早く自身に生命の属性の力を纏わせて、魔物へと接敵する。気づかれる前に死角から殴りかかり、蹴りを食らわせる。飛び上がって背中を殴りつけた。追い打ちをかけるように光の槍が魔物の足を穿うがち、立ち上がれなくした。
 しもが魔物の体を覆った。一気に成長する氷の刃が魔物を切り裂き、傷口に白い波がみ渡っていく。
 白い光の波が三回、四回――五回。
「――生命の讃歌! ……も、もうこれ以上は、撃てないです。怪我した人を、治せない……!」
 十分だ。
 魔物が立ち上がらない。これなら――!
「悠里!」
「こっちだ、ばーか!!」
 跳躍ちょうやくし、炎を纏った従兄の蹴りが、魔物の後頭部を一気にかしがせた。
 火が、不自然な流れを描いて燃え上がる。木の根を燃やすような動きに目を見開いた。
 火が消えた。魔物の額から、緋色の光を放つ大きな魔石が転がり落ちる。
 途端に止まった魔物の動きに、一同は固唾かたずを飲んだ。
 きょろきょろと周囲を見渡す魔物は、動きが穏やかだ。
『……? あれ、どうしたの? って、わあ』
「あっ」
 魔物の体が透けていく。魔物が体を見下ろして、一同を見渡した。
『そっか、やっと俺も帰れるんだ……なんかよくわからないけどありがとう、ばいばーい』
 消えた。呆気なく、そっと。静かに。
 ……なんとか、なった。疲れを隠せず座り込む鏡へと、御影が近づいて無事を確認してくれた。頷くと、彼女は奏へと急いで走っていく。奏はまだ、傷が塞がっても動けないようだ。恐らく頭を強打したのだろう。
 今は御影に任せよう。この調子では鏡も頭を回転させられている自信がなかった。
「この間の熊もどきの、意識あるバージョン……だったのかな?」
「それにこの魔石……初めて見る禍々まがまがしさですね」
 魔物の額から落ちた、拳大ほどもある石を手にして、悠里が苦い顔をしている。見上げているエルデは、魔石をじっと見上げているではないか。介が疲れた顔で頷いている。
「……やっぱりシャッフェンさんもこのタイプは初めてなんだね。魔物の中にはそれを生成するものがいるみたいなんだ。そいつに限ってどうにも強さがけた違いなんだよ……五人がかりでやっと倒せるぐらいなんだ」
「ええ、初めて見ました……これで武器を作るのははばられますね。呪いのこもった武器ができそうです」
 悠里へと目を向けると、彼はまだ顔色が悪い。
「……悠里?」
「なんだったんだ、ありゃ……つーかあの声一体なんだってんだよ……ふざけやがって」
「声?」
「その話も含めて後でする……とにかく休みが必要だ。ここは魔物湧かないのか?」
「ああ、うん。本来湧かないはずだよ。――あ、これだ!」
 珍しく大きな声を出す介に、御影が驚いて振り返っていた。傷を治癒する彼女の輝石の光が途切れ、奏も不思議そうに目をやっている。
 最奥に、今まで見当たりもしなかった台座が置かれている。
 卵のような形に磨き上げられた、一抱えもある大きな魔石が、七色の光をたたえている。台座は大理石を彫って作り上げたように磨き抜かれており、それでいて、どうやって魔石を収めたのかわからないほど継ぎ目がない。魔石を装飾じみた大理石の腕にぴったりと収めていて、魔術でもこんなことはできないように感じられる。
「これだよ、おれたちに上位魔術を教えてくれる、魔石の台座。どうして気づかなかったんだ……」
「幻覚の一種だったのかもな。それか視線誘導の技術か……まぁなんにせよ、結果オーライじゃねえの? 課題も見えてきたし、な」
 魔物がいないなら、今のうちに奏の具合を確かめたほうがいいだろう。彼女のそばへと近づき、簡単に状態をた鏡は、顔色の悪さが失血によるものではないとすぐに見抜いた。
 御影に礼を言う声も弱々しいのだ。いつだったか、彼女がここまで弱っていたことがあったような気がする。
「まだ顔色が悪いのでしばらく安静にしててください。介さんの話じゃここは安全みたいですし」
 介がこちらへと振り返り、頷いている。苦い表情を隠せない彼を見ていると、今回がどれだけイレギュラーだったかがよくわかる。
「そうだな……休憩したら、みんな石に触れて帰ろうか。……遺跡も変わりつつあるんだな……」
「は、はい……あの声、気持ち悪い……」
「ああ……俺もまだ頭の中渦巻いてやがる」
 悠里まで忌々いまいましげに、灰となった黒い布を睨みつけている。奏の顔の青さが、二人が言う声が原因なのだとやっとわかったも、怪訝な表情ばかり浮かぶ。
 奏が不安そうに悠里を見上げている。
「楯山さんも聞こえたんですか……?」
 途端に表情が強張り、慌てて首を振っている。御影が心配そうに彼女の背中をさすっているけれど、一向によくなる気配が見えない。
「ああ、聞こえた……この声に逆らい続けねえとならないらしいことが日記に書いてあったぜ。ちょっとでも折れたら……あれだろうな」
「その声、ゲートになりかけた時に聞こえるものじゃないのかい?」
「……それで間違いねえよ。聞く度に拒絶してきた声だったからな」
「この声が……?」
 辟易へきえきしきった奏に、鏡は眉をかすかにしかめた。
 もしかして奏は、まだ聞こえている……?
「やっぱりか……今は消耗が激しい分、聞く時間は長引くかもしれないな。自分を保つのはしんどいだろうけど、二人とも体は休めるんだよ」
「そーさせてもらう。……つーか今日そんな術使ってねえぞ……あ、炎使ったからか」
「わ、私もです……」
 奏の手の平に爪が食い込んだ。悠里から一度聞いていたけれど、彼女が何かを堪えている時のくせだったはず。
 まずい。やっぱり聞こえているんじゃ……。
「二人が共通して見聞きしたもの……日記か、さっき言ってた布のどちらかか……? ……なんともないな……布のほうか」
 ぱらぱらと捲られて響いた音が、閉じられた。悠里が嫌な汗を浮かべている。
「ああ……あの布、よく見たら複雑な陣が描かれててな……その陣が神みたいな声との中継点になってたんじゃないかと思う。日記はさっき言った内容や、仲間が壊れてく様子が書かれてたよ。嫌な話だったぜ?」
「わかった、日記はおれがくわしく見ておくよ。二人とも休むんだ。顔色が悪すぎる」
 うんと、鏡も頷いた。奏はまだ悠里を心配しているようだが、このままではドングリの背比べだ。
 悠里がついに、未だ響いているらしい声を拒絶するために、意識を集中させ始めた。壁に寄りかかって座る兄貴分の表情が険しい。
 どうすればいいのだろう。奏さんをはげませるのは、悠里だけなのに……。
 そっと、御影に腕を叩かれて、鏡は目を丸くした。
「……鏡くんまで難しい顔しちゃってる、よ? 大丈夫。私たちまで心配しすぎてたら、二人とも無理しちゃう、よ?」
「ぁ……うん、そうだね……」
 それも、そうなんだけど……。
 曖昧あいまいに笑んでいると、御影がそっと、奏に微笑ほほえんだ。戻った後、菓子は何が食べたいか聞いている。彼女なりに、声以外の話題で気を逸らして、彼女の心労を減らしてやりたいと思っているのだろう。
 現に彼女も、少しだけ気持ちが違うようだ。鏡もできるだけ優しく笑む。
「帰ったら僕が夕飯作ります――何か食べたいもの、ありますか?」
「……ハヤシライス……かな……」
「ハヤシライス、美味しいですよねっ。デミグラスがきいたのも、トマトがよく煮込まれてるのも」
 うんと、小さくだけれど彼女は頷いている。顔色が少し戻ったようで、少しほっとする。
「わかりました、半々の奴作りますね。この間トマト缶使ったけどまだ残ってたかなぁ」
「ありがとう……」
「あ、か、奏さん!?」
 目を閉じる奏に、御影が焦りの色を見せた。奏は疲れが出ただけだからと、首を振って大丈夫だと伝えてくる。
 悠里がやっと、壁を支えにして立ち上がった。まだふらふらとした足取りだけれど、転びそうな様子ではない。
「やっとマシになった……ここまで精神けずられるのは予想外だったわ……」
「相当だな……大丈夫かい?」
「なんとか……な。多少なら歩けねえことは……ねえ。わり、介、帰るなら途中まで肩借りていいか?」
 介が頷いている。
「肩ぐらい構わないよ。おれは万が一何かあっても魔術で対処できる程度だ。今は自分が休むことを優先してくれ」
「さっき上級術ぶっ放したくせによく言うぜ……」
「奏さんも肩貸しますよ? 身長あまり変わりませんし……」
 正直、言って心に刺さるものがある。実を言うと、奏のほうがかすかに高い気がしているのだ。それだけ彼女は女性にしては長身だし……いや……
 ……自分が低いだなんて認めたくない。
 ただ、奏はふらふらとした足で、なんとか立ち上がっていて、鏡は顔をしかめた。
「いえ……大丈夫。立ては、します」
「私が支えますから、無理しないで……鏡くん、前に立たないといけない、よね? 私そんなに魔力残ってないし、私が奏さん支える、ね」
 ――そうだ。とてもではないが、悠里や奏の状態では前に立たせられない。
 御影の言うとおり、前衛は自分がしたほうがいいだろう。鏡は彼女へと頷いた。
 今は、彼女が気丈でいてくれることにとても助かっていた。
「わかった。お願いするね」
「私も残りの魔石にも体力にも余裕があります。任せてください」
 エルデが頷いてくれた時、悠里と何事か話していた介が突然真顔になった。
「……覚醒した勇者なんてパターン、君から一番かけ離れてると思うけど」
 ……。
 吹き出したのは、誰だったろうか。
 途端に笑いを堪える一同に、悠里がむっとねた。
「どうせ敵役のほうが似合いますよっと……」
「む、むしろその……義賊の頭領とかは似合いそう、ですけど……真っ当な勇者じゃないかも……」
「ああうん、それだ」
 介がにやりと笑い、奏を支える御影がおろおろとしている。慌てて振り返った彼女が見上げる先は悠里だ。
「正義と真実の警官になんてこと言うんだお前ら」
「だ、大丈夫です、悠里さん、警官凄く似合ってます、もん……! かっこいいです、よ……?」
「御影、無理にフォローしなくていいよ」
 自分でもはっきりわかるぐらいに声が低くなった。怯えた御影よりも、今は悠里へと不機嫌に目を向ける。
 ……向けて、なんとなく嫉妬心がえた。
 悠里は悠里で、奏と介にからかわれたことで完全にへそを曲げていて、自分も似た顔をしていたのだろうなと嫌でも自覚したのだった。


掲載日 2021/04/17


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