境界融和世界の幻門ゲート

第25話「繋ぐ先、繋がるもの」01
*前しおり次#

「あ? 悠里の双子か?」
「ちげえ」
 やっぱり言われるとは思ったけれど。異口同音の兄と兄貴分、そしてテンプレートを綺麗に口にした海理に嘆息が漏れる鏡は、首を振った。
「片方うちのバカ兄です……」
「あー、そりゃ悪かった。しかしそっくりだな……髪の長さ違うぐれえじゃねーか。で? 話としちゃ、そのてめーの兄貴をこっちに入れるか否かって話みたいだが」
「ま、無理にとは言わねえよ。こいつらが勧めてくれてるだけだしな」
「こいつチームプレー苦手だし」
「単独プレーのほうが得意だよね」
 カーレースとか格闘ゲームとかサバイバルゲームとか。
 海理はそれを聞くと、はかまそでに手を入れて腕組みしている。
「単独な……オレは構わねーぞ。てめー見た感じ、武道経験者の中でもかなり修練積んだ側だろ。こっちも個人戦慣れした連中多いからな」
「意外にあっさりだな」
「今さら増えても気にしねーよ。――ただ」
「ただ?」
 悠里が怪訝な顔で聞き返した。海理がにやりと笑んで、鏡は乾いた笑みを浮かべる。
 こういう人だろうとは思っていたけれど。
「実力ちゃんと見てからだな。じゃねーとオレが後衛に安心して下がれねー」
「それ単にあんたが手合わせしたいだけだろ……」
「それにどうせ――」
 ちらりと、鏡は兄を見上げる。楽しそうな笑みは悪役がよく似合う。悠里とそっくりと言われても、これでは反論をする気になれなかった。
「へえ、面白いじゃねえか」
「こうなるよね……」
「どう転んでも実力見といて損はねーからな。ってわけでだ。あ、刀ここ置いてくぜ。ここの道幅じゃ迂闊うかつに振り回せねー」
 黒のうるし金箔きんぱくほどこされた、極道ごくどうに見間違えられそうなさやごと刀がテーブルに置かれた。ごとりと重たい音が響いて、鏡は舌を巻きつつも兄を見上げる。
「確か兄さん、武術関連って……」
「体術が一番得意だが、剣道、棒術、槍術は一通りかじった。半分くらい忘れてるだろうけどな」
「へえ? ――今回はてめーが一番得意な体術で構わねえ。オレもかじった程度だが、相手にはなれるぞ。ってわけで外出るか」
 立ち上がった佑理の笑みを、鏡は半眼で見送ることにする。御影が不安そうにしていて、頭をそっと撫でた。
「一応、これでも風見の長男なもんでな。簡単にやられる気はないぜ?」
「あ? 肩書きには興味ねーな。腕があるなら直に見せろ。そのほうがはえーからよ」
 二人と手合せしたことがある以上わかる。この二人は体術の使い方は違うが、実力は互角だ。海理が刀と魔術を使用する宣言をしていたら、さすがに兄が勝てるとは思わない。
 本音を言うと、この二人の手合わせは間違いなく、人間対人間に思えなかった。
 怪物対怪物だ。
 当番通り夕飯を作ることにした悠里と、それを手伝うと言った奏。そして観戦すると一人だけ見物しに行った介を見やって、鏡は溜息を溢した。
 そして数十分後のことである。
 介が先に戻ってきた。げっそりとした彼の顔を見て、鏡と悠里はああと悟った。奏が不思議そうに彼を見やったことで、御影も気づいたようだ。
「どうでした?」
「……戦闘狂と戦闘狂が手を組んだ」
「あー……ゴシューショーサマ」
 鏡もそれ以外言葉が出ない。戻ってきた海理と佑理の話し声を聞きたくなかった。
「ははっ、気に入った! まだ二十歳前後でそのセンスか。よそにくれてやるのはもったいねー。てめーうちに来い」
「そりゃどーも。あんたみたいに強い奴に気に入られるなんざ光栄だぜ?」
 まさか佑理と海理が、意気投合して帰ってくるという結末を見る羽目になるなんて思いもしなかった。
 地獄に仏はいなかったようだ。テーブルに着いた介がぐったりと背もたれに体を預けている。
「まあこれで、単独で動かれて下手な事件に巻き込まれてゲート化、なんてことはなくなると思うけどね……」
「あー……まぁ、俺と違って佑は無理だと思ったら引くだろうけど、確かに心配だわな……」
「ああ。無理と気づくのが遅れる可能性も否定できないからね。魔術の知識が浅い人がアンデッドに囲まれたら、もう目も当てられないよ」
 介にその狙いがあったことは、鏡も気づけていなかった。ただ、非常に苦いものを飲んだ気分になる。
「ゲート対策課から見れば、かもねぎどころか、具材全部背負ってきたレベルで助かる組み合わせなんでしょうけど……僕らから見れば鬼が羅刹らせつと手を組んだレベルですよ」
「ですよねえ……正直あの二人敵に回したくないです、やめてって言いたい……」
「てめーらどうした、随分変な空気背負ってるぞ」
 御影が怯えて隠れる先はやはり鏡の後ろだった。海理の苦笑いがやや気落ちしているように見えたが、悠里が素知らぬ顔で肩を竦めて返していた。
「いやー、史上最悪のタッグを見たなーって思っただけだぜ?」
「悠」
「おっと、第二ラウンドはお断りだ」
「いや待て、史上最悪はオレと大和で既に言われてるぞ」
 トリオになった……。
 苦い顔を隠せずにいると、奏が呆れた顔で男三人へと目を向けている。
「ご飯前に喧嘩と稽古はお断りですよー。食べないんだったら稽古に行く人の分はなしにしますからね」
「だから行かねえって。お前の作る飯、出来立てが一番美味いのに」
 途端に奏が顔を真っ赤にしている。また始まったと、鏡は肩を竦めて――御影がじっと奏を見つめている様子に首を捻った。
「御影――?」
「……あ、うん。なあに?」
 はっとして見上げてくる御影が、少し変に感じた。今までの彼女なら、それこそ笑顔で奏を見ていそうなのに。
「どうかした?」
「――えと、内緒」
「えっ?」
 内緒? 内緒って、どういうことだ?
 一瞬でせり上がる焦燥感を隠せずにいると、御影は柔らかく微笑んで食器を取りに行った。
「ど、どうしたんだろ……」
「……自覚しやがれ……まだ天理てんりの少女マンガ恋愛のほうがマシじゃねーか……」
 海理の痛々しいものを見たような声で、やっと彼が弟の名前を口にしていたと気づいた。悠里も現状に気づいたのか、奏を見るなり自分の顔面を覆っていて、鏡はなんとも言えない顔になる。
「あっちは……その、周りに気づけるだけマシというかなんというか……」
「マシじゃねーよ。全く、微塵みじんもな……」
「さらっと言うから不意打ちなんだと思うよ、悠里。自覚してくれ」
 介のとどめの一撃が、顔を真っ赤にして俯いている奏にもざっくり入ったように見えた。さすがの悠里も申し訳なさそうだ。
「……わり、全く気づかなかった」
「そういうことをさらっとやってのけるの、悠里だけじゃないから……って、バカ兄察したような顔しないでよ、同じ穴のムジナだからね!?」
 佑理が途端にないないと手を振っていて、思わず苛立ちが湧き上がった。
 ほら自覚してない――!
 御影が何度も不安そうに見ているのに。自分と兄を――というか、自分のほう……
 ……あれ?
「さすがにそれはねえ、れられたことぐらいはわかる」
「……同じく」
「……ただ自分の感情に整理つかないか、兄さんの場合突っねるもんね」
 悠里の小声を逃さなかった鏡の一言に、悠里が苦いものを飲んだ顔をしていた。佑理のほうはというと、肩を竦めている。
「吊り橋効果で惚れるような軽い奴に興味ねーもん。俺、おしとやかなタイプのが好みだし」
「ないわー」
「……? おしとやか?」
「あ、あー! た、食べましょう本当に! 今日茶碗蒸しだから冷めると美味しくないし!」
 奏の必死の声に、介と海理が居たたまれない様子で頷いていた。
「……もうもらうよ。いただきます」
「……オレのまで用意してもらってわりーな……」
 海理が自分の前に置かれた食事を見る中、悠里は――奏にちらりと目を向けていた。
「プリン」
「あはは、作ってますよ。今日のデザートか明日のおやつで出すつもりでしたけど」
「やりい」
 茶碗蒸しが美味しい。それだけを今は堪能たんのうしよう。佑理の刺すような視線を構いたくもないし、言ったことは本音だったのだから。
「ないわーってお前なぁ……」
 なのに、兄は気づいているはずなのに話しかけてくる。鏡は口をとがらせそうになって、兄をじとりと睨んだ。
「前山行った時にたまたま居合わせた現地の人といい雰囲気なの知ってるからね、僕」
「あいつはそんなんじゃねーから!? ただ付きまとわれてるだけだからな!」
「お兄ちゃん……そんな人だった、の……!?」
 鏡の隣から上がった震える声に、一瞬静寂せいじゃくが訪れた。
 佑理が呆けた。御影が衝撃を受けた顔で目を見開いている。
 食事が並んでいるにもかかわらず鏡は突っ伏し、笑いを必死に堪える。
 介と海理も吹き出しそうになっていたようだ。鏡はこっそり兄を指差した。
 そういえばこの指差し、悠里もよくやってたっけ。
「はぁ? 何が?」
「……だ、だって……!」
 御影やめて、そんな泣きそうな声出されたらもう……バカ兄……!
 ざまああああああああああっ。
「あ、あー……うん、ご飯美味しいなあ」
「ぶっ、く、食ったら吹き出しかねねーじゃねーか……!」
 海理もここまで笑うのか。ただ、見れない。笑いすぎて顔を上げられない。
「いや。意味わかんねえんだけど。なんか知らんが惚れられただけだし」
「……も、もういい、もん……お兄ちゃんの、バカ……!」
「は?」
 佑理が耳を疑う。介が突っ伏した。鏡はとっくに腹を押さえても呼吸が震えて仕方がない。御影が自分の服の裾をこっそり掴んでくれたことに、もう堪らなく嬉しかった。
 息ができないっ……!
「バカ兄……ざまぁっ」
「上等だ、後で表出ろ鏡!!」
「か、構わないよ……?」
 肩が震える。悠里は奏が話し込んでいたのか、不思議そうに自分たちを見やっていた。
「何がどうした? これ」
「え、あ、えと、わ、わかんない、です……」
「いやあ……うん。風見佑理くん。ちょっと君への認識改めるよ……」
「なんでなん」
 素で出た兄の関西弁に、介がついに盛大に吹き出した。口の中に物が入っていなくて幸いしたと思うぐらい、勢いよく。
 何はともあれ、今日は凄く充実した一日となったことに違いはなかった。
 ……兄への優越感が特に。
「てかな、これでも年甲斐もなく楽しみにしてたんだぜ?」
「え――え!?」
「は!? 今のもダメなのかよ!?」
 悠里の発言に何度も顔を赤くする奏がいても。何があっても、今日は気にならなかった。
 
 
「――はあ!」
 二つ目の遺跡は、植物が絡んだ土くれ人形をひたすら倒していった。何度砕いてもひとりでに立ち上がるそれの弱点は、介からは教えてもらえない。
 辺りは植物で覆い尽くされ、土人形を動かしているはずの魔法陣すら見えないだなんてどういうことだ。鏡はエルデの背後を取っていた人形に殴りかかり、腕を粉砕して呼吸を整えた。
 遺跡の中でも随分と奥に来たはずだ。道中も植物だらけだったが、まさかその苗床なえどこが持ち上がるだなんて誰が思うだろう。ここまで来て倒せない敵たちを相手にするだなんて思いもしなかった。
 本当にこんな遺跡を、介は以前攻略したのか? どうやって?
 御影は広い円形の部屋の中央を見やると、あっと口を開いた。
「きっとあれ、です! あのつる!」
「え、蔓!?」
「任せろ!」
 悠里が後衛に下がった。魔術で火を放って、中央の柱に絡まる蔦を焼き払う。
 途端に土人形が膝を突き、ガラガラとその場に崩れていくではないか。鏡はあんぐりと口を開けた。
「蔦が仕掛けだったんだ……」
「そう、正解だよ。地属性は水属性と合わさると、植物を自在に操れるらしいんだ。その植物に魔力を流して、土人形を操る力を送る配管にしていたんだろうな」
 言われて、炭となった植物の残骸を辿って、やっと納得した。
 中央の蔦へと放ったはずの火が、土人形にまで到達していた。部屋を覆う植物は無傷なのに。
 奏がかすり傷についた土汚れを叩いて落とし、手を軽く振って辺りを見渡した。
「けど問題は次の扉ですよ……どこだろ。入ってきた入口も蔓に覆われちゃうし、何度はがしてもまた覆われちゃうし……」
虱潰しらみつぶしに探すしかないのかな……」
 介に目をやるわけにはいかない。そうやって彼に頼っていては、自分たちは成長しないのだから。前回より危険な遺跡に入ることを望んだ以上、彼に頼り続けてはダメだ。
 周囲を見渡すと、やはり部屋全体を覆う蔦が気になる。恐らく悠里の魔術で焼くとしても無茶だろうし、力技を使おうものなら最初の遺跡の頃と変わらない。というわけで悠里には言外げんがいに釘を刺した。
 ねられた。
 気を取り直してじっと観察したのは、燃え上がった円柱に絡まる蔦だ。なんとなくじっとながめていると、介がおかしそうに近づいてくる。
「何かわかったのかい?」
「――介さん、このすすって落とせませんか……?」
「わかったよ。やってみよう」
 簡素な詠唱で、介の魔術によって水が湧き出し、円柱を一周して煤を洗い流した。途端に見えた文章に目を見開く。


掲載日 2021/05/01


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