境界融和世界の幻門ゲート

第27話 03
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「楯山さん何して――」
「俺がなんとかする。こいつら一掃したら追いかけるわ」
「はあ!?」
「無茶です。……とはいえ、私も闇の魔石の持ち合わせが……っ」
 扉を閉め切る。後ろから叩きつける衝撃が、何度も背中を押す。
「な、何言ってるんですか!? 楯山さん待って、違うんです、あいつらは――! ここ開けて!!」
 開けるわけには行かなかった。必死に扉を叩く音が、衝撃が、手を震わせる。
「開けて、楯山さん! 楯山さ――悠里さん!!」
「……なんとなく、薄々は気づいてるよ。だから残るんだ。……行ってくれ、絶対追いつくから」
「ふざけ――! 開けてよ!! お願い開けて!!」
 扉を封じる魔術を唱える。昔介から教えられた一つが、皮肉にもこんなところで役に立つなんて思わなかった。
 ただ、そんな術でも音まで遮断してくれない。影で作られた鎌を手に、ふっと息を吐く。
 痛いくらい、突き刺さるくらいに響く声に目を閉じて――
 開けた。
 食いしばった歯からゆっくりと力を抜く。
「これぐらい汚れ役はやらせてくれ。やっとできた――みたいなもんなんだよ、ここは」
 一閃。
 扉に押しかけてくる光の兵士たちを薙ぎ払う。
「打開策見つけて絶対追いつく! だから行けっ!」
 鎌で切り裂き、くぐる敵へは容赦なく蹴りつけた。すり抜ける足に舌打ちし、攻撃を避けながらなんとか魔術を紡ぐ。
 自らに闇の属性の加護を与えて、もう一度蹴りを与えると効いた。
 ――らしくねえな。声かすれるとか、荒げるとか……
 もう、あいつらは行っただろうか。無事だろうか、なんとかなるだろうか。
 介がいる。鏡だって冷静さを取り戻せば頭は切れる。前も任せられる。エルデだって魔術も前衛もできるのだ。
 あいつも――
 開きかけた口を、閉じる。鎌を振るい、兵士を切り払って、切り払って、気づいた。
 あれだけ斬り捨てているにもかかわらず、鎧でつまずくこともなければ血に濡れもしない。
 音も手応えもあるのに。掠める剣に痛みも、風圧も感じるのに。
 湧き出続ける兵士と、あいつの言葉を思い出して、確信に行き着いた。
「幻覚……脳に働きかける大掛かりなタイプだな。こんな感じじゃ、どっかに魔法陣があるんだろうが……!」
 フロアは鎧の兵士たちで埋め尽くされている。眩しくて目もチカチカする。
 魔石の台座すら位置を確認できない。部屋の中央まで行く間に背中はがら空きになるだろう。
 幻覚連中相手とはいえ、痛覚はあるということは迂闊に背中を見せられない。鏡たちが出ていったこの場所を開けるわけにもいかな――
 兵士たちがやってくる流れが、奥のほうで切り替わった気がした。はっと目を細めると、最初に入ってきた入口にある扉が、開いていく。
 ――扉? あったか……? いやそれよりも、まさか!
 人影が見えた。立ち竦むように止まった足にぞっと背筋が粟立あわだつ。舌打ちして、最初に入ってきた入口へと向けて鎌を一閃させた。一気に倒れ伏す兵士たちを飛び越え、途中の連中は踏みつけると同時に蹴飛ばし、入口へと一気に戻る。
 入口で立ちすくんでいた御影を素早く背に庇った。影の鎌は集中を解いて自分の影へと戻し、ブレスレットを見やる。
 あと一、二発大掛かりなものを打てるかどうか――
「開け幻門、我が門は闇。ブラックスターの輝石をもって力をここに具現する。深淵の底で眠る焔よ、そのたけき力を以て焦土と化せ! 焼き尽くせ、外法げほう業火ごうか!」
 フロア一帯を黒い焔が焼き尽くす。身を竦ませた御影が、青ざめた顔で見上げてきた。怪我はなさそうで、正直ほっとした。
 後はどうやって彼女を鏡たちと合流させるかだ。
「あ、ありがとう、ございます……! 悠里さん、あんな魔術使って、だ、大丈夫、ですか……!?」
「あ? ぶっちゃけヤバい。フロア一帯焼いたからな……それより魔法陣は……!?」
「ま、魔法陣なんて――あ、あるん、ですか……?」
「ああ、こいつら闇属性しか効かない幻覚らしいな。こいつらを止めるなら魔法陣があるは――」
 体が、揺れた。
 背中から腹部に刺さる異物と、激痛と、熱に目を見開く。
 首を後ろに回して言葉が出なかった。さらさらと揺れる黒髪は、仲間の顔を隠している。揺れている。
 笑っている。
「なっ……!?」
「……私、待ってたのに……助けてくれるって、信じてたのに……みんな見捨てて先に行っちゃうなんて、ひどいです……」
 くすくす
 くすくすくすくす
 くす
 くすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくす
 くすくすくすくすくすくすくすくす
 くすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくす
「そんなに私……いらなかったんです、ね……」
 おかしい
 こいつは、誰だ。
「あんなに頑張っても、全部意味なかったんですね……私の頑張りだけなかったことになるの、嫌だなあ……」
 ナイフを引き抜かれて、痛みに呻きながら傷口を押さえる。御影の手に握られたナイフに、痛みを堪えながらも虚勢で笑みが出た。
「ははっ……たちの悪い幻覚だな、てめえ! 俺たちが御影を心配してないわけがねえだろ。そんでもって……今の御影はそんなこと言わねえ! 俺だますならもっと上手くやるんだなっ!」
 蹴りを繰り出した足に走る痛みに目を見開く。
 見抜かれたように、足へと手が伸びていて――銀色の刃が突き刺さっているのだ。すぐに引き抜かれる刃から滴り落ちる血にぞっとする。
 まずい
 幻だとわかっているのに、これだけの痛みは、まずい。
「ほんと、厄介な幻だな……っ! 俺一人じゃ打開策なんて浮かばねえし……」
「あの時助けてもらえてたら助かったのに……どうやったら、出られるかなあ……みんなにも同じ目にってもらったら、私、こんな遺跡から出られるかなあ」
 目を見開いた。
 この幻覚だけ、何かが違う。
 いやそれよりも、こいつは今なんと言った?
 助かった? まさか御影はもう、死んで――?
「さようなら。あっ、大丈夫ですよ! そこで待ってて? ――介さんも、エルデさんも、みんな仲良く一緒に、ここで終わりましょ?」
 じゃあこいつは、本当に御影なのか? 苦しみながら死んだ御影の心がいびつゆがんだのか?
「気づいてるんでしょう? 私、みんなが来てくれなかったから、アンデッドになったんですよ」
 本当に……いや、そんなはず、でも……
 フロアを覆っていた焔が、いつの間にか消えていた。
 御影が、御影の姿をかたどった何かが、黒髪をさらさらと揺らして、手に銀色を握って歩いていく。
 封じていたはずの闇色の扉が、音を立てて開けられていく。
 振り返った彼女の笑みは、とても無邪気だった。
「みーんなで、仲良く……ねっ。一番最後、誰にしようかなあっ」
「――っ!」
 閉じられる扉の先から、沈黙を覆ったこのフロアへと響く叫び声が――
 途切れて、いく。
 嘘だ
 嘘だ
 こんなの、嘘に決まってる
 幻なんだろう現実じゃないのだろう嘘でしかないはずだ本当じゃないそもそもここは――
 ……ここは……
 なんだ……?
 なんのために戦ってきた?
 ……こんな、結果を望んでたわけじゃ……
 
 失いたくないのだろう?
 
 頭に直接滑り込んでくるような、囁きかけるような声。
 背中の痛みが熱を帯び、汗が滲む中、中空にうつろな目を向けて呻く。
「……んだよ……失いたくないって言えば、それだけの力でもくれんのかよ……っ!」
 
 望むなら
 
 望むなら? ……ああ
 こいつは、声≠ゥ。
 かすむ目で辺りを見回しても、人の姿がないはずだ。鏡や介や、御影たちと笑っていた時の記憶まで出てくるぐらいだ。
 ――誰かがぽっかり抜けていた。誰だっけ。
 どうせみんな、もう殺されているのに、思い出せないのも――
 しょうがない、か。
「……はは、結局俺が一番最初か……いいぜ。ゲートにでも何にでもしろよ。その代わりもう何も失わねえだけの力を寄越すこと、それが条件だ」
 痛みはいつの間にかなくなっていた。気づけばホールの中ほどで倒れていて、体を起こす。
 ただ思い出したのは、泣いているのか怒っているのかわからない顔で叫んできた、あいつ≠フ顔。
 ……らしくなかった。もう笑っている顔も見ることはできないと、わかっているのに。
 あいつらの誰も。
 
 出たいか
 
「――ああ」
 
 奥に行け
 その先に全てを終わらせるものがある
 
 閉じられた扉を、開けた。
 乱暴に。何も考えずに。
 何もない石造りの通路をひたすら進む目は、光を宿してなどいなかった。


掲載日 2021/05/01


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