境界融和世界の幻門ゲート

第30話「光の名前」01
*前しおり次#

 魔石の台座は神を信仰する上でのスポット、つまり祭壇さいだんである。
 魔石そのものは、元は神の体だった。神はこの世界を作る時に、自らの体を砕いて、砕き尽くして、意思だけの存在となる。代わりに、小さな壊れやすいこの世界を守るために、魔石というくさびを世界に打ちつけて形を保った。
 魔石の台座は奪われてはいけないもの。あれは神と、神が住む界との繋がり。人が神と対話するためのコネクションだったからだ。
 その魔石で作られた神との対話のスポットを、神の独善から逃れる反旗をひるがえした者――反徒たちから守るために、遺跡は大量の罠に守られた。
 なおも襲い来る反徒たちから、神は信者たちに魔術という知恵を与えて助けようとした。当然信者たちも、魔石の台座に信仰と知恵を与えられるためには、遺跡の仕掛けを全て乗り越えなければ辿たどり着けない。遺跡の罠のリサイクル、そして魔石の台座と遺跡の繋がりはそうして出来上がった。
 しかし、遺跡の仕掛けを作ったのが人間なら、反徒たちだって同じ人間。
 当然いつかは攻略できてしまう。
 神は人間と、「遺跡を攻略した者に相応の力を与える」契約を交わしていた。攻略した者であるならば、反徒であっても渡さざるを得ない。
 力を受け取った反徒は、信仰者たちの中に潜伏し、次々に他の反徒に遺跡を攻略させて、ついに魔法戦争を起こした。
 起こった魔法戦争は世界を蝕んでいく。反徒たちはさらに魔法の自由を得ようと、力を使い、暴走させていく。そうして世界の大気に充満した魔力が、ある時違う世界へと流れ始めていると、神は信徒に伝えたという。
 この力の流れをき止めなければ、いつか招かざるものが訪れる。そう危惧し、信徒たちに警告した。
 けれど魔力を溢れ返させる大本の戦争は止まらない。何年、何十年経っても。戦争が鎮火した頃には、残されたのは遺跡と、誰となんのために戦っていたかもわからなくなった人々だけだった。
 恐らく誰も、力を堰き止めることなど覚えていないだろう。
 
「――これが、この世界の歴史……?」
 神がいて。神に反発した人々と、神を信じた人々が戦争をして……世界が動乱に包まれた?
 悠里が渋面のまま、ふっと短く息をつく。
「俺らは神にとっちゃ反徒ってわけ、か。招かれざる客な以上、『神のことなんて知ったこっちゃねえ、さっさと帰らせろ』って考えの奴が多いわけだしな」
 神にとっての、招かれざる客が……異界の民? どうして、自分たちはこの世界に飛ばされているのだろう。
 自分たちが、『招かざるもの』なのか……?
「その代償がゲート化……よりこの世界と俺らにとっての現実の結びつきが強くなる……因果めいたもんを感じるぜ」
「ところが、そうとも言い難いんだ」
 短く返す介は、苦い顔で首を振っている。
「これでも、まだ資料に穴があってね。続きがあるはずなんだ。これはあくまで過去に起こったことでしかない。現在に繋がるものが途切れているなんておかしいだろう?」
「これでも早計か……他の古文書探して繋げていくしかねえってことか、ふざけろ……っ!」
 パイをオーブンへと入れる悠里の語気が少し荒かった。何を思ったのか、海理がじっと後輩である彼を見やっている。
 大和が綺麗な笑みを顔に貼りつけて立ち上がった。
「なるほど、僕、ちょっと一回アレンくん吐かせてくるから、議論進めててくれる?」
「――だな。家の埃かぶった古文書も纏めて漁るぞ。アレン吐かせるついでに家探ししてくる。悠里、頭冷やせよ」
 途端に悠里が閉口する。腰を上げる海理と大和に、介も立ち上がって頭を下げていた。
「お二人とも、よろしくお願いします。もしこれ以外の情報がその中にあるなら、集めない手はありませんから」
「ああ、任せろ。数週間かかるはずだ。資料の整理がつき次第また連絡する」
 海理は「茶、ご馳走さん」と短く礼を言うと、さっさと出ていった。悠里が渇いた笑みを浮かべている。
「お見通しか」
「あの人バカみたいにさといからね。それじゃ、また。有益な情報持ってくるから期待してて」
 いつも以上に笑みを浮かべる少年に、鏡も笑顔で見送った。彼がいなくなると同時に、神妙に口を閉じる。
 アレンくん、明日息してるかなあ。
「言い忘れてたけど、ここの内容、ほとんど昨日潜った遺跡の中にあった内容だよ。端的に書かれてたから目を疑った」
「そうなんですか……介さん、ちゃんと寝ました?」
 ついに介の口まで閉じられた。鏡と悠里がじっとりと目を据わらせる中、彼は溜息をつく。
「一応数時間は寝たよ……ただ、遺跡の成り立ちにはかなり納得できるんだ。あの子供が現れたことも、あの子が何者なのかもね……」
 ちゃっかり話を戻す介にむっとする。悠里が怪訝そうに鏡を見下ろしてきた。
「なぁ。その子供ってどこにいたんだ?」
「えっ? 一番奥の祭壇の部屋……」
「……の、どこ?」
 そういえば、悠里が来た時には姿を消していたから、彼は会ってすらいないのか。
 介が苦笑いし、魔術書のページを閉じている。
「魔石の台座の前にいたんだよ。光に包まれていて、子供みたいだった。なんとなくそうだと感じた程度だけどね」
 声も、聴いたはずなのになんとなくぼんやりとしている。言葉だけがはっきりと残っているのに。そんな奇妙な感覚は、今でも覚えている。
 それと気になったあの言葉は、どういう意味だろうか。
 
 裏と表の均衡が崩れる時、対は融和し、滅びる
 結びつきは古く、最も新しい呪縛の力
 止めて。全てが手遅れになる前に
 
 裏と表の均衡――対は融和し、滅びる。大分前に介が言っていた、この世界イドラ・オルムと、鏡たちにとっての現実世界が融和し、滅びるということを言いたいのだろうか。
 結びつきというのはきっと、現実世界とイドラ・オルムを結びつける力のことだとは思う。けれど古くて最も新しい呪縛の力なんて、そんな矛盾だらけの言葉、謎かけにしか思えない。
「台座……ってのは神を信仰するためのスポット、で、魔石そのものが神……だったな?」
 頷いたタイミングで、介も首肯していたようだ。悠里は眉をひそめて、オーブンの中を確認していた手が止まっていた。
「神が最後の力振り絞って顕現けんげんしたとか……さすがに考えすぎか? 想像でしかねえけど」
「古文書が全て繋がれば、わかると思うけど……確信して頷くだけの材料が足りないな」
「だな。なんにせよ、海理サンと大和を待つしかできねえな……」
「そうだね……」
 介がやっていたように、自分もあの子供の言葉を覚えている限りノートに纏めよう。
 きっといつか、この言葉の意味がわかった時。謎を解く突破口が開ける気がするから。
 やがて、オーブンから甘い香りが漂い出す。コップを洗っていた御影が、顔を綻ばせた。
「あっ、焼けたあっ」
 オーブンの音にいち早く顔を上げたのは御影だった。彼女のおっとりとした嬉しそうな笑みに、今の今まで古文書の内容の写しを纏めていた介が脱力している。
「の、暢気のんきだな……古文書の中身理解してくれたのかい?」
「あ、えと、奏さん、楽しみにしてたから……きっと嬉しいだろうなあ、って……」
「だから、今彼女の話出てな――……おれもそろそろ話さないといけないんだった」
 介がテーブルに伸びる姿なんて、出会った頃は想像もしていなかった。悠里はアップルパイをオーブンから取り出して、切り分けている。鏡は呆気にとられつつ、悠里に頼まれて皿を食器棚から出す。
「ですね……介さん、大丈夫ですか? 一瞬で疲れが凄いことになってますけど……」
「海理さん相手だと、どうにもね……本人の前で出すわけにもいかないからなあ」
「それは気づいてましたけど……今ひどいことなってますよ? 治癒術いります?」
 相当疲れを溜め込んだのではないかと思って声をかけると、介は苦笑いを浮かべているのか、手をゆっくり振っている。
「いや、そこまでじゃないよ。苦手な相手と喋るのは誰だって疲れるものだよ。厳しすぎる上司を相手にするようなものだからね」
 それは、そうかもしれないけれど。
 よくある疲れと流していいかは自信がなかったも、鏡は悠里へと皿を渡して介へと困った顔で振り返った。
「……わかりました、それでもちゃんと溜めたもの吐き出してくださいね? もう、悠里みたいになるの見たくありませんから」
「遠回しに毒吐かなかったかお前!?」
「いやあ、そこまでバカはしないよ。神崎≠ニ同じ土俵どひょうになんて死んでも立つわけないだろう」
「その言葉はまじ刺さるんだけどお前ら!?神崎≠ノそそのかされて頷いたのまじで腹立ってんだからな、これでも!」
「いやあ、今まで人の忠告聞かなかったわけだしねえ。自業自得じゃないかなあ」
 またいつものようにけらけらと笑う介の対岸で、悠里の手に握られていたパン切り包丁がかすかに震えている。むっとねた従兄を見上げて、鏡はこっそり吹き出した。
 ふと、悠里が顔を廊下へと向ける。奏が目を彷徨さまよわせるように部屋を見渡して、鏡と悠里を見やってきた。
 ――不安、そう? どうしたのだろう。
「奏さん。おはようございます?」
「あ、おはようございまーす。あの、楯山さん拗ねてます? 何があったんですか、これ……」
「いやあ、昨日の仕返しができて大満足だよ」
 御影が答えられず苦笑いを溢す中、向かいの席で介が艶やかな笑顔を浮かべている。悠里の手が、若干乱雑にパイを切った気がした。
「介、表出ろ、影纏かげまとい影繰えいそうの練習台になりやがれ」
「ああ、じゃあ君も新しい魔術の練習付き合ってくれるかい?」
「おー、やってやらぁ!」
 ……。説明、面倒になってきた。
 奏へと生暖かい顔を向けて、そっと肩を竦めた。彼女から空になった昼食の丼茶碗を受け取って、テーブルに座るよう促す。
「いつものことというか、なんというか……」
「いつもより悪化してません? 二人とも、子供な喧嘩止めてくださいよ……あれ、お茶菓子? こんなにたくさん、どうしたんです?」
 そういえば、海理が持ってきた茶菓子が、流しのミニテーブルにどっさりと置かれていたのだった。今時古風にも風呂敷で持ってきた海理も、今思えば不思議だ。
 レーデンと苗字は横文字なのに、はかまを着て、刀を使って、挙句風呂敷。日本人より日本人らしい気がする。
 言動を除いて。
「ああ、その茶菓子は海理サンから。あとアップルパイ焼けてるから」
「えっ、アップルパイ!? 焼けたんですかっ、やったあ!!」
 すぐに傍へと行く奏は、やはり足を少し引きずっている。見咎みとがめた鏡は口を開きかけた御影に苦笑いして、黙っているようそっと口に指を当てた。
 きっと悠里も気づいているだろう。子供さながらに目を輝かせてアップルパイを見下ろしている彼女へと、後ろから悠里がおかしそうに目を細めている。
「ああ、好きな量食ってていいぜ? あと生クリームも作ってあるから、好きなだけ乗せろ。バニラアイス乗せても美味うまいぜ?」
「本当ですかっ!? 食べますっ!」
 弾みながら振り返る奏に、御影があっと不安そうに立ち上がった
「あ、か、奏さんあんまり動いちゃだめです、まだ動けない、でしょ、本当は……!」
「ううん、もう平気っ。それよりアップルパイのほうが――あ、楯山さん約束忘れてないですよね、アップルパイみんなで食べるのっ」
「え、まさかみんなでって……」
「ああ、全員って約束だったな」
 介が傾けた湯飲みの内でごふっと吹いた。にやりと笑んだ悠里の笑みが、悪役さながらになっている。最近は不器用ながらに照れくさそうな笑みだって見た気がするのになあと、鏡は生暖かく笑む。
「介の分、バニラアイスも生クリームも増量でトッピングすっから」
「い、いやちょっと待った! それは範疇はんちゅう外だろう!!」
「……介さん、御愁傷様です……」
 さっき悠里に喧嘩を売りつけていなければ仕返しもなかったと思……えないか。
 奏が口元に人差し指を当てて考え、けろりとした顔で悠里を見上げている。
「じゃあ楯山さんは、後でロシアンチョコ付き合って下さーい」
 悠里に見えない雷が落ちた。本人の母親に怯えていた時を思い出す抵抗ぶりに、鏡は苦笑いを浮かべる。
「……それが罰ってなら……甘んじて受ける……!」
「じゃあみんなでやりましょうか――あ、でもその前にアップルパイかな?」
 とどめだけ刺して、鏡は苦笑いを浮かべつつ話をらした。奏が嬉しそうに頷いていて、悠里の意識が吹き飛んだ表情と並んでいると、笑いたくてしょうがない。
 ただ、いつもなら真っ先に悠里を笑いそうな介は、疲れた顔で溜息をついていた。
「まあ、約束だからね……構わないよ」
「……案外あっさりだな。甘さ割と控えめにしてあるから安心しろよ、さすがにこれ以上はいじめねえから」
「――おれなりのけじめだよ。それこそ大したものにならないかもしれないけど」
「え、けじめ? つけるようなことありましたっけ?」
 オウム返しに尋ねる奏へと、介は伏せていた目を静かに見据えていた。
「来栖さん。君のお兄さんの名前を聞いてもいいかい?」
 あっと、鏡は目を丸くする。
 もう、ふたを開ける覚悟をしていたんだ。
 奏が不思議そうに首を傾げていて、心苦しかった。
「来栖彰吾しょうごですけど……兄貴、やっぱりこっちの世界にいるんですか……?」
「え、やっぱり、って……」
 御影へと、奏は困惑した顔で振り返って、肌身離さず持っていたスマホをポケットから取り出していた。
「ずっとメール送ってたの。メールを送れば……いるかいないかわかる、って……」
 鏡も、悠里も、黙っているしかできなかった。
「兄貴、メールも着信も大抵気づかないけど、送るだけ送ってて……兄貴がどこにいるのか知ってるんですか!? 介さんわかってたなら、なんで黙って」
 奏の言葉が途切れた。
 介は、そっと目を伏せている。
「おれを助けるために、神崎≠食い止めてくれたんだ。それ以来一度も連絡が取れていない。……もう二年も前の話だよ」
 奏の膝が、力なく床に落ちた。唇を震わせて、放心とも否定とも違う、ただ現実を受け入れられない見開かれた目を見るのは、つらかった。
 悠里が微かに表情を曇らせている。介に向ける頃には、平静を装っていた。
「ついでに聞きたい。俺が半分とはいえゲート化してた時、俺を止めねえと奏の兄貴みたいになるっつったな。ありゃどういうことだ」
「悠里、半ゲート化してた時の記憶って……」
「完全にある。考え方支配されてただけみたいだな……」
 介は頷いて、口を開いていた。


掲載日 2021/06/06


*前しおり次#

しおりを挟む
しおりを見る

Copyright (c) 2026 *Nanoka Haduki* all right reserved.