いや? お前もしかして彼女でもできたの?
御影は幼馴染だよ! きょ、今日泊まりに来てただけで、付き合ってない! ほ、本当だよ!!
へーえ、女を家に泊めたのか?
――あそこか。
いや、他にない。
「あ、あの介さん、ち、ちが……!」
「いやあ、元の世界に戻ったら是非会ってみたいなあ、鏡くんの彼女候補さんに」
「本当に違います!! 御影はただの幼馴染なんです!!」
「ただの、ねえ。数少ない幼馴染で、友達で、女でか?」
「悠里!!」
「あ、そういやお前メール送ったの?」
「送ったよ!? ……あ、あれ、送ったっけ……」
まずい、寝ぼけていたから記憶に自信がない。
このままからかわれ続けるのも嫌で、早く路地裏を出ようと声をかける。メールの確認はこの後でいいだろう。
一度だけ男たちの
閉じた目を開けて、二人へと振り返る。
「行きましょう」
「いいのか?」
「うん、いいんだ。――覚悟してるって、言ったよね?」
介が優しく笑み、頷いた。
「そうだね。今日はちょっと奮発していいの食べようか。成長期はまだまだありそうだしねえ、君」
「……介さん……っ!」
暗に身長の低さを釘で刺され、ぽっきり心が折れかけた鏡の頭を、悠里の手が余裕を残したテンポで叩いていった。
鏡の拳が久しぶりに悠里の背中にヒットした。それでも悠里は吹き出していて、肩が震えていた。
男たちの亡骸が光に包まれて消え去ったのは、鏡たちがその路地を後にして数刻した頃。
誰も見ていない、静かな時間帯だったという。
あの男たちから匿った少年は、リトシトが引き取ってくれることとなった。彼女はこの
鏡たちは素直に甘えることにした。とてもではないが、まだ十歳もいっていないだろう少年を
だからこそ介が買い与えてくれた呪文書を読みふけった。悠里が使った視界を奪う魔術なども載っており、相手に傷を与えずとも戦う術はあるのだと再確認できただけでも収穫だった。
リトシトが使っていた音を遮断する魔術。逆に音を拡張し、遠くの会話を聞き取る魔術。面白かったものは身の回りの温度をコントロールする魔術、眠気を取り払う魔術など。
生活面で使える程度の魔術が多かったが、それら全部、使いようによっては
ついでに悠里にいつか見舞えるように、介にいい魔術がないか聞いてみた。拳に魔術を付加させられるものらしく、彼は輝かしい笑顔で教えてくれた。
悠里があからさまににやりと笑って挑発してきたものだから、他にも魔術がないか、是非介に後々聞きたいものだ。
あともう一つ。悠里たちに気になって聞いたことがあった。
この世界に元々住んでいる人々に魔術が使えるかどうかだ。
彼らもそこは人並みの知識止まりらしい。使える人と使えない人がいること、そして使えたとしても、自分たちのように輝石を持っていないこと。代わりに魔石と呼ばれる、光を放つ水晶を
輝石を持つ人間が異界の民だとわかるのも、頷けた。
一通り知りたい情報をかき集めて、鏡は自分なりにノートに纏めて書き込んでいく。呪文に関しては反復練習のつもりで何度も書き出したし、悠里から生暖かい顔で見守られながら今日の作業を終えていた。
「相変わらず勉強の虫だな……そんな楽しいもんかね」
「悠里が体動かすこと以外に興味がなさすぎるだけだと思うよ? ――これ、生命の属性に関する魔術は載ってないんだね」
「それは介から聞いとけ。正直あいつにはなるべく、生命の属性の魔術は使わせないほうがいいんだよな……」
「石の色があんなに
悠里は頷いている。料理を注文しに下りて行った青年は、先ほども傷を自ら
「生命の属性に関しては相性が極端に出るんだと。俺も試しに使ったが、一瞬で石が白くなりかけてやばかった」
「そんなに!?」
悠里が持つブラックスターという石の色は、純然という言葉が似合うほどの黒だった。それが一瞬で白くなるなんて信じられない。彼も若干眉をしかめて、介が出て行った扉を見やっている。
「元々魔術をやる気はなかったんだけどな。傷癒す魔術だけはどうしても必要だってんで、あいつが担当するようになったんだ。けどあれじゃあな……」
言いたいことがよくわかった。
鏡がマラカイトを使って速度を高める魔術を使っても、石は変色の気配を一切見せなかった。介が魔術を使う度に激しく変色していることを考えると、恐らく彼は元々魔術向きではないはずなのだ。
色々と引っかかるものはあるが、きっと介にも、魔術を選ばざるを得ない出来事があったのかもしれない。
「介さんって、その……不思議な人だよね。色々とこの世界に詳しいみたいだし……」
「二年前からこっちに飛ばされてりゃ、詳しくもなるんじゃね」
そんなに前から飛ばされていた人もいるのか。
知らないことが多すぎて、鏡は自然閉口する。言葉を探してシャーペンの芯を出し入れしても、欲しい言葉は見つからなかった。
介が朗らかに帰ってきて、盆に乗せていた湯気を立たせた料理の数々を、テーブルに広げている。
「いやあ今日は混み具合凄かったよ。お店の材料なくなるんじゃないかと思った。ご飯食べようか」
「あ、は、はい」
慌ててノートをテーブルの上から片づける。急いでいる間にも、悠里の目はどうやら介に向けられていたようで。
無言のやり取りに気づいて顔を上げると、悠里からは何を察したのかポケットに指を向けられた。
「で、お前メール送らなくてよかったのか?」
「もうそれでからかうのやめて……」
「それで思い出したよ。悠里、もしかしてさっき、鏡くんにGPSメール送ったのかい?」
「ああ、まあな。どうせあの子供送り届けた後、こいつがじっとしてるはずねえと思って」
見事な図星だった。おかげでどこに行けばいいかすぐに考えを纏められたから、本当に助かった。
介はしばらくして、困ったように笑っていた。
「さあて。あんなものを見せておいてあれだけど……そろそろこの世界での稼ぎ方も教えていかないといけないな」
「それ、気になってました。何か依頼みたいなものを受けて活動するんですか?」
「察しがいいね、その通りだよ。この世界の人々じゃあ、とてもじゃないが魔物やアンデッド相手だと太刀打ちできない。そういった存在から、街と街を結ぶ道の安全を確保したり、財源を手に入れるべく遺跡に潜ったりしてもいる。あと、遺跡から湧き出る魔物たちの討伐、だね」
「遺跡、ですか? それにアンデッドって……?」
介からピラフの載った皿を受け取る。物騒な単語が想像通りか自信がなく聞くと、介は席に着くなり説明してくれた。
「アンデッドは、死んでもこの世にしがみついて離れない、未練の固まりだよ。まだ悠里も遭遇したことはないね。ただ着実に数を伸ばしているみたいで、いずれ街を襲い始めてもおかしくない。あいつらは生きた連中や、生きることに何かしらの執着があるんだ」
「あと魔術がやたら得意なんだったか?」
「そうそう、よく覚えてたね」
やや感心したような口ぶりに、悠里は慣れているのか、既に食に手を伸ばしていた。鏡もおずおずと自分の皿に寄せて食べ始めながら、この世界の仕組みに感嘆の声を上げる。
「なんだか、ゲームの世界みたいですね……話聞いてると」
「おれがこの世界に来た時には、とっくにこの仕組みが確立していたからねえ。多分ゲーム好きの人たちが、互いに協力し合って作り合ったんじゃないかなあ。報酬のシステムなんかも、ゲームにありそうなものらしいからね」
「で、もう依頼受けてきたのか?」
「せっかちだなあ。その通りだよ、もう一応受けては来てる」
どうやら悠里は、依頼の
はたと、鏡は介のスマホの画面を見やって気になったことがある。
「そういえば二人とも、スマホの充電はどうしてるんですか?」
「えっ」
介から耳を疑われ、鏡は目を白黒させる。悠里はけろりと自分のスマホを取り出した。
「お前まだそんなに魔術使ってねえからな。電池残量のところ見てみろ、お前のなら九十パーセント以上だろ」
「え、そんなはず――あ、あれ、本当だ!?」
あれだけGPSやらメールやらを開いていた割には、残量が全く減った様子がない。穴が開くほど画面を眺めるうち、鏡は心臓が止まるかと思った。
充電機も何も差してないないのに、九十七パーセントから、九十八パーセントに戻った?
目を疑う鏡へと、介が自分のスマホの電池残量を示して見せた。
「この世界じゃあ、スマホの電池残量は無制限みたいでね。代わりにここに表示されているのは、おれたちのゲート化までのリミットってわけだよ」
介のそこに記されていたのは……三十二パーセント。
ぞっとした鏡が慌てて顔を上げると、彼は苦笑いしていた。
「大丈夫、おれのは最近石に無茶させすぎただけだから。今日一日、何もしなければ問題ないよ。ただ夢を今日見れたら、もしかしたら一度現実世界に帰ってるかもしれないかな」
「お前まさか、相当力使ってたのか」
「三人纏めて上級魔術で葬ったのが響いただけだよ。深刻なレベルには達していない。まだ街中だから緊急で使うことはないだろう? 依頼は明後日からだし、今日明日で石を休ませる気だよ」
「そっか……無茶はすんなよ」
「大丈夫大丈夫、君じゃないからね」
けらけらと笑う介へと目を
この時、メールが一件来ていたことに気づいていれば。
きっとあんなことにはならなかっただろう。