その気持ちが俺には重荷なんだ
本心で本心じゃないことぐらいわかってるわよ!
「その場の勢いで出たかもしれないけど……言ったでしょ、独りで抱え込まれるよりずっとマシ。それに男の子に石を投げられた時、ああ言ってくれたのは悠里さんでしょ」
「なんの話してんだ……」
「やりたいことあるんでしょ=I」
奏の足が、一歩、進んでいく。
「それやり遂げる前に、くだらない理由で死に急いでどうする≠フ!」
駆けていく。
「あの宿題まだ答えてないのに、あなたが死に急がないでよ。待ってくれるんでしょう!?」
戦う目じゃない。
「答え聞いてくれるまで、あなたが正気に戻るまで、絶対諦めないから!!」
悠里が、固まった。
構えられた体をためらいもなく抱きしめる奏に、鏡も介も目を見開いたまま固まる。影の攻撃が止まったことに気づいたのはエルデだけだ。そんな彼女も悠里と奏を見て「ひゅう」と口笛の真似。
「――は?」
「えっ」
「だから残したくなかったのに……! なんであんな真似したのっ! 言ったでしょ、犠牲になっていいわけもないのに……独りで残るなんてばっかじゃないの!!」
泣きながら怒る奏を見下ろす悠里の目が、真ん丸に見開かれている。殺気が消え失せ、現状を飲み込めていないようだ。
「えっ……なっ……本物?」
「本物に決まってるでしょこのばか!! 偽物とか本物とか何わけわかんないこと言ってるの! みんながどれだけ心配したか……一緒に帰るんでしょ……!」
毒気の抜けた顔が、呆け果てた顔が、奏の何度も涙を落とす顔を凝視している。
ついに泣きじゃくる奏を見て、悠里の目から鋭さが消えた。
「――ああ、俺の勘違いだったのか……」
「そうよ勘違い! 御影ちゃんも無事で、自力で出てきたの。悠里さんだってそうだと思ってたのに……こんな、自分追い込むなんて……!」
悠里の体から力が抜けていく。そのままその場に座り込む彼を放さない奏の涙は止まる様子がなかった。鏡は現状を飲み込めないまま、ひたすら悠里と奏を見続けるしかできない。
「わり。全員死んだと思ってた……」
「……っ……ほんとに……大バカ……!」
震える声に、悠里は苦笑を溢しながら奏の頭を優しく叩いていた。完全に正気に戻ったとわかって、鏡はほっと息を吐き出せた。
「ほんと悪かったって……」
悠里を抱きしめる手に、力が込もっている。震えている手に悠里が目を細めて、優しく奏の頭を撫でていて、やがて目を丸くする。下手くそな笑みを浮かべた彼は、そっと奏の背中を叩いていた。
「――ああ……」
何か、言われたのだろうか。悠里の傍へと行くと、彼は申し訳なさそうに見上げてきている。
「ほら、浄化させて。後、さっきのお返し倍返しにするからね?」
「今回は俺の非だ。受けるさ」
「あっ、浄化なら私が……」
御影が傍に走ってくる。幸い彼女は怪我が少なかったようで、鏡は安堵する。鏡へと優しく笑んだ御影は、しゃがむと同時に悠里をむっと睨んでいる。
やっぱり迫力がない。
「さっきのお返しって意味、わからない、です」
「ああ、あれか……全員死んだと思って気が気じゃねえし、御影の偽物見せられるし刺されるしで、何も信じたくなかったんだよ」
「そ、それで私にナイフ、だったんですね……あ、そうだとしても、デコピンですっ」
「甘んじて受けるよ。一人一発くれてもいいぜ? ……って待て! 鏡、お前の全力ラリアットは勘弁しろさすがに!?」
「断る」
即答した。従兄が顔を引きつらせて、内心十分満足したなんて絶対に教えてやらない。その間に御影が本当に悠里の額を指で
御影を危ない目に
薄ら笑んでいると、御影が悠里の輝石の浄化を終えたのか、ほっと吐息を溢した。
暗い灰色にまで色を取り戻したブラックスターは、悠里のブレスレットの中で、その名の由来となる十字のような光沢をまだ見せてくれていない。元の色に戻るまで、もうしばらく時間がかかるだろう。
御影が困ったように笑って、悠里を見上げている。
「……一人一発より、奏さん、落ち着かせてあげてください」
やっぱり、また下手くそな笑み。
それでも悠里は頷いて、彼の手が奏の頭を優しく撫でている。鏡は首を傾げかけた。
「……悪かったよ――奏」
目を見開き、やがて鏡は優しく目を細めた。
やっと、名前を呼べるようになったんだ。
きっと奏は、気が気でなかったから、気づいていないだろうけれど。
「許しませんからね……アップルパイ作ってくれなきゃ許しませんから……!」
「わかったよ、焼いてやる。だから機嫌直してくれって……」
悠里に頷き、目をごしごしと擦る彼女の頭を撫でる悠里は、苦笑している。
御影は悠里の輝石の色を確認して、疲れた顔に安堵を浮かべていた。
「これだけ浄化できたら、大丈夫、かな?」
「お疲れ様。ごめんね、あんまり浄化系得意じゃなくて」
「ううん、大丈夫。奏さん切り傷いっぱい……。鏡くんも怪我、大丈夫? いっぺんに治す、から。さっきは庇ってくれて、ありがとう」
「大丈夫、ほとんど掠り傷だと思う。御影は奏さん治さないといけないでしょ? 自分の傷は治せるから、無理はしないで」
「うん」
「……悪いな、思っきり術ぶっ放しちまった」
優しく笑う御影を見ると、鏡は苦笑いが零れてきた。
これは、ラリアットを悠里に入れることは叶わないようだ。
「もうデコピンしましたから、謝らなくていい、です。じゃあ、奏さん――あ、あれ?」
傷だらけの女性は、穏やかな呼吸のリズムで肩を上下させていた。悠里がそっと彼女の手を解いて、背負い上げている。
「……責任持っておぶって帰るわ……」
御影がふにゃりと笑って、奏の傷を魔術で癒していた。
鏡は部屋を見渡し、首を傾げる。
介とエルデが何やら話していた。やるせなさそうに笑う彼は、こちらに気づいたのかエルデと共に近づいてくる。
「落ち着いたみたいだね。大丈夫か? 悠里」
「ああ。お陰様でな」
まったくと、小言気味な言葉の割に、介は安堵した様子だった。悠里が申しわけなさそうに笑む様には軽く手刀を頭に入れている。
全く痛くなさそうな、優しい音がした。
「みんな、魔石の台座には触れて行ってくれ。あとエルデさんは魔導鉱回収だっけ?」
「あ、はい」
触った気になっていた鏡は、御影と共に台座の中の魔石に触れて目を丸くした。
――神風。
一瞬で頭に過ぎった言葉が、魔術となって頭に流れ込んでくる。三度目の体験とはいえ、圧倒されて声が出なくなる。
敵を切り裂き、味方には癒しの風。風と生命の、二つの属性を持った魔術だ。
風の術としての力が強いから、詠唱で唱える属性は風だけで大丈夫そうだ。
御影に目を向けると、彼女は目を丸くしていた。
「……御影?」
「……あ、うん……大丈夫」
柔らかく笑んでいる彼女は、ほっとしたようだった。いったいどうしたのだろう。
奏の手を魔石に触れさせていた悠里は、背中でぐっすり寝ている彼女を案じるように見やった。苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて介に目を向けている。
「つーか、あの声と意思の疎通ってできんだな……普通に会話してたぞ」
「会話したのか? ――それは初めて聞いたな……まずは全員、帰ったらしっかり休もう。さすがに今回はトラップ続きで疲れたよ……」
包み隠さず疲労の音を上げる介には、鏡も悠里も苦笑いで頷いた。
言い返せるとしたら、せっせと魔導鉱を拾うエルデぐらいだろう。
「だな……詳しくは帰って休んでからお前の話と一緒にする」
「しかもトラップの後に悠里と戦うハメになるなんてね」
「根に持ってんだろお前……」
「回収しましたっ」
「お、お疲れ様……袋いくつか持とうか」
「神崎さんでは腕と腰が折れるかと」
袋を持とうとした手が途中で止まった。介の頬が盛大に引きつる。
「そこまでもやしじゃない!」
「いえ、本という本を拾っていたのを見ていましたので」
「あ」
余りにも間抜けな一音が介から飛び出ていた。
吹き出したのは誰からだったろうか。
気づけば介まで含めて、全員で笑っていた。