インターホンが鳴る。玄関へと向かおうと、鏡がリビングの椅子から立ち上がる前に、奏が走っていってしまった。彼女の行動はいつも速くて、正直舌を巻く。御影が小走りについて行く後姿に、苦笑いが漏れた。
介が教えてくれた通り、人見知りだけでなく、彼女なりに自分から行動しようと実践しているようだ。
ただ――
「はーい――ああ、白波瀬さんこんにちは。風見さんならいますよ、どーぞ」
「どうも。お邪魔します――あ、この間はどうも。これ、レーデンさんから」
「いつもすみません、こっち特に何もできてないのに」
「あの人世話焼くの好きだから、受け取ってくれたほうが助かるよ」
「あー、いかにも長男って感じですもんねえ。じゃあ遠慮なく。ありがとうございます。どうぞどうぞ、上がってください」
……御影は、一言も発せていないみたいだけれど。
大和とちゃんと言葉を交わせた初対面ですら、鏡の服の
介が大和の分の椅子を準備してくれていて、鏡はというと、茶を取りに歩いていた。悠里は――ああ、降りてきた。大和と少し言葉を交わして、怪訝そうにやってきている。
「俺らにも用なあ……」
「え? そうなの? 大和くんこんにちは」
「こんにちは。少し聞きたいことがあったんだ。街の人にも聞いているんだけど、念のため」
鏡は悠里と顔を見合わせた。肩を竦める彼に、鏡はぽかんとしつつも茶を出し、席に着く。
「聞きたいことって何?」
「ぐーてんたーく」
介の体が一瞬倒れそうになっていた。悠里が遠い目で、部屋に入ってくるツインテールの少女に目を向けている。
「お前……最近唐突すぎな」
「てへぺろ? 私はスマホというものを持っていませんので」
そう言われてみれば、エルデはこの世界の住人だ。異界の民のようにスマホで連絡を取り合えないのは当然か。
「先日の魔導鉱で新しい武器を作りたいので、採寸に来ました。来栖さんをお借りします」
「え、私!?」
「おーおー持ってけ持ってけ」
「え、ちょ楯山さん!?」
「では二階で失礼します」
「え、でも話あるって白波瀬さんが――」
「ここで採寸は
「声に出すわけじゃないでしょ!? ――だ、出すの!?」
鏡は居た堪れずに視線を逸らした。介と悠里に至っては何も聞かなかったふりときた。
「で、話ってなんだ? あとお前らさっさと行け」
「お借りします」
小柄な女性はずるずると奏を引っ張っていく。御影がきょとんと目を瞬かせた。介と悠里が疲れたように視線を放り投げ、テーブルに肘をついて額を支える始末だ。
大和が冷めた目で、眼鏡の奥から扉を見やって首を振っている。
「……自分から墓穴を掘る天才だな……」
「呆れた……」
「採寸って、お洋服、でしょうか……」
「は?」
冷めた大和の声に、鏡の隣で御影がびくりと怯えた。途端に困惑した様子の大和に、鏡は苦笑いを浮かべる。
「……は? 何」
「……ご、ご、ごめ、んなさ……!」
「……やりづらいなぁ……」
怯えたウサギのような反応には、彼は慣れていないようだ。肩を竦め、まあいいやと、介や悠里にも目を留めていた。
御影はまだ震えていて、こっそり、鏡は彼女の手を繋いでやる。
程なく戻ってきたエルデは、マイペースにも目標を達しましたと言いたげな顔。打って変わって奏はどこか消沈した様子だ。
「終わりました」
「早いなっ」
「彼女の場合は部分鎧が必要かと。というわけで武器屋ではありますが鎧の精製をやってみます。それに丁度いい魔導鉱が手に入りましたので」
へえと、介が目を見開く中、エルデは紅茶を準備し始めた。もう勝手知ったるなんとやらだ。
ただ、奏はいつもの椅子に座ったきり、何も言わなくなってしまった。いつもと違う様子に、隣に座っていた悠里が若干引いたほどだ。
「おい……大丈夫か?」
「……減って、た……」
……き、聞こえなかったことにしよう。
大和が目を据わらせていて、「進めていい?」と声に塩が入り始め、御影がまた怯えていた。鏡は内心溜息を溢して頷く。
「うん、お願い……」
「君たちさ、銃を使う冒険者か何か、見たり聞いたりしてない?」
「銃? この世界に銃なんてないだろ」
鏡は目を丸くした。悠里の怪訝な様子を見れば、答えは一発だし、思い当たる節がなかったのだ。
「そう言われれば、見たことないよね。この世界って、弓はあるけど銃はなかった気がするけど……そうでしょ? 介さん」
「ああ。おれも見たことないよ。来栖さんや御影さんもだろう?」
「あー……はは……ないですね……」
尋ねた介自身が、苦い顔で話しかけるんじゃなかったと顔に書いていた。苦笑いを浮かべる鏡は、黙りきったままの御影に目をやって固まる。
御影が困惑したように、一同を見ているのだ。
「あ……あります……」
一瞬で場が凍りついた。さっきまで落ち込んでいた奏も固まっている。戸惑う御影へと、大和が目を鋭くさせている。御影がまたびくりと怯えたけれど、鏡は落ち着かせる余裕もなく目を見開いていた。
「それ、本当?」
「お前いつ見たんだよ!?」
「ほんとだよ、いつ見たの!?」
「あ、え、えと……この間、お買い物に出た時に……道を聞いてきた人が、いて……その人が、ガンベルトしてたの。お兄ちゃんがやってたゲームで、見たようなの……」
「バカ兄昔からなんてゲームしてんの!?」
「いや、そこじゃねえだろ」
そうだった。悠里が仕事の顔さながらに表情を変えていて、御影が困惑しつつも目を合わせている。不安そうで、鏡はやっと彼女の手を握り直して、落ち着かせてやれた。
「どんな奴だったんだ? 少なくとも俺はこの半年、銃なんざ見たことねえぞ?」
「僕は一年、レーデンさんに限って言えばそれ以上だ。だからちょっと独自に調査してるんだよ……
「は、はい……」
恐る恐る、御影は頷いていた。
外国人のように薄い金の髪。それでいて、御影の目に留まるほどの魔石を所持していた。この世界の人間と見立てた彼女に、鏡も同意した。
「あと、気になったことが、あって……『輝石
「現地人かもしれないか……銃を『製造している』ほうなのかもしれないな……出回っていないところから見ると流れか、どこかのパーティの専属かも」
製造……それならとエルデを見やるも、彼女は眉間にしわを寄せている。珍しく崩れている無表情に、鏡は目を丸くしたも、紅茶を受け取って礼を伝えた。
席に着いた彼女は、いつものような無表情ながらのジョークは出す気配が全くない。奏の消沈のリテイクのようだ。
「そうだと、思います……魔導鉱を売ってるお店尋ねられたから……エルデさんならわかるかもって、思ったんですけど……上手く声出せなくて……」
「エルデの名前出してたらこいつにも被害が及ぶ可能性もある。そういう時は『知りません』ってしらばっくれんのが正解だろうな……が、銃……か」
悠里が唸るように思案の声を漏らした。鏡も空いた側の手でこめかみを突く。
「確かに気になるね。ここに来て、いきなり殺傷度の高い現代的な武器なんて……」
「銃って、こっちじゃあまりないんですね……」
「あまりないどころか、持ってる人の話を聞いたこともないんだ」
奏はちらりと介を見やっている。
「介さん、現代型って言われてる廃ビルの遺跡の遺産って、だいたいが機械に関係するものでしたよね? そこにも銃の製造方法なんて、出てきてないはずでしょう?」
「ないよ。そんな設備があったら、今頃大量生産されているはずだ。銃の製造方法を知ってる人が異界の民として来ていたとしても、一から全部作り上げるのには無理がある」
介が苦い顔で、いつも持ち歩いているノートに簡単な絵を描いてくれた。
……シンプルながらに比率の調整まで上手い。意外な特技だ。
「異界の民の海外出身者から昔聞いたことがあるんだ。銃はパーツが複雑らしい。それをネジ一本、ボディも質のいい金属の精錬、整形からしないといけない。製造ラインも整える必要がある。設備も技術者もないイドラ・オルムじゃ、その工程をやるにも人手がかかりすぎて非現実的なんだよ」
「でも、御影が銃を見かけたってことは、作り上げた人がいるってことですよね……」
「そうなるね」
短く頷いた大和が呻いている。
「海理さんも
「けど、現実作られたとなると、武器のパワーバランスが変わってくるわけだ」
大和が頷く。エルデが紅茶を小さく
「……もし、それが可能な人物に心当たりがある、と言えばどうしますか」
ぽつりと提起された問いに、介が耳を疑った。
彼だけではない。鏡も悠里も、話を持ってきた大和まで目を見開いていた。
「――は? どういうことだ、それは」
「言葉通りの意味ですよ」
「エルデさん、製造者を知ってるってことです? でも今まで銃が流通してたことなんてないでしょ?」
もし流通したことが一度でもあるなら、市場に持ち込まれたことがあるなら、目撃されたことがあるならば。
銃の存在は間違いなく新たな武器として期待され、その噂は一気に広まるはずだ。それがないということは、真新しく作られたということになる。
エルデはティーカップをソーサーへと静かに置いた。先ほどひそめられていた眉は、まだ微かに力が入っているように見える。
「ええ、こんな『製造方法を聞いただけでそれを作ることができる』ような天才、いるとすれば私が知る限り一人だけですから」
「そんな人、いるものなのか? 銃の製造には精密部品だってあるんだ。ガンベルトということは拳銃のはずだし……ライフルなんかの過程も経ていないだろうに、簡単には作れないはずじゃ……」
「その情報を伝えた人物が元々銃の製造に携わっていれば可能ですよ。彼は『情報を聞いただけ』で再現するだけの才能がありますから」
そんな、こと……できる人がいるのか?
エルデが嘘をつくとは思えないけれど、すんなりと理解することはできなかった。
介が苦い顔で唸っている。
「信じがたいけど、本職の君が言う以上はそうなんだろうな……」
「それと、一番考えたくない可能性ですが」
介を見やるエルデの目に、彼は微かに表情を歪めた。
「……『武器を一番上手く使いこなせる人物』に手を貸している可能性があります」
微かに怒気が混じった声と、顔。介は腕組みして、表情を歪めたまま目を閉じて溜息をついた。
「……それって、もしかしなくても、のようだね」
「その人が良心を持ち合わせてなかったら、最悪なことになりますよ……!」
「良心? 顧客相手にはありますが同業者同士にはありませんよ。それが鍛冶師です」
冷たく返された言葉は、冷え切った金属を肌に押しつけられたようだった。御影が身を震わせている。
「……あの人……じゃあ、その天才さんだったの、かな……武器使ったことなさそうって、言われたから……」
「そこまで言われたなら当たりだろうな」
「目利きも高いってことか……」
しばらく黙考していた大和が、エルデへと目を留めている。
「シャッフェンさん、その人の名前は?」
再び紅茶を口にするエルデは、静かだった。
いつもよりほんの少し音を立てて、ティーカップをソーサーに置いていた。
「……ファルチェ・シャッフェン。私の、実の兄です」