境界融和世界の幻門ゲート

第25話 02
*前しおり次#

 
 この柱は太陽
 この部屋は夜
 昼をもたらせ。道を照らす術はそこに
 
 太陽? けれどこの柱は光ってもいない。蔦は燃えて、取り払うだけではダメなのか?
 ――もしかして。
「奏さん、この柱に明かりをともす魔術を使ってください!」
「あ、はーい」
 不思議そうにだけれど、彼女はすぐに詠唱に取りかかってくれた。
「開け幻門ゲート、我が門は光。スフェーンの輝石をもって、力をここに具現する。顕現けんげんせよ光。暗き道を照らす灯火となれ」
 円柱の柱が淡く輝き始める。瞬間、強まった光に誰もが目を庇って、植物の葉が擦れる音にはっとした。
 円柱に沿って、鏡の左手の床がゆっくりと沈んでいく。
 いや、扉が開いていく。
 下に見えた薄暗い階段は奥へと続いていて、床に流れていた水が静かに、階段の脇を流れ込んでいく。
 慎重に奥へと降りていくと、奏の首元で輝く、チョーカーにつけられた黄緑色の輝石の光で、先は温かく照らされている。
 ただ、奏は目を瞬かせていた。
「やっぱりブレスレットにしたほうがいいかなあ……明かりつけると見えづらい」
「じゃあ、ブレスレットそのものに明かりをつければいいんじゃないですか? いつも輝石を発光させてましたよね」
「……そのほうがいいかも」
「そういうとこお前抜けてるよな……」
 うっと奏が苦い顔になり、介がけらけらと笑った。
 螺旋階段のようにカーブする階段を降り切る。カーブの先にぼんやりと光を見つけて、鏡は目を丸くした。
「わ……」
「すっごーい、綺麗!」
 天井からこぼれる星空のような光の瞬き。薄暗い色の中、部屋の中心で、最初の遺跡でも見た魔石の台座かられる柔らかな光が部屋を照らしている。
 床にうっすらと張り、たたえられた水。湖面のようなそれを、植物たちが部屋いっぱいに広がり、庭園を作り上げている。
 天蓋てんがいを設けられた魔石の台座のそばに、魔術書と古文書らしいものが置かれていた。魔導鉱は部屋のあちこちで魔石の台座からの光を反射し、エルデが目を光らせて回収にかかっていた。
 卵形の魔石を支える彫刻がほどこされた台座は、今回は大理石ではなくガラスのような透明度をほこる水晶だ。夜を思わせる部屋に映える世界を映し込み、魔石からの光を受けて輝く色に、御影も奏も感嘆の声を上げている。
「綺麗、です……!」
「遺跡で頑張ったご褒美がこれって凄いですよ、嬉しい!」
「昔の仲間も、ここではしゃいでたよ。主に女性陣が」
「だろーな。って、まさかそれでこの遺跡選んだとか……んなわけねえか。お前だもんな」
「難易度の問題で選んだだけで他意はないよ」
「あーもう写真撮りたいのに、スマホのカメラじゃ映らないーっ!!」
 綺麗と喜んだ後で、全力で叫ぶ奏には、悠里も介も肩を竦めていた。
 御影がうっとりと見上げていて、鏡はそっと隣に行く。
「御影、こういうところ好きなんだ?」
「うんっ。自然があるところは、沢山写真撮って、集めてるの。この世界に、デジカメあったら、よかったのになあ……疲れ吹き飛んじゃうぐらい、綺麗……」
「そうだね……これを写真に残せないのはもったいないなあ」
 目に焼きつけていたい。本当の目的はこの景色ではないけれど、それだけ達成感が心を埋め尽くす。み渡っていく。
 ちらりと御影を見やるも、口を開く前にそっと、目を伏せた。
 きっと今勢い任せに言っても、わかってもらえないだろうな……。
「さあて、そろそろ魔石の台座に触れて帰ろうか。古文書は――これだけか。ああ、シャッフェンさんは魔導鉱持って帰るんだっけ」
「はい、全部回収できたかと」
「って早いな!?」
「回収しながら景色は堪能できましたので」
 鏡と御影は顔を見合わせて、ぷっと小さく吹き出した。
 奏が残念そうに「えー」と声を上げていて、悠里が目を細めている。
「もうちょっと見てたいのに……」
「なら置いてくぞー」
「え、い、嫌です! ちゃんと帰ります!」
「だから、君ら騒がしいって何度言えば……」
「騒いでるのはあいつだけだろ」
「君もセットだよ元凶さん」
「賑やかなお兄さんもセットかと」
 途端に反論しようとしていた悠里が吹き出して笑いこけている。奏が心底嫌そうな顔で介を見やった。
「えー……介さんとセットは絶対嫌です」
「おれだってお断りだ!!」
 悠里だけではなかった。
 御影も鏡も、肩が震えないように後ろを向くので精いっぱいだった。
 
 
 ――あれ?
 ありきたりだけれど、こんな疑問を持ったのは、この世界に来て初めてだった。
 遺跡から帰って一週間。魔石の台座から受け取った魔術をノートに書き出して、ふと疑問に思ったことがあった。
 
 心の証を呼び戻さん。惑いをはらえ、清浄たる意志をとも
 
 証のうた。そう名付けられていた魔術の効果のイメージは、魔石の台座に触れた時にそそぎ込まれていた。
 錯乱した人の心を正常に戻すことができるという、この力は。
「……ゲートになりかけた人でも、助けられるのかな……?」
 それと気になっていたのは、二つの遺跡から手に入った、様々な術書に書き込まれていた気になる言葉。
『あの子に会わなければ』、か。
「……誰だろ、『あの子』って……」
 そもそもどうして、この世界の文字を読めるのだろう。書けるのだろう。
 いや、それだけではない。あの声≠ェ何者なのかもわからなければ、ゲートという存在はなんなのか。どうしてそんなものが作り上げられたのか、全くわからなかった。
 今までそういうものなのだと流してきていたけれど、改めて疑問が渦を巻くと止められない。
 悠里が警察となり、ゲート課に所属して数年。介はこの世界にやってきて二年。そして海理が十年探し続けてきたこの真実は、未だ見出すことができないでいる。
 ――遺跡の中に答えがあるはず。そう介は検討をつけているようだし、鏡も同感だった。
『遺跡の中には声≠ェ遺したものがあるのではないか』
『わざと冒険者に挑戦させてゲートを生み出している可能性が高い』
 そう海理が指摘してくれた内容に、頷くものがあったから。
 介の話では、遺跡の中に本来置かれているのは魔石の台座、そして魔導鉱ぐらいなのだという。古文書はたまに置かれていて、魔術書なんてものは、魔石の台座に触れさえすれば魔術を得られるため、落ちてすらいなかったそうだ。
 古文書だって、ほとんどが昔の人々の生活を綴ったものだった。介が何度か解析を行ってくれているようだが、鏡も隣から覗いても、内容は大抵似たり寄ったりでしかない。
 もう一つ気になったのが、古文書という割には、この世界は文字の種類が変化していないことだろうか。
 隣に積み上げた本は全て遺跡から手に入れたもの。魔術書もある程度見直して、一通り頭に入れたし、自分用のノートに必要な限りを書き込みもした。けれど……。
「なんだか、遺跡にもぐれば潜るほどわからないなあ……」
「まだ考え事か?」
 悠里に声をかけられ、鏡は二段ベッドの上を見上げて頷いた。案の定、寝転がっている兄貴分はそこから顔を覗かせていた。
「今さらだけど、僕たちこの世界の文字をどうして読めるんだろうと思って。あと、古文書の文字も――今この世界で使われている文字と全く変化していないみたい。日本でだって漢字からひらがなやカタカナが生まれて、使われなくなった言葉や、意味を変えた言葉があるでしょ? そういう言葉の変化があって当然なんだけど……」
「ああ、その仕組みなら、昔の仲間から聞いたことがあるよ」
 介がひょっこり、ロフトベッドの下の机から顔を覗かせてきた。
「なんでも、この世界は創世から言葉の意味を変えられないようになっているみたいだね。新しい言葉が生まれても、一度決められた言葉の定義は変えられないみたいなんだ」
「えっ、じゃあこの世界って、言葉の進化が起こらないんですか?」
 目を丸くして聞き返すと、介は違うだろうと首を振っている。
「新しい言葉は生み出されているから、必ずしもそうとは言えないんじゃないかな。要は魔術を使う上で、言葉の定義が変わる不都合を起こさないためなんだと思うよ。で、おれたちはこの世界に来る時に、その定義を理解できるように、契約って形で保護されているんじゃないか、って話だ」
「契約、ですか?」
「まあ、平たく言うとこの世界で過ごせるようにするための、知識のり込みみたいなものじゃないかな。現に言葉だけじゃなくて、読み書きだって教わらなくてもできているだろう? それも日本語と変わりなくね」
 なんとなくだけれど、介が言いたいことは理解できた気がした。
 この世界は魔術を基盤としている。だから言葉の定義が変わると、詠唱を発動のキーとする魔術には不都合が多いのだろう。言葉の定義を正しく伝え続ける必要性は、この世界にとって最も重要な基盤のようだ。
 悠里がふうんと、頭半分だけ理解したらしい様子を見せている。
「それだけ言葉を大事にするんなら、神崎≠ェそこを狙って言霊ことだまって魔術を作ったのも納得だな」
「まあ、言葉は、この世界にとって一番古くからある魔法であり、契約らしいからねえ」
 それを悪用する神崎≠ノは、今でも怒りを覚える。
 介を、彼の昔の仲間を利用して殺して、挙句悠里と奏も苦しめて……仲間をあんなに傷つけられて、怒りが湧かないはずがない。
 絶対に思い通りにはさせない。
 ふと扉をノックされ、介が不思議そうに扉を開けに行った。奏がひょっこり顔を覗かせている。悠里に選んでもらった服を着ている――出かけるようだ。
「私と御影ちゃんで買い物行ってきますけど、何か買ってくるものありますか?」
「おれは特にはないかなあ。悠里と鏡くんは?」
「俺もなし。だいたい材料は遺跡行く前に買い込んでるしな」
「僕も――あ、やっぱりあります。医学用のノート切れちゃって……」
 悠里のげんなりした顔が、ベッドの上から覗いていた。奏が頷き、彼女の隣からひょっこり、御影が顔を出していて微笑む。
「わかりました。じゃあそれぐらいかな……寄れたらコーヒーの美味しいお店寄ってきますね。前のバイト先で教えてもらったんですけど、砂糖の加減にもこだわってるんですよ」
「へえ……来栖さん飲食店に詳しいんだなあ。じゃあ楽しみに待ってるよ。ブラックが助かるな」
「俺のは甘めの頼む」
「はーい」
 御影がおずおずと三人を見渡して、鏡へと柔らかく笑んでいた。
「行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい」
 ――。扉が閉まった。そこまではいい。
「あの、二人とも何? その目……」
「いや? ちょっとは気持ちだけ進展したみたいだねえ」
「だけってひどくないですか……」
 介にむっとすると、悠里の顔が引っ込んだ。
 二段ベッドが揺れている。肩を震わせているのが丸わかりだ。
「悠里……」
「俺何も言ってねえぞ……」
「じゃあなんでベッド震えてるの」
「まあまあ。というか、おれが言いたかったのは御影さんのほうなんだけどなあ」
「え?」
「はあ?」
 介が固まっている。鏡も悠里も耳を疑って、介を振り返っていた。
「え、あの、御影ってそんな表情全然なかったですよ?」
「知らないのかい? 彼女、最近来栖さんと出かけること多いだろう? 人見知りを克服こくふくしようとして、彼女についてきてもらってるみたいだよ」
「ええ!? で、でも人見知りって、無理やり治すものじゃ――な、なんで相談してくれなかったんだろ……」
「君に甘えてばかりで、自分が成長できてないって感じてきたのかもねえ」
 ずきりと胸の奥が痛んだ。
 ……なんだか、淋しい。
 甘えると言っても、御影は元々人と話すことに抵抗が強いみたいだし、仕方ないのだ。本当は悠里たちに慣れるまでも、鏡の手を握る彼女の手は怯えたように震えていた。それが二か月前に震えなくなり、手を離していても大丈夫になったばかりなのに。
「無理してないといいけど……」
「大丈夫だろ。一人で出てるわけじゃねえんだし」
「そ、そうだけど……」
「いや? 何度か一人だけで出てるみたいだよ。この間は悠里とおれに買い物の内容聞いてきたぐらいだしねえ。その時来栖さんは家にいたし……」
「ええ!?」
「へえ……本人が変わろうって頑張ってんだ。見守っとけ」
 ぎこちなく頷いた。
 不安がとれず、それが顔に出ていたのか、介からおかしそうに笑われる。
「まあ、それだけ大事ってことなんだろうねえ」
「……お前がそういうこと言うなんてな」
「へえ? それはお互い様じゃないか? 詳しくは言わないけど」
「さてな」
 介が言わなくても、なんとなくその言葉の意味はわかった。手元の本に目を落とした振りをして、こっそり笑う。
 悠里も介さんも、変わったよ。
 大和からメールが届いた。鏡はあっと目を瞬かせる。
「悠里、介さん。明日大和くんが来るみたいです。いいですか?」
「ああ、いいんじゃないかい? しばらくはおれも古文書や魔術書の解析したいしねえ、依頼受けることはないと思うよ。既に一度受けてゆとりはあるしね」
「あと、遺跡一回行く度に休みはそこそこ設けねえとな。すぐに依頼こなせるほど全員体力戻らねえだろ」
「輝石も、一日でにごりが全部取れるわけじゃないもんね」
 事実、一番魔力量が高い御影の石は、二日経ってやっとくすみがなくなるぐらい、消耗しょうもうが激しいようなのだ。鏡も仲間内で二番目に魔力量があるとはいえ、御影のそれよりもかなり少ないとわかる。そんな鏡でも一日半は猶予ゆうよがほしいと思うぐらい、消耗した輝石には慎重になりたかった。
 この輝石が壊れてしまうと、自分たちも今まで戦ってきた魔物や人々――ゲートたちと同じ末路を辿るのだから。
 
 


掲載日 2021/05/01


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