「え――!?」
目を見開いた奏の隣で、御影があっと口を押さえている。ガンベルトを携えた人物を見た彼女にも、納得いくものがあったのだろう。鏡はざわつく胸を抑えられず、エルデを見やる。
まさか大和が探す人物の心当たりを自分の兄と言い出すなんて。マイペースなエルデらしくない様子が少し見えたとは、思ったけれど……。
当のエルデは無表情に頷いている。悠里が呻くように顔を歪ませた。
「そりゃ、納得というかなんというか……」
「……そうだな。君に限って悠里ほど冗談言うわけないしねえ」
「おいこら」
「じゃ、じゃあ、そのお兄さん、この街で活動してるってことですか? ……魔導鉱を探していたのってその素材のため?」
「わかりません。何せ、数年音沙汰がありませんから……」
「……音沙汰がない……なら、この街に来た理由は本当に魔導鉱だけだろうな」
介は冗談を脇に置いて、じっとテーブルを睨んでいる。
「東響は冒険者も多いから、魔導鉱の売り買いは盛んだ。特に
「おそらくは」
「……これって、もしかしなくても僕の追ってる件とレーデンさんの調べてる件、繋がったってことでいいのかな?」
あっと、鏡は目を見開いた。
海理が追っていた件は神崎≠フ動向と目的。最近名前を尋ねて回るゲートがいると、介の名前を奪おうとしている男のことを調べていたはず。
けれど、当の神崎≠ゥら狙われている介は渋面を作っていた。
「海理さんが追っている件って言うと、神崎≠フことが主じゃなかったかい? 繋がりがあるようには思えなかったけどな……」
「……あ。さっきの、輝石の濁りのこと、ですか?」
「そういうこと。シャッフェンさんの話じゃ『武器を使いこなせるような人物』と組んでいるんでしょ? そして『輝石の濁り』。この二人が組んでいるって考えて間違いないと僕は思うんだけど、どうだろう?」
「いや……おれが知る限り、神崎≠ヘ武器なんて持っていなかったよ。あいつは魔術専門だったからね」
繋がりかけた線が消えてしまった。大和が目を微かに伏せる。
「違うのか……」
「うーん……名前を聞かれたならまだ納得は行くんですけどねー……御影ちゃん、そうじゃなかったんでしょ?」
尋ねられた御影へと目を向けて、鏡は喉が狭まった気がした。
彼女は青い顔で俯いて、黙っているのだ。悠里も表情をにわかに変える。
「おい、まさか……」
「は、はい……その……道教えてくれた人に、お礼もしないのはまずい、って……言われて、聞かれました……教えれなかったのに、言われたなあって……」
御影の手を強く握る。不安げな彼女の目が、鏡を見上げている。
悠里が苦い顔になっていた。大和がじっと考え、やがて顔を上げている。
「ビンゴだな、こりゃ……」
「……ありがとう。もし君たちがこの人を探すって言うなら僕も呼んで。協力は惜しまないよ」
「こちらこそ、助かるよ。こちらもわかり次第連絡を送る。――御影さんは周囲にしばらく気をつけるんだ。必ず誰かと一緒に行動すること。君の名前を使って何かするとは考えられないけど……狙われたら危険だ」
「は、はい……ごめんなさい、不注意、ばっかりで……」
「大丈夫だよ」
ぎこちなく頷いた彼女は、そのまま俯いてしまった。ただ、鏡は手を繋いで大丈夫だと伝えるしかできない。
つらくて堪らないだろう。人見知りを克服しようと頑張っていたみたいなのに。
ただ、どうしても目を背けてはいけないことものしかかっている。
「四人がかりでどうにもならなかった相手と組んでるし、銃を使うことは確定してる……警戒はしなくちゃね」
「しかもうちのメンバーってバレりゃ、神崎≠フ影が来ないとも限らない……厄介だな、こりゃ」
「あ、で、でも、苗字は名乗ってない、です……そんなにばれないと、思う、けど……」
いや、と、悠里は首を振っている。
「こっちは記憶見られてんだぞ。元々ここにいる全員の名前バレてると思うけど……やな予感しかしねえ」
「ちょっと待って悠里、それ初耳」
あの神崎≠ノ記憶を見られたなんて、いったいどういうことだ? 思わず指摘すると、奏が申し訳なさそうに俯いてはっとする。
「……わ、私の記憶見られてるんです……」
「なんだって?」
介も顔色を変えていた。御影が心配そうに奏を見やっていて、鏡は奥歯を噛みしめた。
まさか彰吾の妹か? ははははっ!
あの時の言葉は、奏が兄であるだろう彰吾という人物と、顔立ちが似ていたから出た言葉ではなかったのか。
「ってわけで――うちのメンバーは全員名前バレてる。しかもフルネーム」
「じゃ、じゃあ……ばれてるん、でしょうか……」
「ご、ごめんなさい……」
「お前のせいじゃねえって何回言えばわかんだ、ばーか」
奏の頭を、弱めの力で叩いた悠里の目は、微かに心配そうな雰囲気を見せていた。奏はうっと言葉を詰まらせたようだ。
「
「は、はい……わ、忘れてないです……」
「だったらそれでいいじゃねーか。一々責めんな。無理すんなって……ったく」
「……あはは……だ、大丈夫、ちゃんと戻します」
なんとか出したような笑みに、悠里が目を細めている。鏡は介と顔を見合わせて、少しだけ笑みを見せた。
「無理に戻すなって。凹む時は凹んでも構いやしないけどお前は極端すぎんだよ」
「えっ、きょ、極端?」
「そ、極端」
悠里なりに、向き合っているのだろう。
まだ不安な要素は沢山あるけれど。それでも少しずつ。
「……は、はい……気をつけます」
ぽかんとした奏は、頭半分も理解できていなさそうだけれど頷いていた。悠里は肩を竦めている。
「無自覚って厄介だよな……」
「悠里が言う? って思わないこともないけど、同感だよ」
「うっ」
「とりあえず介、当面の予定は?」
色々と言いたいことはありそうだが、悠里は一度区切ることにしたようだ。介は苦笑いを溢している。
「まあ、まだ依頼を受けるほど、資金も切羽詰まっていないからね。三つ目の遺跡に行こうと思ってるよ。街中を依頼で歩くより遭遇しないだろう」
「ペース早いな……けど確かに、隠れ
「ああ。おれもまだ行っていない遺跡があるんだ。そこなら神崎≠焉A罠を仕掛けてこないと思ってね……」
言われてみれば、介は自分が育ててきたパーティには、介自身が一度潜ったことがある遺跡にだけ連れて行っていたようだ。新たな遺跡に入ることはなるべく控えていたそうだから、ここで新しい遺跡に挑戦するというのは、相手も意表を突かれるかもしれない。
「ただ、遺跡に潜るんだから準備を
「だな。最初の奴みたいなのがないとは言い切れねえ」
「
「ああ、本気であの時はやばかった」
最初の遺跡のように、介が言うイレギュラーが今回だって存在しているかもしれないのだ。最大限警戒して挑むべきだろう。
「遺跡についての可能性は、海理さんからの資料で嫌な推測も上がってるからね。今回でそれを掴めればいいけどな……」
「では、私は準備に取りかかってきます」
すっと立ち上がったエルデは食器を下げて、手早く洗うと一同に軽く頭を下げて出ていった。奏が見送りに行って、すぐに戻ってきて溜息をついている。
「……
「お前肌出しすぎだろ、動きやすいっつっても怪我多くて当たり前だって」
「出してるって言っても腕だけでーす」
悠里の目が据わっている。鏡が苦笑いを溢すと、彼は溜息をついて諦めたようだ。
「ま、向こうさんもそろそろ動く可能性もある。気をつけていこうぜ」
「――はい。その時は絶対殴り飛ばします」
「……たまに来栖さんって
「わ、私も一発、殴ります……!」
場が一瞬で凍りついた。耳を疑って凝視する鏡と介を見やって、にやりと笑えたのは悠里だけだ。
「
「だ、だって……奏さんや悠里さんや、介さんのことあんな風にされて……! わ、私も、怒ってるん、です……!」
そう言う御影は確かに怒っているのだろうが、顔の凄みは雀の涙ほどにもない。悠里が生暖かく見下ろすぐらいにない。正直鏡から見ても幼稚園生が怒るそれだった。
「あー、ウン。気持ちすっげぇ嬉しいけど迫力ねえな」
「うっ……は、迫力ないの……は……あ、後からつけ、ます……」
「御影ちゃん無理しなくても……」
「そうそう、多分無理だから無理すんな」
ショックを受けたように目を見開く彼女は、必死に手を
「……君に迫力なんてあったら、鏡くんが戸惑うだろうからなくていいよ」
「なんで僕!?」
「いやあ、一番衝撃あるかなあと」
わざとだよねこの人!?
「つーか鏡だけじゃなくて全員戸惑うだろ、どう考えても」
「……きょ、鏡くんが、嫌なら……し、しない……よ……」
あれ?
微かに感じた違和感を脇に置いて、鏡は御影へと、目を瞬かせつつも頷いた。
「あ、うん、じゃあ迫力はつけないほうが嬉しいかな……?」
なんだろう、いつもの御影なら……どう言っていたっけ。少なくとも介からああ言われたら戸惑っていたような気がするのに。
「う、うん。わかったの」
「そうしてくれると嬉しいよ」
頭を撫でると、御影は嬉しそうに笑っている。
――なんだろう、何か引っかかる。
声を上げかけた奏が、おかしそうに笑って頷いていた。誰に頷いていたのかはよくわからなかったけれど、御影の手がテーブルの下に潜り込んでいて、鏡は首を
大和がそっと溜息をついた。
「ここは相変わらず糖分が高いね。さて、僕はお邪魔みたいだし帰ろうかな。銃の話を聞きに来ただけだし」
「えっ、あ、と、糖分高くなんて、な、ないですっ」
……。介の手からスマホが、落ちた。
…………。悠里の手から菓子が、落ちた。
……………………。鏡の手が、御影の頭の上で止まった。
え。
「えっ」
「は?」
冷えた大和の声に、御影がびくりと震える。それでも、彼女は手を震わせながらも大和を見上げている。
「……だ、だか、ら……! そういうのじゃ、ない、ん……です! お邪魔なんて思ってないですし、違うん、です……!」
「えっと……御影? 意味、わかって使ってる……?」
「……わ、わかるよ……! わかってなかったけど……」
ショックを受けた様子から一転、申し訳なさそうに落ち込む彼女へと、奏が苦笑いを溢しているではないか。
どういうこと。
「えっと……御影ちゃん。その話は風見さんと向こうでしてきたら?」
向こうで、話。
ムコウデ、ハナシ……?