この遺跡は、介も初めてだという。
ただ彼曰く、彼の昔の仲間が一度探索したことがある遺跡だそうだ。彼がまだ知らない古文書がその中にあるはずだと見当をつけていた。
毎度お馴染みの、大昔に作られたのだろう石造りの古めかしい遺跡。今までの相違点といえば、扉に作られた突起の塊だった。丁度人の指を当てれば、一つのブロックがまるまる隠れる程度の突起は見覚えがある。
規則性をすぐに見抜いた鏡は、指を滑らせて納得する。
「やっぱり。これ点字だ……『この先進むならば、
読み取った直後、介が非常に苦い顔をしている。悠里も顔を微かにしかめたようだ。
「随分不穏な単語が出たな。今までの遺跡にもなかったわけじゃねえけど」
「ああ。選んだ遺跡間違えたかな……」
「今からでも引き返しますか? ――あ、まだほかにも点字ある……『右の道を選ぶ者には破滅あり』……?」
ここまで警告だらけだと、介でなくとも
「ここ、異世界なのに、あるんだね」
「そうだね……不思議だけど、僕でも読み解けるから助かったよ」
他の手がかりがないか、じっと扉を見やっていた奏は、介へと振り返った。
「ここの攻略、そんなに難しそうだったんですか?」
「いや……あの人たちの――昔のチームの何人かは単細胞だったけど、すんなり解いてたって聞いたよ」
「相当なブレインがいたんだな、そりゃ」
「そうだねえ……あの人も知識っていうデータ量は人一倍なのに、その気にならないと頭回らなかったからなあ」
「直情型ってのはそんなもんだろ」
もしかしなくとも、それは介がよく話す
奏から目を逸らした介を見てありありと想像できた。妹だろう彼女がこれだけまっすぐすぎる性格だ。
鏡の隣に御影がしゃがみ込んで、首を傾げている。
「えっと、左に行けばいいってこと、だよね……? なんだか、変だね。右にそんなに行っちゃいけない理由、あるのかな?」
「へえ、どうしてそう思うんだい?」
目を少しだけ丸くする介へと、彼女は不思議そうに振り返った。
「だって、点字って読める人、そうそういないです。左が正解って書けばいいのに、右は行ったらダメだよ、って、なんで書くのかなって……」
悠里が意外そうな様子で御影へと振り向いていた。やがて思案の声を漏らした彼は同意している。
「御影の言うことも一理あるな。どっかに別のヒントがあるかもしれねえ。探してみようぜ」
「そうですねえ――でも、同じような点字みたいなものは、この辺りにはなさそう」
言われて、鏡も扉や周辺を見渡して――同じ結論に至った。
他に点字も見当たらない。注意書きのようなものも存在していない。変な遺跡だ。
「少しだけ進んでみて、ヒントがなさそうだったら、別の遺跡に行ってみるかい? 入口は閉ざされることはないんだ。様子を見て判断するのもいいかもしれない」
そうか、扉を開けたままであれば閉じ込められる危険もないか。
介はけろりと肩を竦めていた。
「少なくとも分かれ道の前までにヒントがなければ、踏破者なんて出ないしね。……おれの昔のチームなんて、それこそ単細胞だらけだったんだ。出られたはずがないよ」
酷い言い草だったが、鏡は苦笑いしつつ頷いた。
「ですね……また点字なら僕が読みます、ある程度は読めるので」
「頼んだよ」
「じゃあ私と楯山さんで、道に罠がないかどうか、怪しいものがないかどうかチェックしましょっか。シャッフェンさんは後ろお願いしますね」
「ああ、それなら任せろ。そういうのは得意だ」
エルデも頷いている。鏡は観音開きの扉をそっと押した。
「じゃ、進んでみましょうか――うわっ」
扉を開けた瞬間、鏡の顔が引きつった。後ろから覗き込んだ悠里と奏も呻いている。
壁を覆い尽くした突起の羅列。奥まで続いている凹凸はどう考えても点字の山だ。奏が明かりを灯す魔術で、鏡と悠里、奏のブレスレットが柔らかな光を纏って道を照らす。
介も覗き込み、顔を引きつらせていた。
「あの人たち、よくこの遺跡を解く気になったな……単細胞三人も抱えて」
「目を通すのに疲れて、苛々して進んじゃいますよね……」
悠里が足元に罠がないかを確認して、奏が壁や床に手がかりがないか探してくれる。鏡も点字をじっと睨んで、あっと目を見開いた。
一か所、
「お前ら足元気ぃつけろー、ここ、トラップあるから。多分岩落ちてくるな、これ」
「早っ」
「ま、まだ入ってそんなに進んでないのにトラップか? おれたちみたいに入口を開けたままにしてる冒険者のせいで、罠が外に出たらどうする気だったんだ……」
「そう、ですよね――」
慌てて振り返った一同は、勝手に閉まった扉に愕然とする。
「行きはよいよい、帰りは怖い……か。早速帰らせる気はないみたいだぜ?」
「嘘!? 誰ですか勝手に閉まらないって言ったの!!」
「おれだけど、こんなの初めてだよ……もうこの時点で普通の遺跡と違うぞ。出る方法は――ダメだ、この点字全部読み解くなんて真似しても、見つかりそうにないな」
言わずもがな、両側の壁にびっしりと作られた大量の突起と格闘するなんて、点字の知識が鏡しかないこのメンバーでは無理がある。そうだとしてもこのほとんどはダミーだろう。やるだけ時間の無駄だ。
奏が扉へと走って、手がかりがないか探ってくれているが、首を振って帰ってきた。鏡も念のため壁の点字をいくつか読み解いたが、意味不明の言葉の羅列ばかりだ。役に立ちそうもなかった。
ただ、やたらと大きな点字の一文以外は。
「やっぱりダミーですね。ここから出たければ一番奥まで行かなきゃダメみたいです」
介へと振り返ると、彼は難しい顔をして呻いている。
「そう来たか……」
「慎重に進んでいくしかないですね」
「トラップも多そうだ。全員気をつけろよ……特に御影」
心配を隠せず見やると、御影は悠里を真っ直ぐ見上げて頷いていた。
「はい――私、考えることしかできないですし……引っかからないように、します」
悠里がにっと笑む。鏡もほっと笑って、御影の頭をそっと撫でた。
「強くなったもんだ、頼もしい限りだぜ」
「本当にね」
きょとんとする御影へと、戻ってきた奏がおかしそうに笑っている。
「前はおどおどしてばっかりだったからね、御影ちゃん。さあて、負けてられないっ。罠しっかり発見していきますね!」
「つーか、前までなら絶対虚勢張ってたもんな」
「君らもね」
しれっと釘を刺す介に、気合を入れたばかりの奏の目があらぬ方向へと逸れていった。対する悠里は応えた様子がないけれど。
やいのやいのと、また始まった大人組の口喧嘩に、鏡はこっそり溜息をついた。御影が傍に寄ってきて、そっと袖を引っ張ってくる。
「鏡くん。点字の早見表みたいなの、持ってる? 今のうちに覚えておきたくて……あ、足元はちゃんと気をつける、よ」
「あ……ごめん、さすがに点字は想定してなかったから、僕の知識だけなんだ。紙とペンがあれば書き出すけど……」
「そっかあ……気にしないで、大丈夫。私なりにできること、まだあるはずだから……」
ふにゃりとした、柔らかい笑みで拳をぐっと固める彼女は、小さくガッツポーズをしていた。迫力はないけれど心強い。
早々に口喧嘩の輪から抜け出したらしい悠里は、言い負かされかけた奏の頭を叩いて前に引き戻している最中だったようだ。口の端に殺しきれていない笑みが覗いている。
「力合わせりゃなんとかなる。適材適所活かしていこうぜ?」
「そうだね。頑張ろう!」
「張り切ってくれるのは嬉しいけど、張り切りすぎて疲れないようにね」
「あんまりテンション下げること言わないでくださいよー……」
口を尖らせる奏は、先行して罠がないことを確認しに行く。すると大きな声を上げて立ち止まったではないか。
「嘘っ、分かれ道もないのにもう扉!?」
変だ。罠があって、点字だらけの道で――それですぐに扉だなんて。
悠里が
「罠かもしれねえから各自気をつけろ……開けるぞ」
開いた扉の先は、また通路が一本道で延びている。先ほどより道幅は広い気がするけれど、さらに次の扉は視界の向こうにはっきりと見えているし、道の中ほどには大きなブロック状の点字が見えている。一つ一つの突起は腰かけられそうなほど大きく、道の入口からではなんと書かれているかはわからなかった。
変な遺跡だ。扉を開けた悠里は、扉そのものに罠があるようには感じられなかったようだ。
「また点字か……鏡、足元に気つけながら頼む」
「了解。みんなも気をつけて」
部屋全体に目を配りながら、注意深く進んだ。拍子抜けするほど何もなく、点字のブロックへと辿り着き、鏡は大きな点字を見下ろして首を傾げる。
「『三』……?」
「あっ、この扉の裏側にもある……何ここ、点字知ってる人いなきゃ進めないじゃない!」
「……いや、そうでもないみたいだ。ブロックの間に説明書きが書いてあるよ……なんだこれ。『行きに気をつけよ』? 遺跡なんだから当たり前だろうに……」
「『このはしわたるべからず』みたいな奴か?」
入口にも点字?
怪訝に思って振り返るも、介たちの影でよく見えない。奏が、その後ろから御影が、鏡の通った道をなぞるようにやってきている。
「風見さん、どうです?」
「それが、この点字は『三』としか書かれてなくて……」
「え、三?」
「それって、どう――」
御影の体が沈んだ。
足元に空いた黒へと落ちていく彼女の体が、ふわりと浮いて――
「な――!?」
伸ばした手が宙を
伸ばされた手が、指が、鏡の指を
「御影!!」
穴が、床に塞がれた。肺が強く締めつけられる、息ができなくなる。
穴があった場所を力強く叩いても叩いても、穴は一向に開く気配がない。悠里が目を見開いて見下ろし、駆けつけてきた。
開け、開け――!
「――っの……! くそ!!」
「なっ、どこにトラップあったんだよ!?」
「わ、わからないです、今までちゃんと調べてきてたのに――!」
「まさか」
介が振り返り、苦い顔で
「『三』って……言ってたね。まさかここを通る三人目だけ、『行きは気をつけよ』ってことだったのか……?」
「じゃあ、もしかして……」
奏が、御影が立っていた位置に恐る恐る乗っている。飛んでも
「やっぱり、上に乗っても反応しない! ああもう!!」
「なんつー悪質なトラップだよ……! 下行く方法探すしかねえな……っ!」
鏡の腕が震える。奥歯を力いっぱい食いしばって、
壊れたナックルを見下ろして、無理やり息を吐き出した。
落ち着け……見つけなきゃ……
「なら御影さんが出る方法がどこかにあるはずだ。おれたちが辿り着けるか、御影さん自身が出られるかはわからないけど……」
見つけなきゃ……!
「おれの昔の仲間がこのトラップに引っかからなかったなんて絶対あり得ない。全員で出てるって聞いてるんだ、彼女は無事だよ。先に進んで助ける方法を探そう」
「……わかりました、床を壊して強行突破は無理そうですし」
平静を取り繕って立ち上がる。今すぐにでも走って探し出したい衝動を堪える。介が眉をしかめていて、怒りをぶつけないよう目を逸らした。
エルデが傍に寄ってきて、背負っていた袋を一つ降ろしている。
「そんな鏡さんに新作があります」
「なんでこのタイミングだよお前ら。危機感持てよ……特にエルデ」
「てへぺろ?」