境界融和世界の幻門ゲート

第28話「伸ばされた手」01
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 強ければよかった。
 自分が守れたならと、後悔した。
 あの時も。今も。
 車が通る度にすくんだ体をふるい立たせた。両親が乗っていた、ひしゃげた車を思い出さないようにりっした。運転中にトラックが後ろに貼りついても平気になるように、心をきたえた。
 じーさまの教えだって守った――はずだ。
 かーさんの腕っぷしを覚えている限り真似た。鍛えた。
 守れなかったから、守りたかった。
 力がなかったから、力を求めた。
 何を、守りたかったんだっけ。
 ……思い出せない。そんなにどうでもいいことだったっけ。
 でも、守りたかった。
 形しか残ってなくても。それを覚えていなくても。
 それなのに……壊されるぐらいなら。
 
 
 
 悠里に閉じられた扉を殴りつけた。
 閉じられただけなら自分の拳ならなんとかなるはずだ。なのに扉はびくともしない。
 助走をつけて入れた蹴りですらびくともしない扉を、鏡は苦い顔で見上げた。
「……ダメだ、開かない……っ!」
「無茶しすぎです……急いで奥に向かってこの仕掛けを全て解除するべきかと。神崎さん、確かそのような装置が、遺跡内部にはあったはずですね?」
 エルデに問いかけられ、介は苦い顔で頷いている。焦りを滲ませる彼は扉の奥を睨みつけているようだった。
 奏が扉にすがるように崩れていて、見ることもできないぐらい痛々しい。手の平に食い込んでいる爪が、声を押し殺させているようだった。
「ああ、どの遺跡の最奥にも必ずそなわわってる……シャッフェンさんの言う通りだ。こうしてる間にあいつの体力が削られる方が厄介だよ。急ごう!」
 そうだ、急がなきゃ。
 拳を固め、奥へと延びる通路を振り返る。なんとかつばんで、鏡は呼吸を整えた。
「悠里だけじゃない、御影も早く見つけないと……!」
「皆さん焦りすぎです。気持ちはわかりますが、いては事を仕損じる……と、いつも言っていたでしょう?」
 頭半分だけの意識で、やっと頷く。介が苦い顔でエルデから目を逸らした。
「……本当にな。おれまで乱してたらきりがない」
「……行きましょう、一刻を争います」
 奏が微かに頷いて、涙を拭きながら立ち上がっている。扉を見る目が涙を堪えようと必死だった。
「待ってて……お願い……!」
「罠には気をつけてください! 集中力みんな散漫さんまんしてますから!」
 ――自分が、焦っていたからだ。
 悠里があんな行動に走るなんてこと、最近は全く考えられなかったのに。
 御影のことで必死になって、悠里が落ち着いているかどうかまで頭を回していなかった。
 もう後の祭りだ。全員助かるためにも最奥まで急ぎたい。けれど罠があって引っかかっては意味がない。
 通路が二又に分かれた。遺跡に入る直前に見た点字を思い出して目を丸くする。
 
 右の道を選ぶ者には破滅あり
 
「……もしかしてここ……いや違う、ここのことじゃなかったんだ」
 入口の点字が示していた右の道を選ぶ者に訪れる破滅は、きっとさっきのホールで開いた白の扉のことだ。どう見てもこの右の道を選んだだけで破滅が訪れるようには感じられない。直感でしかないけれど――
 奏がはっと右の道へと目を向けた。鏡もつられて見やり、耳をませて目を鋭くさせる。
 足音が、ゆっくりこちらにやってくる。暗がりに人影が動いた気がして身構えて、相手もこちらの明かりに気づいたのか足を止めて――
 走ってくる。聞き覚えのあるリズムに目を見開き、泣きそうな顔で鏡へと手を伸ばす姿が御影とわかって顔がくしゃりと歪んだ。
「鏡くん! 奏さん、介さん、エルデさん!!」
「御影! 無事だったんだね……!」
 抱き締めてくる温もりを抱き留めて、鏡はほっと安堵した。片手で彼女の頭を撫でると、震えながらもしっかり頷いてくれる。介も奏もほっと顔を綻ばせていて、エルデがちらりと後ろを振り返っていた。
「よかったあ……! 落ちたところ、道があったの。上で幻影がかかる場所があるから、解除する方法はこの先にある、って書かれてて……みんな苦しんでるんじゃって、思って……あ、あれ? 悠里さんは……?」
 ぞっと胃の中に氷が滑り込んだ気がした。困惑する御影を抱きしめる手が強張る。
 じゃあ、じゃあ……
「悠里が対峙してるのは……幻覚……!?」
「もしかして悠里さん、魔法発動して、残っちゃった、の……!?」
 頷くしかできない。御影が目を見開いて、介は悔しそうに通ってきた扉を睨んでいる。
「だから魔術がすり抜けたのか……光魔術で作られた幻覚なら、闇が効くのは当然だな……」
 もし悠里が、闇の魔術を発動し続けていたら……
 輝石がにごり続けても、魔術で応戦し続けていたら……!
「……道の途中に書かれてたの。解除する方法は、魔法が発動する前に扉の外側から、こっち側から開けてあげればいいって……奥に、急ご? 全部の罠を解除する方法、一番奥に行くことでもできる、って……書いてあった、の」
 呼吸が震える。けれどもう、迷っている時間なんてなかった。
「わかった……! あのバカ……!」
「きっとあっちの道、だと思う!」
 御影が差した先は、鏡たちから見て左の道だ。奏がすぐに頷き、光を放つブレスレットを掲げて先行する。鏡も追従して、くちびるを噛んだ。
 奏の顔は蒼白だった。
 罠は見当たらない。ないとはっきり断言できる。気が急いているのか、奏の足が徐々に速くなっていっている。
「奏さ――」
「あっ、扉!」
 奏がかかげるブレスレットの光が、装飾をほどこされた観音開きの扉を照らした。すぐさま鏡も駆け寄り、くまなく罠がないか確かめる。それらしいものは全くない。
「罠はない、それとこの装飾……一番奥かも……!」
「開けます!」
 誰もが気が急いていた。開けた扉へと走る奏の足が、鏡の足が止まって、ぶつかりそうになるくらい。
 魔石の台座は中央で七色の光を湛えている。その手前に立つ、光に包まれた人影が振り返ってきた。
 子供、だろうか。じっとこちらを見ている気が――
「……かがみ、影、旋律……悠久が、崩れる。止めて」
 頭に直接響くような、微かな声。目を瞬かせる鏡は、一瞬言葉が詰まる。
「かがみ……え、僕? 影は御影で、旋律は奏さん……?」
「ということは悠久とはもしかしなくても……」
 悠里……?
 子供はじっと佇んだまま。問いかけるように見下ろしても、頷いたり、首を振ったりしてくれない。
「……裏と表の均衡が崩れる時、対は融和し、滅びる。結びつきは古く、もっとも新しい呪縛の力。止めて。全てが手遅れになる前に」
「……君はいったいなんなんだ……」
「本当の、声≠、奪われた――」
 口が、最後の言葉を音に出せずに、形だけなぞっていた。介が目を見開き、鏡は愕然がくぜんとする。
「奪われた……!?」
「……これ以上は、いられない。……こちらの道をこじ開けさせないで……」
「こちらって、どこのことなんですか!?」
「……神と、皆が言う界……」
 拳を握りしめる。子供が言いたいことがなんなのか、嫌でもわかった。
 子供の姿が光と共に消えてしまった。御影が戸惑ったまま、子供がいた場所を見つめている。
「神……界……ッ!」
「……だからあいつは……おれの名前を……」
「で、でも、そうだとしたら……介さん、無事だったの、なんででしょうか……」
「あ、そっか。名前奪うより、名前持ってる人を……それより、仕掛け!」
 鏡ははっとした。辺りを見回して、奏が一目散に走っていく、装飾にいろどられた押しボタンを見つけ、ほっとする。
 ボタンが押された。これで悠里にかけられた幻影もなくなるはずだ。輝石の濁りは相当でも、まだ助かるはず……
「ん? 魔術書……じゃない、古文書か!」
「えっ、古文書!?」
 魔石の台座の奥へと急ぐ介は、その他にも何かないか探しているようだ。やがて首を振った彼は苦い顔をしている。
「だめだ、魔法陣みたいなものはない……悠里たちが言っていたような不審なものがあれば、そいつが遺跡の仕掛けに悪さしていたのかと思ったんだけど……」
 扉が勢いよく開けられた。驚いて振り返って、目を丸くする。
 悠里だ。傷は――よかった、どこにもない。顔は青いけれど、呼吸は落ち着いて見える。
「悠里!」
「楯山さん!? よかった、無事だったんだ……」
 奏が泣きそうな顔でほっとしていて、御影も介も安堵を浮かべている。
 従兄の無事に顔が綻んだ鏡は、時が止まりそうになった。
 あ、れ……?
「悠里さん……! よかった、怪我してない、ですか……?」
 ……悠里の目が、変だ。今まで自分たちに向けられていたものと何かが違う。小声で呟かれた言葉を、唇の動きだけで読み取った鏡は目を見開いた。
 本物? 偽物? どういうことだ?
「……悠里?」
「……楯山さん? どうしたんですか、顔色悪いですよ?」
 悠里へと近づく奏にはっとした。
 悠里の目が、敵を前にしたそれと変わらない――!
「奏さん、悠里から離れて!!」


掲載日 2021/05/4


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