境界融和世界の幻門ゲート

第28話 02
*前しおり次#

「え――?」
 奏が鏡へと振り返ろうとした瞬間、殺気を爆発させた悠里の蹴りが彼女を狙う。間一髪のところを避けた奏は距離を取り、信じられない表情で悠里を見上げているではないか。御影が口を覆っている。
「怪しけりゃ……殺せば早い」
「え、ゆ、悠里さん!?」
「……まさか……嘘だろう……」
「輝石――!」
 悠里の腕にまっているブレスレットを見てぞっとした。
 白に近づきつつある、明るい灰色だ。純然とした黒はすっかり見る影もない。奏が顔を真っ青に、悠里を見上げている。
「う、うそ……た、楯山さん待って、どうして!? あの時何があったんですか!?」
「あ……もしかして、幻影のせい、じゃ……!」
 もしかしなくても――他にあるはずがない。
 あの時、無理やりにでも開ける方法があれば、なんとかなったのに……!
「鏡くん、意識を清浄にする魔術は接触じゃないと効かないんだろう!? おれたちでサポートに回る、とにかく止めないとまずい――彰吾さんと同じことになる!」
 はっとした途端、奏が耳を疑って介を見た。
 そうだ、証のうたなら――!
「え……? しょ、彰吾って……?」
「わかりました! 奏さんも話は後です! 取り返しのつかないことになる前に、悠里を止めなきゃ……!」
「さっきまでが幻影とか、今が幻影とかもうどうでもいい」
 低く据えられた声が、殺気をはらんでいる。影が形を変え、鎌となる。さらに白くなった輝石に、鏡たちはぞっとした。
 冷え切った目も、敵意に歪められた顔も。いつもの悠里じゃない。
「俺は――何も信じねえ!」
「――こっの……大ばか……!」
 泣きそうな奏の声が、震えている。悠里を睨む目は悔しげだった。
「風見さん、私とエルデさんで陽動します。詠唱と後ろを取ることに集中してください!」
「そう易々背後を取らせてくれればいいんだけど……!」
 奏が正面へと走る。悠里が鎌の形をナイフへと変え、彼女へと投げ飛ばした。腕に突き刺さるそれに動きが鈍る奏の後ろから、エルデが彼女の前に立って第二投を刀で弾く。
 エルデがはっとした時には、悠里は二人の脇をすり抜けて御影へと走っていくではないか。踏み込まれた足に鏡は歯を食いしばって走った。
「さっきのお返し、高くつくぜ?」
「させないっ!」
 悠里と御影の間に素早く踏み込む。悠里の足が御影を蹴り上げる前に、鏡は腕を固めてなんとかしのいだ。御影が困惑していた目を、迫力がない怒りに染め上げる。
「よ、よくわからない、ですけど――! あとで悠里さん、デコピンです、からね!」
ゆるいな!?」
 瞬時に魔術が発動し、衝撃を和らげる加護が鏡たちを取り巻く。介が鏡たちの後ろから悠里を睨んだ。
「まったく――開け幻門、我が門は水。ラリマーの輝石をもって力をここに具現する」
「お前らの手の内、誰が一番わかってると思ってんだか……お前らがどう動くかぐらい、手に取るように……」
「顕現せよ水。たける爪を捕えし、ながるる檻となれ」
 鏡と接敵したままの悠里が飛びのいた。水の網が火の魔術によって相殺され、悠里は目を据わらせて鏡を見下ろしていた。
「わかってんだよ!」
 蹴りが脇へと容赦なく入る。衝撃にうめき、腹部へ入る蹴りをいなしきれなかった。詰まりかける息をなんとか吐き出すと、淡い光が体を包んで痛みを取り去っていく。
 御影の魔術だ。瞬間的に詠唱を唱えすぎては、彼女の輝石も濁りかねないのに――!
 奏の手が、きつく固められた。
 悠里の後ろへと単身突っ込む奏に目を見開く。悠里が気づかないはずがない、陽動なんてものでもない。介が顔を引きつらせた。
「待て、前に出すぎてる!」
「いいんです、いつも通りに動いてたってだめなら――それに勝つための戦いじゃない!」
「なら俺のことなんて諦めりゃいいだろっ!」
「ふざけないでよ! 絶対に嫌!」
「ふざけてんのはどっちだ、あいつの真似しやがって――!」
 真似? 真似って何? どういうこと?
 一瞬の困惑のすきを突くように、悠里の詠唱が始まってしまう。鏡がぞっとする中、ブラックスターが不安定に輝いた。
「開け幻門、我が門は闇。ブラックスターの輝石を以て力をここに具現する……顕現せよ、闇。我、闇に応える者也。我は影、影は我。光打ち消す絶望を示せ!」
 影が立ち上がる。ナイフの姿を取って、矢のシルエットを真似て影が縦横無尽に飛び交い、鏡は歯を食いしばって避ける。
 こんな破天荒な術を使うなんて――!
 御影が身をすくませてはっとする。避けることが叶わない彼女を庇おうと抱きしめるも、奏の呻く声に冷や汗が流れる。
 このままじゃ皆――!
「ふざけてないわよ……! 諦めて助かるくらいなら……」
 振り返って、目を見開いた。影の攻撃を受けても受けても、彼女の足は止まらない。
 悠里が目を丸くした。奏の手が悠里へと伸びる。
「あんたの目覚まさせるまで――諦めな」
 蹴りが、女性の脇腹に綺麗に入った。
 地面を転がっていく奏に、鏡も、御影も、介もぞっとする。
「奏さん!!」
「もうやめてよ悠里!! 自分が何してるかわかってるの!?」
「わかってるさ……偽物は纏めて倒さなきゃな」
 偽物? 何を言っているの?
 そんなのあるわけがない、ここにいる全員本物なのに――!
 御影が傷を癒そうと魔術を唱える。素早く目を光らせた悠里の蹴りを、なんとか鏡が庇って凌ぐ。代わりに消えた影たちの猛攻も、気休めにすらなってくれない。
 まずい、術者から狙う気だ――!
 素早く拳を叩き込もうとする動きを見切られ、鎌で再び牽制けんせいされた。飛びのいたその間に、悠里の口が動いていると気づいてぞっとする。
「これ以上魔術を使ったら――!」
「――意志を砕く暗闇となりて、彼の光を奪い去れ」
 御影の悲鳴が、介の呻きが聞こえてはっと振り返る。二人の姿が暗闇の中に紛れて消えていく。
 昔見たことがある。光を奪う魔術――!
 これでは御影が奏の傷をいやせない。一人一人属性の得意分野に頼りすぎていたことが裏目に出てしまっている。
 体を何かに押さえつけられ、地面に引きずり倒された。
 体に纏わりつく影に歯を食いしばる。アレンの動きを封じた影を操る魔術だ。エルデに至っては重力を増す魔術で動きを完全に封じられている。
「――親和せよ光。暗き道を照らす灯火となれ!」
 いつもより語気を荒くした介の魔術が、暗闇を打ち消した。鏡はほっとするも、自分が動けないままでは介たちが危険だ。
 悠里の舌打ちが介へと向けられている。
「やっぱ相性悪いか! だからお前はどっちにしろ相手に回したくなかったんだがな!」
「――だろうな。いくら魔力量が少なくったって、おれは厄介だろうからね」
 壁を使って加速しハイキックを繰り出す従兄を止める術がない。介が短縮詠唱で氷の壁を形成し、足を氷の中へと閉じ込めた。お見通しなのか、悠里は詠唱もなしに火を足に纏わせる魔術で氷を溶かしてしまう。
「ああ、だからお前はさっさと沈めたかったよ――お互い手の内はわかってる以上厄介極まりないけどな」
「なら沈めてみるかい? 君が神崎≠倒してくれるって言うならね」
「た、介さん……!?」
 信じられない、なんでそんなことを――!
 悠里を止めなければ。悠里へと拳を構え直したその時、違和感に気づいた。
 彼がじっと耳を澄ませるように、表情を変えていたのだ。やがて介へと向け直された目は据わっている。
 何を聞いていた? まさか、まだ幻覚はなくなっていない?
 でもそんなはずはない。奏がとっくに罠を解除したはずだ。なのに――
「偽物に言われる義理はないね」
 はっとした。悠里の蹴りが踏み込み、介の腹を狙う。
「介さん!」
 一撃。
 身が反り返りそうになった介が、歯を食いしばって悠里の足にしがみついた。目を見開く悠里は、介が虫の息を弱々しく吐き出す様に舌打ちしている。
「だったら……正気に……げほっ、戻るんだな……!」
「お前が俺の足掴むなんてな……生憎正気だよ!」
「こんの……バカ!!」
 影が消えた。素早く起き上がって悠里へとラリアットを叩き込む。
 悠里が自由な片足を振るい上げて、相棒を蹴りつける。介がぶっ飛ばされ転がっていく。介の腕から解放された直後、悠里は鏡の一撃を受け止めきった。
 視界が回った。
 背負い投げられたと気づいたのは、体の反射任せに床を転がった時だ。御影の詠唱に悠里が舌打ちしている。
「戦士たちの傷つきし体に、治癒の加護を与えよ!」
 鏡たちを包む光が傷を癒していく。微かに身動ぎする奏にほっとするも、悠里が油断なく見渡す目に冷や汗が流れる。
 いくら拳や蹴りを叩き込んでも、かわされる。いなされる。お互いに手の内は読み解いていたつもりだったのに、鏡は悠里の容赦ない蹴りと動きに呻かざるを得ない。
「いつもなら当たるのに……!」
「やっぱ後衛から潰すのがセオリーだよな……さて、どうするか……」
「顕現せよ、地」
 はっと悠里が目を向けた。舌打ちして御影へと走る従兄に、鏡は歯を食いしばって回り込み、拳を叩き込んでわざと回避させた。
「堅牢なる岩の守護壁よここに。護るべきものを傷つかせぬ不動の城となれ」
 悠里の周りに岩の壁がそそり立ち、閉じ込めた。止められた猛攻にやっと息をつく中、御影が震える声を張り上げる。
「鏡くん、今のうちに詠唱しておいて……! きっとすぐ破られちゃう!」
「わかった! 御影も気をつけて!」
「うん! エルデさん、鏡くんのフォロー、お願いします!」
「了解です」
 兄貴分がこんなことで止まってくれるわけがない。エルデも動けるようになっていたのか、すぐに鏡の傍へとやってきている。鏡と離れていたからか、エルデの破れた袖の下は、まだ痛々しく腫れている。御影の術が届かなかったようだ。
 起き上がろうとする介へと、御影が走っていき、治癒の魔術を使っているも首を振って止められた。
「もう治さなくていい、あいつがあれだけで治まるはずがない……」
「そーいうこと」
 岩壁が壊された。御影の魔術はただでさえ威力が高いのに。
「いつもより……強い……?」
「もしかすると、いつもは無意識にセーブしているのかと……」
 エルデの傷を御影が癒す。悠里の呼吸が整う前に刀を構えて牽制の姿勢を保つ彼女は、青い目をかすかに細めた。
「半ゲート化して、普段抑えているものを全て解放しているかもしれません……」
 介も同じ見解だろうか。だとしたらと身構える鏡だが、介が呻く声に耳を疑った。
「くそ、まずいな……これ以上は……」
 介のラリマーが濁りきっている。淀んだ海のような色に、御影があっと口を押さえた。鏡は歯を食いしばって黒かった輝石を見やる。
「っていうことは悠里も……!」
 限りなく白に近づいた輝石の色に背筋が粟立つ。
 これ以上は取り返しがつかなくなる。
「開け幻門、我が門は闇――」
 詠唱にぞっとして走ろうとする。鏡が止める前に、介が青い顔で手を前に突き出した。
「くそっ!」
 悠里の口の中に水が少量滑り込む。咽せる従兄の詠唱が止まり、舌打ちを溢した。エルデがさらに魔石を割って、水の網を作り出したも避けられる。
 これ以上攻撃させられない。これ以上魔術を使わせたくない。
 焦げ茶色の髪が、視界の端で揺れた。
 よろけながらも手の平に爪を立てて、唇を噛みしめてまで前に進む女性に、鏡は言葉が出なくなる。
「絶対……諦めない……!」
「光と闇は相反属性……だっけ?」
 向けられる言葉に、奏が泣きそうな顔になっている。
「もう魔術使わないで、戦わないで! 本当にゲートになっちゃう……! ひとりになるようなことしないで!!」
「この半年がおかしかっただけだ。俺は独りだよ! これまでも、これからもっ!!」
「おかしくなんてない……! 独りだったら、とっくに……離れてたでしょ。ここを、壊したくなかったんでしょ……!」
「お前に何がわかるってんだ!」
「言ってくれなきゃわかるわけないでしょ!」
 叫ぶような声に気圧される。御影が悠里の死角から、口だけを動かしていてはっとした。
 ま じゅ つ
 そうだ、今のうちに――
「だからあの時嬉しかったの……言ってくれたこと……」
 悠里の目が見開かれていく。鏡もあっと言葉が途切れた。


掲載日 2021/05/4


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