境界融和世界の幻門ゲート

第24話 03
*前しおり次#

 えっと、鏡は驚いて振り返る。うめいた兄が腹部を押さえて顔を上げ、怪訝そうにしているではないか。悠里も首を捻っている。
「いや、稽古だけど?」
「普通に模擬戦だな」
「ただの特訓でしょう?」
「なるほど。君らに常識なんてないんだなってよくわかったよ」
 ひどい言われようだ。奏の苛立った顔が目に入ってあっと顔が引きつる。
「そもそもねえ……ストリートファイトを稽古にしない!!」
「こんなのじょの口だからな」
「そうだけど、いきなり始めたら奏さん混乱するでしょ!? 顔合わせたら毎回毎回……!」
「いや、悠の顔見たらついな」
「同じく」
 ああもう、このバカ兄と従兄いとこは……!
 悠里と全く同じ読みの自分の兄、風見佑理ゆうりは、悪びれた風もなくあっさりと返していた。奏の目が一気に据わって、鏡は視線をらす。
「……二人ともちょっと正座」
「ひとまず、それは後にしてだ。風見佑理くんだったね。君は最近この世界に来たのかい?」
 佑理はああと、慣れた顔で頷いている。
「そーだ。最近こっちにきた。どこ行っても悠に間違えられたけどな」
 従兄弟同士同じ読みなものだから、互いが互いを呼ぶ時は「ゆう」と短く呼び合っている。とはいえ、その従兄はまさかと目を据わらせている。
「おいこら、俺がパーティ抜けたとかあらぬ噂立てられたのって」
「俺」
「よーし、歯ぁ食い縛れやごらぁ!」
「だから二人ともいい加減にしてって言ってるでしょ!!」
 ……まさか、自分が普段言っていることを一言一句先に奏に言われるなんて。ただ、当然これだけでこたえる二人なら、最初から苦労はしていない。
 介まで遠い目をしている。
「ああ、それおれもよそから何度か聞かれたよ。悠里聞いてたんだな……」
「海理サンが念のためって確認してきてな……」
 そういうことかと鏡は頭が痛くなる。大和の剛速竹刀が飛んでくる原因となった兄を睨みつけたくなったも、介の溜息が重い。
「本当にそっくりだもんなあ、納得だ」
 介の一言には悠里も佑理も、諦めたことだろうが少し嫌そうな顔をしていた。
 ただ、御影がおろおろとしながらも兄ばかりを見ている姿に、鏡は胸がずきりと痛む。
 薄々そうだろうとは、気づいていたけれど……。
「よし蹴らせろ。今ここで蹴らせろ」
「ゆ、悠里さん、ダメ、です……!」
「バカ兄、後で殴る」
「まあそれはともかくだ。おれが気になっているのは、君がどうして二人に連絡を取らなかったのかということだけじゃないんだよ」
 兄が事もなげに介を見やった。
「君は今まで何をしていたんだ? この世界で」
「ああ、悠の連絡先は俺知らねえし。鏡に取らなかったのはこいつがここにいるなんて思いもしなかったからな。というか、スマホの存在を完全に忘れてた」
「なるほど。バカだね君は」
 笑顔で一蹴いっしゅうする介を久しぶりに見た。佑理は肩を竦めている。
「つーか、今現実はかなりの量のゲートが蔓延はびこってるからな? しかも急激に増えてやがる。……情報収集することしか考えてなかったし、初めて会った奴にゃ狙われるし、散々なんだよ。悠うらみ買いすぎだろ」
「まあ、悠里の口の悪さは、最初の頃喧嘩ばかり売っていたからねえ……もしかして君もゲートに関する職業に就いていたのかい?」
「俺も警官だよ。悠とは違って地方づとめだがな」
「ああ、なるほど……まあ今じゃ、ゲートを知らない人は現実世界にいないしねえ」
 苦笑いをして合点を伝える介に、首をかしげそうになった。
 それも、御影がおずおずと目を向ける先が自分の兄だとわかると、やるせなくなる。奏に肩をそっと叩かれても、視線をらした。
「風見さ……鏡さん」
「知らないよ……」
「にしてもここに来て迷わず名前聞かれたのは驚いたが。逆に聞き返したらヤバかったわ……んで、さっきから何してんだ、お前は」
 びくりと、御影の肩が震えた。奏の後ろに隠れていた彼女が、おずおずと佑理へと進み出て、彼を見上げている。
「あ、あの、お兄ちゃん……お久し、ぶり、です……幼稚園の頃、遊んでもらった……御影、です……」
「……あー、あの時の。久しぶりだな」
 にっと笑う兄へと、ほっと、嬉しそうに微笑む御影に、もどかしさが込み上げる。
 ……きっと気づいてなんて、もらえない。自分のこの気持ちも。
 黙っていても。打ち明けても。きっと。
「久しぶり……あの時は、遊んでくれて、ありがとう……あ、あのね……家、またご近所さんになったの。こっちに来ちゃってから、帰れてない、けど……」
「へえ。って言っても俺も家出てるからな。会えるとは限らないぜ?」
 聞いていられなかった。溜息を溢しても、御影がわかってくれるはずもないとわかっている。
 彼女の好きな相手が、わかってしまった以上は、もう。
「そう、なんだ……だからお家、いなかったん、だね……」
「あ、あー! あの、た、立ち話もなんですし、というかその、ゲートに関する話とか共有したほうがいいんじゃないですか? 一度家に戻りません?」
「へえ? 俺、まだお前らを殺しにかかるかもしれねえんだぜ? 構わねえの?」
 にやりと笑む佑理へと、奏が目の端を吊り上げた。御影の瞳が揺れている。
「えっ……? ど、どうして……?」
「ちょっと、いくらなんでも殺しにって……」
「俺悠のこと半分くらい殺す気でいたし」
「あなたねえ――!」
「来栖さん落ち着くんだ」
 一気に肩を怒らせる奏を、介がさえぎった。冷静な目で佑理を見やる彼は、鏡へと一度目を向けて、戻している。
「どうせこちらはこの人数だ。彼もそこまでバカじゃないだろう。いくら武道経験者とはいえ、鏡くんと悠里がそろっている以上、相手にするには骨が折れるだろうからね」
「そういうこと。さすがに悠一人、鏡一人ならともかく二人相手は骨が折れる……つーか、もうそのつもりもねえよ」
「だからって……!」
「お、お兄ちゃん……」
 むかっ腹を立てる声と、淋しそうな、戸惑うような声。介が面倒そうに溜息を溢している。
「ここ、短気な人間の集まりなんだ。あまり挑発しないでくれ。いいね? 風見佑理くん」
「フルネームはやめてくれるか? さすがに居心地悪い。悠と区別するためなら佑で構わねえ」
「いやあ、どっちもそう呼び合ってるみたいだしねえ。混同させちゃ悪いだろう?」
「誰が好き好んで自分と同じ名前で呼ぶんだよ」
 苛立たしげな声が二人分、綺麗にぴったりと揃って発せられていた。介が晴れやかな笑顔を佑理にだけ向けている。
 ――そうされても、無理はないか。
「んでなんで俺を狙ってた? 殺される意味はわからねえけど」
「さあな。いて言うなら血が湧いた?」
 悠里が目を据わらせる。奏が苛立たしげに意味がわからないと、吐き捨てるように溢していた。
「……お兄ちゃん、優しかった、のに……」
 ……。
 もう、帰りたい。
「お前、海理サンからのストレスぶつけてたろ。呼ぶぞ」
「いや? 悪いけどいくら君らの身内だからって、仲間に対して殺すと言われて笑顔を貫くのは結構骨が折れるんだよ、おれも」
 途端に悠里が耳を疑っていた。鏡はなんとなく、耳を塞いでいたくなる。
 御影の手をそっと引くけれど、いつものようにすぐついてきてくれはしなかった。何度も振り返るように揺れる手を握るのは、つらい。
 不思議そうについてくる兄に、顔をしかめて見上げた。
「平然としてるよね、悠里殺そうって思ったくせに」
「血が湧いたって言ったろ」
「風見佑理くん。君、パーティを組んでたわけじゃないのかい?」
「無所属。かなりスカウトはされてるけどな」
 声をかけてきた後ろへと、兄の足が一度止まって、また歩き出したようだ。
「ふうん……なら、君の実力に見合うパーティがあるといったら? 武道経験者もいるよ」
「パーティ組ませる気満々なのな」
「こいつあそこに放り込んだら無法地帯になるぞ」
 百も承知だよと、介は悠里へと肩を竦めて、佑理へと冷えたままの目を向けた。
「君がフリーでいるよりいいと思ってね。こっちとしても、連絡がつくところにいてくれたほうが助かるんだ」
「ふーん? そのメリットは?」
 兄に関する話が、後ろで流れていく。
 御影が不安そうに、鏡を見上げてきている。けれどなんとなく、目を合わせられなかった。
「……お兄ちゃん、輝石……大丈夫、かな……」
「大丈夫だよ、悠里と似てるから」
「……う、うん……鏡くんも、大丈夫? なんだかあまり、いい思いしてないみたいだけど……」
 喉にせまる圧迫感。
 黙っている自分へと、御影が不安そうに覗き込んでいる。
 悟られないように、苦笑いをなんとか浮かべた。
「……そう見える?」
「……ちょっとだけ……大丈夫?」
「大丈夫だよ」
 嘘なんて、バレるとわかっているけれど。
「俺、こいつと違っておとなしいけど?」
 もうバカ兄、黙っててよ……
「何言ってんだよ、家宅捜査で女の部屋の風呂場、勝手に捜索してたって話聞いてるからな」
「証拠あると思ったんだよ。パンツしかなかったけど、男物の」
「えっ……!?」
 手を握っている相手の肩がびくりと震えた。
 衝撃で鏡は瞬きをして、御影を見て目をまん丸に見開いた。
 絶句する御影の顔がそこにあった。誰に向けられているかなんて、鏡の兄以外ない。奏が疲れたように脱力し、悠里が思い切り吹き出して笑いだした。佑理が面白くなさそうに顔をしかめている。
 え、でも、今捜査って言った気が……あれ?
「み、御影ちゃん……」
「被害者宅だからな、なんか勘違いされてるけど。後悠、爆笑すんな」
「そ、そう、なの……? 嘘じゃない……?」
「だ、だいたい、こいつと恋愛なんて対極だからな。お前と一緒」
 必死に笑いをかみ殺した悠里からの説明を受けても、鏡と繋いでいる御影の手は微かに力が入ったまま。警戒するように鏡の背に隠れる御影が、なんだか小動物のように見えた。
「……そ、そう、なんだ……」
 全然信じてない。
 むしろ疑いが強まっている。いったいどうしてそこまで疑心を持っているのかと考えて、ぷっと鏡は吹き出す。
 警戒、するか。アレンがねつ造した介のエロ本騒動ですら、信じ込んでしばらく距離を置いていたほどだ。彼女がそういうものに全く耐性がないことさえも、もうおかしくてしょうがない。
 途端に御影から目を丸くされた。
「鏡くん……?」
「ぶっ、な、なんでもない……っ」
 なんとなく、兄への汚名を晴らさなくていいやと思った。
 その兄佑理の行く宛てについては、海理たちのパーティに相談するようだ。悠里が海理へとメールで連絡を取ったのも、介の海理への苦手意識が顔に出ていたからだろう。
 佑理が従兄である悠里へとからかうように目を向けている。
「へー。悠が気遣うなんてな」
「うるせえ黙れ問題児。とりあえずこっちに来てもらうことになった」
 途端に御影が不安そうな顔をしていた。鏡が御影に大丈夫だと背を擦る。
 悠里は呆れた目を介と御影に向けている。提案者本人がげっそりしていたのだから当然だろうが、話の中心である佑理の目が平たく据わっていた。
「お前らホント苦手だよな……大和のほう呼ぶか?」
「そんな危険人物に会わせる気かお前ら」
「安心しろ、お前もほとんど同じ土俵どひょうだ」
「まあ、風見祐理くんの上か下かと言われたら、上だろうねえ、はるかに……ただまあ、海理さんのほうが色々と都合がいいだろうからね」
「へえ」
 にやりと笑む兄に、鏡は悠里と共にじとりと睨み上げた。
「戦闘狂」
「異議なし」
「お前らもだろうが、戦闘狂どもが」
「きょ、鏡くんは、違う、よ……っ」
 うっと、純粋な援護に言葉が詰まった。佑理が冷めた目で見下ろしてくる。
「隠れてるけどかなり戦闘狂だよなぁ、鏡?」
「バカ兄と悠里よりはマシッ!!」
 ぎゅっと、御影の手に力がこもる。佑理を見上げる目が何故だか必死だ。
「そ、そんなことない、よ……鏡くん、自分から戦い挑むんじゃなくて、守ろうとしてくれてるんだもんっ」
 目を見開いた。佑理が何かに納得したように鏡と御影を見やってくる。肩を竦めた彼はそのまま歩いていった。
 いつの間に、介たちは追い抜いて行ったのだろう。
 御影がちらちらと佑理を見上げては、その度に鏡の手を不安そうに握っている。視線に気づいたらしい佑理が、やや顔をしかめた。
「あんまちらちら見られると気散るんだけど?」
 途端に怯える御影に、鏡は目を見開く。
「……ご、ごめんなさい……」
 落ち込む姿は――気のせいだろうか。
 普段の怯え方と、少し違って見えた。


掲載日 2021/05/01


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