境界融和世界の幻門ゲート

第23話 03
*前しおり次#

 耳を疑う鏡と奏。悠里は苦々しく顔を歪めていた。
「うちの課が本格的に活動するきっかけになったのが、一人の警官の殉職じゅんしょく。その警官の名が海理・N・レーデン……俺からすりゃ目の前にいるこの人は、先輩にあたる」
 信じられなかった。
 だって目の前にいる男性は、今こうして生命力溢れすぎていて、現実世界で死んでいるなんて思えないのだ。
「厳密には、オレ以外にも殉職者は出てる。あくまで新人まで駆り出されて、それがオレだったってだけだ。家系とはいえ、はらい屋の知識は超人相手の知識じゃねーからな」
「ああ。ただ、この人を失った現状がデカすぎるから、今もこの話をする上の連中は多いよ」
 そんなことが、十年も前にあったのか?
 御影も、奏も困惑していて言葉に詰まっている。介が眉をひそめた。
「驚いたな……そんな事実があったなんて……」
「非公開にされてたからな……内部資料で外に漏らすなってきついお達し食らってる」
「先輩たちが普通じゃ考えられねー殺され方されてたからな。資料残すために動画撮ったが、その様子だと多少は使いもんになったらしいな」
「亡くなったのに……こっちに閉じ込められてるなんて……」
 海理の目がやや鋭くなって、鏡は一瞬気圧けおされた。けれどその目は、肩を竦めた後は平静そのものだ。
「オレの場合は閉じ込められてるんじゃねー。自分でこっちに来ること望んだ結果だ。で……てめー、名前は?」
 自分で来ることを望んだ?
 耳を疑って首を捻ったも、悠里には思う節があるのだろうか。特に言及せずに海理を見下ろした。
「……肩書きはいいか。楯山悠里。改めて初めまして、先輩」
「やめろ、こちとら先輩なんてガラじゃねーよ。てめーのほうが警官歴なげーんだ、海理でいい。あと敬語も抜けよ、いらねー」
「そりゃ助かる。俺のことも悠里で構わねえ」
 随分ときっぱりはっきりものを言う人だ。口調は粗野そやだが、人を立場の上下だけで見ない上に、理知的な人らしい。
「オレが知ってる情報、てめーらにも教えたほうがよさそうだな。役に立つかはわからねーが、ゲート課のてめーがもし現実世界に帰るタイミングがあったら伝えてくれや。パシる形になって悪いがな」
「って言っても、俺も次いつ帰れてどこに帰れるか。職場より自宅に帰れることのほうが多いんだよ」
「……帰れる?」
 どういうことだ?
 この世界に来た人は、死ぬまで、ゲートとなるまで帰れないのではなかったのか?
 目を瞬かせていると、奏が表情を暗くしていた。
「風見さん知らないんですね。ゲート化が進んでいくと、現実世界に一時的に、意識が帰ってるらしいんです。ただ、寝てる間だけらしくて……。ずっと現実世界に帰りたいって躍起やっきになって、自分からゲートになる人も多くないんですよ」
 足元の床が、一瞬消えたように感じた。
 ……いや、床はある。足はちゃんと立っている。なのにせり上がる悪寒につばんだ。
「実際一度帰った連中に聞いたが、ゲートになっても結局、周囲に危害加える魔物を沸き起こす負の泉にしかなってねー。ただの害だ。オレや先輩たちを殺した奴もそうやってゲートになってた」
「……じゃあ、あの時の夢って……」
 一気に視線が集まる。奏がひどく驚いた顔をしていた。
「まさか一度戻ってたんですか?」
「お前まじかよ?」
「一回夢で見たんだ……家で朝ご飯食べられる夢……」
 たった一度だけだった。朝目が覚めて、両親がいて――違和感を覚えたのは、御影のことを父が食事の席で振ったこと。
 その直後に目を覚まして、それ以来あの夢は見ていない。
 ――あれがもし本当の現実世界なら……自分の体は、自分の意識とは関係なしに現実で動いているということになるはず。
 でなければ、あんなに両親がいつも通り迎えてくれるはずがないのだ。御影が学校に馴染めたかなんて、時間が経過していないと出るはずがない質問なのだから。
 海理が静かな目で、見下ろしてきていた。
「……その時、魔術を使って輝石の色がにごってなかったか?」
「あ、はい。今までで一番濁ってたと思います」
「だろな。ゲート化が進んだ奴ほど、現実世界に一時的に帰れるって話だからな」
 ゲート化が、進んだほど。
 現実味が湧かなかった事実が、本性をあらわにしてわらってくる。介が顔をしかめていた。
「それが本当だとしても、声≠ノ『帰りたいか』尋ねられる可能性が高いな。この間も言ったけど、帰りたくても頷いてはいけないよ」
「え? でも、確かあの時聞こえたのは……『おいで』ってたった一言だった……ような」
「……『おいで』?」
 目を丸くする介に、鏡のほうが驚いていた。海理が目を細めて見てきて、戸惑いが顔に出る。
 どうしたのだろう、みんなそろって……
「……初めて聞くパターンだな」
「えっ……じ、じゃあ普通ってどんな声が……?」
「俺はこの間のは『壊せ』とか『疑え』とかずっと響いてた。後黒い布についてた奴が語りかけてきたのは『殺し合え』……だったな」
 耳を疑った。奏は俯き気味に自らを抱きしめるように腕を掴んでいる。
「私の時は……『もうここにいたくないんだろう』とか……『消えたいんだろう』……とか……」
 最後の一つが、か細く消え入った。言及せずに、海理は悠里と奏を見やっている。
「……てめーら二人のはよく聞くパターンだな。黒い布……魔法陣か何か書かれてなかったか? それなら納得行く」
「ああ、よくわかんねえ魔法陣みたいなのがな……こないだの神崎≠ンたいなのが、声を中継させてるんだと思ってたが」
「……神崎=H ゲート化した人間か? いずれにしてもそんな魔法陣、調べようにもリスキーだな。不用意に近づくなよ」
「当然だ。あんな声に何度も左右されてたまるかってんだ――お前も、あんま思い詰めんなよ?」
 悠里や奏があれだけ追いつめられていたのだ。まともなものであるはずがない。
 頭を軽く叩くようにでた悠里に、奏が一瞬肩を震わせて、曖昧あいまいに笑んだ。鏡はこめかみを突いていた。
 ――どうして、同じ魔法陣を見た二人に、声≠ェかけた言葉が違うのだろう。まるで二人の特徴を見るように、見透かすように言葉を変えているように感じる。
「何言われたかは聞かねえよ。けど、あんま抱え込むなよ? 頼ってくれって言ったお前が頼ってくれなきゃ、俺も寂しいからな」
 泣きそうに、嬉しそうに頷く奏を見て思い出さざるを得ないのが、神崎≠ェ彼女に見せた幻だ。
 まさかと思うけれど……皆が言う声≠焉A同じように過去を覗いているなんてことは……。
 介の手が鏡の肩をそっと叩いてくる。振り返ると、彼がまだ険しさを残した表情で見下ろしてきていた。
「さっきの夢もだけど……君が以前聞いた声≠ェ本物かは別として、絶対に声≠ェ言うことに頷いてはいけないよ。ましてや『おいで』なんて聞いたこともない誘い文句、危険としか思えない」
「ですよね……だから、どこに誘われてるのかなって。もちろん断り続けるつもりですけど……」
「ああ。そうしてくれ……危ないんだ、本当に」
 きっと、沢山見てきたのだろう。介は様々なパーティにいたから、なおのこと。
 しっかりと頷き返して、介を真っ直ぐ見上げた。
「僕も変なところに連れていかれるのは嫌ですし」
「おれも、仲間がそんな目にうのを黙って見る気はないよ。何か異変があったらちゃんと言うんだよ」
 ――仲間。
 喉が熱くなる。くちびるをきゅっと噛みしめて、嬉しさを隠せずくしゃりと笑った。途端にぽかんとした介が目を瞬いている。
「はいっ!」
「――な、なんだか、元気出たみたいでよかったよ」
 嬉しいに決まってる。介から言ってもらえる日が来たことが、嬉しくないはずがない。
 ふと視線を感じて見上げると、海理の目が優しく笑っていた。その目が兄を思わせて、鏡は目を丸くする。海理はすぐさま悠里へと目を向けて、資料のやり取りについて話していた。
 最初、弟がどうとか言っていたけれど……もしかしてその人と自分を重ねられた?
「――よし、んじゃ帰るぞ。また連絡するぜ。書類は近々持っていく」
「ああ。もし次帰れた時は任せてくれ」
 にっと笑んだ海理は、模擬戦をここでするかどうかと話し込んでいた大和とアレンの首根っこを掴もうとして、二人に避けられていた。さっさと歩けとうながすなり、自ら先頭を切って去って行く。
 大和が鏡へと目を留め、穏やかに微笑んで手を振ってくれた。鏡も手を振り返し、見送って――そっとその手を降ろす。
 波のように、あっさりと引いていく。
 名は体を表すと言うけれど、まさしくその言葉通りの人だった。そして大和は、穏やかさの中の芯がまるで刀のよう。
 ――不思議な人たちだ。
「いったいどうやって現実世界の人に説明する気なんだい?」
「海理サンが自分の個人情報使えって、さっき一通りしゃべってくれた。ほぼ知り合いしか知らねえ情報ばっかりだ。だからそれで資料に目を引かせて、とりあえず課の連中に情報を売り込めってさ」
「ご、強引だな……自分が死んだことまで利用するっていうのか……」
「嘘かどうかで揉める時間を作らせるより、でかい起爆剤でさっさと情報に対しての対策を撃たせろってさ」
 そう言う悠里の手は、まだ奏の上に乗っていた。気落ちしたままの彼女を無意識に落ち着かせようとする姿に、鏡は微かに笑みをこぼす。
 御影がひょっこり、覗き込んできた。
「海理さん、鏡くんのこと、弟見てるみたいに見てた、ね……」
「やっぱり? 重ねてたのかなあ……いるみたいなこと言ってたし」
 自分の行動にいはなそうだけれど、やっぱり、家族に会えないことは気がかりなのだろうか。
 介がほっと、アレンたちが去った方向を見ていた。
「いい仲間に会えたんだな、あいつも……」
「そうですね」
 やっと、彼の荷が一つ、降りた気がした。鏡は嬉しさを隠せずはにかむ。
 介さんも、そう思ってくれてたんですね。
 ……隣で、悠里が奏をはげまそうとして言ったセリフで彼女が泣いてしまい、悠里があたふたとしていたけれど、もう流してしまおう。
 きっと、御影や介が以前から言ってくれていたように。
 いい方向へと進もうとしているなら、きっと結果もそうなってくれると思うから。


関連番外編

番外編「大和は弟」

掲載日 2021/04/17


*前しおり次#

しおりを挟む
しおりを見る

Copyright (c) 2026 *Nanoka Haduki* all right reserved.