境界融和世界の幻門ゲート

第26話 02
*前しおり次#

「えっ……えっ? えっ!?」
「……ほら、行ってこいよ」
 悠里からも言われ、目を白黒させる。御影の顔が俯いていて、赤くなっているではないか。
 うそ、まさか、いやでもそんな……!?
「ほら。風見さんも行く行く」
「えっ……!? あ、はい!?」
 どういう、ことだろう……というか
 どうなってるのこれ!?
 御影と一緒に、どちらからというわけでもなく出ていく。扉を閉めて、御影の顔が真っ赤だと再確認して、顔が一気に火照った。
 それでも彼女は、二階へと足を運んで――こもり部屋へと入り、鏡へと向き直っている。
 やっぱり、赤い。
「……あ、あの、ね……えと……」
 言いたいことを、纏められないのかもしれない。
 跳ね上がる心臓を抑えて、鏡はそっと御影の頭を撫でた。
「ゆっくりで、大丈夫だよ? ほら、深呼吸して」
「……う、うん……」
 そっと、震えながら吸われた呼吸が、小さく吐き出されていく。
 伏し目がちに見上げる彼女の目が、不安そうで、必死で、鏡は喉が持ち上がりかけた。
「あのね、鏡くん……ずっと私がわかってなかったから、黙ってて、くれてたん、だよね……」
「……うん、そうだよ。半分くらい諦めてたし……ね」
 気づいてくれたんだ……。
 鏡が胸の内にしまい込んでいたものを。きっと気づいてなんてもらえないだろうって、思っていたものを。
 彼女が自分の兄のことを好いているのは、わかっていたから。
 御影は悲しそうに俯いて、じっと見上げてくる。
 ――どうしたのだろう。
「それでも、敵から、庇ってくれたり……私が不安な時、手握ったりしてくれて……あ、あの、ありがとう」
「当たり前のことをしたまでだよ。御影のこと最優先に考えてた時だって多かったし」
「……当たり前じゃない、よ……気づけてなくて、ごめんね……」
「それについては、僕も努力するのを諦めてたし、おあいこだよ」
「で、でも……」
 ああ。
 御影にとって、自分のこの気持ちに気づけなかったことが、つらかったのか。
 けれど彼女にとって、一番は鏡じゃないはずだ。気づけなかったのはそれだけ御影が兄を想う気持ちが強かったからだろう。それに彼女自身、周りを見るのに不安を抱えていた。切羽詰まっていた。
 仕方ないことなのに。
 でも――
「……御影。えっと、今さら言うのもすっごく恥ずかしいし、また勘違いされるんじゃないかって、実は今凄く怖いんだけど……」
 ダメだと、わかっているけれど。
 一番では決して、ないけれど。
「ずっと前から、好きでした」
 御影が目を見開いた。大きなおっとりとしていた目が、はっきりと。
 真っ赤に染まり上がっていく顔に、恥ずかしさも、恐怖も、焦りも感じる。逃げたいとすら思う自分を、叱咤しったして留める。
 視線を彷徨わせる御影が、おずおずと見上げてきた。
「……鏡くん、お、怒らない……?」
 ――やっぱり、ダメだろうか。
 それでも言った以上は、どんな結果だって。
「怒らないよ。僕だって覚悟してるつもり」
 ゆるゆると首を振られた。その意味をよく、掴めなかった。
「……自分でも、気づけてなかったの」
 真っ赤な顔が。震えている、桜貝のような優しい色のくちびるが。
「ずっと、鏡くんといる時に一番ほっとするの。一緒にいたい、の……鏡くんの力になりたいって、思えるの……なのに、ずっと、わかんなくて……気づくの、お、遅くなっちゃった、けど」
 必死に伝えようと綴られる言葉に、鏡は目を見開いていく。
 それって、僕が感じてたことと、まるっきり――
「私も鏡くんのこと、好き……」
 ――同じ、だったの?
「大好きなの……」
 声が、出せなくなった。耳の中で木霊する言葉が信じられなくて、ただただ呆然と、真っ赤になっている御影を見下ろす。
「……ほんとに? ほんとのほんとに?」
「う、嘘つかない、よ……! 強くならなきゃって、頑張らなきゃって思えたの、鏡くんのおかげ、なのに……!」
 だから、一人で外に出る練習をしていたんだ。
 唇を噛みしめて、御影の頭を撫でる。撫でて撫でて、頑張ったねと、ただ伝えたい。
 裏目に出てしまったこともあるけれど。怖い思いをしていたのだろうけれど。
「そう思ってもらえるなら嬉しいよ……」
 鏡も、そうだったから。
 最初はなんとなく戦っていた。帰るためだと言い聞かせた。悠里たちに遅れを取らないようにしなければと、それだけだった。
 けれどそれが変わったのは……。
 
 泣いてたり戸惑ってたりしてたら、その間にこの世界に来て、同じ思いをする人がもっと増えちゃうもの。泣くのは、寝る前にすればいいこと、だから
 
 怖くても前を向こうとする彼女を、守りたいと思ったから。
「……で、でも……私、結局また役に立ててない……」
「そんなことないよ。僕は御影がそこにいるから頑張れるし、対アンデッドの時は御影がいなきゃ戦えてないよ。自信持って?」
 自信を無くしていた顔が、少しだけ泣きそうになって、ふにゃりと笑った。
「……鏡くん、あのね……私、ちゃんと頑張るから……だから、その……」
「絶対見捨てないし、嫌いにならないし、守ってみせるよ」
 もう決めた。ずっと前から決めていたことだけれど、改めて。
 絶対に違えない。一度諦めかけて、それでも隣にいてくれる笑顔があるのだから。
「――ありがとう……鏡くん、大好きだよ」
「Die meisten Liebe in der Welt」
「え? い、今の英語じゃない、よね?」
「秘密」
「え? う、うん……?」
 この訳だけは、ずっと秘密にしていよう。
 彼女がこの訳に辿り着いて知ってくれる、その時まで。
 
 
 
 もしかして、腹決めてないの俺だけ……か?
 従弟の背中をそっと言葉で押してからというもの、悠里は内心気が気でなかった。大和が呆れた目で鏡の後ろ姿を見送って、介はなんとも言えなさそうな表情で天井を見上げている。
 奏もぐったりとテーブルに伸びたままだ。心労をにじませた彼女へと、戸惑いを向けてしまう。
「……まじでこれどうなってんの?」
 らしくなく、焦りがかすかに滲んだ声だったような気がする。いや、焦っているつもりはないのだけれど。
 奏からは、疲れたような笑みをこぼされた。彼女には気づかれなかったようでほっとした。
「えーっと……なんて言うか、風見さんのお兄さんに会って色々と気づいちゃったみたいです。この間それで相談されて……」
「あー、なるほどな。御影の初恋多分ゆうだしなぁ。初恋こじらせてたのか」
 あの御影のことだから、大方その初恋自体にも気づいていなかったに違いない。それを恋愛と見るのか、憧れと見るのか相談する内に、何かしら変化があったのだろうか。
 奏が苦笑いを浮かべていた。
「御影ちゃんもそれは気づいてたみたいですよ。恋愛の話になって真っ先に出たのがお兄さんの話でしたからねえ……」
「……それがこの間の件で、ガラガラ崩れたのか」
 介の遠い顔の隣で、大和が溜息をついていた。奏は生暖かく笑んでいる。
「はい……再会してから色々と違うってわかったんじゃないかな。で、その時の風見さんの態度にやっと引っかかったみたいです。友達って感覚で見てない自分の気持ちも」
「あー、なるほどな。……おっそ!!」
「今ここにいる全員が思ったこと、全部代弁したよね、楯山さん」
 他に感想があるか。否。あった奴は順次そこに並べ、的外まとはずれたことを言った奴は以下略だと足をほぐせる自信がある。
「すっごく疲れました、教えるの……自分で引き受けたって言っても、あそこまでなんて思わなくて……」
「……この間も疲れ果ててたよなあ、来栖さん」
「もう私あれ以上にするのは無理……できたとしても罪悪感つらい……!」
「そ、そこまでか……」
 やっと上げた顔を、今度は手でおおう奏を見ていると居たたまれなかった。その経過を鏡から直に聞いた身としてはつまされるものがある。
 介はげっそりとした顔で溜息を溢している。
「たまに鏡くんから聞きはしたけどねえ……生殺しを越えてたろう」
「その分俺は鏡から愚痴られてたりストレス発散付き合わされてたけどな……」
「……御影ちゃんからしきりに聞かれてたんですよ、私も……。風見さんが最近ちょっと変だって。好意の受け止め方、御影ちゃん知らなかったみたいですね」
「……けどあの二人、こういう話初めてだろう? ちゃんと進んでいるならいいけどねえ」
 ……。
 介のコーヒーをすすりながらの一言に、奏が心配そうに廊下を見やっている。そこまで心配しなくともとは思うが……。
 大和は帰れるのだろうか。一階の廊下で会話されていたら帰るに帰れない気がする。
「だ、大丈夫でしょ、きっと……本題に入れない、なんて状態じゃないといいけど……」
「というかこれ、鏡くんから切り出せなかったら今までの努力水の泡じゃないか?」
「本人いたら槍刺さってますからね、そういうことさらっと言わないでくださいっ」
「その辺は大丈夫だろ。ヘタレではあるけど一度決めたら実行力あるぜ」
 コーヒーを飲みながら返すと、介は「まあねえ」と相槌を打っている。
「戻ってきてないみたいだし、そうだろうねえ。籠もり部屋占領って状態だったら目も当てられないけど」
 それらしい扉の音もないし、うん。あいつも風見だし大丈夫だ。……うん。
「……風見さん、実行力凄いですよねえ……主に……御影ちゃん守る方面で……」
 一瞬、「主に」の後が過保護と続いていそうに聞こえたのは自分だけだろうか。……自分だけだろう。ただ、彼女の言葉には頷かざるを得ないものがある。
「否定はしねえしできねえな。あと下手したら徹夜稽古になるから、その時は明日の予定繰り上げてくれ」
「あ、あはは……明日予定入ってました?」
「……遺跡行き以外ないよ。大丈夫、この状態で行くほど鬼畜はしない」
 助かった。きっと鏡のことだから、返答次第では稽古という名の感情のやり場を作ってやらないとまずい気がしたのだ。
 ただ、あの二人の様子を見る限り、鏡にとっての最悪の返答はまずあり得ないだろうけれど。
「鏡はああ見えて、動いてたほうがいらねえ考え事しないタイプだ。俺と同じ血筋なんだし。まぁ御影は集中できなくなるだろうから、一日開けることには賛成だが」
「ですねー……あと御影ちゃん、今回の一人で外に買い物に出たのも、頑張ろうとしてたんですよ。だから集中できなくなることはないんじゃないかなって……信じたいです」
「信じれてないだろうその言葉」
 さっくりと刺す介に、奏が震えながら溜息をついている。その様子に身を引いたのも介で、大和は冷めた目を二人に向けている。
「だってあの子、買い物一人で行くにも声出せなくて固まってたんですよ……! 遠くから見守っててって言われたけど、結局出る羽目になっちゃったし!」
 うわ。
 聞けば聞くほど居た堪れない。また机に突っ伏した背中の痛々しさに、悠里は苦い顔になった。
「……お前頑張ったな……」
「というか、重症だよね」
「重症ですよ本当……! けど、さっきの独りで外に出てた話は私も初耳でした。もう練習してたなんて……」
 なるほど、気づいていたのは介だけだったのか。彼女なりに自分でなんとかしようと、それだけ必死だったのかもしれない。
「ま、当分一人で出すのは禁止だけどな。ヤバすぎるわ」
「そうだね……必ず全員、誰かと一緒に行動したほうがよさそうだ」
 奏も介も頷いていた。大和は疲れた顔で溜息を溢していたけれど。
「あとさ。僕、帰るタイミング逃したんだけど帰っていいよね?」
「帰りたいならどうぞ、と言いたいんだけど、あの二人がどこで話してるかだろうねえ。ばったり会ったらそばを通り抜けられる自信あるかい?」
「だよね。あー、帰りたい……」
「あ、あはは……い、いつか帰れますよ……ご飯、食べていきます?」
「そうさせてもらってもいいかな? 帰りづらいよ、これ」
 今日は天ぷらのつもりで、既にある程度がっているからいいと思う。むしろこれはびのつもりだったし、食べていってほしかった。
「悪いね……アレンのおかげで無自覚の砂糖から解放されたと思ったらこれだよ……」
「全部の起爆剤アレンさんですよね……」
「わかった、帰ったらアレンくん締めておくよ」
 随分と綺麗な笑みだった。奏が微かに身を引くほどに冷気を纏った、綺麗な笑みだった。
 天丼にしたい奴はいるかと声をかけると、全員が挙手するものだから、たれを急遽作ることになった。奏が手伝ってくれ、介がテーブルの準備をしながら唸っている。
「ああ、そうだ。さっきの話に戻すけど、海理さんからの話を聞いて少し引っかかってることがあってね。的外れな推論だといいんだけど……」
「的外れでもなんでもいい、聞かせてくれ」
 案の定、彼はすぐに話す気だったのか頷いてくれた。
「あいつ――神崎≠セけど、おれ以外にも、呪術に使えそうな名前を集めているんじゃないかと思ってね」


掲載日 2021/05/01


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