境界融和世界の幻門ゲート

第27話 02
*前しおり次#

 黙って袋を受け取り、新たなナックルと壊れたナックルを入れ替えて、手に嵌め直した。
 前のものよりしっくりくる手応えに、拳をぎゅっと固める。
「……とりあえず全員落ち着こう。特に鏡くん。ナックルの予備がなかったら、この先どうする気だったんだ。冷静にならないと助けられるものも助けられなくなるよ」
「……すみません、取り乱しました。エルデさん、ありがとう」
「いえ。いつ出そうか忘れていただけですから」
 声をいつも通りに、装えなかった。
 奏が心配そうに見下ろしてきて、この先に罠がないか先行して確かめに行く。
「ここまで罠はないです! 扉に書かれてる文字は……え、『覚悟なき者は幻影に散る』……? な、何これ」
「覚悟なき者……か」
 悠里の呟きに、鏡は扉を睨んだ。奏が苦い顔で扉を見やっている。
「なんなのこれ……この遺跡悪趣味すぎ……」
「まったくだよ。本当に……っ!」
「完全スイッチ入ってんぞ、鏡」
 もう言われたって気にしなかった。そんなことどうでもいい。
 今こうしている間にも、御影がどうなっているか――!
「ここで文句を言っても始まらないよ。全員が出る方法は間違いなくあるんだ。扉に罠なんかはないかい?」
「扉自体にはなさそうだ。奥は……」
 聞き耳を立てる悠里が、ないと手を振った。介が頷いて、鏡の肩に手を置いて力を入れてくる。
 とても弱かった。彼の言いたいことがわかって、視線をらす。
 わかっているのだ。けれど落ち着けるわけない。
「慎重に開けてくれ。これだけ罠だらけなんだ。次に何かあってもおかしくない」
 次の場所は、正十二角形というやけに角の多い部屋だった。入ってきた扉の真正面、対岸にあたる場所に据えられた扉は半球形の窪みを抱えており、部屋の中央に置かれた十二個の水晶球を見て拳を固める。
 この中のどれかが正解の鍵――
「『十二の守護たる主、夜の連なり。始まりの扉に乙女の涙。見つめる先に正しき主を捧げよ。見つめる先より道は開かれる』……って書いてありますね……」
「天文学だね」
 淡白に答えると、介が隣にやってきた。周囲を見渡す彼は顔をしかめている。
「――解けそうかい?」
「うん。始まりの扉が処女宮……乙女座。向かい合うところを考えると一番奥は宝瓶宮……いや、双魚宮……魚座だね」
 青年から溜息をつかれても、鏡は苛立ちを抑えきれなかった。
「落ち着けって言った傍からこれじゃあね……鏡くん。別に今さら気にしてなかったけど、苛立ちで口調崩れてるよ」
「もう取りつくろうの面倒だから気にしないで」
「……風見さん……」
「大丈夫、心配しないで」
 ぴしゃりと言い返した。奏から向けられる心配の目だって、今は嫌だったのだ。余計苛立ちが止まらなくなる。
 介が溜息をつき、奏に声をかけたようで、彼女はうっと言葉を詰まらせている。
「魚座……は……うっ、星座のマークなんて私知らない……」
「リトシトさんから教えられてるからある程度はわかるよ。これだね」
 球体を渡されたのは鏡だった。黙って扉にめ込み、ゆっくり開く扉の先の通路を睨みつけてさっとすり抜ける。奏が慌てて先行して、罠を確かめるからと鏡を留めさせた。
「悠里。だんまり決め込んでるけど大丈夫かい?」
「ん……ああ、なんとか」
「……そうか。なら一度後衛に回れるかい? この調子じゃ君、罠なんて見る余裕なさそうだよ。シャッフェンさんと位置を入れ替えて、落ち着いたほうがよくないか?」
「気にすんな、ちと考え事してただけだからな。意識散漫さんまんさせて悪かった」
「――わかったよ」
「罠はないです! 大丈夫、進めそうですよ」
「よし、んじゃ行くか」
 急がなきゃ――!
 
 
 
「悠里。だんまり決め込んでるけど大丈夫かい?」
「ん……ああ、なんとか」
 微かに上の空気味な返事を返したからか、介は悠里へと眉をひそめて見上げてきていた。彼も一応長身の部類だが、自分ほどではない。じっと見上げられ、エルデへと目を向ける彼の意味に、なんとなく気づいた。
 おかしくなってる、か。
「……そうか。なら一度後衛に回れるかい? この調子じゃ君、罠なんて見る余裕なさそうだよ。シャッフェンさんと位置を入れ替えて、落ち着いたほうがよくないか?」
「気にすんな、ちと考え事してただけだからな。意識散漫させて悪かった」
「――わかったよ。……これは思ってた以上だな……彼女の精神的支柱は……」
 それは――鏡に対してだろうか。
 いつもは冷静さを被っている鏡があれだけ苛立ちを、焦りを隠さないのは確かに悠里も心配だった。ただ露骨にそんな様子を見せては、かえって悪循環だ。奏もそれで火傷しかけたようなものだし、介も彼に声を無理にかけないようにしている。
「罠はないです! 大丈夫、進めそうですよ」
「よし、んじゃ行くか」
 悠里はただ、微かに震える自分の手から力をそっと抜いた。『いつも通り』という仮面を被って、装って、奏が見落とした罠がないか確かめる。
 どこかに何かないだろうか。まさか、御影がそのまま出られなくなるなんてことは……。
 考えるな。それより先に手がかりを見つけなければ、鏡の抑えているものが溢れ出す。
 気づけば奏が見上げてきていた。考え事なんて性に合わないことをしているうちに、こんなに近くにいるなんて思わなかった。
「楯山さん。普段通りを装ってないですか……?」
「……気のせいだろ? あんまいらねえこと考えてっと、さっきの俺みたいになるぜ?」
「――本当に私の気のせいなら、楯山さん……『違う』って、いつもなら言ってると思いますよ」
 思わず閉口した。
 目を逸らすと、彼女は心配そうにしつつも俯いている。
「……あんまり指摘されたくないなら、このことは黙ります……」
 ただ、沈黙を守る。
 彼女は見上げてきたけれど、すぐに鏡の状態を見て思考を切り替えたようだ。慌てて周囲の確認に戻って、あっと足を止めている。
「ここ、このブロック踏まないでください。槍出てくる仕組みみたいです」
「……さといのも考えもんだよ。ったく……」
 誰にも聞こえないように吐き出して。
 苦い顔をしないように、『いつも通り』を貼りつけ直した。
 通路の先は、大きく口を広げられた円形のホールのような部屋だった。
 ――それどころか通路との間には、今まで設けられていた扉すらなく、そのままホールが口を開けている。中央には自分たちの目的である魔石の台座が鎮座ちんざし、白と黒に二分された石で掘られた台座には、何やら文章が刻まれている。
 台座に抱え込まれた卵型の魔石は今までのものより小ぶりな気がしたし、中で輝く属性の色は何故か橙色だいだいいろ――光属性のみだ。今まで見てきたものはもっとさまざまな属性の色があった気がする。
 ここで終点か? まさかそんなはずはないだろう。だとしたら御影はどうなる? どこから出られるのか?
 文章へと目を留め、鏡と奏の後ろから覗き込んだ悠里は眉をしかめた。
『我が源に正しき力を当てよ。我は闇。は 暗転の力を望む者なり』、か。
 もしかしなくとも、闇の属性を当てればいいのか? とりあえず介に聞くか――
「えーと……奏さん、この台座に光の槍の魔術、お願いします」
「あ、はい」
 鏡の敬語が復活している。奏が慌てて頷いて詠唱を始め、悠里は鏡を見下ろした。
「闇じゃねえのか?」
「多分引っかけだよ。ほら、ここ」
 示されたのは、『は 暗転の力を望む者なり』という最後の一文だ。
「こんなところに普通書き損じなんておかしいよ。前に句点もついてるんだから、暗転じゃなくて、きっと『反転』って言いたいんだと思う。闇の反転なら、光でしょ」
「ああ――なるほどな」
 光で形成された槍が魔石の台座に当たった。台座の石の色が白く変わり、部屋の右側に扉が出現した。さっさと扉に向かう鏡がいた位置に座り、介が嫌そうに文章を見やっている。
「だんだん紛らわしくなってるな、ここの問題……ん?」
 どうしたのだろうか。問題文に触れた介の目が見開かれている。
「……悠里、なんでもいい。闇属性の魔術をこれにぶつけてくれ」
「は? ――おう、わかった」
 よくわからないが、彼が何か考えたのなら試す価値はあるか。魔術で自らの影を鎌に変え、魔石に真上から鎌を振り下ろした。
 台座の石の色が黒に変わり、魔石の中の色が変わる。
 先ほどはなかった変化に目を見張ると、魔石の中の色は紫色になっていた。闇属性を吸収したのだろうか。部屋の左手に黒い扉が出現し、鏡が目を丸くして振り返った。
 途端に開く、白の扉。
 勝手に開いたその先から現れたのは、光のよろいに身を包まれ、顔もろくに見えない兵士たちだ。ぎょっとする奏が、慌てて最前線に立ったではないか。
「え!? な、何これ!?」
「やっぱり……! この文、妙におかしいと思ったらこういうことだったのか!」
「どういうこと!?」
 鏡が奏の隣に立つ。悠里も前へと急ぎ、介を、鏡たちをかばう位置に立つ。
 介が苦々しく立ち上がった。
「『我は闇。闇とは暗黒の力を望む者なり』――問題の文そのものに魔術がかけられてたんだ!」
 冷や汗が頬を伝う。左手の扉へと振り返り、すぐに兵士たちを睨みつける。
「ははっ、なーるほど……そういうことか……」
「これ、人為的なものを感じるよ……!」
「ああ……こんなものを仕掛けるなんて、いくらなんでもおかしいぞ」
 足音、重なる人数――どう考えてもこの五人だけでさばける数ではない。光の鎧を纏っているなら自分が足止めしたほうがいい。奏も顔色を変えている。
「ちょ、ちょっと、あんな数相手は――介さん、先に扉に走って下さい!」
「――わかった、到着次第援護射撃を撃つ!」
 鎌を手に斬り込む。鎌にえぐられた兵士たちが吹っ飛び、動かなくなる。目敏めざとく気づいて悠里は鏡と奏に一度だけ目を配った。
「介だけじゃねえ、お前らもちゃっちゃと走れ! こいつら、闇に弱いっ!」
「わかった!」
 鏡が走っていく。けれど奏の声がしない。敵兵を薙ぎ払って、悠里は振り返る。
 奏が目を見開いて足を止めているのだ。舌打ちして近づいてきた兵を蹴飛ばし、鎌を握り直す。
「お前も早く行けっ、これ以上そっち行かないように食い止めんのはキツい!」
「は――はい! 気をつけてください、なんかあれ変です!」
 走っていく足音に内心ほっとし、同時に表情を引き締める。切り払っても切り払っても、敵は扉から湧き出す、溢れだす。介が水の網を作り上げて兵を一纏めに縛ろうとした時、網がすり抜けたではないか。
「なっ……!? どうなってるんだ!?」
「闇以外、効かねえ……か。なるほどな」
 奏も、鏡も、エルデも扉に到達している。鎌をまた一閃させ、悠里も扉へと走り――
 部屋の中央へと振り返ると、扉をそっと閉めた。鏡が、奏があっと声を上げている。
「悠里!?」


掲載日 2021/05/01


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