境界融和世界の幻門ゲート

第04話「現実は小説よりも」01
*前しおり次#

 東響の周辺の森。そこは鏡が以前、悠里たちから発見された森でもあった。
 どうやらそこを中心に暴れている獣がいるらしく、三日後発つという二人組のためにも安全確保で掃討してほしいとのこと。
 当然、鏡は話を聞いた時に真っ先に思い浮かんだのが、介命名熊もどきだ。
 買い与えられた衣服に袖を通して、機能性を重視した現代風な服がここでも売られていることに驚いたのも昨日の話。
 どうして介がこの依頼を受けたのかと訳を尋ねたかったが、彼は周囲に目を配っていて聞けそうにもなかった。
「――縄張りを持っている、ってわけじゃあなさそうだねえ……森だけじゃなく街道にも足を延ばしていそうだなあ、これは」
「だな。人間に襲いかかってくるってことは、狩場が街道になる可能性は高いだろ」
「この辺は獲れてもネズミぐらいだろうからなあ。でかい獲物を欲しがるのは当然だろうねえ」
 凄く物騒な会話に聞こえた。いや、もう慣れていかなければ。
 苦くなった顔を平常心と共に戻して、鏡は周辺を見やり、首を傾げる。
 医学の勉強をするにあたって、生物学も真剣に授業を聞いていたから、違和感にすぐ気づいた。
「あの熊もどきみたいなのって、最近出てきたんですか?」
「ああ、うん。そうだと思うよ。おれたちもあいつは初めて見たからねえ」
「そうですよね……あの獣の爪とぎの跡が見当たらないですし、まだここには来ていないと思います」
 悠里が若干目を丸くして、「なるほどな」と周囲を見やった。
「この辺に来てるなら爪とぎの跡ぐらいどっかに残ってないと不自然、と」
「うん。それに悠里と並んでも大きかったぐらいだし、爪をとぐなら木にやると思うんだ。それもそこそこ高い位置に。けど、それらしい被害を受けた木が近くにないよね」
 介がはあと、感心したように木々を見渡している。
 小さな傷跡はいくつか、街道沿いの木の根元に見られるが、深い裂傷のようなあからさまなとぎ跡はどこにも見えない。
「なるほどねえ、その発想はなかったよ。それなら手がかりは増えそうだ」
「だな。獣の死体探しより効率よさそうだ」
「……もしかして、今まで討伐関連の依頼って……動物の死骸を探して目星つけてたの?」
 途端に青年二人が目を逸らす。
 悠里は素知らぬ顔で痕跡がないか探し始め、介は朗らかに笑っている。
「いやあ、さすが現役高校生は違うねえ。勉強って何年前だっけ」
「……二人とも……」
 なるほど、この二人がどうしてタッグを組んでやってこれたのか、今なんとなくわかった気がした。
 悠里が前方で、それらしい跡を見つけたと知らせてくれる。駆け寄った鏡と介は二人揃って頷いた。
 あの体躯で爪をとげばつきそうな傷跡までの高さ。そして爪と爪の間の間隔。間違いはなさそうだ。
「後はどの範囲を中心に行動しているかさえわかれば……」
「君、生物博士でも目指してるのかい?」
「いえ、医学方面を目指してます。生物学は少しかじってるだけですよ」
 辺りを見回し、さらに痕跡がないかを探る。
 体毛が落ちていないか探るにも、地面は柔らかく湿った土ばかりだ。これで紫の体毛を見つけ出すのは難しいし、生え代わりの時期でもなければまず大量に落ちることはない。
 となると後は、あの大きな体躯で通るだろう獣道で痕跡を探すほうが早い。あの獣が本能のまま動くなら、まず新たな道を自分の体で開拓するよりも、広い歩き慣れた道を使いたがるはず。
 周囲にそれらしい痕跡は――あった。街道から、一見狩人たちも使いそうな獣道が大きく口を広げている。
 近づいて土を見やると、大きな爪痕を残した足跡を発見できた。本来四足ならついているはずの規則性のある足跡は、二足歩行ならではの痕跡になっている。
「あった、この道だ」
「早く依頼が片づきそうだな」
「そろそろ身構えておいたほうがよさそうだねえ」
 介は、冴えた色に戻ったラリマーを手に周囲を見渡している。鏡も頷いてマラカイトを取り出しながら、足跡が新しいかどうか自信がなく、弱った顔になる。
「これが最近の足跡かどうか……」
「最近じゃなくても構わないよ。この道が最近にせよ古いものにせよ、あいつがよく使っている道に繋がれば儲けものじゃないかな?」
「あ――はい」
 すぐに切り替えて頷いた鏡へと、介は優しく笑っていた。
「それじゃあ熊狩りと行こうか。あれ鍋にできないかなあ」
「うっ、それはちょっと……」
「ええ? 美味しいよ、熊鍋。鹿肉の鍋も臭みを抜けばいけるんだよ? 一番美味しいのは冬眠前なんだ。冬眠中も美味しいんだけど、その時期じゃないと中々トラックの前に出てこないもんだから、冬眠前に引っかかると嬉しいんだよねえ」
「トラック!?」
「うん、よく農作業用のトラックと衝突するんだよ、熊って。そいつをさばいて食べるんだ。新鮮だから美味しいよ? あ、そうだ。一度北海道においでよ、運がよければ食べさせてあげられるから」
「え、ええ……」
「おい、鏡どん引いてるぞ。そろそろやめとけ」
「えー、残念だなあー」
「あとどうせなら海鮮食わせろよ」
 この期に及んでまだ食いつけるのか。
 従兄を見上げて絶句する鏡。介は嬉しそうに頷いている。
「ああ、いいよ。どうせなら海の幸も陸の幸も全部案内するよ」
「そりゃ嬉しいが熊鍋だけはやめてやれ?」
「ええー残念だなあー。解体作業から見せてあげたかったのに」
「スプラッタなもん見てその肉食えってか」
 悠里の目もそろそろ据わってきている。介に危機感の三文字が全く見えない。
「何言ってるんだよ、命をいただくっていう授業にいいじゃないか」
「授業はサボるもん」
「あはは、それは同感だねえ」
 朗らかに笑って歩く介に、そろそろ本気で身を引きたくなってきた。悠里がやれやれと、そばで頭を振っている。
「あいつのからかい癖、どうにかならないもんかね」
「……や、やっぱり僕、からかわれてる……?」
「からかわれてる。俺の時より活き活きしてるぞ、あれ」
 嬉しくない。
 ついでに介が北海道出身だと知って、どうして獣の知識がそこまで少ないのか疑心が過ぎった。
 彼に後ほど理由を聞くと、どうやら親戚が北海道の内陸部で農業を行っており、よく遊びに行っては熊鍋をもらっていたのだそうだ。介本人は都市部出身らしい。
 獣の知識に疎いはずだ。ただ、大自然を身近に感じている青年はたくましかった。
 獣道を奥へと進み、耳をそばたてる。周囲の警戒は悠里が担当してくれ、大きな獣道を見つけて目を見開いていた。
「げっ、こいつは……」
「どうかした――わあ……」
 介の後ろから覗き込んだ鏡は顔を引きつらせた。
 今通ってきた獣道も、人が悠々通れるぐらいには道が広く、枝葉が邪魔をしてこなかった。なのに今度は、ドーム状に広がった森の中の空間に、言葉が出ない。
 木が生えていない。こんな空間、本来なら森にあるものだろうか?
 悠里と介が目を合わせ、周囲を油断なく見渡す。鏡も自然目を地面に向けて目を見張った。
「あれ? ……なんだろ?」
 小さな光が一瞬だけ目についた。近づいてしゃがみ込むと、石の欠片のようで濃い紫色が鮮やかだ。石は小さく、爪の先ほどのものが散らばっている。
 そばにやってきた悠里に見せると、彼の顔色が一変した。
「くそっ、やっぱりか……」
「悠里?」
「あの獣、魔物で確定だ」
 耳を疑う鏡の隣にしゃがみ込み、介は眉をしかめて石を睨んでいる。
「……そのようだね。参ったなあ……これは、鏡くんに回復術を任せないとまずいかもしれないな」
「あの、魔物って……この間のゲート化した人たちの時にも言ってましたよね? どういうことですか?」
「ゲート化した奴を放っとくと、理性がぶっ壊れたケダモノになっちまう」
 意味が、よくわからなかった。
 介が石を見下ろしていた目を、周囲へと向け直した。
「例えば先日の男たちは、まだゲート化して間もなかったから多少は理性を保てていた。けどなりふり構わず、自分の生に執着していたから、あの子供を狙ったんだよ。それが獣レベルの本能が表に出るようになれば……姿も思考も、ただの化け物になるってことさ」
 だから人の思考を保っていたうちに、悠里たちは彼らを葬ったのか。
 ――正しいとか、間違っているとか。元々決めるつもりはなかったけれど、今ならその意味が繋がって納得した。
 悠里がふと振り返った。いくつも伸びる、この空間へ繋がる道のうち一つに目を留め、じっとにらんでいる。
 鏡の耳にも音が届いた。


ルビ対応・加筆修正 2020/11/22


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