境界融和世界の幻門ゲート

第24話 02
*前しおり次#

 
 
 数週間が経った。海理や大和と時折会う機会ができた鏡は、悠里や奏と共に彼らの家から帰りながら溜息が漏れる。
 約束通り稽古をつけてもらった。
 鬼神がいた。
 海理の武術は柔道を中心に、空手の基礎、そして独自の型が組み合わさったものだ。所々隙はあれど、広い視野でカバーされ、とても手を出せるものではなかった。一対多を難なくこなすのだ。どうやら沢山の弟たちとゲリラ戦のように稽古をしていて鍛えられたらしい。
 悠里が引きつった顔でその話を聞いていた。
「うちと似たことしてたのかよ」
 ……否定はしなかった。休憩中に海理から聞いた話では、家だろうが山だろうが、とにかく敷地が広いおかげで二十四時間警戒態勢だったそうだ。
 稽古ついでで世間話もした。大和が竹刀しないを握った時の殺気に鏡がひどく驚いた。
 が、その隣で悠里から「はあ!?」とひっくり返った声が上がってもっと驚いた。
「んなわけねえって、なんでそんな噂立ってんだよ……」
「え、どうし――」
「ほらほらよそ見してると首飛ばすよ!!」
「待って大和くん待って!?」
 剛速球ならぬ剛速竹刀が飛んできて悲鳴を上げてけた。
 海理が沈痛な顔で大和を見据えていた。
「そいつ手加減の文字ねーから注意しろー」
「レーデンさんよりあるんだけど? あと、鏡くんもさすが武道出身者だよね。アレンくんの時よりピッチ上げても避けられてる」
 められた気がしない。少なくとも、大和を回り込んでラッシュを叩き込む、なんていつもの動きは全くできなかった。
 これを毎日稽古と称してこなしているらしいアレンが、軒下のきした饅頭まんじゅうを食べながら鏡に合掌がっしょうしていた。そんなところで海理たちから学んだらしい日本文化を披露してほしくなかった。
 さらに、水属性を中心とした魔術も教えてもらった。これは介が途中で「あの人教えるなら言ってくれればいいのに」と文句を言いつつ参加していた。相手に苦手意識を持っていても、営業のていで話せる彼は、外部講師のセミナーと思うことにしたそうだ。ただ、帰ってからの疲労は一番ひどかったのは言うまでもない。
 奏はというと、はあと感嘆の声を上げている。
「あの人凄すぎ……今日も一本もかすめなかった……」
「お前のは前から言ってるけど、攻撃の隙が大きいのと攻撃の後の対処が甘い」
「レーデンさんからも言われました。あと避ける時にどっちに行くか迷いすぎてるって。単純に経験が足りてない部分が大きいって言われて……」
「奏さんのって、まだ実戦レベルに届いたばかりでしたからね……」
 彼女の練習に付き合う鏡や悠里から見ても、まだまだ詰めが甘い。奏は苦笑いを溢しているけれど。
「はい……師範にも同じこと言われてたから……もうちょっと鍛えなきゃ」
「鍛えるって……鍛え方考えてから動けよ?」
「あ、大丈夫です。師範のところに押しかけます」
 奏には悪いが、こんな弟子を抱えた師範の苦労が滲んで見えた気がした。
 程なく、介や御影と合流して、次の遺跡に向けた準備をするべく買い出しが始まった。
 とはいえ、ほとんどが保存食や飲み物の確保ぐらいだ。すぐに事足りて、介を除いた全員で荷物を分けて持つのが日常だ。介がやるせなさそうに手を見つめて、悠里からにやりといらぬ釘を刺されるのも恒例だ。毎度のど突き合いは、荷物という振り子を持っていた悠里に軍配が上がったようだ。余分な打撃を受けて介が蹲り、奏から呆れられて終わっていた。
 大した量もない荷物ですら痛いだなんて、介はやはり体をきたえたほうがいいのではないだろうか。
「あれ? 楯山さんどっちに……」
「はあ? 何言ってんだ、ここにいるだろ」
 慌てて振り返った奏が目を丸くした。怪訝けげんそうな悠里と、先ほど向いていた後ろへと目を向けて戸惑っている。
「え、だ、だって今……あ、でも髪の長さ違ったかも……あーダメ、もうどこいるかわかんない……勘違いかな」
 首を傾げる奏に、鏡も悠里も固まった。
 悠里に似ていて髪の長さが違う? そんな類似した特徴一人しか覚えがない。
 いやまさか、来てないとは思うけれど――!
「鏡! GPSでゆう探せ!!」
「もうやってるよ!!」
 そうだ、思い当たる人物なんて一人しかいない。自分の兄以外覚えがあるはずがない。
 一番血の繋がりが濃いはずなのに、自分ではなく従兄いとこと似ている兄以外当てはまる人物なんていないのだ。
 奏が戸惑いながら見てきて、御影があっと目を見開いている。
「え? ゆう?」
「もしかしてお兄ちゃん……!?」
「あ、ああ。悠里と同じ読みの従弟いとこさんか。確か鏡くんのお兄さんで……だっけ?」
「そーいうこと。世の中似てる奴が三人いるっていうが、俺と佑はまさにそれなんだよ。佑と鏡よりも俺と佑のほうが似てるぐらいだしな……どうだ? 鏡」
 画面を見下ろして固まった。御影が隣から覗き込んでいて、あっと目を見開いている。
 GPSが、風見佑理という名前でスポットを当てている箇所が一つある。
「いっ……いた……!」
「お兄ちゃん……!」
「ちょ、そういうことなら私探してみます――!」
 慌てて魔術を唱える奏に、緊張を隠せない声で頼んだ。介がに落ちない様子で考え込んで、やがて見下ろしてくる。
「……妙だな。鏡くん。最初にこの世界に飛ばされた時、お兄さんにメールは送ってなかったのかい? 送ってたなら通知が来てておかしくないはずだけど」
「送りましたよ!? なのに何の音沙汰おとさたもなかったなんて……!」
「確かに妙だ。佑がなんかに巻き込まれてるって考えたほうが妥当か?」
「それでも通知は来るものだと思うけどな……あー……頼りたくないけど……」
 スマホを取り出して連絡する相手への丁寧な口調と、介の引きつった口元を見てなんとなく相手を察した。
 海理だ。確かに様々な知識を蓄えている彼に直接聞いたほうが早いだろう。程なく電話は終わり、げっそりとした介の青ざめた顔に、鏡も悠里も居たたまれなくなる。
「……たまにエラーみたいな事例はあるけど、ほとんど厄介事に巻き込まれてるそうだよ。探したほうが賢明けんめいだね」
「お前ホント海理サン苦手だよな……」
「……近くにいそうな気がするよ……バカ兄……」
 GPSは、この近くを示している。奏が場所を見つけてくれさえすれば、すぐにでも行けるけれど……。
 ちらりとスマホの画面を見下ろして、鏡は目を見開いた。
「あっ、マークが消えてる!?」
「ああ、うん。GPSは魔術で隠れられると消えることがあるよ」
「でも、バカ兄がそこまで知恵働くわけ……」
「うー、ダメ。そろそろ集中切ります。介さんの考え当たりかも。全く見つからないですよ」
 こめかみを少しだけ押さえて目を閉じる奏は、微かに首を振って疲れを散らそうとしていた。稽古をつけてもらった後だからか、微かに疲労の色がにじんでいるし、無理はさせられないだろう。弱った顔で、奏は目を開けている。
「あれだけ近くにいたのにおかしいですよ。魔術で間違いないと思います。光の探知で見つからないから、きっと闇の隠蔽系統ですね」
 その意見には鏡も賛成だ。が――なおさら焦りが滲む。
 悠里も表情が険しくなっていた。
「……あいつ、どこで何してやがる……?」
「ほんとあのバカ兄……!」
 御影が不安そうに俯いて、心配そうな表情にずきりと胸が痛んだ。
 ……こんな感情、今持つべきじゃないのに。
 奏と介が顔を見合わせている。
「似た人が立ち寄ってないか、近くの店に聞いて回りますか?」
「妥当だな。術がダメなら足で探すほうが早い」
「それ、俺示して俺に似た奴見なかったか? って聞く気満々だろ」
 不服を顔に書いた悠里に、介がにやりと笑ったではないか。奏が思わず固まっていて、申し訳なさそうにしているにもかかわらずだ。
「いやあ、物わかりがよくて本当助かるよ」
「……すみません、さすがにそこまではする気なかったです」
 やることはほぼ一緒だと思う。介がけらけらと笑っていて、悠里がついに苛立ちを顔に乗せた。
「やだね。そんな探り方されるぐらいなら俺は一人で探す」
「あっ、ちょっと、楯山さん!?」
 むっとして、兄貴分は荷物を鏡に渡すと去って行く。そんな彼を慌てて追いかけ、一緒に雑踏に消えていく奏が当たり前になってきたのは、いつからだったろうか。
 介がそっけない顔で肩を竦めた。
「短気は損気なんだけどなあ……まったく」
 ……気づけばこの世界に来て、もう四ヶ月が経とうとしている。全員一緒に過ごすようになって、三ヶ月か。
 そんな中で、まさかバカ兄の話が出てくるだなんて思わなかった。
「だ、大丈夫、かな……」
「兄さんと悠里、非常時は結託するのに、普段の仲最悪だからなぁ……」
 えっと、御影が固まった。介が意外そうな顔で見下ろしてきている。
「よく話に出てくるから、てっきり仲がいいのかと思ってたよ」
「いじる時と悪巧わるだくみする時だけですよ。他はもう最悪の一言ですから……」
「でも、お兄ちゃん……凄く優しかったと、思うけど……一緒に遊んでくれたし……」
 それは幻想だ。御影にだけ見えている幻想だ。
 ……一応、よその家の子だからと遠慮した兄が植えつけた幻想だ。殴り飛ばしたい。
 別に殺気を放ってもないのに、なぜか介が察したような顔で見下ろしてきた。
 せない。
「まあ、とにかく、あの二人がいないんだ。おれたちは下手に探しに行かないほうがいいだろうね。用事がないなら戻……って、今日の夕飯当番って悠里じゃなかったか……」
「……僕が作ります」
 なんでもかんでも、悠里が勝手に何かした時のおはちが自分に回ってくることに苦い顔になった鏡である。
 
 
 ――とはいえ、正直気になる。
 バカだバカだと言い続けても、やっぱり兄は兄だし、仲が悪い悠里が探しに行ったことがどうしても気がかりだったのだ。探すなら自分のほうが都合もいいはずなのに。
 ……もしかして、おとりになったわけじゃあ……。
 食材を保存庫にしまう手が、そっと止まる。扉を閉めて、鏡は同じリビングにいた介へと目を向けた。
「介さん、やっぱり僕も外に出てきます」
「探す気かい? けど悠里が出ているし、問題はないと思うけどなあ……」
「本当にバカ兄なら……嫌な予感がして。ただでさえ出会い頭に稽古挑むような人だから」
 ぴたりと、介の書き物をする手が止まった。
「……稽古?」
「はい。人の迷惑になるような稽古」
「……具体的には?」
「えっと――例えば」
「ただい――やっぱりこっちにいた!」
 焦ったような奏の声にはっとする鏡。御影も驚いて降りてきて、廊下で全員が鉢合わせる。
 奏が困惑した顔で外を指しているではないか。
「三人ともちょっと来てください、こっち! 風見さん、お兄さんいましたよ!」
「や、やっぱり……!」
 奏だけ来たということは、嫌な予感的中だ。
 御影が不安そうに頷いていて、鏡は拳を固めた。スマホを開いた途端、兄からのGPSメールに目をく。
 本人の意図で送られてきたものではないはずだ。何らかの形で佑理のGPSメールが届くようになったのかもしれない。
「僕先に行きます! 奏さんは御影と介さんをお願いします!」
「え!? ちょ、あ、じゃあ表に出て――」
「もうGPSでポイント割り出せてますから!」
「お兄ちゃん、久しぶりだあ……」
 一瞬鏡の足が止まりかけた。肺を締めつけられるような苦しみが襲ってきて、俯いてしまう。
 やっぱり御影は……いや、でも。
 今は優先すべきことを考えなきゃ!
 乱暴に靴を履き、外へと飛び出す。壁に貼りつくように避けた奏へと謝罪する頭もなく、急いで走る。
 GPSが示すポイントは近い。すぐそばにいる悠里のポイントの動きが小刻みに兄のポイントを回っている。
 ということは言わずもがなだ。
 悠里と瓜二つの顔立ちをした、髪がやや長い青年を見つけて、鏡の目が一気に鋭くなった。頭上に向けられた挑発的な笑みは、彼の攻撃を避ける従兄をはっきり視認している。鏡は久方ぶりの兄へ向けて拳を腰溜めに構えた。
「いい加減チョロチョロすんなよ。そんなに負けるのこえーの?」
「いい加減にしろバカ兄ィィイイイ!!」
 一撃。
 長身の兄の腹に寸分たがわず入った拳が、兄の体をくの字に折らせた。後ろから御影の驚いた声が聞こえたがもう気にしない。
 気にしたくないっ!
「きょ、鏡くん!?」
「あっちゃあ……目に見えてたけど……」
「ま、あ……よく見る兄弟喧嘩……なんだろうな……」
「そうですね。よく兄貴にやってたわー……」
 介の声が途切れた。御影がおろおろとし始めたが、鏡は後ろに目を向けない。
「人様に迷惑かけるような稽古はするなって言ってるでしょ!? 何回やれば気が済むの!!」
 軽やかに、悠里が上から振ってきた。奏の隣に着地した彼が溜息を溢している。
「このために鏡呼んで来いって言ったんだよ……」
「納得です……ただ風見さん、これ……稽古じゃないですよ」


掲載日 2021/05/01


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